フッ素化・この巨大なる矛盾 第1章

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                             フッ素化・この巨大なる矛盾   

                       Fluoridation : The Great Dilemma

     

    by  George L..Waldbott, M.D. in collaboration with Albert W.Burgstahler, Ph.D. H.Lewis Mckkinney, Ph.D  1978 Coronado Press, Inc.              

    著者  医学博士 ジョージ・ウォルドボット(アレルギー科医師)博士  

               アルバート・バーグスターラー(カンザス大学教授・化学) 博士  

                H・ルイス・マッキンネイ    (カンザス大学教授・歴史学)

     

     

    日本語版の公刊に際して
     マッキンネイ教授と私は、「フッ素化:この巨大なる矛盾」が日本語に訳されて公刊されることに、驚きとともに非常な喜びを覚えております。もしジョージ・ウォルドボット博士が存命しておられたなら、きっと私たちと同様な感想を抱かれたにちがいありません。
     この本で主題としたことがらは、依然として、重要かつ緊急のこととして残されております。水道フッ素化が:住民の健康に危害を加えていながら、虫歯予防のうえで何の役にもたっていないという証明は、その後も累積しつづけている一方なのです。
     かてて加えて、最近では、フッ素化を実施している地域をしていな地域と比較すると、住民の骨が脆弱になり、腰部骨折が増加しているという事実すら示されるに至っております。オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、アメリカ合衆国などで行われた大規模な歯科検診で、フッ素化地域と非フッ素化地域とでは、虫歯の発生率に全く相違がないことが明らかになっているという事実を、日本の方々もよく理解していただきたいと願っております。
     私の同僚のマッキンネイ先生は、このところ病を得ておられましたが、ご回復後、市民の法廷闘争の支援等で多忙を極めておられ、私が彼の分まで代表して、このステートメントを送ることを依頼されましたで、一言申し添えておく次第です。
                                                                                                      1992年3月98日
    アメリカ合衆国カンザス州 カンザス大学
       化学教授 博士 
    アルバート・バーグスターラー

     

                                                              第1章 環境病

     今世紀の始めまで、感染症は人間にとっては、命がけで闘うべき強敵であった。天然痘やジフテリア、チフス、コレラ、赤痢、結核、脾脱疽病などは、時には住民をすべて抹殺した。多数の子供たちがしょうこう熱やハシカで死に、運よく助かった者も、その後ながく苦しんだ。肺炎は最も恐ろしい病気の一つで、助かる者は殆どなかった。
     
     しかし、19世紀の後半になると
    ロベルト・コッホルイ・パスツールヨゼフ・リスターポール・工一ルリッヒらによって医学に新時代が拓かれた。なかでも特筆すべき偉大な業績は、1882年に、コッホが、棒のような形の細菌を結核の原因とつきとめ、その2年後の1884年に、パスツールがワクチンを使って、恐怖の的だった狂犬病から人間を守ることができるのを立証し、さらにエドワード・ジェンナーが、天然痘で同様なことを確証したことである。これらの大発見は、何千年もの間猛威をふるってきた伝染病から人類を開放する強大な力となった。
     おかげで血清やワクチンによる治療法は急速に進歩し、20世紀の半ばになると、感染症をコントロールすることはそんなに難しいことではなくなってきた。ある医学者が、すこぶる楽天的に「我々がもっている治療手段は極めて強力で、これでコントロールできない病気は殆どない」と述べた程である(1)
     
     ジョナス・ソークやアルバート・セイビンといった天才たちの疲れを知らぬ努力で、灰白髄炎
    (訳者注:小児マヒ)すら、事実上根絶に近くにまで追い込むことができたのはその好例である。こうした一連の経過のなかで忘れてならないのは、アメリカ合衆国公衆衛生局(参照:脚注1−1。本書には、しばしばこの名称が出てくるので、以下衛生局と略す一訳者の絶大な貢献である。衛生局はアメリカ全土にわたって情報を提供し研究を援助した。奇蹟を呼ぶ薬といわれるワクチンや血清、抗生物質は、明らかに人間の寿命を延長させた。そのために20世紀の医師たちは、医学的関心を他の諸問題に振り向けることができたのであった。というのも、19世紀に発達したテクノロジーは、必ずしも人間の健康に利益ばかりをもたらしたわけではなかったからだ。
     

     産業革命は、進歩と同時に、人間に多くの苦痛をもたらした。これは両刃の剣だった。昔はふつうだった真青な空が、灰色の煙や汚染物質でとって代わられると、文明は、それを作り出した人間に、復讐をはじめたようにも思われた。
     今まで存在もしなかった原因不明の慢性疾患が、不気味な姿を見せはじめた。
    びっくりするほどガンが増え、そのほかにも、関節炎、心臓循環器疾患、先天的奇形などが、感染症にとってかわてって激増した。このため、人間は新たに、これらの病気をコントロールすることを勉強しなければならなくなった。

     
     
    人間は、自ら呼吸する空気に毒物を混じえたばかりか、水や食物や、ありとあらゆるの環境を汚染しつくして、人間自身が自分の生存の敵となったのである。これらの新しい病気が人間を冒していく有様はじつに狡滑で、真の問題のありかをわからなくさせることが多く、このため、医師や科学者はじつに長いあいだ欺かれ続けてきた。
     現代の医学論文には、如何に多数の健康問題が、人間自身によって作り出されたものであるかが語られている。産業革命の初期には、医師はもう既に、工場の煤煙や粉塵が、労働者の健康を如何に障害するかについては十分に認識していたと言ってよい。しかし、そうした工場が、周辺の住民にまで同様な被害を与えることについて気がついてきたのは、ごく最近のことでしかないのである。


    工業汚染
     
     
    1946年にH・L・ハーディとI・R・ティバショーが、ベリリウム工場の労働者におこる遷延性肺炎について論文を発表したとき、彼らはこの深刻な“近隣性疾患”が、他の研究者によっても発見されることを期待していた(2)。そうして、彼らの期待どおり3年後に、同様な病気が他の科学者グループによって発見されたのであった。
     後者(6人の共著)が発表した論文では、前者と同様なベリリウム性の肺疾患が、オハイオ州の或るベリリウム工場から3/4マイル以内に住む10人の住民に起こったことが報告されている。この事実は、汚染が、工場を越えて拡散していることを物語っていた。多発性肉芽腫と呼ばれるこの疾患は、しばしば致命的なものだが:その進行は極めて遅く、毒物に曝露されてから何年もたたなければ、発病したことすらわからないくらいである。
     ペンシルヴァニア州のベリリウム工場の風下1.7〜6マイル以内に住んでいた26人に関する別の研究によると、このベリリウムが、小規模な流行病の原因であったことが明らかであり、その状況はまるで感染症の流行のようだった。その工場の労働者が1日の作業を終えてから衣服を振ってみると、空気11m3あたりに1.5マイクログラムのベリリウムがたまっていた。これはその労働者の家族がこの病気にかかるのに十分すぎる量であった(3)。
     その他の工業汚染も、原因不明の慢性疾患を数多くひき起こした。1955年に、日本のK・コマツ医師は、長野県下の鬼無里村の1033人の住人のうち、床マットの製造に従事している357人が慢性の疾患に罹っているのを発見した(4)。



    訳者による脚注1−1合衆国公衆衛生局(US Public Health Service−PHS)。アメリカ厚生省は、官房機能をもつ部局のほか、四つの局(Service)、二つの室(Office)と地方部局から成り立っている。PHSはその四つの局のうちの一つである。その局長が大臣直属の副大臣(Assistant Secretary for Health)となっており、この局は四つのうちの筆頭局であるといえるであろう。有名なアメリカ国立衛生研究所(NIH)、食品薬品局(FDA)などはこの局の下部組織であり、いわば課(Bureau)である。
    NIHは法律によって医学保健分野の研究を全般的に統括する権限を与えられており、その傘下にガン研究所など12の国立研究所を抱えている。あとで本稿にしばしば登場する国立歯学研究所(NIDR)もその一つである。公衆衛生局の医学分野における権限の強大さがわかるであろう。
     のちほど本書17章で述べられることになるが、歴史的に公衆衛生局は合衆国財務省に置かれていた時期があり、この財務省で局長をつとめたアンドリュー・メロンはアメリカ最大のアルミニウム製造会社アルコア(ALCOA)の創立者でもある。水道フッ素化という思想を生み出したG・J・コックスはこのアルコアの研究職の社員であった。処理に頭を痛めていた毒性廃棄物のフッ素を逆に商品にしたて上げたという点で、この企業にとって、フッ素化ほど大ヒットした企画は少なかったであろう。この企画が、十分な医学的検討を経ずしてただちに実施されたのも当然である。因みに、フッ素化にゴーサインをおくったオスカー・ユーイングという当時の高官は、その後に弁護士としてALCOAに雇われ、1944年には年額75万ドルという巨額の報酬を受けたという事実が上院の公聴会で明らかにされ問題となった。その後彼は、メロンに次いでアルコアのナンバー2の地位を獲得する。フッ素化を推進する歯学研究者として有名なクヌトソン、ディーン、ラッセルらは、公衆衛生局歯科保健部の官僚として、みなこのユーイングの配下にあった人たちである。
    *参考文献:プリニウスの迷信(1989・村上徹・績文堂)
          海外における研究体制(歯界展望・1988,12月号・小島光洋)



     その村では、冬期になると、防風のために作業場の窓や壁の隙間を厳重に目張りした。暖房に木炭を使用していたため、人で込み合ったその部屋の一酸化炭素の濃度は0.2〜O,3%にも達した。最初は患者には、だるさ、疲労、肩凝り、頭痛などの症状が現れただけであったが、病状が進むにつれ、呼吸が短くなり、身体の硬直、胸部痛などが現れた。一酸化炭素が、高血圧を伴うある種の動脈硬化性心疾患を惹起したのであった。この病気は、現在では、“信州心筋症’’として知られ、特に心臓の弁が障害されることがわかっている。
     

     この10年間に、同じ日本のK・ツチヤ医師は、富山市の住民の間に流行していた新しい病気を解明した。この疾患は最初は腰痛を特徴とし、それが徐々に全身の骨の痛みへと進展し、それがあまりにも苦しいため、住民はこれを“イタイイタイ病”(5)と呼んで恐れた。最後には、患者の脆くなった骨は弱い力でも簡単に折れてしまうようになり、この結果、多発性の骨折が惹起した。そして殆どの場合、患者は、この病気の経過の中で発病する腎不全によって死亡したのである。
     精力的な研究の結果、この原因は、鉛と亜鉛の鉱山の近くで栽培された米と大豆中のカドミウムであることが明らかになった。鉱山から流出する水中のカドミウムが、あたり一帯を汚染したのである。そして日本の保健当局は、汚染を厳重にコントロールすることにより、この病気を根治させた。合衆国においても、微量金属の毒性研究のスペシャリストであったH・シュローダーが、何年にもわたって、カドミウムの危険性、とくにこれが高血圧の原因となることについて強い警告を発していた(6)。殺虫剤、化学肥料、水道のパイプなどが食物や飲料水のカドミウム汚染の原因となるのである。
     
     日本の研究者の探究心と創造力とは、また、工業化時代の人間が作り出した最も恐るべき中毒事件一
    水俣湾の水銀汚染のミステリをも解明した。1953年から1960年の間に111人もの人間が廃人となり、43人が死亡した(7)。塩化ビニールやアセトアルデヒドからプラスチックを製造する工場は、水銀を含む廃棄物を海水中にタレ流していたのである。そして、その水銀は、その地方の住民が食用とする魚の中へと蓄積していった。

     1965年に日本の新潟で起こった水銀汚染は、水俣病ほど深刻なものではなかったが、それでも26人の住民が被害を受け、そのうち5人が死亡した(8)。
    これらの病気とて、最初患者に現れたのはごくありふれた、はっきりしない症状にすぎない。すなわち、疲労、虚弱、怒りっぽさ、手足のシビレ感などである。ひき続いて、視覚、聴覚の衰えや筋肉の協調性の欠如、さらに進行性の衰弱などが起こった。この場合悲惨だったのは、先天的な奇形児が19人も誕生したことである。しかも、奇妙なことに、この子らの母親は、全くの無症状か、ごく軽度の異常を訴えていたにすぎなかった。

     水銀は揮発性があるために遠い所にまで拡散する。そして湖沼や河川の底に沈澱し、バクテリアに吸収されて、一段と毒性の強いアルキル水銀に変化する。それが、魚の餌になるプランクトンに蓄積され、食物連鎖によりさらに濃縮されるのである。
     1960年代には、スエーデンでも広範囲な水銀汚染が起こった。この場合は、種用に水銀処理された穀物がうっかりして家畜の餌にされ、食肉や卵にひどい汚染をもたらしたのであった(9)。

     
     工業化時代のもう一つの産物に
    アスベストがあるが、広範囲な環境汚染源という点では、この物質は水銀以上である。アスベストは至る所で使用されている。家、農場、工場、自動車、列車、船舶、ミサイル。屋根や壁の下張りに使用されているかと思えば、空調ダクトや水道パイプ、おびただしい電気製品の部品、そのほか生地や敷物など、使われていない所はない程である。建設工事の現場などで鉄鋼の梁や壁の隙間にアスベストが吹き付けられたとすると、この物質は、特に都市部では、その作業と全く関係のない人たちの肺の奥にまで侵入する。

     一例をあげると、1970年のニューヨーク市では、直径1マイクロメートル以下の無数の細かいアスベストの繊維が、3000例の検死体のうち、その約2/3から見つかった(10)。この繊維が肺に侵入すると、肺はしばしば癩痕という組織変化を起こすのであるが、それはやがて肺ガンヘと進展する。肺の内面や腹腔に発生する悪性腫瘍は中皮腫として知られ、20年ほど前から医学的興味の対象となっていたが、今日ではこれがアスベストによるものであることが明らかであり、アスベストに曝露されたという記憶がない者にすら起こっている(11)。さらに厄介なのは、アスベストに曝露されてからガンが発生するまでに長い時間の遅れがあることで、時にはそれが40年にも達することがある。元来、空気を経由するこの毒物は、それだけではなく製鉄工場から排出される水を経由して河や湖や海までも汚染する。このような汚染源から、時には水道にガンを惹起するに十分な量のアスベストが混入してしまうのである。
     
     さらに衛生当局が注目しているのに、慢性の鉛中毒がある。これは最近でこそ医学者の関心を引くようになってきたが、古代ギリシアやローマ以来人間を苦しめてきた病気である。古代ローマでは、鉛は水道のパイプや食器を介して、特に上流階級の人々の過剰摂取の原因となった(12)。今日ですら、水道の配管(主に古い鉛管)やジョイントの鑞着から、飲料水とくに“軟い”非アルカリ性の飲料水が汚染されているのである。
     しかし、それよりも危険性があるのは、自動車の排ガスと石炭や木クズなどを燃やす際の
    煙の中の鉛である。というのは、この鉛は、野外の穀物、果物、野菜などに蓄積するからである。このようにして、鉛は、我々が呼吸する空気ばかりか食物までも汚染し、そこから毎日体内にとりこまれる量は、ほぼ0.3mgと推定されており(13)、これは人体のとくに骨に蓄積する鉛の約10%に達する。さらに危険で厄介なのは、塗料の中の鉛である。幼児はしばしば木製品、プラスター、床、家具などを嘗めるので、ここから曝露されるのである。


     このような状況であってみれば、アメリカの25〜30%の子供たちの血中の鉛の濃度が、10ミリリットル中40マイクログラム以上あったとて驚くには当たらぬだろう。この濃度の鉛は、“前臨床段階”(参照:脚注1−2)の鉛中毒を惹起するのに十分な量である。そして、この“前臨床段階”を経て、人間はゆっくりと知らずしらずの間に、後述する慢性中毒へと導かれるのである(14)。
     慢性の鉛中毒患者は、イライラして過剰に活動的となり、衝動的で落ち着かず、どことなくギシギシした態度を示す。また、貧血様の顔貌を呈し、筋肉痛、胸やけ、嘔吐、便秘などの症状を訴えるが、これらの症状は、普通では、深刻な関心の対象とはならない。ところが鉛中毒の症状が軽くても、流産や死産が起こることがある。というのは、その胎児の骨中の鉛(及びカドミウム)の濃度は、正常児の場合より5〜10倍くらい高いことがわかっているからである(15)。症状が進むに従って、被害者には視覚や知覚の異常が現われ、傾眠、運動バランスの消失、テンカン様の痙攣、手足の筋肉のマヒなどが起こるが、これらの症状は脳が障害されたことを示しているのである。
     幸いなことに最近の技術は、鉛中毒を早期に発見することが可能である。その方法を列挙してみると、(a)X線で腸の中の鉛を確かめる、(b)研究室レベルの試験で赤血球に好塩基性の斑点があることを観測する、(C)尿検査により、ヘモグロビンの産生を阻害するデルタアミノレブリン酸の増加を確認する、などである。ある程度進んだ鉛中毒では、体内より選択的に鉛や水銀を除去するキレートを用いての治療が行われる。



    訳者による脚注1−2前臨床段階の中毒(subclinical poisoning) 医者にかかるような明らかな異常が生じる前の段階の異常というほどの意味。環境化学物質(汚染物質)が健康を障害する過程については、最近次のような考えが確立されてきた。すなわち、ある毒物は生物に対して、ごく低いレベルの曝露による軽度の症状から大量による重篤な症状まで、連続した変化を惹き起こす。しかし、初期の段階においては、体内の異常は、例えば酵素の活性の減少といった微妙なものであり、ふつう体調の異常としては自覚できず、もちろん医師の通常の検査でも異常を発見できない。重篤度を5段階に分けた斑状歯(歯牙フッ素症)の場合で考えると理解しやすい。



    ダイオキシン
     
     
    除草剤、殺菌剤、殺虫剤、殺鼠剤なども、病気や死を引き起こす。枯草剤として様々なスプレーに使用されている化学物質のなかでもとりわけ危険なものに、2,4,5−Tダイオキシン(2,4,5−トリクロロフェノキシ酢酸の塩化物)と他の含多塩素フェノールの誘導体があるが、これらの作用はまことに激烈であって、様々な悲劇を引き起こしてきた。(ダイオキシンは2,4,5−Tや他のフェノキシ酢酸系の除草剤を製造する際に形成される3環構造型の副産物である。)
     最近の報告(16)によれば、西独ルードウィッヒシャーヘン(1953年)、オランダ(1963年)、英国ダービー州などで、この除草剤を製造する労働者や付近の住民に急性ダイオキシン中毒が発生した。1976年には、イタリアのセベソで、除草剤製造工場の化学プラントの爆発が起こって多量のダイオキシン(1.5〜2圈砲飛散し、あたり一帯の住民が疎開させられた。 その後もダイオキシンは、ミラノに近い河川やミラノとセベソの中間にあるヴァレドの下水処理場、工場周辺1Km(0.6マイル)の深さ25cmの地中からも見つかっている。


     1962年から1969年にかけて、ベトナムで2,4,5−Tや他のダイオキシン系の枯葉剤参照:脚注1−3が、大量に使用された。ダイオキシンの毒性としては、少なくとも、次の6種の作用が知られている。(1)皮膚病・主に塩素ザ瘡;(2)眼疾患・結膜炎、虹彩炎、角膜疾患を含む;(3)血液凝固異常に起因する胃腸出血;(4)ウイルス性肝炎に似た肝臓疾患;(5)流産および奇形児出産;(6)ガン。

     ベトナムで枯葉剤の散布がはじまった1956年から1961年までの間に、ハノイ近辺における5492例のガンのうち肝臓に原発したガンは159例であった。一方、1962年から1968年までの間に記録されたものは、7911例のうち791例である。この変化は、肝臓に原発したガンが3倍以上も増加したことを示しているのである(16)。



    訳者による脚注1−3:枯葉剤(defoliant) 植物に噴霧したり散布したりして葉を枯らし落葉させる薬物。アメリカでは、大豆などの収穫に一般に用いられているという。太平洋戦争以来、ジャングル戦のためにこの開発が推進され、2,4−Dが発見された。ダイオキシンは2個のベンゼン核を2個の酸素で結合した有機塩素系化合物で、塩素の結合数と結合位置によって毒性に大きな差がある。酸素原子の位置が接頭語の数字で表示される。今日では塩化ビニール系のゴミの焼却で排出が激増、日本でも深刻な問題となっていることは既におなじみである。このダイオキシンンの専門誌にアメリカのWaste Notがある。URL:http://it.tlawu.edu/^wastenot/



    喫 煙

     
    喫煙という人間の愚行は、最も深刻な消耗性の疾患を幾つか作り出す。タバコの煙の中には、血管に害を与えるニコチンのほかに、ベンゾ(ア)ビレンのような発ガン物質のタールがある。また、その中の一酸化炭素は、車庫やトンネルの排気ガスより高濃度である。さらにその中には、ヒ素、鉛(および放射性のあるもの)、カドミウム、フッ素などの毒物があり、それらは葉タバコの栽培時に、殺虫剤スプレーなどで散布され吸収されたものである。タバコを加工する際に出る顕微鏡的なガラスやアスベストでさえ、タバコの煙の中の毒物の万華鏡のように多彩な作用を現している(17)。
     もとより肺ガンや肺気腫は、喫煙という習慣が支払う高価な代償であるが、また、若年者の心臓障害の最も大きな原因の一つでもあり、さらに胃疾患や、母親にその習慣がある場合、産児の体重の減少などをもたらす(18)。また、肺に自然に傭わっている防御機能を損ない、そのためにアスベスト、二酸化硫黄、カドミウムなどによる障害をより受け易い状態にしてしまうのである(19)。
     私がタバコによるひどい障害を強烈に印象づけられたのは、1953年に、数名の患者さんと一緒に私が罹った呼吸器疾患の原因がタバコだと覚った時だった。この肺気腫という病気の主な先駆的症状は、慢性の喉の炎症、胸痛、気管支の上部に限局する喘息様の喘鳴を伴うしつっこい咳などである。私の症状は患者さんのものとほぼ似たようなものだったが、自分自身の状態について思案したあと、私は、もしかしたらタバコが原因ではあるまいかと疑い禁煙してみた。そうすると、何と愉快にも、私の症状は殆どが消えてしまったのである。

     私はこの疾患について論文をまとめ、これを‘‘喫煙者呼吸器症候群”と名付けて、アメリカ医師会雑誌に投稿した(20)。この論文は、医学文献に現れたこの種の報告では最初のものであり、私はその中で、この病気の治療の最も効果的な手段は完全な禁煙であることを結論した。その後、ガンの初期ではないかと疑われた何百という患者さんや、まちがって本態性喘息などと呼ばれてきたこの慢性のしつっこい病気や初期の肺気腫が、単に禁煙することによって治ってしまうようになったのである。

    フッ素塩素炭素化合物(フロン)
     
     
    煙害は部屋などの限られた空間でしか起こらないが、人間が作り出した別の空気汚染は、地球の大気圏をはるか越えた所にまで到達する。早くも1930年代に、エアロゾル産業と冷凍産業は、彼らが理想的と信じる二つの噴出剤と冷媒、すなわち商品名をフレオンー12、フレオンー11という、ディクロロ・ディフルオロ・メタンと、トリクロロ・モノフルオロ・メタンというガスを発明した。
     この二つのガスは、その安定性無毒性非燃性で我々の経済生活に革命をもたらし、1973年の合衆国の総生産量は、8億3千万ポンドにまで上昇した。このガスは圧力容器中に液化して使用され、噴出された後は空中に放出されたままである。実際、スプレー製品には何でもこれが使われているし、今日では、どこの冷凍プラントもフレオンを利用している。


     1970年にはいって、英国リーデング大学のJ・E・ラブロックは、この二つのガスが西アイルランド上空の空気中に含まれていることを観察し、ついで1971年に、この中の一つが、対流圏全体(対流圏とは地表と成層圏の間にある6〜10マイルの厚さ大気の層をいう)に広がっていることを発見した。
     1973年にはアーヴァインにあるカルフォルニア大学のF・S・ローランドとM・J・モーリナという2人の科学者が、このガスが成層圏に入った時は、フルオロカーボン分子は太陽の強烈な紫外線を受けて分解し、塩素原子を放出することを発見した。
     この変化が進行すると、太陽の有害な紫外線の輻射から地球を遮蔽しているオゾン層を破壊することになるのである(21)。ラブロックの計算によると、成層圏中のフレオンー11の総量は今までに製造された総量とほぼ等しいという。研究者は、このガスは雨などによって大気中で分解することがなく、また、水に不溶性のため海に吸収されることもないと結論している。
     なお困ったことに、これは今まで分かっている限りの方法では分解することができないのである(22)。1972年に世界中で製造されたこのガスの総量は百万トンであるが、もし、この割合でこれが製造され続けるならば、塩素原子の放出と、オゾン→酸素原子という変化は、地球を保護しているオゾン層を消失もしくは著しく変化させ、地球の生物系を崩壊させてしまうであろう(23)。オゾンの消失は地球上の太陽の輻射を増大させ、天候を変え、動植物の細胞を障害するばかりか、人間にガンや遺伝子異常などの増加をきたすだろう。


    食 品 添 加 物
     
     噴出剤、タバコ、工場、自動車などによる汚染は、環境汚染という大規模な異常のほんの一部分にすぎない。というのも、我々は食品添加物という、人間が作り出した別の危険物質に直面しているからである。
     私が言いたいのは、我々が毎日摂取するなかにある、防腐剤、乾燥剤、成長剤、抗凝固剤、抗泡化剤、進展剤、乳化剤、保厚剤、賦形剤、人工甘味料、香料、保湿剤、抗カビ剤、コンディショナー、加水分解剤、抗酸化剤、さては食用動物に投与される抗生物質からホルモン剤に至るまでの、2,500種類にものぼる物質のことである。
     元来が我々の体にとって異物であるこれらの物質のくわしい作用は、多くは未知であって予測することすら不可能である。一例をあげれば、牛に成長剤として投与される
    スチルベストロールは、産科医師が、妊娠期間中にこれを摂取してした母親から生まれた子供にガンができたことを発見するまでは安全であるとされてきた(24)。賢明なる消費者は、このような危険が明らかにされ、政府が厳重な規制を開始したのにもかかわらず、アメリカでは何故今なおこれが家畜の肥育に用いられているのかを考えなければならない。(訳者:今ではこれは環境ホルモンとして大問題となっている。)


     文明の発達とともに人間の健康の敵となってきたもう一つの物質に硝酸塩と亜硝酸塩があるが、これらは、多くの人間や動物の食物とくに加工肉の中に、ボツリヌス菌による腐敗を防ぐため用いられている。中でもとくにべ一コンは、脂肪が多くまた高温でフライにされるために長いあいだ問題にされてきた。
     胃の中では、ある条件下とくに硝酸塩の活性が高い場合、硝酸塩は第二アミンに作用して、毒性が高いN一ニトラサミンになることが動物実験で確かめられているが(25)、人間の場合、これらの毒物がガンと関係あるかどうかは結論がでる所まで行っていない。しかし、色々な種類の動物で同じような結果になっている以上、安心は禁物である。
    かくして、行政当局は、消費者を深刻な感染症から保護しようとすることが、同時により深刻な危険物質に曝露させることになりかねないというジレンマに、ここでも直面しているのである。食品薬品局(FDA)が数多くの有害添加物の使用を禁止していることは事実であるが、使用が許可されているものが如何に我々の寿命を縮めているか、その評価は現在はできない。


    どんな病気にも、まず薬を

     
    この他に、ひろく我々の健康に打撃を与えているものに、薬剤の乱用がある。“どんな病気にも薬を”という欲求は、それが有効であるか救命的であるか、逆に有害であるかを決定しなければならない医師にとって、甚だ厄介な問題をもたらしている。過去においては、薬剤は、適切な試験を行う前に市場に出廻ってきたことが非常に多く、治療に効果的であったと同時に悲劇をもひき起こした。私自身の経験を述べてみよう。
     
     
    1949年に、私はペニシリンによって、急激かつ致命的なアナフィラキシイショックが起こるという最初の報告を発表した(26)。この悲劇は、39歳の女性の上に起こった。すなわち、彼女は、妹である看護婦がペニシリンを注射したあと数分のうちに虚脱に陥り死亡したのであった。現在では同様な事故が多数記録に残されている。
     この特殊な症例の要点は、前回注射した時には何でもなかったという所にあり、この事実から、前回の注射から今回までの3週間の間に、患者は致命的な過敏性を獲得したのに違いないと結論せざるを得ぬことである。このような、前の注射から次までの2〜3週間のあいだに過敏性が昂進するという事実は、現在では動物実験によって十分に確証されている。
     動物実験から考察するかぎりでは、極めて奇妙な現象にしか見えないアナフィラキシイショックによる急死について、私は以前に、大規模な研究を行ったことがあった(27−30)。注射後の急死に関する多数の病院記録を検証したあとで、私は局所麻酔剤のような非タンパク性の物質でも、動物の血清が全身性浮腫を起こすのと同様アナフィラキシイと同じ現象を起こすことがあるという事実を提示することができた(35)。アスピリンのような害のない薬物でも、著しく過敏性が昂進した者には、たとえその者が今まで何年も、何の障害もなく服用してきたという事実があるにもかかわらずアナフィラキシイを起こすということは普通にある。
     このような反応を評価するに際して、我々は薬物に対する過敏性(もしくは、アレルギー)と不耐性とを区別しなければならない。アスピリンに即していえば、不耐性は胃の中の出血によって特徴づけられるのであり、一方アレルギーは、ジンマシン、喘息、鼻副鼻腔疾患やショックのような症状すらも惹起し、それらは薬物の毒性とは全く関係がなく、量が過剰である必要も全くないない。
     殆どの薬物が、それに不耐性な人間には副作用をひき起こす。一例をあげれば、フェナセチンはヨーロッパにおいては、1961年にノルウェーのO・ノルデンフェルドとN・リンゲルツの2人の医師が、男性27人女性3人(そのうちのある者は、20年以上も定期的にこの投薬を受けてきた)に致命的な腎疾患を惹起することを発見するまでは、50年以上も鎮静剤として使用されてきた(36)。また、別な例として、第2次大戦直後、心臓病患者に塩の代用として処方されたリチウムの化合物が腎疾患を惹起し、患者を死なせた。
     それにもかかわらず、1969年には食品薬品局によって、リチウムの炭酸塩は、精神病者に対する“おだやかな非習慣的鎮静剤”として使用が推奨され、テキサス大学の研究者によって、水道水に添加することまでが提案された(37)。この研究者が見つけた所では、飲料水中のリチウムの濃度が高いテキサスのある町からは、精神病院に入院する者の数は有意に少ないというのである。 しかし、リチウムは不可逆性の脳障害の原因ともなっているのである(38)。
     
     一世紀にもわたって、医師は水銀製剤を梅毒の治療に使用してきた。それは筋肉に注射されただけではなく、日常茶飯的に体中いたるところの皮膚に塗られてきた。その高度の揮発性は、呼吸からの吸収をもたらしてしばしばゆっくりと腎障害へと導き、その症状が余り明瞭でないために、その多くは気付かれぬままに終始した。
    如何に多くの梅毒患者の死が実際には水銀中毒の結果だったかを、我々は十分に知ってはいまい。
     
     長期間にわたる薬害を認識することが如何に困難であるか、それを最も鮮烈に示す例の一つとして、1960年代にアメリカ内外の無数の嬰児の上に起こった
    サリドマイドの悲劇、フォコメリー(アザラシ肢症)をあげることができるだろう。これは母親が、精神安定剤としてサリドマイドを妊娠初期に服用した結果起こった嬰児の四肢の著しい奇形である(39)。食品薬品局の同意のもとに、サリドマイドは、アメリカではおよそ1200人に医師によって、その副作用が知られるようになるまで6年間も研究目的で投与されていたのであった(40)。「アメリカのサリドマイド児のざっと1/3が、サンプル薬の配布を受けた医師の妻から生まれた」(40)ことは、まことに皮肉な事態と言わなければならない。

     そのほか、医学の不適切な新療法によって悲惨な被害を受けた例に、保健官僚が未熟児に対して勧めた高濃度酸素の日常的投与による水晶体後方繊維増殖症の全盲児の場合がある。投与開始3〜5週間後になると、眼のレンズ体後方の動静脈は充血し、不透明な斑点が網膜やガラス体に広がるのである。そして、新に形成された組織によって視力が奪われ、最終的には全盲となってしまうのである。この病気の原因が明らかになるまでには11年を要し、それまで合衆国厚生省は立場を変えようとはしなかったのである(41)。

     毒物としてよく知られているヒ素でさえ、少量ではある種の皮膚疾患とくに乾癬や気管支喘息(42)の治療に有効であると信じられてききた。それが変わったのは、長期間のヒ素の摂取は、皮膚炎、嘔吐、腹痛、下痢、過角化症や体液の貯溜を起こすということが決定されてからである。さらに最近の研究では、物質の皮膚や肝臓、肺などに対する発ガン性が指摘されており(43)、特にスプレーや石炭(1gあたり16マイクログラムのヒ素を含む)の燃焼でこれが空中に放出されたときが問題であるという。

     以上は、技術革新、工業の発達、医学という道の路上に散らばっている無数の人工病のほんの数例である。これらの事実、とくに水の汚染物質は、極めて少量であっても障害を与えるには十分であるという事実は、幾ら強調してもしすぎることはない。汚染物質は時間をかけて体内に入りこみ、ゆっくりとあいまいな形で病気を起こす。そのために診断は困難であり、治療の専門家の注意にひっかからずに終わってしまうのである。

     次章で私は、自然界で最も明らかな毒性物質の一つでありながらその評価が不適切であり、無数の医学論文があます所なくその有害作用を明らかにしていながらそのことが十分に知られないでいるフッ素について議論を展開する。
     実際フッ素ほど、空中水中食物中という生態系にひろく分布して人体や動植物に障害を与えていながら、虫歯予防のためと称して、1ppmの濃度で上水道に添加されまでしている元素は稀である。
     フッ素は毒物か、それとも万能薬か。この重要な疑問は20世紀最大のディレンマである。(45)。


    フッ素化・この巨大なる矛盾 第2章

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                                                           第2章   フッ素とその化合物
      歴史的背景

       環境中のフッ素の作用について歴史上最も早く言及したものは、ローマ時代の詩人マークス・ヴァレニウス・マーチアリス(AD40〜104)が書いた詩の一節であろう。彼はアレキサンダー大王の情婦サイアスの歯の特徴を次のように記している。

      サイアスの歯はまっ黒け、レカニアの歯は雪のように白い。
      なぜかって。レカニアの歯は買ったもの、サイアスの歯は自分のものさ。(1)。


       今日我々が「黒い歯」とか「斑状歯」とか呼ぶ歯は、マーチアリスが住んでいたイタリアの火山地帯では、おそらく普通に見られたものだったのだろう。これは、歯がフッ素イオン(F一)で障害を受けたことを示しているのであるが、この異常がフッ素によるものだと判るまでには2千年近くの時間が流れた。とくに前歯に明らかな水平の黒色の縞模様は刻印に似ているところから、現代でもイタリア人が“denti scritti”一刻印を打たれた歯一と呼んでいたものである(2)。

       彼らは、また、これを、イタリアのメッシナの住民のうちに発見してはじめて記述したステファーノ・キアイェ医師にちなんで“キアイェの歯”とも呼んでいた。そのメッシナでは、飲料水に溶岩床を流下する水が使われていたため、フッ素が多かったのであった(3)。また、他の説によると、これらの歯は、これもまた火山に近いナポリのある街区にちなんでキアイアの歯と呼ばれていたもの、ものだということであり、この歯牙の異常は1892年にベネデット・クローチェが記録したものともいわれている(4)。

       はるか1670年というむかし、ニュールンベルクのガラス工ハンイリッヒ・シュワンバルトは、ある論文に従って、硫酸とホタル石とが反応するときに出るフッ素ガスを使ってガラスにエッチングを施したという(5)。しかし、化学者で歴史家でもあったJ・R・パーティントンはこの伝説に疑問を呈し、フッ化水素(HF)の反応の記録として確実なものは、1720年か1725年かのどちらかに行われたものであろうと述べている(6)。 この反応はこのあとすぐ化学者らによって正確に理解された。1771年にはスウェーデンの化学者カール・W・シェーレは、蛍石の中に新しい酸のカルシウム塩を認め、これを“蛍石の酸”または“フッ素の酸”と名付けたのであった(7)。

       1803年、イタリアの化学者ドメニコ・モリチーニは、ローマの近郊で発掘された象の歯の化石の中にこの新しい物質があるという大発見をした。その2年後、彼はL・G・ゲイルサックの協力のもとに、この物質が人間の歯牙の中にも含まれていることを見出した(1805年)(5)。これらの発見は、その前の世紀に湧きあがった興味と疑問をつよく刺激した。歯や骨の中のフッ素の含有量は、化石の年代を推定するのに何か手がかりを与えてくれはすまいか。骨の中のカルシウムは地下水からフッ素を吸収し、そのために化石が古くなればなるほど、フッ素の含有量が多くなると考えられたのである。

       フッ素交換法は、最近になって、古代の象牙に関する考古学でその応用が発見されている(9)。“フッ素”(fluorine、フランス語ではle fluor、ラテン語ではfluere、いずれも“流れる”という意味)という述語は、元来、フランスの物理学者アンドレ・マリエ・アンペールがイギリスの化学者バンフエリー・デービイに宛てた1812年8月25日付の手紙の中で使ったものである(10)。

       バンフエリー・デービイは、フッ化水素酸の中に新しい物質が存在し、その物質は、塩素、臭素、ヨウ素や放射性物質であるアスタチンなどと同じハロゲン族であることを認めた。彼はこのフッ素という元素を、そのカルシウム塩である蛍石を、冶金学でいうところのフラックスとして使用する場合の名称として名付けた。
       デービイはこの新しい元素を単離しようと様々に試みたが、そのケタ外れな活性のために全てが失敗した。彼が観察したところは次のようであった。

      「液体のフッ素酸(HF)はガラスや全ての動植物の成分をただちに破壊し、金属の酸化物を含む物体すべてと反応した。これによって急速に溶解ないし分解されない物質を私は知らない。ただし、金属、木炭、燐、硫黄、ある種の塩素の配合物は別である」(10)

       電気分解と二重分解反応との両手段でこの物質を単離しようとしたために、彼は硫黄、炭素、金、塩化銀、白金などで作った様々な電解槽を使用した。しかし、彼のいうフッ素の“強大な親和力と破壊的性質”のために、フッ素酸に抵抗性を示す物質は一っもなかった(10)。

       次いで、ミヒャエル・ファラデー、エドモンド・フレミーやジョージ・ゴアといった19世紀の一流の化学者たちが、同じ目的で様々な試みを行った。しかし、デービイと同様にすべてが失敗した。
       1834年にファラデーは電気分解によってフッ素の単離に成功したと考えたが、後になって、自らそうではなかったことを確認した。1885年にフレミーは、「溶解したフッ化カルシウムは陽極でガスを放出するが、それは極めて反応性が強く集めることが不可能である」と報告した。1986年には、ゴアが「無水HFを電気分解することにより一時的にフッ素を得ることができたが、そのガスは陰極から発生する水素とただちに激しく結合してしまう」と記録している(5)(10)。

       最終的にこれに成功を収めたのはヘンリ・モアッソンであった。1886年6月26日のことである。彼は全体を白金で作った装置の中に無水フッ化水素酸を入れ、その中で冷却した液状フッ化水素にフッ化カリウムを溶かした溶液を電解して、淡黄色の極めて毒性と反応性の強い気体を単離した(5)(1O)。モアッソンは、この時代の最も困難な化学的課題を解決したのである。
       この成功は1905年に容認され、彼はノーベル賞を授賞した。それにもかかわらず19世紀末から20世紀の初頭にかけては、フッ素は単に実験室で学者が興味の対象としただけの物質にすぎなかった。モアッソン自身、この発見が何らかの実用になるなどとは夢にも思っていなかった(11)。
       しかし、この後

      図2-2 フッ素の発見者、ヘンリ・モアッソン。1852-1907。ソルボンヌ大学および高等薬学院教授。 

      の10年間の1920年代は、フッ素の化学にとってはまさに新時代となる。実際に役立っ様々の応用が発見され、やがてこの物質は近代工業にとって欠かすことができないものとなってきたのである。なぜ、フッ素とその化合物はそんなに重要になってきたのであろうか。

      フッ素の特質
       フッ素は自然界に広く分布しており、地殻中の元素としては13番目に多い(重量でほぼO.065%)とされている(12)。単体としてのフッ素は、放射性の蛍石が破砕された時に見ることができるくらいのもので、殆どの場合、フッ素は他の元素との化合物として存在する。フリーの状態では、フッ素は透明な黄色の気体であり、ピリピリと刺激するような臭いがある。冷却すると−188℃で液体となり、さらに冷却すると−220℃で固体となる(12)。
       元素としてのフッ素は2原子分子として存在し、その解離エネルギーは比較的低い(38kca1/モル)。これが、フッ素の激しい反応性の由来であり、フッ素が、たちまち他の元素と結合して、フッ化物(フルオライド)と呼ばれる化合物を形成する強い傾向性を示すもとである。
       負に荷電する他の殆どの元素と同様、フッ素は知られている限りでは最も強力な酸化物質である。液体フッ素が水素と結合するときに生じる反応熱は4,700℃であり、これは水素原子を酸素の中で燃焼させた時に出る熱(4,200℃)よりはるかに高い。フッ素の中に木やゴムを浸すと、炎をあげて燃え上がる。断熱材であるアスベストでさえフッ素と反応する時は非常に激しく、白熱を呈するほどである。白金のような化学的には極めて不活性な物質ですら、フッ素によって徐々に侵されてしまうのである。

       この極端な反応性のために、フッ素を制御することは極めて困難である。ニッケル、銅、鉄などの容器はフッ素で侵害され、その内面はそれぞれの金属のフッ化物の薄膜でコーティングされたようになるが、こうなると、その金属はそれ以上の侵害を受けにくくなる。フッ素含有のプラスチックであるテフロンが、圧縮された液状フッ素の容器として最も適当な材料の一つであることは、まことに奇妙なことである。

      フッ素の原料
       フッ素の一般的な原料には、次の3つがある。すなわち、鉱石である蛍石またはフッ化カルシウム(CaF2)、アルミニウムの化合物である氷晶石(クリオライト、Na3ALF6)、アパタイトと呼ばれるカルシウムと燐酸の複合体である。
       
       アパタイトの化学式はCa10X2(PO4)で表され、この式のXは、フッ素、塩素、水酸イオン(OH-)を意味している。
       蛍石(CaF2)これはしばしばフルオライトと呼ばれる美しい透明な正6面体のガラスのような結晶で、その色彩は全く透明なものから、美しい緑、青、黄色、紫、暗青色を呈するものまで様々である。主に、アイスランド、メキシコ、イギリス、ドイツやニューファンドランドの石灰岩や砂岩の鉱脈から発掘される。合衆国では、かってケンタッキーとイリノイ州境付近やモンタナ、ニューメキシコ、コロラドなどで見つけられた。

       蛍石の利用価値は数世紀かかって、ようやく知られるようにになった。はやくも1529年に“金属学の父”と呼ばれるGeorgius Agricolaは、彼の著書Bermannus(5)(7)の中で、金属を溶解する際のフラックスとして蛍石の価値に言及している。

       ナポレオンの時代には、様々な色彩の蛍石は“青色のジョン”という名前で尊ばれて、イギリスのダービーシャイヤーからフランスに輸出され、装飾用の花瓶に作成された。現在では蛍石の最大の消費者は化学産業であり、特にフッ化水素酸を製造するのに使用されている。また、製鉄業では、蛍石は、鋳物の表面からカスを取り除く能力がある所から、洗浄工程で使用されている。
       蛍石はホウロウ製品の製造や鉛やアンチモンの精製には欠かすことができない。曇りのない透明な蛍石は、光学的にも価値が高く、光の反射や散乱が少ないところから、高級つや消しレンズの製造に用いられる。

       氷晶石(クリオライト、Na3ALF6)これはフッ素のアルミニウム塩で、自然界のフッ素化合物のうちでは工業上2番目の価値がある。主にグリーンランドで採掘されているが(現在はともかく、少なくとも過去においては)、これはそこの火山の爆発によってこれが移しく堆積していたからである。他に大量の氷晶石が堆積している所は、ソ連、スペイン、合衆国コロラド州などである。
       
       溶解した氷晶石は、ボーキサイト(酸化アルミニウム)を解離して自由金属AL+3の電気分解を促進する。そのために氷晶石の需要はまことに膨大である。だが、資源としては極度に枯渇してきているために、現在ではアルミニウムの製造は、蛍石から合成した氷晶石に大きく依存するようになってきている(12)。
       
       アパタイト フルオロアパタイトCa10F2(PO4)6の形のものは、自然界におけるもう一つのフッ素の大きな供給源である。フルオロアパタイトは、広大な珊瑚の堆積物の中や、フロリダ、テネシー、サウスカロライナ諸州の火山岩の中からも見つかっており、さらには北アフリカや西インドの火山岩からも発見されている。
       この物質の中には燐酸が豊富なので、アパタイトは最初、近代農業には欠かすことのできない燐酸肥料や燐酸塩の製造に使用された。フルオロアパタイトから過燐酸肥料を合成するためには硫酸が使われ、このために、膨大な量のフッ化水素が発生することになる。

      フッ素の使われ方
       その他の無数のフッ素化合物は、過去50年の間に、その重要性が極端に増大してきた。その使用先は、注油不要の自動車のベアリングから、病気や怪我で損傷を受けた血管の代用、シミのつかない衣服、抗癌剤などまでじつに様々である。

       フッ素の産業的な応用にはそれこそ際限がないようである。この新開発ぶりは、その製品を一瞥しただけで心が奪われるほどである(製品一覧表は省略)。しかし、20世紀の初期においては、フッ素は、アルミニウムや他の金属工業、過燐酸肥料や窯業などの工程の途中で生じる副産物にすぎなかったのである。当時のその商業的な捌け口は、殺虫剤やゴキブリ退治の薬剤として売れるだけでしかなかった。しかし、1940年代にはいって新しいフッ素化合物が開発されると、その有用性は非常に増大して、冷媒、エアロゾル、滑剤、プラスチックなどに使用されはじめた。フッ化ナトリウムやフッ化カルシウムなども、新開発された多数の耐熱性セラミックスなどに使用されるようになったのである。

       それと同時に、製薬産業は、フッ素が多数の分子の薬理作用を増強することに着目した。薬の効果は、それが体内でいかに速やかに代謝分解されてその作用がなくなるかで大抵きまってくる。そのために、ある薬物の構造的な弱点、つまり、分解されやすい所にフッ素を組み込むことによって、その薬物を体内でより分解されにくいものへとなおすことが可能である。これは薬効を増強することに他ならない。そのような目的でフッ素を組み込んだ薬物の最も一般的なものを次に幾つかあげてみよう。

      ★ フルオロステロイド:(コーチゾン様の薬剤):これは関節炎やアレルギーの治療に用いられている。
      ★ フルオロウラシル:これは前立腺や膀胱のガンの発育をおくらせる。
      その他にも、フッ素を含有する薬物には、抗ヒスタミン剤、精神安定剤、麻酔薬、利尿剤などがある。

       また、フッ素は、核エネルギーや核爆弾の製造に不可欠なウランのアイソトープU235を:安定したU238から分離するのにはかり知れない価値があることがわかってきた。
       天然ウランは不安定な235UF6と238UF6に変換され、こ2者は、分子のごくわずかな重量の差を利用した多段階の熱拡散をつうじて分離されるのである。
       
       商業上もっとも広く使用されているフッ素の生産物は、フッ化水素、フッ化水素酸、フルオロカーボン(訳者注:フッ素と炭素の化合物)である。
       フッ化水素(HF)は極めて液体になりやすい気体で(沸騰点19.54℃)非常に反応性にとみ、水中では、フッ化水素酸として極端に不活性な金や白金を除くあらゆる金属を溶解する。
       工業用のあるゆるフッ素化合物のうちでもっとも重要なこのHFの合衆国における総生産量は、1960年では15万トンにすぎなかったが、20年後には40万トンにまで増加した。
       1974年をみると、合衆国のHFの総生産量のおよそ80%がアルミニウムや炭化水素の製造工場で消費された。フッ化水素やフッ化水素酸は、それ以外にも、ステンレスやウランの製造、ガラスのエッチングや曇りガラスの製造、石油のアルキル化、銅や真鍮のメッキや洗浄などにも使われているのである。そればかりか、フッ化水素酸は、濾紙の製造や炭素電極、さらに金属の電気メッキにも有用である。醸造所や蒸溜所の消毒にも使用されているくらいである。(訳者注:現代ではさらにコンピュターの記憶媒体の洗浄に不可欠である)。
       
       その他のフッ化物ガスに、フレオンやシェネトロンという名称で知られている冷媒があるが、これは炭素とフッ素の化合物(フルオロカーボン)である。臭気がなく、化学的に安定で腐食性もなく非燃性のこのガスは、エアロゾルのスプレーにも使用される。容器の噴射バルブが開かれると、中のフレオンガスはたちまち沸騰して細かい霧となって噴出し、空中に長時間滞留する。最近まで、毎年合衆国で生産される80億ポンドのフルオロカーボンの約50%がエアロゾルに使用されており、そのうちの90%以上が、ヘアスプレーやデオドラントなどの化粧用品に使われていた(11)。しかし、このガスが、太陽の有害な短い波長の光線(訳者注:紫外線のこと)から地球を防御しているオゾン層を破壊するということに広く関心が寄せられると、生産者たちは、この代替品の開発を余儀なくされるようになった(15)。

       その他の炭素フッ素化合物のグループで興味あるものに、フルオロカーボンプラスチックがあるが、この物質は非燃性であるばかりか、殆どの化学的侵襲に対して溶解せず安定である。また、これは熱に対して非常に強く、すぐれた電気的絶縁性を有する。そのために特殊なガスケットやパッキング、ポンプのライナー(訳者注:機械などの摩擦を防ぐために裏に当てるものをいう)、パイプ、ケーブル線の表皮、汚染しない衣服などと実に様々なものに使用されているのである。
       このグループを代表する最も重要な物はテフロンであろう。テフロンは、表面がツルツルしていて摩擦が少ないところから、ローラーの表面や、尖ったもので突き刺しても平気な厨房着などに使用されている。自動車の生産者は、テフロンをパワーステアリングのベアリングや、注油不要のボールジョイントなどにも使用している。また、テフロンは、宇宙産業にも計り知れぬ利用価値があり、真空に影響されないところから宇宙飛行機の滑材としても使用されている。宇宙の真空の中では、オイルは蒸発してしまうのである。また、テフロンは非常に耐久性があり、かつ無毒なために、人工血管や心臓の人工弁などにどしどし使われているのである。

       このようにしてフッ素とその化合物は、その価値も明らかではなかった初期の歴史を経過して、近代の工業においては極端なまでに重要な現在の地位を築いてきたのであった。その応用には、際限というものが全くないようですらある。実際のところ、フッ化物ほど大きな化学的潜在能力をもっている物質は稀であろう。しかし、一方、これに伴って、人間は、健康との関連性がまだよく知られていないこの物質に絶えず接触し、曝露されるという問題に直面するようにもなったのである。このようにして、我々は、近代工業の発達とともに使用量が増大してきたこの重要きわまるフッ素という元素の生物に及ぼす作用に関して、はたして十分な知識を所有しているのかどうかという疑問を発せねばならない状態となってきたのである。


      フッ素化・この巨大なる矛盾 第3〜5章

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                                              第3 章   フッ素の摂取源

         人間がフッ素を摂取するのは殆どが飲料水からだと言われているが、これはあくまで臆測でしかない。フッ素は環境中に沢山あり、我々の体に入ってくるフッ素は、じつに様々な源に由来しているのである。大気、土壌、河川、湖沼、井戸、海、雨、雪、食物連鎖など全てが人間が摂取するフッ素の総量に関係する。こうした様々な摂取源は、近代産業や商業が作り出した人工的なフッ素の連鎖に光を当てることにより、詳しく調べあげられている。


         

        空気

         アメリカでの巨大産業や商業用の生産施設から放出される無機フッ化物の総量は、毎年あたり12万トンから15万5千トンと見積もられている(HFに換算して)(2)。表3−1に見られるとおり、その主な放出源は石炭の燃焼(現在でも増加しつづけている)、燐酸の加工、アルミニウムや鉄鋼、セラミックス(煉瓦、タイル、セメント、ガラスその他)の生産などに伴うものであり、非鉄金属の溶解や生産に伴って放出されるものがそれに続いている。
         その他の放出源として(表には示されていないが)、ハイオクタンガソリンやフッ化水素、フッ素を配合した炭酸水素、そのほかのフッ化物の製造などをあげることができよう。汚染防止装置の進歩によってその90%が回収されると仮定しても、まことに不幸なことに「フッ化物の世界中の総放出量は、1971年から1980年の間におよそ2倍になったと推定される」のである(3)。

        表3−1 合衆国の大企業より環境中に出された無期フッ素の総量の推定 1968年

         

        放出源        放出量(トン/年)

        製鉄業         40,100

        化学工業        21,200

        燐酸肥料および同加工業 17,700

        アルミニウム工業    16,000

        石炭の燃焼       16,000

        非鉄工業         4,000

        金属溶解工業       2,700

         

         空中のフッ化物がどのように分布するかは、無数の条件、とくに天候や地形の状況によるが(4)、計算の中にいれておかねばならないのは、空中フッ素の測定の結果を何時評価したかということである。工業汚染のひどい地域では、フッ化ナトリウムのような重い粒子は放出源の付近に集まるのに反し、ガス状の軽いものは広い地域にわたって拡散するからである。
         ガス状になるフッ化物は、主に、フッ化水素や4フッ化シリコンであるが、これらは空中で粉霧状になったあと、細かい水滴の中に溶解する(5)。このようにして環境は汚染され、空気や食物から体内に摂取されるフッ素の量は、実際には、飲料水由来のものより多くなるのである。その模様は、チェコスロバキアのフッ素の汚染源となっているあるアルミニウム工場の付近のフッ素摂取源の分布として示されている通りである(6)。
         
         ふつう大都市においては、空気1m3あたりに含有されるフッ化物の量は、平均0.05マイクログラムで、濃度でいえば0.0625ppb(訳者注:ppbとはppmの1/1000、つまり1/10億をいう)である(7)。全米大気監視ネットワークが1966年から1967年の間に測定した最も高い値は1.89μg/m3(2.4ppb)であった。しかし、このような極端に小さい値は、あくまで多くの変化を平均したものでしかなく、突然煙突から煙が吹き出した工場の近くといったような状況を反映してはいないのである(7)。
         フッ化物を放出する工場周辺の大気中のフッ素量は、上記の値に比べると著しく高い。例えばある研究者は、イタリアの高山に囲まれたアルミニウム工場の近くで、空気1m3あたり最大15.14μg,19.5ppbのフッ素を検出した(8)。こんな濃度のもとでは、人間は1日あたり0.3mgのフッ素を吸入することになる。 一方工業地帯ではあっても、平坦でフッ素源の少ないデトロイトのウィンザー地域でのアメリカ・カナダ国際委員会の調べによれば、フッ素濃度は0.16ppbから2.9ppbにすぎない(9)。

        土壌

         我々の食物の多くが:フッ素汚染地帯の植物に由来している以上、土壌中のフッ素も、摂取源としては重要である。フッ素は岩石の風化や降雨、また、主に廃棄物や肥料から滲み出た汚染水などによって土壌の中に浸透する。一般に、砂の多い土壌には、雨で溶解されるためフッ素が少なく、そのフッ素は下流の粘土質の土壌に吸収されて滞留する。ふつうの土壌中のフッ素濃度は100〜300ppmで、その濃度は深くなるに従って増加する。しかし、アイダホやテネシーの高フッ素地帯の土壌の標本からは、8300ppnのフッ素が検出されているのである。また、今までに記録された土壌中の最も高いフッ素濃度はじつに18万4千ppmというのがあり、これはイギリスの氷晶石鉱山の廃棄物の中から検出されたのであった(10)。空中からの降下や、雨や雪、さらに毎年散布される燐酸肥料から土壌中に入りこむフッ化物の量は、大体、1エ一カーあたり17ポンドと推定されている(11)。


         
         水中の天然フッ素の量は、水源(表流水か地下水か)、地形、雨量の多寡、蒸発によって失われる水量などによって大きく異なる。合衆国全体でいえば、何の処理もされていない大部分の井戸水中のフッ素の量は、ふつう0.5ppm以下である。なかにはニューイングランドのある泉のように、0.02〜0.1ppmなどという極端に低いものもある(12)。一般的には、井戸水中のフッ素量は、井戸を構成する岩石層やその深さなどによる。
         泉水は、高濃度のフッ素を含む岩石層を流下する際に、時として非常に高い濃度のフッ素を含有することがある。アイダホのブラニューでは、公衆衛生局の1959年の調べで28ppmを記録したが、これはコミュニティの飲料用の井戸水としては、国内最高の値である(13)。テキサス、アリゾナ、テネシー、アーカンサス、サウスダコタ等の西部諸州のコミュニティでは、かつては、飲料水中のフッ素濃度は極めて高かった。
         例えば、テキサスのバートレットでは8ppm(14)、サウスダコタのブリトンでは6.7ppm(15)というようであったが、現在では脱フッ素されて、ほぼ1ppmとなっている。その脱フッ素の方法は、前者では活性アルミナが、後者では骨炭が使用された。深井戸、鉱泉、間欠泉などのフッ素濃度は高いのが普通である。その最適の例にイエローストーン国立公園のオールドフエイスブル間欠泉があるが、これは40ppmという高濃度であり、ヴィッチー泉でも8ppmである。その他の鉱泉では、ほとんどが0.8ppmから12.2ppm(16)の間にある。

         表流水は、一般的にいって、汚染されていない限りそのフッ素濃度は低く、0〜0.2ppmというくらいであるが、工場の廃棄物が注ぎ込まれると、当然より高い数値となる。その1例をあげれば、1959年から1961年にかけて行われた合衆国地勢調査書は、フロリダのピース河の水が46ppmという高濃度のフッ素を含有していることを報告したが、その河は、かつて工場で汚染(1951年8月30日と推定されている)される前は、1ppm程度にすぎなかった(17)、イタリー・ボルサーノのアルミニウム工場の廃液が流れ込むある河では、1971年の調べで14〜35ppmと報告され(18)、オンタリオ州ダンヴィルの肥料工場近くの貯水槽では、1965年12月6日の調べで、37.8ppmという高い濃度が検出された(19)。ルール工業地帯を通過した後の汚染で有名なライン河でも、フッ素濃度は0.25〜0.45ppm程度であり(20)、ミネアポリス〜セントポール近くのミシシッピー河でも、0.31〜0.16ppmである(21)。
         
         湖水で天然フッ素が最も高い値を示したのは、東アフリカのケニアの火山地帯にあるナクラ湖の2800ppm(0.28%)であるが(24)、合衆国では、俗に石膏池と呼ばれている燐酸肥料工場の廃液の溜池で、5150ppmという高濃度を記録したことがある(25)。
         海は比較的安定した1.3ppm程度のフッ素濃度を維持しているが、この濃度は海面下2500メートル以深でも同様である(31)。海水中のフッ素は、約半分(47%)がMgF+で、2%がCaF+、そして51%が結合していない自由F−である(32)。北大西洋のある海域の深層の海水のフッ素濃度とF/CL比が、比色分析の結果やや上昇した値を示したといわれたが(27)、最近のイオン選択電極で測定した結果では、何らの上昇もみられていない(31)。かってペルシャ湾の海水で8.72ppm、地中海で3.36ppmという高いフッ素濃度が報告されたことがあるが(28)、それ以後確証されてはいないようである。
         
         雨水も、陸地や地上の水のフッ素濃度と同様に、海水のフッ索濃度に影響する。雨は環境中のハロゲンを溶解するのである。海は空中や河川のフッ素の“下水溜め”としての役目をはたすが、同時に相当多量のフッ素を環境中に放出するという事実もあり、かくしてフッ素は逆に陸地に還流する(3)。かって中部大西洋上で、雨中のフッ素濃度が0,025ppmあったことが観測されたが、他の海域の雨ではもっと低いものであった(27)。一方、汚染工場の近くでは、雨のフッ素濃度は、10ppmにも達することが分かった。(29)。
         雪もまたフッ素を蓄積する。ある都市部での降雪中のフッ素濃度は、イオン状態で0.04ppm、総合で0,05ppmであった。交通の激しいミネアポリスーセントポール間のある地域の雪では、イオン濃度0.45、合計で3.27ppmであった(21)。

        水由来の毎日のフッ素摂取量

         過去においては、そもそも、この地上で人間生活を営むために消費される水には、フッ素などごく僅かしか含まれていないものなのであった。しかし、産業革命に伴って、人間はより深い水源を求めるようになり、それとともに消費する水のフッ素濃度も高くなってきた。かてて加えて、今世紀には、工業が相当な量のハロゲンを環境中に放出するようになり、これらの事情が積み重なって、我々の飲料水のフッ素濃度が上昇してきた。
         さらに最近の10年間に、アメリカその他では、虫歯を減らすという目的のために公共水道にフッ化物を添加するという事態が加わり、飲料水のフッ素濃度の上昇ということでは最終的な局面を迎えることになってきた。しかも、水道水をフッ素化するということは食品や飲み物をさらにフッ素添加水で調理いうことになるので、我々のフッ素摂取量はこのため2倍〜10倍にまで達することになってしまったのである。少し専門的な表現になるが、1ppmのフッ素が添加された水を飲むということは、水を1リッター飲むたびに1mgのフッ素を摂取することに他ならないのである。

        食品

         人間一人一人が空気や水から摂取するフッ素量は大まかながら計算できるものの、食品からの量となると、正確に計算することは非常に難しい。食品中のフッ素の量は、様々な条件に左右される。それがどこで作られたか。もしそれが植物であれば、食用にする部分は葉であるか、茎であるか、根であるか。栽培された時期は、乾期なのか雨期なのか。そしてその土壌の成分は。その肥料と農薬の種類は。また、その食品が加工された方法は等々 (33)。

        植物性食品からのフッ素

         植物はどんなものであれ、多少ともフッ素を含有していないものない(33)。植物は、フッ素を、土壌や空気から内部に取りこむのである。土の中から毛根によって取りこまれたフッ素は、茎を介して葉に到達する。植物はより多量のフッ素を、粘土質より砂土の方から、また、乾いたアルカリ性の土より湿った酸性の土の方から吸収する。燐酸肥料が1〜3%ものフッ素を含有している以上、人工肥料で栽培されたジャガイモやビート、大根などの塊茎植物が、大気中より土壌の方からより多量のフッ素を吸収するのは当然であろう。
         人工肥料が撒かれた土壌の高いフッ素濃度は、人間のフッ素摂取量の増加に深い関係を有している。その例を1つあげておこう。日本での研究によれば、ある田園地方では、人間1人の1日当たりのフッ素の摂取量は、1958年では4.38mgであったが、1965年になると11.13mgにも増加した。その原因は、フッ素を含有する燐酸肥料の使用にあった(34)。
         勢いよく葉を出している固い植物は、萎れているものより、より多量のフッ素を蓄積しやすい。果物や、レタス、キャベツ、セロリなどの葉ものは、特に空気中のフッ素を蓄積しがちである。その理由は植物の内部構造より外形にある。茶葉は、他のどんな食用植物より多量のフッ素を含有している。ベルギーの科学者によって行われた最近の分析によれば、15種類の乾燥した茶葉中のフッ素濃度は50〜125ppmである(36)。ミネソタ大学の科学者によれば、5種類の紅茶のフッ素濃度は52〜114ppmであり、1種類の緑茶は336ppmであった。そして最初の浸湯によって、41%から78%のフッ素が抽出されたということである(37)。一般的にいって、お茶6杯でフッ素が1mgとなる。これは、子どもの虫歯予防のためとして推奨されている1日あたりのフッ素摂取量にほぼ近いのである。

        動物性食品からのフッ素

         植物性食品以外では、海産物と魚とが最もフッ素に富んでいる。魚のなかにあるカルシウムが、海水のなかのフッ素を特に体の外側と骨の部分に集めるのである。ドイツで行われた大規模な食品中のフッ素の分析によると、新鮮な魚のフッ素濃度は1.31〜5.21ppmつといったレベルのものだったが、魚の皮と骨には、その5〜20倍ものフッ素が含まれていたのであった(39)。
         
         魚以外の動物でも、フッ素は骨や腱、皮膚などに集積している。そのために骨粉、特に年をとった動物から作った骨粉などは、多量のフッ素源となりうるのである。離乳食として人気があるペイブラム(訳者注:商品名)などは、かっては18ppmものフッ素を含んでいたものであった。
         しかし、この量が多過ぎるということが分かると(この食品で斑状歯が発生したのである)、メーカーは、ペイブラムの中のフッ素の量を1.33〜2.12ppmにまで減らしたのであった(40)。
         ベビーフードの中に入っている鶏の挽き肉は、鶏の皮にフッ素が蓄積しているために、平均で1.51〜3.14ppmのフッ素を含有している(41)。動物の皮膚から作るケラチンの中のフッ素は、ふつうでは10ppm以下であるが、この調理や最終的な加工に1ppmのフッ素を添加した水道水が使われると、そのフッ素濃度は29〜34ppmにまで上昇する(42)。それどころか、世界中の栄養状態の悪い人たちに配給される魚肉のプロテインのなかには、370ppmものフッ素が含まれているものすらある。

         このような形のフッ素は、溶解性が非常に低いために、多少は消化吸収されて血中に入るものの、大部分は腸管から排泄される(44)。
         鹿や兎のような野性動物も骨の中にフッ素を蓄積している。このような傾向は工業地域では特に著しいが、通常の場合、食肉獣の方が餌になる動物よりフッ素濃度が高いことが分かっている。実験用の動物は、その餌に35ppmといった濃度のフッ素が含まれているために、フッ素過剰の状態になっていることが非常に多い(45)。
         従来こういったことに余り注意が払われてこなかったので、フッ素摂取に関する動物実験のデータや、それを人間に応用することについては、信頼がおけない場合がけして少なくないのである。

        総フッ素摂取量
         

         我々の日常の食物の中のフッ素の総量を計算することは、その食物の加工や調理のやり方を考慮にいれると、より厄介なものとなる(46)。例えば、野菜がフッ素添加水で茹でられると仮定しよう。その場合、水中のフッ素は、湯が蒸発するに従って、より高濃度となる。かてて加えて、食物中の蛋白質やミネラルは、たとえ湯が沸騰しないまでも、水の中のフッ素を吸収するのである。このような効果は、塩素の場合とは逆なので、塩素は、料理中に酸素の遊離によって消失し、希塩酸に置換してしまうのである。しかしその一方、炭酸飲料水などは、もしそれが4カ月も金属製の缶のなかに入れ放しにされたままであったとすると、その中のフッ素は、約30%もなくなってしまうのである(47)。

         1943年、合衆国国立歯学研究所のF・J・マックルーアは、アメリカ人成人の典型的な食事を分析して、1日あたりの総フッ素摂取量のうち0.3〜0,5mgが食事に由来するものであるとし(48)、1971年には、合衆国国立研究審議会(NRC)の委員会が、0.2mg、「ごくまれに1mg」が、現在の我々が食事から取しているフッ素の量であると言明した(49)。
         しかし、その時にはすでに、カナダ国立研究審議会(CNRC)の科学者が、人工的にフッ素添加された飲料水で調理された食物とその水からのフッ素摂取量を合計したものは、1〜1.15mgの範囲内であったものが、2〜5mgにまで増加してきていることを1966年に実証していたのであった。さらに、ごく最近の16都市の病院の標準食の分析により、毎日の食事から摂取されるフッ素の量が増大してきていることが明らかとなってきた。即ち、食事そのものからのフッ素摂取量は、非フッ素化地域では1日あたり1mgであるが、フッ素地域ではその2倍以上(1.7〜3.4mg)にも達しているのである(51)。
         
         化学添加物、特に防腐剤と殺虫剤は、食物中のフッ素のもう1つの供給源である。例えば、小麦粉に添加する骨粉は、食事1日あたりにつき1mgのフッ素の増加をもたらすであろう。米や豆をピカピカにするためのタルク(訳者注:滑石、H2Mg3(SiO3)は、米や豆のフッ素濃度を10〜14ppm(40)にまで上昇させてしまうし、フッ素を含む殺虫剤を散布されたリンゴは、それだけで1 mgものフッ素を供給するのである(53)。医師が妊婦に処方するカルシウムやビタミン剤は、さらにフッ素の摂取源となる。というのも、その種の薬剤のあるものは燐灰石で作られているものがあり、その自然に生成されたフッ化物からは、フッ素を除去しようにもなかなか完全にはできないからである。

         その上さらに、知識の欠如やある思い込みのために、習慣的に多量のフッ素を摂取している場合もないわけではない。例えば、軽度の骨フッ素症(慢性フッ素中毒症)にかかったある患者のケースでは、日常生活に使う水を全部7.5ppmものフッ素が入っている山の泉水から得ていたのであった。その男は、泉水はすべて健康によいとまちがって思い込んでいたのである(54)。
         このような隠れたフッ素源が、如何にフッ素の総摂取量を押し上げてきているかは、1960年に、トロントの2人の科学者によってさらに詳しく明らかにされた(54)。彼らは、海に囲まれて生活しているニューファンドランドの住民の主に魚からなる食事が、1日あたりの平均でO.74mgのフッ素を供給していることを明らかにした。古典的なイギリス人の子孫である彼らは、1日6杯の紅茶を飲むことでさらに1mgのフッ素をこれに加え、その上、パンに添加されているフッ素の入ったカルシウムから、もう1mgのフッ素を摂取しているのであった!
         最後にもう1つ、あるイギリス女性の例をあげておこう。この女性は、関節炎に罹患していたが、これは、彼女が毎日、紅茶と水だけから摂取する6.3〜9.3mgのフッ素に関連して惹起したものなのであった(55)。以上の事実により、次のことが明らかである。
         即ち、食物や水や空気をつうじて摂取されるフッ素は、その量を正確に予測することは不可能であっても、すべて人体へ取り込まれる。従って、たとえその量がおおよそのものであり、個人によるバラツキがあるものであっても、1日あたりのフッ素の摂取量ということは、考慮しないわけにはいかないのである(参照:脚注3−1)



        訳者による脚注3−1:“フッ素の総摂取量”という考えは、水道のフッ素化政策を否定する重要なキーワードの1つである。基本的にフッ素は毒物であり、しかもそれが、飲料水以外の空気や食物からも人体に取り込まれているという事実が明らかになると、どう理屈をつけようが、“フッ素化の理論的根拠”なるものは科学として通用する力を失ってしまうのである。このような事情があるために、フッ素化推進者はなるべくこの事実から世間の目をそらし、この事実を軽視しようとして様々な手練手管を駆使してきた。ドグマに憑かれた科学者ほどタチの悪い人間はないので、科学の衣装をまとったこの狡知を暴くためには細心の注意が必要である。

         この問題に関して、わが国での例を1つあげておく。鹿児島大学歯科口腔外科学教室の鮫島一男は、F・J・マックルーアの研究に触発されて各種食品に含有されるフッ素濃度を測定し、
        「日本では弗素を食品から多量摂取しているから、飲料水弗素含有量は痕跡程度であることが望ましい」という結論に到達した(日本人弗素摂取量に関する研究、口腔衛生学会雑誌、第8巻、第1号、37−45頁・昭和33年)。これは、時代というものを考慮すると、まことに驚嘆すべき先駆的な結論である。ここから一歩を踏みだせば、フッ素化を完全に否定する言葉となるのは誰にもわかるであろう。
         この結論は、鮫島の名で発表されてはいるものの、彼の指導者であった副島侃二教授の思想そのものであったといってよい。昭和5年からフッ素の毒性研究に従事し、「斑状歯を研究したくて満州から鹿児島大に赴任した」副島にとっては、水道フッ素化なる企画はじっに心外なことであったのに違いない。
         一方、この頃、わが国でフッ素化実験を続けていたのは、京都大学歯科口腔外科の美濃口玄教授である(京都市山科浄水場・昭和27年〜40年)。当然両者の間には論争が惹起せざるを得ない。慎重というより小心な美濃口は、1〜1.2ppmのフッ素添加でなければ効果が出ないという占領軍当局の圧力を排除するために、サンフランシスコ講和条約によるわが国の独立の回復をまって0.6ppmでフッ素化を開始したが、副島によれば、この濃度でも地域住民のフッ素摂取量は過剰にすぎ、その証拠に、その地域の学童には斑状歯が多発していると指摘して美濃口を批判した。
         この対立を解決すべく乗り出してきたのが口腔衛生学会である。現在の同学会のありようを外野席から冷淡に眺めていると、まるでフッ素教信者の本山であるとしか思えないが、昭和37頃には、この学会を構成する人々の心の中に、まだ、科学的精神というものが明確に存在していたことがよく理解できるのである。即ち、同学会は、副島VS美濃口論争の核心をなす「フッ素化によるウ蝕抑制効果」と「斑状歯(この報告書では白濁様歯牙という言葉を使っている)発生の状態」に焦点をあてて詳細なレポートを提出した(上水道フッ素化のウ蝕予防効果に関する調査報告・口腔衛生学会上水道弗素化調査委員会・口腔衛生学会雑誌第12巻、第1号、27〜41頁・昭37年1月)。その結語は次のように述べている。

        「(略)京都市山科地区(村上注:フッ素化地区)および修学院地区(村上注:比較対照の非フッ素化地区)の児童生徒のう蝕罹患状態ならびに白濁様歯牙発現の状況の差異を上水道弗素化、非弗素化によるものと認めれば、上水道弗素化は学童生徒の永久歯う蝕罹患、ことに第1大臼歯のそれをやや低下せしめたようであるが、白濁様歯牙の発現をやや増加せしめたようである」

         ことわっておきたい。これはあくまでも、わが国で行われた0.6ppmの水道フッ素化実験に限っての話である。しかも、10年以上にもおよぶ長期間の人体実験の結果がこんな程度なのである。フッ素化の虫歯予防結果などもしあったとしても、こんなものだということはよく記憶しておく必要があろう。
         しかし、美濃口にとってみれば、この評価は甚だ不満だったのであろう。彼は、食物由来のフッ素という件は考慮したくなかったために、斑状歯はフッ素以外の原因(未知)によっても起こるという考えに傾斜し、やがて「非フッ素性エナメル不全」なる概念を思いつく。このことが宝塚市斑状歯事件を必要以上に混乱させた。しかし、この概念はあくまで彼が思いついただけのものであって、科学的に確証されたものとはいえないのでる。
        ★副島vs美濃口論争は、副島の急死(昭和39年8月2日)により中絶した。彼以後、歯科界でフッ素の毒性ついて公言するものは皆無となった。かくて口腔衛生学会は、アメリカやWHOの後光を背負ったフッ素化推進者により席巻されていった。戦中の日本国中が翼賛体制によって軍国思想で統一されて行ったのと同様である。

        ★故柳沢文徳名誉教授(東京医科歯科大学・難治疾患研究所・疫学、日本フッ素研究会創立者)が、副島侃二教授の業績について深い尊敬の念を以て再三ならず語っていたことを、私はよく記憶している。

         

         

                     第4章     体内のフッ素の動態

         人間の体内に入ったフッ素は、その後どうなるのだろうか。この質問に答えるには、ふつう、二つの方法が必要である。
        その一つは、ある限られた時間内に消費される食物や飲料中のフッ素の総量を測定しておいて、それを腎臓や腸から排泄されるフッ素の総量と比較する。しかし、この方法では、汗や唾液や涙などの中のフッ素はうまく集めることができないため、信頼性が限られる。
         この方法を最初に報告したのは1891年、J・フランドル、H・タッペイネルという2人の薬理学者であった。彼らは体重28ポンドの犬に総量14オンス(403g)のフッ化ナトリウムを21ヵ月にわたって与えた(I)。その期間中に、81%のフッ素が、腎と腸から排出された。犬を殺して調べてみると、体内に残ったフッ素のうち、92%あまりが骨と軟骨から発見され、残りはたいした量ではなかったが、皮膚、筋肉、肝臓、歯、血液などに含まれていた。
         もう一つの方法は、放射性トレーサーを使用する方法である。すなわち、放射性フッ素18F水に混ぜて飲ませるか静脈注射で投与して、それが体内を通過する際に発する放射能をガイガー計で測定するのである。この方法によれば、体内の何処に放射性フッ素が集まっているか、どれだけ排出されたかなどということを正確に決定することが可能である。
         このような実験では、すべての情報を8〜10時間以内に集めなければならなくなる。というのも、18Fの半減期は1.87時間と非常に短く、崩壊するにつれて18Oという安定した酸素の同位元素に変わってしまうからである。放射性トレーサーによる研究が最初に報告されたのは1954年のラットについてであり(2)、ついで1954の羊(3)、1958年のラットとマウス(4)、1960年の人間(5)などが行われ、その後相次いで同様な研究が報告された。

        バランス研究
         
         1945年に、人体を出入りするフッ素のバランス研究が、5人の健康な青年を被検者にして28試験期間にわたって行われた。その1試験期間は、8時間を1単位とし、5単位によって構成された。そこで分かったことは、飲料水から摂取したフッ素の80%以上が尿と汗により排出されたということである(6)。汗は「フッ素の排出にとって重要な経路である」と、この論文の著者は述べている。
         その後に行われた別の研究で、9人の男性の救急患者の平均4,4咾離侫蛋任魎淪してしている毎日の食事に、さらに9.1咾離侫蛋任添加された(7)。したがってこの場合、1日あたりのフッ素の総摂取量13.5咾砲覆襪、そのうちの3.6咾体内に蓄積し、その総量は32日間の実験期間には115mgに達した。
         実験が終了した後の18日間に腎と糞便から排出されたフッ素の総量は9.3mgであり、こののことは、実験期間に蓄積した115mgのフッ素のうち、その約10%だけがその後に排出されたことを意味している。

        血液中への吸収

         ふつうの状態では、フッ素は10分以内で血流に吸収され、50分後には血中濃度が最大に達することが18Fのトレーサー研究で判明している(5)。吸収されたフッ素のうち47.5%が腸管上部で、25.7%が胃壁を通して1時間以内に単なる拡散によって吸収される、能動輸送のメカニズムは何ら関与していない(8)。しかし、このようなフッ素の「正常」な代謝の過程は、様々な因子によって修飾を受ける。例えば、食物や飲料水中にカルシウムやアルミニウム、マグネシウム、燐酸などが存在すると、フッ素の吸収は緩徐になるのである(9・10)。しかし、たとえカルシウムや燐酸の摂取量が増大しても、それが作用を及ぼすのは吸収されたフッ素だけに限られている(7)。同様に、同時に脂肪を摂取すると胃が空になるのはかなり遅れるが(11)、フッ素の血中への吸収は亢進する(12)。

         胃が胃潰瘍の患者のように過度に酸性になると、そうでない場合より、フッ素の吸収はより急速に、より完全に行われる。下部の腸ではフッ素は殆ど吸収されない。胃とは逆に、腸の内容物はアルカリ性であり、フッ化物のあるものは血中に入らず、糞便の材料と共に体内に留まるのである。食物や錠剤や塩などと一緒に嚥下されたフッ化物は、水や液体と一緒に呑んだ場合より血中には吸収されにくい。しかしミルクは、その中のカルシウムや蛋白質がフッ素と結合するので、吸収はより遅くより不完全になる。ラットでの実験によると、連続してフッ素を与えた場合の方が、断続的に投与した場合より体内に蓄積する量がはるかに高い(3)。
         
         一方、フッ素を排出する工場の労働者や周辺の住民にとっては、フッ素の侵入の最大のルートは呼吸器である。ガス状のハロゲン(とくにフッ化水素)は、主に気道の上部から簡単に血中に侵入する。どのようなフッ化物が吸入されやすいかは、主としてその粒子の大きさによるので、大きいものは鼻、副鼻腔、咽頭などにとどまって、粘液や嚥下などで急速に体外に排出される(14)。直径が0.5〜5μのものは、肺が行き止まりになっている部分の毛のように細い肺胞の中に埋まり、もしそのフッ化物が水溶性のものであれば、数分のうちに血中に吸収されるのである(15)。

         血流の中のフッ素は、その80〜90%が「結合した」拡散しにくい形のものになっている(16)。その大部分は、有機分子と安定した共有結合によって結びついているようである。残りのフッ素は自由イオンで、その濃度は、摂取量と排出の程度によっているのである。血清中のイオン状フッ素の「正常」な濃度は、ローチェスター大学のテーベス博士によれば「飲料水中のフッ素がごく微量であれば」0.2〜0.4マイクロモル/リッター(μM)もしくは0,004〜0,008ppmで、「その地域の水道がフッ素化されている場合には、約0.5〜1マイクロモル(0.01〜0.02ppm)である」という(17)。
         
         現在までに行われた最も進んだ研究のなかで、H.Hanhijarviは、フィンランドの非フッ素化地域とフッ素化地域の病院の患者2200人について調べ、血中のイオン状フッ素濃度が上記の値に比較して幾分高かったことを報告した(18)。
         彼のデータでは、血清中のフッ素濃度は加齢、糖尿病、腎不全などでは増加するが、妊娠の間は多少低下した。また、肝臓や心臓の疾病では、、とくにフッ素化地域において上昇するのが認められた(表4−1)(19)。
         小さい自由フッ素イオンはたやすく毛細血管の壁を通過することができ、このため体内のあらゆる器官、とくに骨に到達する。そして、このような動態のなかで、血中のフッ素イオンの濃度や、共に体液を構成しているカルシウム、二酸化炭素などの濃度が、フッ素の組織に到達する量と速さとを決定する。

        組織への蓄積               

         骨や歯では、フッ素は、直接、ハイドロオキシアパタイトといわれるミネラルの結晶構造のなかに取り込まれ、フルオロアパタイトを形成する。長管骨の海綿状の部分や表面では、皮質の部分より、より急速にフッ素を取り込み(20)、発育しつつある骨や歯は、成熟したものより、より多量のフッ素を吸収する(21)。かくして、もし腎疾患がなければ、子どもの方が大人より、より急速にフッ素を吸収するのである。

         体内の大部分のフッ素は骨や歯や爪などの硬組織に蓄積されるのであるが、我々は、現在では、フッ素は体内の至る所に進入して「蓄積」され、時にはそれが相当な量に達することも知っている。例えば、大動脈(22)は、比較的石灰化が進んでいない部分においてさえ多量のフッ素が認められ、ある条件のもとでは、皮膚、腸、腎臓、肝臓、筋肉や他の組織などにも著しい量のフッ素が蓄積されるのである(23)。フッ素濃度が最も高かった軟組織中の例に8400ppmというのがあり、これは中年の男性2例の大動脈から発見されている(24)。

         

        フィンランドの2病院における2200人
        の 血中フッ素イオンの平均濃度
          フッ素イオン
              (μM)
        年齢と疾病 非フッ素化地域 フッ素化地域

        27
        47
        67
        87
        平均;
        糖尿病 (成人)
        肝臓病
        心循環器疾患
        膠原病
        0.79
        0.87
        0.86
        0.96
        1.0
        0.88
        0.98-1.6
        0.95-1.4
        0.94-1.3
        1.7
        1.1
        1.2
        1..4
        1.6
        1.8
        1.3
        1.4-4.0
        2.3-3.5
        1.2-2.6
        2.6

                          表 4−1

         
        排出

         フッ素の体外への排出は主として腎臓から行われ、糞便、汗、唾液、涙、母乳からの排出はより少なく、一般的にその予測は困難である。人間が成長している時には腎臓を介するフッ素のクリアランスは増加するが、50歳をすぎると減少が始まる。これは蓄積が増加していることの徴である。成人にフッ素を投与すると、ふつう37%〜48%が体内に留まるが、この量にはかなり変動がある(25)。
         
         フッ素研究を始めた頃、私は数人の患者に試験のため、子どもの虫歯予防に推奨されて量(26)の7倍の15咾離侫嘆愁淵肇螢Ε燹複董櫃箸靴藤供ィ賢咫砲鯏衢燭靴燭海箸ある。その場合ある患者は24時間の全尿中に3.6%しか排出しなかったが、別の患者は、何と99.5%もの多量のフッ素を排出したのであった。多量に摂取した場合には、フッ素の排出は、その後長時間にわたって持続する。例えば、テキサス州バートレットでの例。ここでは飲料水中のフッ素が8ppmから1ppmにまで脱フッ素されたのであるが、その2月後の7歳〜70歳の116人の白人男性の尿中の平均フッ素濃度は、6〜8ppmであったものが約2ppm にまで減少していた(27)。この数値は、以前蓄積されていたフッ素が代謝中に排出されたことを示していよう。
         
         フッ素の蓄積や排出が個人によって大きく異っている以上、フッ素の健康に対する作用も、人によって大きく異なるに違いないと結論しても非論理的ではあるまい。不幸なことに、フッ素の人体の諸器官の中での動態に関する我々の知識はまだ不完全である。我々は、なぜ、ある個体が、フッ素に対して別の個体とそんなに異なって反応するのか知ってはいない。何かそこには、おそらく遺伝的な素因があり、それでフッ素の蓄積の個体によるバラツキが説明できるのかもしれない。また、栄養不良、ビタミン欠乏、食習慣の相違、ある器官の機能障害、疾病の存在、職業上の曝露や社会経済的な因子などは、体内のフッ素の作用にどのように関与しているのか。このような疑問は、まだそこに研究すべき重要な領域があることを示しているのである。現在の我々は、疑問を系統化することすらできていないのであって、回答を探し出すというような段階にはとても立ち至ってはいないのである。
         科学者が最も注意を払うべき領域は、フッ素の歯に対する作用、なかんづく虫歯を予防する上でのフッ素の価値であるが、この点に関しても、我々の知識はきわめて不完全と言わねばならない。

         

                           第5章  フッ素と虫歯

        虫歯の猛威
         虫歯は明らかに文明と同時に発生した。紀元前1万2千年の前新石器時代の化石からは虫歯は殆ど発見されていないが、紀元前5千年〜3千5百年にかけて比較的高度な文明を築いたスメール人は、もう明らかに虫歯にかかっていたのである。
         ピラミッドの時代のエジプトでは、貴族の遺骨からは虫歯が発見されているが、粗末な食事しかできなかった下層民から発見されることはごく稀である。同様なことは世界の別の所でも観察されているので、例えばシレジアでは、石器時代には、人口の1.75%しか永久歯の虫歯を有していたのに対し、現代では80%が罹患している(1)。

         現代の急激な虫歯の増加の原因は、まず第一に文明に伴う砂糖その他の精製された炭水化物の消費にあると考えられており、この結論はすでに十分確証されているといえよう。言うまでもなく、文明が虫歯の発生率を激増させたのは今世紀になってからのことである。
         北米のエスキモーやインディアン、グリーンランドのエスキモー、シベリアのある部族の人たちは、彼らの食事が肉や魚や木の実などに限られていた間は、虫歯とは殆ど無縁だった。
         西部グリーンランドで発見された200年前の骨には全く虫歯が見られなかったが、その地域の住民は、1年の大半を通じて不凍港に近づくことができたため、時代とともに炭水化物の消費が増大して虫歯が増え、ついに10人のうち9人までがこれに罹患するようになってしまったのである。
         この反対に、東部グリーンランドの住民は、1年のうち9ヵ月は文明から隔絶されて暮してきたため、虫歯に罹患していないのである。同様な理由で、第2次世界大戦中の占領下のノールウェイとデンマークでは、スエーデンに比べると虫歯の発生率が劇的に減少した。食料の配給が最もきびしかった時期には、子どもたちの永久歯の虫歯の発生率も最低であった(2)。

         虫歯の発生に関しては食事が最も重要な因子だとはいえ、他の要因の関与も明らかである。ある元素とくに、カルシウム、燐酸、マグネシウム、モリブデン、バナジウム、ストロンチウム、フッ素などが、虫歯から歯を保護する面で様々な役割を果たしているように思われる。
         虫歯にかかりやすい遺伝的体質ということもないわけではない。例えば、黒人が厳重に白人と差別されていた1933年の南部のテネシー州では、コーカサス系の74%が虫歯を保有していたのに対し黒人はわずか41%が罹患していただけであるが(3)、ここでも食事の相違が、それが何であるかはわからないが、重要な役割を演じていたにちがいない。現代では、虫歯は永久歯が萌出した直後から始まり、思春期にかけて急激に増加する。1940年に合衆国メリーランド州ヘイガースタウンで、6〜15歳の学校児童全員4416人について最初の大規模な疫学調査が行われたが、それによると6歳児の男子では50%、女子では56%が虫歯に罹患していた。この驚くべき割合は、14歳児になると95%、96%と上昇するのである(4)。

         1974年の合衆国の12〜17歳の子どもに関する調査では、永久歯の1人あたりの平均DMFは6.2であり、その内訳はDが1.7,Mは0.7、Fは3.8であった(5)(参照:脚注5−1)。
         どの年齢でも、男子は女子よりも低く、白人は黒人より高かった。家族の収入や両親の学歴との相関性はなかった。また、北東諸州に住んでいる白人の子どもは、ほかの州の白人の子どもよりも高かった。

         虫歯の流行がいかに凄じいかは、次のような事態を想像してみるとよく理解できるだろう。即ち、1960年代の合衆国では、15〜24歳の人間は、平均して、ピーク時には4本余りの虫歯を保有しており、そのため、毎年、約3本の修復を必要としていたのである(6)。別の調査では、自分の歯を持っている9千百万人の大人のうち、約8億5千5百万本の歯が失われており、1億2千7百万本が未処置のままで放置され、6億3千7百万本の歯が処置ずみであった(7)。さらに、その費用に関していえば、1965年には、アメリカの国民は治療費として12億5千万ドルを支払い、その5年後の1970年には、歯科疾恵の総医療費は40億ドル以上にまで増加してきたのであった。



        訳者による脚注5−1:DMFとは虫歯を経験した歯の数を意味する歯科学の用語で、ふつう、DMF、あるいはDMFTと表記する。その意味は、D=decayed、(虫に食われた)、M=missing(抜去された)、F=filled(充填された)、T=teeth(歯)というもので、Mには歯冠の崩壊の著しいC4も含め、Fには人工歯冠をすべて含める。これらは永久歯についての評価であり、乳臼歯については小文字を用いdmfと表記する。DMFTの他にDMFS(S=surface、歯面)を用いることもある、Sは前歯では4面、臼歯では5面として算定する。それぞれの指数の算定は下記の式による。
            。庁唯藤垰愎堯=  被検書中のDMF歯数の合計÷被験者数
            ■庁唯藤啝愎堯= 被検書中のDMF歯面数の合計÷被験者数



         虫歯は痛みや腫れを起こし容貌を醜くするばかりではない。それ以上に重要なことは、そこを侵入門戸として血流やリンパ管の中に細菌や毒素が流れ込み、そのため、多くの慢性疾患が、とくにリウマチ様関節炎や亜急性細菌性心内膜炎が起こりうるということである。腎疾患や糖尿病なども虫歯によって惹起する可能性があり、惹起しないまでも、少なくともそれによって増悪する。慢性ジンマシンのようなアレルギー反応でさえ、しばしば、虫歯にその原因が求められる。
         私は、私自身の臨床経験をいまなお鮮明に思い出す。それは40歳の男性の敗血症のケースだったが、その患者は、毎日熱が突発し、大量の抗生物質療法にもかかわらず、病状は悪くなる一方なのであった、しかし、腫瘍を形成していた虫歯を抜去したところ臨床像は急速に改善され、一命を救うことができたのである。(参照:脚注5−2)



        訳者による脚注5−2:アレルギーと虫歯との関係については今なお不明な点が少なくないが、食物アレルギーの研究で名高い群馬大学名誉教授松村龍雄博士(小児科学)は、病巣感染学説の立場から、虫歯を極めて重視していた。アレルギーには一見、きわめて不可解な現象が多く、しかも理論的にその因果関係を客観的に記述できる所まで医学が発達していないこともあって、つい経験主義的となり議論が不必要に混乱する傾向がある。松村博士は厳密にアレルゲンを除去する立場をとり、歯肉や骨の化膿とは無関係なC1やC2あるいアマルガム充填歯の抜歯も敢えて実行された。訳者は、かって旧著論文「フッ素信仰はこのままでいいのか(2)」(群馬県歯科医師会雑誌「ぐんし」・第292号・1987年4月・pp29−34)で歯科医師の立場からこの問題を議論した。若干長くなるが、その一部を以下に採録しておきたい。
        「(略)松村教授の原病巣除去に対する態度は凡そ徹底したものであった。(略)〔教授が〕述べられ歯科に関係した部分を(略)引用しておきたい。
        『病巣感染の治療の実際間題に関して二、三の注意を加えたい。その第一が病巣の総合作用である口蓋扁桃、咽頭扁桃、歯牙、副鼻腔、その他の病巣のうちのひとつが単独で作用するのでなくて、これらが全体として働いているという考え方である。たとえば、腎炎では扁桃病巣、リウマチ熱では歯牙病巣がとちらかといえば主役をなしているという傾向が認められるが、しかし、その場合でも、病巣は決してそれのみではなく、ことごとくの病巣が相互にからみ合って作用していると考えられる。実際問題として変化のはなはだしいc4のう歯の抜去のみによって寛解する場合はむしろ少なく、C3、C2、C1、とあらゆるう歯を抜去しなければならぬのがむしろ普通である、X線写真で異常の証明される場合のみではなく、異常のとらえられない場合にも問題のあることが少なくない』
         群大小児科の抜歯依頼状を見て、それが永久歯のC1であるのに目をシロクロさせた経験のある歯科医師もも読者のなかにはおられる事であろう。(略)歯科医師として見れば、以上のようないきさっで次々と抜歯された患者の口腔は、ある意味では極めて無残なものである。しかし、そのために、アナフィラキシーの発作や、リウマチ、腎炎等の症状が寛解している患者が多いことも事実であり、抜歯に非常な感謝をしている例が少なくない。現今の歯科医学は
        、『人間にとって歯があることが無条件にいいことだ』ということを教育の基本に据えているのは周知の如くであるが、「仮令それが良い歯であっても無い方がよい」という患者がいることも忘れてはならない、歯科医学の常識を白紙に戻してみないと、病巣感染学説はかなか理解できない(略)」
        松村博士の見解を詳しく知るには、以下の2文献がよい。「病巣感染の意味するもの」・松村龍雄、臨床医・2巻9号・昭和55年9月。「病巣感染の臨床」・松村龍雄・第23回日本アレルギー学会総会会長講演・アレルギー・23(8)・昭和49年、p83



         このような多くの健康に関する深刻な問題は、歯科医師たちの虫歯との闘いを一新した。彼らは、次のような様々な手段を探究した。口腔衛生の改善、歯を細菌から防御する様々な局所的処置、歯面や歯の溝のシール(訳者注:充填材料をもって、歯の溝を埋め、表面に食べ滓などが溜まらぬようにすること)、デンタルフロスの使用、洗浄作用をもつ食物の摂取(現在では疑問)、精製された炭水化物の摂取の制限、よりよい栄養、さらに、食物や飲料水に化学物質を添加することが推奨され、1930年代の末、飲料水にフッ化物の添加が推奨されるようになったのであった。
         フッ化物によるう蝕予防という考えが当時いかに優勢であったかは、次のL・M・デルターラプの言がよく示しているであろう。「う蝕になりやすい年齢の者にとっては、歯にう蝕の耐性を与えるため、とくに十分な量のフッ素の摂取が大切である(8)」。

         1950年代の当初、合衆国公衆衛生局は精力的にフッ素化を推進することを開始した。同局の元サージョン・ジェネラル(訳者注公衆衛生局長官に直属する官僚で、いわば公衆衛生課長)であったルーサー・テリーは、この手段を「公衆衛生の4本柱のうちの1つ」であると述べ、「牛乳の低温殺菌、水の浄化、疾病に対する免疫」に比較している(9〕。合衆国内外の団体も見解を共にした。1975年、アメリカ医師会の食物・栄養委員会は、フッ素化を「全住民に対する衛生手段として、安全かつ望ましいことであり、すべての自治体が、この手段を採用する必要性に迫られている」と述べて、フッ素推進の姿勢を新たにした(10)。

         しかし、それにもかかわらず、この衛生手段に付随する有効性と安全性というふたつの基礎的な問題は、更なる考察を必要としていた。
         そもそも、虫歯はどのようにして発生するのか。
         歯牙は、その表面を、体の中でいちばん硬いエナメル質という組織で覆われており、その内側に、エナメル質よりも石灰化が少ない象牙質という骨によく似た組織がある。 歯はセメント質によって顎骨と結びつけられて植立されており、その中心には歯髄腔という管があって、その中には、神経やリンパ管のほかに、歯の形成や発育時に必要な栄養を供給する血管が通っている。エナメル質はエナメル芽細胞と呼ばれる一群の細胞で形成され、管状のストローをつなげたような構造をしている。その管の内部には、主にカルシウムと燐酸を含む非溶解性の無機塩がぎっしり詰っており、この中に蓄積されている他の元素の量は遥かに少ない。このようにして、ハイドロオキシアパタイトの形成を通じてエナメル質の石灰化が進むのである。

         一旦、歯の形成が完了すると、エナメル質は比較的に不活発となり、間断なく代謝を続けていつまでも修復能力を持つ骨の細胞とは大きく異なるようになる。歯の発育と石灰化が完成した後では、フッ素などの化学物質の歯への取り込みは、殆ど、歯の表面、とくに血管が入り込んでいる根管を被覆するセメント質の部分だけに限局されるようになる。

         う触発生のメカニズムに関する学説は、これまでに幾つも提出されてきた。
        19世紀の終わり頃に、ドイツの歯科医師W・D・ミラーは、いわゆる「化学」説を発展させ、う蝕は二つの段階、すなわち、エナメル質の脱灰とそれにつづく軟化・分解を経て発生すると提唱した(11)。ミラーはパンと肉と砂糖を混ぜて歯を48時間培養し、象牙質を脱灰するのに十分な酸を作成した。試験官の中でその酸によって侵襲されたエナメル質は、カルシウムと燐酸の両イオンを失い、それは歯を浸しておいた溶液の方から検出されたのであった。

         口腔の中ではエナメル質の脱灰は、主として炭水化物を醗酵させる乳酸菌の作用による。元ミシガン大学歯学部長であったR・W・バンティングは、この桿菌のう蝕の発生に際する顕著な役割を提示したが、それによると、虫歯に対して免疫のある者の口腔内には共通してこの細菌が少なく、虫歯が多い者にはこの菌もまた多かったのである(12)。この桿菌によって生成される乳酸は、アルカリ性の唾液によって一部中和されるが、通常、歯垢を作るのに十分な量が口腔内に残存する。そして、その歯垢は、化学物質と細菌から成るゼラチン様の薄膜となって歯の表面に粘着し、このために、一連の虫歯の経過が開始するように見受けられることが非常に多いのである。一般的に、歯垢は、食物の残り滓がたまるエナメル質の表面の小窩(訳者注:歯の表面にある小さなクボミをいう)や裂溝(訳者注:歯の表面の溝をいう)や隣接面に生成される。

         エナメル質の構造の欠陥は、酸によって侵襲される素因となる。そのような欠陥は遺伝によって生じることもあれば、次に列記するような条件による場合もあるだろう。すなわち、環境による栄養不良、小児疾患、毒物たとえばセレニウムや強酸などの曝露、不適切な歯科衛生(歯磨きやクリーニングの習慣の欠如)、また特に、精製された炭水化物の過剰な食事や必須ミネラルであるカルシウム、マグネシウム、燐酸の不足など、ひとたび小窩や裂溝にう蝕が発生すると、そこは文字どおり細菌の温床となって、そこ生じた醗酵物質は、虫食いになった部分の歯質の侵襲と感染に対する感受性を高めるのである。
         
         う窩がエナメル質より更に軟らかくミネラルに乏しい象牙質にまで達すると、上記の反応は急速に進み、やがて歯髄が感染して膿瘍が形成される。(しかし、一方、栄養上の欠陥にもとづくある学説は、次のように述べている。「う蝕は象牙質のある部分のミネラルの脱落によって開始されるのであって、そこから逆にエナメル質の表面に進行してう窩が発生するのである」(13)。)
         
         レプトトリクス・ブッカリースという別の細菌の活動によって、砂糖が酸化されてシュウ酸になる過程で、もう一つ異なった種類の醗酵が励起される。このタイプの醗酵は、脆い麦藁色の歯石を歯頸部の周囲に形成する。ある歯学研究者は、このような歯石の存在を乳酸菌に発う性がある証拠だとしている(14)。蛋白質の多い食事はシュウ酸の産生を促進し、反対に、炭水化物の多い食事は乳酸を生ずる醗酵を促進する。

         う蝕のメカニズムに関する別の学説は、アメリカの歯科医師C・F・ボーデッカーによって提出されたものであるが、ミラーの説とはきわめて異なっている。彼によれば、う蝕は、歯牙の0.6%を占めている蛋白質を含んだ有機マトリックスより発生するという。この、いわゆる蛋白融解説は、主にエナメル葉とエナメル小柱の鞘の部分にある有機質が、有機質の経路を通って侵入してきた細菌により破壊され融解されるということを仮定している。(15)。
         
         1955年に、ストレプトマイシンをS・ワクスマンと共同して発見したA・シェッツは、蛋白融解説をさらに発展させて「蛋白融解キレート説」を提唱した。
        それによると、う蝕の過程は、酸性でもアルカリ性の状況下でも進行するものだと言う(16)。キレート化とは、たとえば鉛のような金属カチオンが複合体を作るか、2機能試薬に強く挟まれて、環状構造を作る過程である。シェッツは、エナメル質の有機性分を酸素や細菌が侵襲する過程で、エナメル質と食物または唾液の両方からキレート物質が生成されると仮定したのであった。このキレート物質が、エナメル質のミネラル相においてカルシウムと複合体を作り(キレート化し)、う蝕が生じるとしたのである。

        フッ素の歯に対する作用
         虫歯の発生に関する説明がこんなにも異なっているのに、一体、どうしたらフッ素の予防作用をうまく説明できるのだろう。我々は、フッ素が、歯の萌出に先立って、象牙質にもエナメル質にも蓄積されることを知っている。これは、歯が完全に形成された後より、発育している最中でより急速に行われる。歯のハイドロオキシアパタイトの結晶の表面でOH基がフッ素と置換することは明らかである。このイオンの交換は、アパタイトの結晶を大きくし(17)、この大きさが増大するに従ってエナメル質はより溶けにくく、虫歯に対して抵抗性を増す。そして、このような経過は、血流によってフッ素が運ばれてくる歯の内部の髄室で起こるのである。歯が発育を完了した後では、フッ素の蓄積は、歯の外部の表面とエナメル・象牙境界で最も盛んなことがわかっている(18)。

         別の説ではフッ素は歯垢の量を減少させるといい、歯垢はふつう、高濃度のハロゲン(6.4−179ppm)を含有しているともいう(19)。またある説では、歯が発育する時期に適量のフッ素を摂取すると、より丸みがかった、緊密に閉鎖した裂溝をもつ歯が出来、より以上の自浄作用が期待できるのだという。また、ある論文の著者は、フッ素は、エノラーゼ系の一部分をなしている補酵素の活性を減弱させ炭水化物の分解を防ぎ(3)、とくにそれが歯垢の中に貯蓄することを防ぐ。その歯垢こそが、口の中に糖分がなくなる非摂食時でも酸の生成を促進すると信じている。別の研究者は、フッ素は唾液中の乳酸菌を減少させ、これがう蝕を作る乳酸の生成を阻害するという(7)。G・N・ジェンキンスはフッ素の抗う蝕作用を総括して次のように述べている。「フッ素の抗う蝕作用は、それぞれの部分的な作用の総合的な効果である。問題は、どの学説が正しいかではなく、F一の様々な効果の中でどれが重要であるかということである」(20)。

        斑状歯とう蝕
         1931年に三つの異なった科学者のグループが、斑状歯として広く知られた風土病の第一の原因が「飲料水中のフッ素」であることを発見したと発表した。この大発見は、アリゾナ州タクソンのアリゾナ大学農業実験場のM・C・スミス女史とその同僚(21)、ペンシルヴァニア州ピッツバーグのアルコア付属研究所のH・V・チャーチル(22)、モロッコとチュニジアにある燐酸鉱山のH・ベルによって、それぞれ独立して報告された。そのすぐ後に、飲料水中のフッ素の明らかなう蝕予防作用が研究され、歯科の専門家の注意を引いたのであった。

         斑状歯は、早くも1771年の医学文献で言及されており、このなかでジョン・ハンターは健全歯のエナメル質の表面の明瞭な暗い斑点について議論をしている(24)。その後1878年に、L・P・メルディスは、この歯牙の「萎縮」を活写して、歯の外側の表面の白、黄色、茶色の斑点は、様々な大きさで、その形は不規則である」という記載を残している。(25)。1901年にアメリカの保健官僚であったJ・M・イーガーは、ナポリに滞在した時に見た同様な歯っ欠けのイタリアの住民について記載している(26)。 しかし、斑状歯は合衆国においては、1916年にG・V・ブラックとF・S・マッケイが色つきの図解で彼らの詳細な観察を報告するまでは、歯科の専門家にはよく知られてはいなかったのである(27)。彼らの前の世代であるイーガーと同様、彼らも斑状歯が何か飲料水に関係しているのではないかと疑っていたが、それが何であるのか決定することはできなかった。

         ブラックとマッケイは、研究を進めていくうちに、ある特徴に気がついた。「斑状歯のエナメル質は、う蝕になりやすい性質が強いようには思われない。興味あることに、ひょっとすると、その反対かもしれないのである(27)」。
         例えば、アーカンサス州ボーキサイトは、飲料水中のフッ素濃度が13.7ppmと高かったところであるが、1928年以前にそこで生まれ育った子どもは誰でも斑状歯をもっていたものの、27%もの子どもが虫歯を全く保有していなかった。これが、水道に低フッ素(<0.2ppm)の水源が導入された1928年以後になると15%と低下した(28)。

         フッ素が斑状歯の原因であることが発見されると、飲料水中のフッ素濃度と斑状歯およびう蝕との関係に関して広範な疫学研究が勃興した。そのなかで特に重要なものが、当時公衆衛生局に所属し、後に1953年に引退するまで国立歯学研究所の初代所長を務めたH・ドレンドリー・ディーンによるものであった。彼は斑状歯もしくは彼が名付けた「歯牙フッ素症」の発生数と飲料水中のフッ素濃度とを、テキサス、コロラド、サウスダコタ、アイオワ、アリゾナの諸州にある345カ所の自治体から集めた(29)
         彼は、そのうえ、10州22都市の12〜14歳の白人の児童5824人について、歯牙フッ素症の発生率およびその重篤度と飲料水中のフッ素濃度との関係を調査し、彼の研究を一層精緻なものにした(30)

         斑状歯を重篤度(第12章を参照)に応じて分類し、その各々に加重値を与えることで、ディーンは、「地域指数(community index)もしくは、各自治体の歯牙フッ素症の平均の加重値を決定することができた(29)(30)。その調査で、ディーンと彼の同僚たちは、歯牙フッ素症が流行している地域では、特に12〜14歳の子どもたちの間で、う蝕の発生率が明らかに低いことを報告した。例えば、サウスダコタでは、12〜14歳の白人の子ども8148人の虫歯の数は「斑状歯の発生率と逆比例していた」(31)のである。換言すれば、斑状歯が増加すれば、虫歯の数は減っていたのである。

         アメリカインディアンの子どもたちについて見ると、太平洋側の北西地方に住んでいる者の方が、合衆国の南西地方より虫歯が多かったが、その南西地方では、斑状歯が広範に流行していたのである(32)。コロラド、イリノイ、インディアナ、オハイオの州21都市の12〜14歳の白人の子ども7257人に関する大がかりな研究において、ディーンは、飲料水中のフッ素濃度が1.0〜1.4ppmの地域の虫歯の発生率は、0.4ppm以下の地域の約1/3であると報告した(31)。その間、公衆衛生局の別の研究者は、いわゆるDMF指数を、ある地域のう触発生率を量的に評価するための手段として考案した。

         この方法で行ったメリーランド州ヘイガースタウンでの調査は、その後のう蝕と様々な環境因子、とくに飲料水中のフッ素との関係に関する多数の研究の模範となった(33)。
        ディーンの発見を敷衍したのが「フッ素濃度の低い地域の水道に、歯牙フッ素症の増加という事態を招くことなしに虫歯を抑制する量のフッ素を人工的に添加する」という考えなのである。早くも1938年に、ディーンは「水道を通じてう蝕を部分的に抑制することの可能性について記述している(34)。

         しかし、実際に「フッ素化はすべての自治体にとって応用可能な、う触の発生率を著しく抑制する手段であり、さらにその予防は、個人的に回避しにくい手段によってでなければ達成できない……」として「フッ素化」を最初に提唱したのは、ピッツバーグ大学歯学部の生化学者になったG・J・コックスであった(35)(36)。しかし、斑状歯の発生を最少に抑えながらう蝕を抑制するには、どんな濃度のフッ素が飲料水中にあれぱいいのか。

         ディーンの調査では、水中のフッ素濃度が1ppmをこえると斑状歯の発生は階段状に増加し、0.1から1.0ppmの間にある場合のみ、発生率が最小であることが示されている。そこで、温暖な気候のもとでは、1ppmのフッ素濃度がう蝕の抑制にとって至適であるとされた(37〕。そして、飲料水中の天然フッ素の濃度が2ppmをこえる地域では、1ppm付近にまで除去することが勧告されたのである(38)。
         しかし不幸にもフッ素濃度が1.4〜1.6ppmであっても、当局によれば、より重症の歯牙フッ素症の最初の兆候、すなわち、薄黄色ないし茶色の斑点が、少数者の歯には現れる。フッ素濃度が2.0ppmを超過すると、大小様々な茶色の斑点が大部分の住民の多くの歯に発現するのだ(39)。

        フッ素化の試行
         ニューヨーク州ニューバーグ市、ミシガン州グランドラピッズ市、オンタリオ州ブラントフォード市、イリノイ州エバンストン市、コネチカット州サウスバリー市、ウィスコンシン州シェボイガン市、テキサス州マーシャル市、カンサス州オタワ市、アイダホ州リュイストン市。以上の諸都市が、水道にフッ素を添加する最初の実験都市として選抜され、1945年にフッ素化が開始されるにあたって、上記の最初の3都市で、10〜15年にわたる実験が計画された。そして、飲料水中のフッ素濃度が0.05ppmと低いニューヨーク州キングストン市がニューバーグ市の比較対照都市として選ばれた。
         ハドソン川に沿って35マイル離れた両都市の人口は、1940年現在で、それぞれ31,956人、28,817人であった。ニューバーグ市のフッ素化は1945年5月に開始された。
         最初の歯科検診は、両都市の6〜12歳の小学校生徒全員について行われ、集められた結果はすでに確立していた分類に従って、健全歯、未処置の虫歯、処置歯、抜去歯、未萌出歯に区分された(40)。

         実験に先立って行われた基礎研究では、ニューバーグ、キングストン両市のDMFはおよそ100歯に対して20であった、また、以前では、両市の萌出した永久臼歯100本あたりのDMFおよそ58であった。それ以後、ニューバーグでは1944年から1955年まで、キングストン市では1945年から1955年まで、毎年1回の歯科検診が行われた。1949年から50年、1953年から54年、1954年から55年の検診はレントゲン検査も併用された。ニューバーグ市と最初の頃のキングストン市では、検診は同一人物B・フィンによって行われた。

         キングストン市におけるその後の検診は、フィンより訓練を受けた2人の歯科衛生士によって同様な方法で行われた。その時の研究では、フッ素化の副作用を発見するために、身長、体重と、両膝のX線検査、骨年齢の評価、尿、血中ヘモグロビン量、血球数などの項目にわたって様々な小児科学的検査も行われた。

         実験開始3年後のニューバーグ市の歯科所見は、1949年10月に開催された第77回アメリカ公衆衛生学会の年次大会で発表された。研究者は、ニュバーグ市においては、DMFが21.3から14.8と明らかに減少したことを報告した(41)。この数値は、ニューバーグ市では健全永久歯が6.5%増加していること、虫歯が31%減少していることを表わしている。
         殆どの子どもが虫歯になる第一大臼歯を例にとると、ニューバーグ市では100歯あたりのDMFが40.8であるのに、比較対照都市のキングストン市では58,7であってその差は10.7もあり、これはニューバーグ市の方が虫歯が18%減少していることになる。しかし、それより遥かに大きな利益があると報告されたのは年少者のグループである。

         すなわち、フッ素化開始10年後のニューバーグ市の6〜9歳の子どもたちの永久歯は、キングストン市の子どもたちより58%も虫歯が少ないと報告されたのであった(42)。 グランドラピッズ市では15年間フッ素化を実施した結果、この都市に居住し続けた12〜14歳の子どもたちは、1944年〜1945年当時より50〜63%、15〜16歳では48〜50%も虫歯が少なくなっていることが判明した(43)。
         しかし、この報告については、こうした差異が統計学的に妥当だと認められるかどうか、検診者の違いによる影響の可能性があるということが特に注意をひき、このような所見が実際に起こる可能性は、250万回に1回より少ないであろうという反論が提出された、またそこでは、1031人の子どものうち4人が「軽症型」の斑状歯を有し、被検者全体のうち約10%が「疑問型」か「軽微型」の斑状歯を有していたことが判明した。

         ブラントフォード市では、15年間フッ素化を実施した後では、そこに居住し続けた5〜16歳の子どもたちのDMFは54%も減少し、一方、乳歯のそれは、1944〜1945年当時と比較すると42%も減少していることが報告された(44)。16〜17歳の子どもたちについて、1963年のブラントフォード市と比較対照都市である低フッ素地区(≦0.1ppm)のサーニア市を比較してみると、ブラントフォード市の子ども1人あたりのDMFは、サーニア市の半分以下(4.74対10.44)であった(44)。 エバンストン市では1947年2月にフッ素化が開始されたものの、その後6〜8年は、永久歯のう蝕の著明な減少は認められなかった(45)。誕生以来フッ素添加飲料水に曝露されつづけた12〜14歳の子どもたちのDMFは、57%から48%と減少していたが、その割合は、飲料水中に1.2ppmの天然フッ素を含有している近隣の比較対照都市であるイリノイ州オーロラ市と比較しても、そんなに低い値ではなかった。エバンストン市では歯科検診にレントゲンが用いられたが、オーロラ市では一切使用されなかった。

         その他にも、フッ素化の試験研究として報告されたものは合衆国内外に多数あるが、その所見は、いずれも私が以上に要約したものと殆ど同じである。これらの研究は多数の科学者をして、「飲料水中の約1ppmのフッ素は、う蝕の発生率を著明に減少させる。歯科医療費を削減させることはいうまでもない」という結論を抱かせたのである(47)。事実、ある論文の著者の如きは、「フッ素化のために使用される1ドルは、他のう蝕予防措置に使用される35ドルに匹敵する」と主張した程なのであった(48)。

         このような有望な結果にもかかわらず、斑状歯という暗い影と、推奨されるフッ素濃度と中毒量との間の安全幅の狭さは、歯科学の研究者にとって絶えざる関心の的でありつづけたのである。いうまでもなく、患児の母親にフッ素化の利益を説こうとする実地歯科医師は、ディレンマに直面しなければならなかった。彼らは、彼らの業務に必要なテクニックの獲得に対するような熱心さを、フッ素化に関する複雑な科学文献を論評することなどに対しては持ち合わせてはいなかったために、歯科学の研究者が彼らにむかって述べる「フッ素は、歯牙の抗う蝕性をより高める」という多数の論文を、そのまま根拠としたのである。それと同時に、彼らは斑状歯は変色し修復することが困難であるという現実にも直面した。彼らは、また、1940年以前には、ただ単に毒物としてしか知られていなかった化学物質を飲料水に添加するには、斑状歯以外にも、はっきりとはしないものの、何か副作用があるのではないかと疑ったようでもある。このようなディレンマは、1942年にF・R・モルトンが書いた、全米科学発展協会のモノグラフの斑状歯に関する次の梗概によく表れている。

        フッ素の特性は、現在知られているかぎりでは、衛生的な状況にある住民によって自然源から摂取されると、歯に対してだけ生物学的影響が発現する。もしもそれが十分に検討された範囲以内の量ならば、フッ素は明らかに有益な物質であろうが、それが過剰であるとすれば、確実に悲劇的な有害物質である(49)。

         歯科医学のこのディレンマは、いつも投薬に伴う不愉快な副作用に直面している医師にとってはより深刻である。彼らは、ある危険な化学物質が公共飲料水に添加されたならば、患者がその影響から逃れることができないことを知っているからである。しかも、もし、高名な権威者たちが、彼らに対して、それが医学的に何らの問題もないと告知したとすると、医師らはそれだけで、フッ素添加水によって起こる病気をみな他の原因に帰せしめてしまうであろう。我々はここで、フッ素の医学的作用を十分に検討してみなければならなくなるのである。


        フッ素化・この巨大なる矛盾 第6〜8章

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                          第 6 章  フッ素は必須栄養素か

           ひとたび、フッ素が歯を固くし虫歯の予防になるという見解が受け入れられると、「微量のフッ素は、人間の健康や生命の維持に必須な物質である」という声が起こってきた。この考えは180度の転換である。斑状歯とフッ素との関係が確立される前は、いやその後でさえ、フッ素は、ヒ素や鉛に匹敵する毒物だと世界中で見なされてきたからである(1)。フッ素化というアイデアを生み出したコックスですら、こう述べている.「フッ素は、最も毒性が強い物質の1つである。」(2)

           しかし,こんな矛盾する性質をもつ化学物質は、別にフッ素だけでない。その一例にセレニウムがある。これは硫黄の仲間で、穀物や野菜に含まれているものであるが、まぐさや水の中のごく微量(1ppm以下)なセレニウムは、家畜や、おそらく人間にとっても必要な栄養素だとされている。これが欠乏すると羊などは「白筋病」(white muscle disease) にかかって筋肉が衰弱し、発育の遅れ、不妊や視覚障害などを生じる。 一方もし人間が、普通の10倍もセレニウムを含んでいる食物を摂取したとすると慢性セレニウム中毒に陥り、何となく気分がすぐれず、ダルくなり、最初は多汗、後には腹水を伴う肝臓病となる。

           必要と言うことからいえば、金属コバルト(これは主に魚類,ココア豆,糖蜜などに含まれている)も,血液の中のヘモグロビンの合成に関係するビタミンB12の生成に必要である。コバルトは1マイクログラムのビタミンB12に含まれる0.034マイクログラムという少量で、悪性貧血の予防に十分である。しかし、150ppmというような濃度でこれが食物から摂取されると、甲状腺は肥大し、鬱血性の心不全が生じて死を来す。それ以外にも、コバルトで環境を汚染されると重症な喘息が起るのである。 

           その他にも、必須元素でありながら栄養上の必要量を超えると毒性を現すものに、マグネシウム、マンガン、亜鉛などがある。そしてこれらの元素は、いずれもが酵素の構成要素として不可欠である(4)。ヨウ素は多量では毒であるが、その少量は甲状腺の機能に欠かすことができない。鉄もヘモグロビン合成に必要であるが、多量では毒性を示す。ここで重大な疑問が生じるてくる。果たしてフッ素は、このような微量元素と同様、矛盾した特性を有している物質であるのかどうか、ということである。
           この事を検証するためには、まず最初に、食餌にフッ素を添加することが発育や健康に有益であり、逆にフッ素だけを欠乏させたときに欠乏症状が現れる(5)、という関係を確めなければならない。フッ素に関する最近の言明は多分に政治の立場を反映したのもであるが、それは次のようである。「フッ素は、現在では、人間にとって必須栄養素があると考えられているが、この事実は確認することが極めて困難である。フッ素だけを欠乏させた人間や動物の食餌を作成することは、 事実上不可能だからである」(6)。
          ────────── 
          ※腹水・水腹膜;腹腔に漿液が貯留すること。


          実験室での研究

           いうまでもなく、この方面の研究者らは、「フッ素なし」の比較対照を使うために、フッ素を全く含有しない食餌の作成という殆ど不可能な仕事に直面してきた。1953年にマックレンドンとジャーソン・コーエンは、18匹のラットを事実上無フッ素(0.002-0.004 ppm) といえる雨水だけで栽培したトウモロコシとヒマワリの種だけで2か月飼育した(7)。この「低フッ素」動物は、フッ素20ppmの飲料水と普通の実験質用食餌で飼育した18匹の対照群と比較すると、形は小さく、虫歯が多く発生したと報告された.
           しかし、一方、1957年にインディアナ大学のマウラーとデイは、ビタミンやミネラルなどの栄養素は適切ながら、フッ素だけは非常に低く0.007ppm以下しか含まぬという食餌の作成に成功した(8)。 この食餌は砂糖を全く含有せず、歯の裂溝にカスが挟まって虫歯になるということがないように工夫されてたいた。この食餌で3世代にわたって飼育されたラットは、2ppmのフッ素を添加された飲料水と、フッ素を全く含有しない蒸留水で飼育されたものと比較しても、体重や健康状態で別に著しい相違があるものではなかった。この論文の著者は、次のように結論している。ラットにとっては、「厳密な実験条件の下では、フッ素は必須栄養素ではない。」他の動物にとっても、事情はおそらく同様であろう。

           アリゾナ大学の科学者らは、別の実験で同様の結論に到達している(9)。彼らは離乳したての3群のラットを飼育し、第1群には温室で栽培した最低濃度のフッ素(0.005ppm)しか含まぬサトウモロコシと大豆を与え、第2群には、同じ餌に2ppmのフッ素を添加した。そして第3群には、野外で栽培した2.6ppmのフッ素を含むサトウモロコシと大豆を与えた。10週間でこれらのラットには著しい体重の増加は認められなかったが,第2群の体重(平均251.4g)は第1群(平均267.8g)よりやや軽く、第3群がもっとも重かった(平均277.7g)。アルカリホスファターゼ、酸ホスファターゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、グルタミン酸−オギザロ酢酸トランスアミナーゼ、グルタミン酸−ピルビン酸トランスアミナーゼには殆ど相違が見られず、このことは低フッ素群(訳者注:第1群のこと)では、心、腎臓、肝機能などには何の障害もなかったことを示している。しかし、他方、低フッ素群の血清中のイソシトレートデヒドロゲナーゼの活性はフッ素投与群と比較すると明らかに高く(21.7%)、このことはフッ素が必須栄養素ではないことを示唆している。いうまでもなく、フッ素は明らかに、体のある機能にとって有害なのである。

           フッ素の必須性の研究を目的として行われ、これと反対の結果をもたらした実験に、「無フッ素」(0.04ppm以下の低濃度をこのように称することがある)高度精製アミノ酸食で344匹のラットを飼育したものがある(10)。しかし、その食餌自体、毛の艶の消失、脱毛、脂漏症、歯のエナメル質の着色障害などの欠乏症状をもたらした。この食餌に2.5ppmのフッ素を添加して4週間飼育したラットの体重は31%増加したという。しかし、体重の増加それ自体は、フッ素が水分を貯留して体重増加を来すということが知られている以上、健康とは何ら結びかない。さらに言えることは、この研究に用いられた食餌は、フッ素の効果が推定できる「正常」のものとは根本的に異なっているということだ。

           1972年に、フッ素を添加することが健康にとって有益であると主張する別の研究が、ミネソタ大学の科学者によって報告された(11)。この研究者らが発見したところでは、低フッ素食(0.1〜0.2ppm)と無フッ素水(脱イオン化したもの)で飼育されたメスのラットは、第2世代が妊娠した最初の仔の出産が大幅に遅れ、 生殖能力にも障害を来したが、 一方 同じ低フッ素食餌を与えながら、 飲料水に50ppmのフッ素を添加したラットは、正常な数の仔を出産したという。飲料水に50ppmのフッ素を添加すると不妊のメスも出産能力を正常に回復した。そこで、この論文の著者は、フッ素がネズミの生殖能力の維持にとって必要であると確信したというのである。
           これと関連した研究で、妊娠したマウスが低フッ素食(0.1〜0.3ppm)で飼育された(12)。このマウスから生まれた仔は、後5日目から血中の鉄イオン濃度が減少していたが(貧血)、60日後では、その仔と、フッ素を添加したマウスから生まれた仔との間には殆ど差がなかった。勿論この食餌に由来する鉄分の欠乏は、高濃度のフッ素(50ppm)を摂取することによって補償されていたのであろう。高濃度のフッ素の摂取は、鉄の膜透過を亢進させるからである。
           このような解釈は、S・タオとJ・W・スティーによって支持されている。すなわち、彼らは、ミネソタグループによって使用された基本食は、ただ、「ギリギリの線で,鉄が足りていた」だけだと結論した(13)。タオとスティーは、鉄分が適量ある食餌に2ppmと100ppmのフッ素を添加してマウスを飼育したが、実験群と比較対照群の間に、発育の割合、生殖能力、仔の大きさや体重、3世代の間に起こった死産の割合などで差が全く認められなかった。彼らは次のように述べている。「たとえフッ素が、ある生理的過程で必須であることが示されていようとも、生殖作用にとってフッ素が必須であると主張する明白な根拠は、まだ示されてはいないのである。」(13)。

            カルシウムが欠乏した食餌は、もし多量のフッ素(750ppmまで)が添加されなければ、鶉にとっては、発育や成長、生きている期間などに重大な障害をあたえることになる(14)。別の研究では、ある条件下で、フッ素はマウスのマグネシウム不足の症状(15)を予防しさえすることが示されているが、ラットや犬では全く正反対の発見が報告されているのである(16)。したがって、ある種類の動物では、特殊な食餌に由来するカルシウム、マグネシウム、鉄などの欠乏症状が、フッ素を添加することによって部分的に緩和されることがあるかもしれないということは考えられる。しかし、このような実験的事実は、人間の普通の食事に当てはめられるものではない。これらの研究者は、フッ素が人間の良好な健康の維持にとって必要であるということなどは、いささかも証明していないのである。



          訳者による脚注6−1:フッ素が栄養学上の必須栄養素であるという説は、フッ素化を正当化するため、アメリカの推進者(行政や歯科医師会)によって意図的に喧伝されてきたという側面がある。従って、これが、 学術的に、 激しい論争の焦点の一つとなったのは当然のなりゆきであろう。この問題を科学的に論評した日本語の文献として、高橋晄正博士の著書「むし歯の予防とフッ素の安全性」(薬を監視する国民運動の会・137 −140 頁)を外すわけにはいかない。もちろん、高橋博士の論評は、 否定者としての立場から執筆されたものであるが、 博士の的確な文献の引用とこれを論評する該博な医学的素養とは、読む者に、期せずして一編のすぐれた総説を読む印象をあたえる。
           ある物質が、生体にとって必須元素であるというためには、現在でも、E・J・アンダーウッドが、大著Trace Elements in Human and Animal Nutrition, ADEMIC PRESS(1977) の第1章で述べた6項目の基準( このうちの3項目を高橋博士は要約して引用している) で考えてほぼ誤りがないと思われるが、最近の講演において、和田 攻教授(東大・医・衛生学)は、「近年、古典的な必須微量元素のほか、かつては有害性が強調された微量元素の必須性が話題になっている(超微量元素)」ことを指摘して、必須性の強い証拠として「含有酵素」の存在の証明をあげている(BIOMEDICAL RESEARCH ON TRACE ELEMENTS, Vol.2, No.2, 3頁,1991・訳者注:日本微量元素学会の機関誌)。フッ素の必須性も、この観点から新らしく考察しなおす必要があるが、いずれにしても、現在のところフッ素に必須性を認めることは不可能である。
          一方、推進者がどのような論議をしているか瞥見すると※、飯塚喜一教授( 神奈川歯大・口腔衛生) は、フッ素をハロゲンとして一般化し、「ClとI は生物に不可欠なものであることが認められているが,Fも恐らく微量元素(略)であろうと考えられている」と書いている( 生態系におけるフッ素の分布,口腔衛生学会雑誌, 第27巻第4 号,101 頁, 昭和53年)。この書き方はかなり学術的であるが、 彼が匿名で発表したと推測※される「フッ素応用の安全性に関する科学的解釈・日本むし歯予防フッ素推進会議作成」( 昭和62年) なるパンフレットになると、こうした文体がにわかに煽動的となり、「至適量のフッ素を摂取することは、虫歯になりにくい歯と(略)正常な骨格を維持して成人の骨多孔(骨粗鬆症)の発生を減少させるためにも必要である」とか、「自然界にどこにも存在し、生体にとって不可欠なミネラルであるフッ素を、合成洗剤やDDT、および食品添加物と同一に扱うことはできない」など、フッ素の宣伝に躍起となっている。
           歯科医師なかには、「フッ化ナトリウムは食塩と同じだ」などと平気でバカなことを言う者がいるが、それらは皆、批判力の乏しい人間がこういう宣伝を鵜呑みにした結果であって、このため如何に国民が騙されフッ素に曝露されてきたかを思えば、許して見過ごすわけにはゆかいない。一部の歯科医師の学力とモラルの低下はまことに嘆かわしい。
           もっとも、人権侵害※※を平気で行って人権擁護委員会から警告書をつきつけられるばかりか、そのような事態を一向に恥ぬ予防歯科学の主任教授を問題にもしなかった新潟大学歯学部および日本口腔衛生学会などという存在が、知的倫理的にすでに腐敗しているのかもしれない。曲学はまさに文化の根本を腐らす。 
           * 神話の崩壊するとき(1),歯界展望,第73巻,第4号,177頁,平成元年4月
           **警告書,新潟県弁護士会,同人権擁護委員会,平成4年3月5日



          歯牙の中のフッ素

           フッ素が健全な歯や骨の正常な発育に必要かどうかということは、必須性に関する疑問とかかわりあってくる。もし、歯の正常な発育がフッ素のせいなら、健全歯は、う歯より多量のフッ素を含有しているためと考えても不合理ではないだろうし、フッ素に全く暴露されていない歯は、適当にフッ素を摂取している人間の歯より、より多く虫歯になると考えても一向に差し支えないだろう。
           1938年にアームストロングとブレクハスは、歯の中のフッ素を分析して、「健全歯のエナメル質は、う歯のそれより多量のフッ素を含有している」のを発見した(17)。 しかし、1948年にマックルーアは、フッ素の曝露の既応歴が同様なう歯と健全歯では、エナメル質中のフッ素の量には少しも相違がないことを見出したのであった(18)。彼はその数年後に、アームストロングらの発見に同意したのであるが、南アフリカのオッカース(1943年)(20)、合衆国海軍のレスタースキイ(21)、豪州メルボルンのピンカス(22)、アラスカを調査したバングら(23)は、それまでの生涯にフッ素の曝露が同様であった者の健全歯とう歯中のフッ素量には、少しの違いもないことを報告している。

           その後30年近くもたつ1963年になって、アームストロングは、1938年に行った彼の研究を再検討して新な結論に達し、次のように述べた。「健全歯のエナメル質中のフッ素量と、う歯の健全な部分のエナメル質中のフッ素量とは、その個体が同じ年齢のものであるならば全く違いがない(24)。」彼は1938年の報告の際に遭遇した高濃度のフッ素を含有する健全歯は高齢者のものであり、そのフッ素は、より多くの年齢を経ることによって歯に蓄積されたのであることを理解したのである。

           その他の1963年以来の研究で、エナメル質中のフッ素の量は、年齢によるのと同様に多量のフッ素の摂取によっても増加することが確かめられているが、歯牙中のフッ素量の増加がう蝕の減少とどのような相関があるのかについては、現在まで一般的な合意には全く到達していない。例えば、1975年に行われた12〜16歳の子供を被検者にした研究によれば、ある群では多少そのような相関があることは認められるものの、エナメル質中のフッ素レベルがどんな場合でもそのような関係があるかというと、「う蝕の経験には非常な個人差があり、飲料水中のフッ素濃度が至適な地域でさえ、齲蝕が多発しているところがある(25)」のである。同様に、あるデンマークの研究家は、1977年に行った彼らの研究結果から次のように結論した。「ある個体におけるエナメル質の表面のフッ素と、その個体のう蝕の現状との間に何らかの関係を見出そうとするのは不可能である(26)。

          骨の中のフッ素

           フッ素の骨に対する作用は、歯に対するのと似たようなものである。骨の主な構造であるアパタイトの中に取り込まれたフッ素は、結晶の度合いと共にその大きさを増加させ、骨密度をより大にする(27)。しかし、このような新しい骨の形成の過程は古い骨の吸収と共に起こるのであり、この新生骨は、もろく簡単に骨折してしまうという傾向があって、決して健康なものとは言えないのである(28)。 フッ素が入った骨が何故こんな性質を示すかというと、おそらく、クエン酸、マグネシウムなどの減少と関係があると言われている(29)。さらに、この新生骨は、勝手にいたる所に付着して、骨膜や靱帯や関節の周囲を覆っている関節嚢などを石灰化する。その結果、関節の機能障害(関節炎)を来すばかりか骨の異常な突起は神経を障害して、麻痺や痛みからパラリージス(訳者注:神経の損傷、または疾病による筋肉の随意運動の喪失をいう)に至るまでの様々な症状を引き起こすのである。そればかりか、フッ素は動脈さえ石灰化してしまうのである(30)。
           
           骨粗鬆症の治療に多量のフッ素(1日あたり200mgまで)が投与された経験は、我々に、長期間のフッ素の摂取が骨格や骨格以外の臓器にどのように作用するかということを研究する上で、じつ得難い機会を与えてくれた。この治療を1961年に創案したC・リッチは、フッ素の投与による石灰化や新生骨の増加は、骨の軟化やそのために自発的骨折をきたす骨粗鬆症の予防に必ず有効であるに違いないと確信していた。しかし、それから5年後に、彼はフッ素の大量投与によって胃痛、関節炎、他人の目にもはっきりと分かる機能障害などが惹起することに警告を発したのであった(31)。イギリスでは2人の医師が、フッ化ナトリウム20mg1日3回6週間投与された患者に網膜炎が起こることを発見した(32)。フッ素投与以前には見ることができなかった異常な「巨大細胞」が、フッ素の大量投与を受けている患者の骨髄から発見された(33)。さらに、幾つもの研究論文が、骨の軟化や自発的骨折の増大、カルシウムの異常な減少などが惹起すると述べている(34,35)。その結果現在では、合衆国内外の多数の医療センターが、骨粗鬆症に対するフッ素療法を中止してしまったのである。

           動物実験でも、人間の歯や骨に関するデータからでも、フッ素が生命にとって必須であると結論できるような根拠はどこにもない。人間を含む哺乳動物のどれにおいても、生化学的な変化である代謝の過程でフッ素が果たさねばならぬ役割は発見されていないのだ。フッ素が骨や歯の結晶構造の中にとりこまれてある効果を示すという事実も、それだけでは、決して必須性を証明したことにはならない。鉛、水銀、カドミウムなどですら似たような特性を示すが、だからといって、これらの元素が必須栄養素だということはできないのである。
           いずれにしても、我々は、最低限度の量のフッ素が食事から体内にはいってくることは防ぐことができないのであって、その事情は、マックルーアが下記に述べたように、水道がフッ素化されていない地域でさえも同様である。

           フッ素の必須性を実証しようとするために多数の実験が行われたが、この証明はいまだに欠けたままである。フッ素は自然に遍在しており、そのためフッ素を全く含有しない食餌を作成することは事実上不可能である。しかし、もしフッ素が生命にとって必須であるとしても、日常必要とするその量は、極めて少いといってさしつかえないようである(36).(太字筆者)
           

           

                                              第 7 章  フ ッ 素 の 急 性 毒 性

           ある化学物質の単独大量での作用を検討することは,この物質を長期間摂取した場合の慢性毒性を評価するのに非常な助けとなることが多い。いうまでもなくその症状は、極めてよく似ているのである。たとえ急性の方がはるかに劇的で、認識が容易であるという違いはあるにしても。
           これに反して慢性の場合は、広く世界中からの知見を必要とし、その症状は別の健康問題と紛れることが決して少なくない。従って、急性毒性の研究は、慢性毒性を理解しそれに対処するうえにで非常な参考となるのである。
           フッ化物の毒性は、それが有機物であるか無機物であるかによって異なるのが一般的である。有機の場合、フッ素原子は、共有結合(非イオン的)によって炭素原子と強く結びつき、そのためフッ素原子の活性が低く、分子としての毒性も、より少ないのが普通である。つまり多くの有機フッ化物は、毒性という点では、フッ素原子が残りの分子より強い働きをしているわけではない。

          有機フッ素化合物

           あらゆる有機フッ化物の中で最も毒性が強いのは、フッ化酢酸塩つまり,フッ化酢酸の塩であろう。これは、げっ歯類や肉食性哺乳類の殺剤として使用されている。これらは有毒植物,例えば,ジフブラール(Dichapetalum toxicarium )などにも含有されており, アフリカではこれを食べた牛が死ぬので有名である.この「遅延性痙攣剤」は1.0mgという少量で22ポンドの犬を殺すことができる(1)。この毒物を犬に飲み込ませても直ぐには何の変化も起こらず、犬は健康そのものであるが、8〜10時間経過すると、フッ化酢酸塩の部分がフッ化クエン酸塩に置換してクエン酸サイクルがブロックされ、そのために致命的な痙攣が生じてくる(2)。
           これと対象的なのはテフロンであろう。これは極めて安定した無毒な物質で、人工血管として害なしに何年も人間の体内に移植しておけるものであるが、300℃くらいに加熱されるとペルフルオロイゾブタンという極端に有毒なガスが発生する。その毒性がどのくらいかというと、火のついたタバコをテフロンの上に置けば、この毒ガスがタバコを汚染して吸う人間を殺せる程になる(3)。
           フレオンという名で知られているフルオロカーボンは、無毒なものとして冷凍材に使用されているが、アドレナリン様の物質と一緒に缶スプレーに使用されると心拍の不規則をきたす(4)。 フッ素が入った麻酔剤は一般に安全であるが,メトキシフルラン(ペンタラン)は代謝を受けて分解され,多尿や重症の腎不全をきたすことがある(5)。

          (写真は医学博士・ケイ・ロールム。世界最初のフッ素中毒に関する最も包括的な論文の著者。)


          無機フッ素化合物
           
           ケイ・ロールムは既に古典となったフッ素中毒に関する彼の論文の中で、 その毒性の程度に従って無機フッ化物を3種類に分類した。表7−1に示されているように、最も強い毒性を示すものはガス状のフッ素であって、これにはフッ化水素(HF)と4フッ化シリコン(シリコン・テトラフルオライド)とがある。次にそれより毒性の少なくなる順に、HFの水溶液、フッ化水素ケイ酸(H2SiF)、易溶性フッ化物、フッ化ケイ酸塩と続く。

           

          表 7-1 無機フッ化物の毒性の比較
          極強毒性
          フッ化水素(無水)    HF
            4フッ化シリコン     SiF4
            フッ化水素酸(水溶液)  HF
            フッ化水素ケイ酸     H2SiF6

           
          強毒性
          易溶解性フッ化物およびフッ化ケイ酸塩
            フッ化ナトリウム     NaF
            フッ化カリウム      KF
            フッ化アンモニウム    NH4F
            フッ化ケイナトリウム   Na2SiF6
            フッ化ケイカリウム    K2SiF6
            フッ化ケイアンモニウム (NH4)2SiF6
          中等度毒性
          難溶性(殆ど非溶性)フッ化物
            氷晶石          Na3AlF6
            フッ化カルシウム     CaF2
          Roholm,K.:Fluorine Intoxication:A Clinical-Hygienic Study.1937,p.264


           フッ化物の中でも水に比較的溶けにくい氷晶石やフッ化カルシウムなどは、単体ではそんなに強い毒性を示すものではない。しかし、それらは、水溶液中では(難溶性のため非常に濃度の薄いものにしかならないが)それが同じ濃度だとすると、フッ化カルシウムと同程度の毒性を示す。

           さて、これらのフッ化物が、どの程度の量で人間に疾病や死をもたらすかというと、その種類によるばかりでなく、害を受けた人間の健康や栄養状態、体内への侵入経路(皮膚、肺、胃)、酸度、胃の中の内容物などによって異なってくる。
           表7-2には、重要なフッ化物のモルモットに対する毒性を体重キログラムあたりミリグラムで表示してある。また同時に、経口、皮下の投与方法による致死量の相違も表している。
           フッ化ナトリウムの致死量は、もしその患者が何の治療も受けずに放置されたままであると仮定すれば2.5グラムから5グラムである(8)。もし、すみやかな医学的処置が施されるならばより大量であっても、致死的とはならない。その1例に次のようなケースがある。1971年に25歳の男性が自殺の目的で、NaF97%含有のゴキブリ退治薬を120 グラム内服した。 この場合はただちに治療(胃洗浄、カルシウム、マグネシウム合剤の静注、心不全に対する処置)が加えられ患者は一命をとりとめた(9)。


          フッ素中毒の症状

           あるフッ化物単体の内服、吸入、または経皮的な大量摂取(自殺の目的または偶発事故)による急性中毒の症例として、今までに300例以上が記録されている。普通フッ素中毒は、フッ化ナトリウムを砂糖、コンスターチ、ベーキングパウダー、瀉利塩、粉ミルクなどとまちがって食べるために起こることが多く(10)、自殺、他殺の目的で実現することもなくはない。その症状はいずれも他の毒物の急性中毒と同様で、嘔吐、腹部の痙攣、下痢などを主とするが、その重症度に応じてショックの程度も様々である(表7-3を参照)(11)。
           

          表7-2成熟モルモットに対するフッ素化物の致死量
          種類 経口 皮下
          NaF
          CaF2
          AlF3 
          HF(水溶液)
          H2SiF6 
          Na2SiF6
          Al2(SiF6)3
          250
          >5000
          600
          80
          200
          250
          5000
          (mg/Kg)
          400
          >5000
          3000
          100
          250
          500
          4000
          (mg/Kg)

           
            
           フッ化物は経口的に摂取された場合は、いずれも胃の中の塩酸と反応してフッ化水素を生じ、その強烈な腐食性のために吐物は相当量の血液を混じえているのが普通である。もし被害者が一命をとりとめていれば、摂取数時間後に四肢の知覚麻痺、筋肉の痛みや細動など特有の神経的症状が現れてくる。全身の発疹はフッ素に対してアレルギーがあることを示している。ある症例では血中のカルシウムレベルが1dlあたり2.6mgまで低下したことがあり( 正常では1dlあたり約10mg)、これが原因となって筋肉の緊張や全身の痙攣をきたすのである(12)(参照:脚注7−1)。そして最後に心不全が全ての臨床像の悲惨な結末として出現する(9)。



          訳者による脚注7−1:医学生が最初に学ぶ述語に「ホメオスターシス」という言葉がある。これには「恒常性」という訳語が当てられ、体内の環境を一定に保つ様々な仕組みという意味が与えられている。フッ素の毒性の一つを、「体内カルシウムイオン濃度に関するホメオスターシスの攪乱」とすれば、医学的には的確な表現となるが、これでは専門外の人達には、何だかよく分からないということになってしまうであろう。そのため以下に若干の解説をしておきたい。

           基本的な生命現象は、哺乳類のような高等動物でもアメーバのような単細胞動物でも同様である。この地球という惑星の上に誕生し、摂食し、消化し、吸収し、排泄する。この生存の過程にあって、身体内外の環境には様々な変化が起こるが、この変化に適応できなくなれば、個体は死ぬより仕方がない。この「死」を避け「生存」を続けるために、高等な動物になればなるほど、外界の変化にかかわらず身体内部の環境を一定に保つ仕組みが発達してきた。W・キャノンはこの仕組みをホメオスターシスと名付け、個体が生存を維持するための一般原理とした。

           例えば、人間の血液のphは弱アルカリ性(ph7.3付近) に維持されており、 疾病や大量投薬などでこの基準から逸脱するようなことがあると、 忽ちセンサーが働き、直ちに正常なレベルに復帰する反応があらわれる。 この現象は、 体温のことを考えてみると一層よく理解できるであろう。こうした機能が高度になればなるほど、 個体は外部環境からの独立性を高め、より過酷な条件のもとでの生存が可能となるのである。
           譬えてみれば,、ホメオスターシスとは、生命維持のために設けられた二重三重の防御線である。この防御線が破られるということは、もとより致命的な事態であるが、破られないまでも、この防御線を守る機構が機能し出すということが、 健康にとってはすでに大きな問題である。

           血中のカルシウムイオン(Ca++)濃度を一定に維持するホメオスターシスは、かつて内科医高橋晄正博士が「生体調節の至上命令」※と表現したとおりであって、この目的のために、濃度の低下を感知して上昇させようとするビタミンD・副甲状腺系と、上昇を感知して低下させようとするカルシトニン系の2系統の複雑なホルモン機構が微妙に機能しあっている。

           また改めて説明するまでもなく、骨はカルシウムの一大貯蔵庫であって、生体はカルシウムが沢山摂取されたときにはそれを骨に貯蔵しておき、不足をきたせば、逆に、骨から溶け出させて、血中のカルシウムイオンのレベルを一定に維持しようとする。何故かとえいば、これは
          カルシウムが、骨や歯といった硬組織の素材として必要なばかりでなく、神経や筋の活動や免疫細胞の情報伝達、出血時の血液の凝固機能、その他まだ完全には知られていない役割まで含めて、生命に不可欠の物質であるからに他ならない。

           フッ素イオンは、体内において、このカルシウムイオンと簡単に結合する性質があり、このため生体をカルシウム不足に追い込む。これが急激に生じた場合が、フッ素中毒による血中カルシウムイオンの急激な低下である。ウオルドボットはこれが極端に起こった1例をあげているが、日本の河野らは、産業公害のフッ素中毒を研究するうえで、フッ化ナトリウム(フッ素として4mg)を内服させる臨床実験を行い、このような少量であっても、血中のカルシウムイオン濃度が、約33%も低下することを確認している※※。このような場合に手足の痺れや痛みを伴うことが多いが、これはカルシウム欠乏による症状の一つであり、テタニーという病名で知られている。河野らの実験結果である約33%もの低下は、テタニーを起こす限界スレスレといえる。

           ちなみに、フッ素塗布に使用するフッ化ナトリウムの溶液9000ppmFであり、この液1cc 中には9mgのフッ素が入っている。幼児がこれを半分飲み込めば4.5mgになる。フッ素塗布が如何に危険な方法であるか、これを見ても理解できよう。

          * 高橋晄正:フッ素研究,No.7, pp.11, 1986.
          **河野公一ほか:フッ化物代謝における腎機能の影響について,日衛誌,37[1] ,pp.397,1982. 



           フッ化シリコンやフッ化水素などが吸入されると、まず、気管が毒物フッ素の最初の標的となり、通常、まず最初に鼻が刺激されて、鼻出血、痙攣性の咳などが起こり、ついで、上気道の感染、呼吸の浅化、喘鳴(ゼイゼイすること)、極端な場合には肺水腫(肺が水浸しになること)が惹起される。呼吸器のこのような異常は、フッ素産業の労働者やフッ素を排出している工場の付近の住民らにも認められるが、これらについては、第10章でさらに詳しく述べることにする。

          フッ素に関係する事故

           歴史的には、フッ素研究に従事した先駆者が何人もフッ化水素を吸入して死亡している。フッ化水素は可燃性でもあり、このため工場で爆発を起こすこともある。このような場合には、皮膚にしみ込んだフッ素イオンは、水素イオンと固く結合してフッ化水素を形成し(解離できないHF)、これは体液と接触してフッ化水素酸を形成する。この酸は極めて強い痛みとともに火傷に似た潰瘍をひき起す。この種の災害は、防御用の衣服、マスク、手袋等の着用に無頓着な工場労働者に起こりがちである。
           また、飲料水にフッ素を添加する際にも、装置の操作ミスや破裂などによって何時でも事故は発生する。例えば、1952年にアイダホ州ケーダレインの32歳の水道従事者J・R・Sは、何回も肝臓に異常をきたし、ついに肝炎をおこした急性フッ素中毒の経緯を明らかにしている。彼は転職することでやっとその疾患を逃れることができた(14)。
           少なくともこれまでに2回、フッ素化の装置の故障から集団中毒が発生している。1回は1965年にハンガリーのスゾルノクで(15)、もう1回は1974年に北カルフォルニアのスタンリー郡である(16)。
           ハンガリーの場合は、約80人の者が(学校とレストランで)ソーダ水やそれで作ったオレンジエードを飲んだ直後に気分が悪くなった。全員が悪心を起こし、やがて激しく嘔吐したが、その後は自然に回復した。 汚染されたソーダ水は300〜900ppmものフッ素を含有していたが、その水はそれまで使用されていなかったパイプ系で一時的に瓶詰工場に給水されたことが明らかになった。北カルフォルニアの場合は、その地方の学校のフッ素添加装置が過剰なフッ素を飲料水に添加してしまったために起こった。「213人の住民のすべてが吐き気を催し,201人の子ども(6〜12歳)と、大人12人のうち7人が実際に嘔吐した」のは、汚染されていないオレンジジュースを水道水で薄めて飲んだ直後だった。回収されたジュースから、270ppmのフッ素が検出された。
           

          表7-3 ロールムによる致命的フッ素化急性中毒
          34例の分類
          嘔吐 31
          腹痛 17
          下痢 13
          痙攣 11
          全身衰弱、筋の衰弱、虚脱 8
          呼吸困難 7
          四肢痛、知覚異常 6
          不全マヒ、完全マヒ 5
          言語・発音障害 5
          口渇 5
          発汗 5
          脈拍弱化 5
          顔色の変化 5
          悪心 4
          意識消失 4
          流涎 3
          嚥下障害 2
          身体運動の不休止 2
          体温上昇 2
          2眩暈、頭痛、シャックリ、ジンマシン、悪寒
          窒息感、瞳孔縮小、動眼失調、仙椎部痛、体温低下
          1


          さらに重大な結果となったのはW・B・C氏の場合である。彼はミシガン州(1952年よりフッ素化を実施)ハイランドパークの住民で、フッ素化飲料水に非常に過敏なため、私の治療を受けていた者である。彼はフッ素を全く含まぬ精製水を調理や飲用に用いている限り、全く症状なしに3年間も過ごしてこられた。しかし、1962年10月2日、彼はベットの中で死んでいた。その数か月前から、彼は水道水からあらゆるフッ化物を除去できるという濾過器を使用していた。しかし、デトロイトの水道技師の点検によると、濾過器によって除去されたフッ化物が、まちがって水を汚染したことが明らかになった.検死では、同氏の心臓や脳には急死の一般的原因である梗塞の所見は認められなかったが、彼の胃粘膜の組織は、フッ素急性中毒の場合に見られるのと同様に完全に崩壊していた。
           この所見と、彼がフッ素に異常な過敏性を示していたという事実とを勘案してみると、彼の死がハロゲンの単独大量によるものであることが強く示唆される。このような事故に際して、医師がその原因をフッ素に帰することができるのは極めて稀である。フッ素化開始以来25年もたつのに、医学文献の上においてこれと同様な症例が全く報告されてこなっかたのは、別に驚くべきことでも何でもない。

          空中のフッ素による急性中毒

           工場の煙突の急激な排煙によって、これまで述べてきたこととは違う種類の急性フッ素中毒に遭遇することがある。第10章で私は、如何に多くの患者が、このような経緯で急性の肺疾患に罹り、咳や呼吸の浅化、さらには発熱を起こして、肺炎と同様な症状へ発展する喘鳴に苦しんできたかに触れるつもりである。その他にも、フッ素で汚染された食物、とくに工場の付近で栽培された野菜や果物によって一般の食中毒と同様な急性の胃腸症状を呈する人達がいる。

           工場からの排煙という広大な汚染は、広い範囲の住民を中毒に巻き込む。このことは、異常な気象や環境条件によって煙が分散しなかった時にとくに著しい。最近になって、科学者はやっと、1930年のベルギーのミューズバレイと、1848年のペンシルバニア州ドノーラの空気汚染の2大災害の元凶がフッ素であることを認識するようになってきた。
           ベルギーのミューズバレイの惨禍では60人が死亡し、その数は知れないながらおそらく数千人が、喘息や肺気腫などの呼吸器疾患に罹患した。ドノーラでは20人の死者が出た。
           両事件をつうじて、衛生学者で構成された調査団は、この原因物質が何であるかを確定することができなかった。ドノーラの調査団は、フッ素の曝露レベルはそんなに過剰ではなかったと考えた(17)。しかし、化学者フィリップ・サドラーがドノーラ市のために行った独立した研究によれば、被害者の血中からは正常より12〜25倍も高い値のフッ素が検出されたのであった(18)。さらに彼は、植物や家畜などに対するフッ素の毒性の典型的な障害を子どもの斑状歯の多発と同時に記録している。かくして、彼は、「この地域は以前から深刻にフッ素に曝露され続けてきており、1948年の事件は、長期間のフッ素の曝露の急性の1相である」ことを見抜いたのである。同様に、産業や政府から独立した科学者のグループは、ミューズバレイの惨禍を検証するために広範な研究を行って、この殺人ガスの最も有毒な成分は、その地域にある肥料工場や亜鉛工場から排出されたフッ化ケイ素であると結論したのであった(19)。
           フッ素の化合物は、1952年と1956年にロンドンで起こった、通常の年より数千人多い死者を出した二大スモッグ災害の主な原因物質であるとする確かな根拠がある。最初、研究者は、ロンドンの石炭の燃焼炉から出る二酸化硫黄が、広い範囲に出現した肺疾患の患者と関係があると確信していた。しかし、我々は、現在では、二酸化硫黄は、一般的に言って、湿気を帯びた空気と反応して比較的無害な硫酸塩となるために、樹状に分かれた気管支の奥の肺組織にまでは滅多に到達せず、そのため、空中のフッ素よりはるかに毒性が低いことを知っているのである(20,21)。さらに、最近の研究者は、石炭の燃焼炉からの排煙には1440ppmものフッ素が含まれていることを明らかにしている(22)。当時のロンドンで軟炭が広く使用されていたことや、その煙が広範囲長期間にわたって停滞したことなどを考えれば、被害者の肺に相当な障害を与えるに足るフッ素が存在していたことは疑うべくもない。

           フッ素の急性中毒は、偶発事故によるものから空中フッ素の吸入によるものまで、実に様々な状況下で起こる。その症状を整理すると、悪心、嘔吐、下痢などの重症な胃腸症状、痙攣や筋肉の細動、神経学的な障害、極端な衰弱、麻痺、皮膚がヒリつく感覚、呼吸器の合併症、主症状の1つというべき心臓疾患などである。同様な症状であってもその程度が弱いものは慢性中毒の場合に多いが、それらについては次章で述べることにする。

           

           

                                                                   第 8 章  フッ素の慢性中毒

           早くも1933年に、フッ素研究の先駆者の一人であったF・ディエズが、慢性フッ素中毒を医師が確認する際の難しさについて、次のように述べている。

           「 正常状態から長引く異常状態まで、病変は徐々に移行してゆくのが普通である。そして、 その境界には、急性中毒の場合のようにはっきりとした線が引けないことが多く、これがしばしば、病理学的な状態の基本的な原因の確認を困難にする。慢性中毒は公衆衛生上、急性中毒よりはるかに重要であるが、それにもかかわらず、その広がり、意義、究極的に障害を受ける組織や機能の変化などについては、急性中毒に比較して少しも知られていないのである(1)。」 
           
           フッ素の慢性中毒は、飲料水に添加される濃度1ppmのような微量なフッ素と、自然水や食物や、時には空気に含有されるような大量によるのとでは、その症状に明らかな違いがある。医学領域における報告は、概ね、飲料水中の「高濃度フッ素」(その大部分は1.5〜10ppmのものである)や、鉱山、熔解工場、化学産業などの労働者が曝露を受ける粉塵や煙などによる慢性フッ素症について記載しているだけである。

          歯牙フッ素症と骨フッ素症
           

          図8−1北アフリカ,サハラのトルガ村(フッ素濃度2.5ppm)の65歳の住人の前腕にフッ素性の石灰化(矢印)が起こっていることを示すX線写真.
          (フランス,リオン,F・ピエー教授のご好意による.



           歯と骨に起こる病変は、慢性フッ素症の最も明瞭な2大特徴であるが、だからといって両者がこの疾患に必ず現われるすわけでもない。斑状歯(歯のエナメル質を形成するエナメル芽細胞が、細胞と細胞とを結合する物質の減少によって受けた障害)は、永久歯が形成され始める10〜12歳頃にフッ素に曝露されることによってのみ発生する。
           一方、骨格の病変は、骨密度の増加、異常な部位への骨質の付着、靱帯や関節の石灰化などを主とする。これらの病変が実際にX線写真で認められるようになるには、10〜20年、間断なくフッ素に曝露され続けることが必要である。骨フッ素症が流行的に見られる地域は、インドの殆どの飲料水中のフッ素濃度が1ppmを超す「フッ素ベルト地帯」、イタリーの火山地帯(2)、北アフリカ(3)、アラビア半島(4,5)などである。


          訳者による脚注:8-1
           この本が執筆された段階では、まだ十分な報告がなかったが、その後あきらかになってきた事実によれば、フッ素症の流行地帯は実に地球規模であり、特にインドや中国の乾燥地帯において甚だしい。中国では軽症なものを含めると、総人口の約9%がフッ素症の罹患者だという。じつに膨大な数である。


           

          図8−2.飲料水中のフッ素濃度が3〜6ppmにも達するシシリー島の住民の前腕に起こった典型的な骨フッ素症のX線写真.撓骨と尺骨の間の骨膜に,異様な石灰化が新しく起こっていることに注意.矢印は単独の物質が新しく形成されていることを示す.
            (イタリー,パレルモ,G・フラダ教授のご好意による.)

           

          図8−3.インドの副甲状腺機能亢進症の患者の前腕に現れたフッ素症のX線写真.骨の浸食(矢印)と肥厚とが同時に起こっている.
          (インド,ミーラット,S・P・S・テオティア教授の  ご好意による.)


           合衆国では西部テキサス(6,7) 、アリゾナの一部分、サウスダコタなどのいわゆる「自然フッ素地域」である。
           インドのパンジャブ地方(飲料水中のフッ素濃度は0.2〜40ppm,殆どが2〜5ppm)で、S・S・ジョリーはX線学的に異常を示す1320例を報告した。このうち309例は無症状だったが、742例にはリューマチ様の関節炎が、144例には佝僂性の変形が認められ、125例には重度の神経学的合併症が認められた(10)。一般的に骨フッ素症の発生率は、飲料水中のフッ素濃度に相関していた(表省略)(11)。地域によって異なるマグネシウムの濃度などのフッ素以外の因子は、表(省略)に示したとおりだった。
           注目しなければなならないのは、飲料水中のフッ素濃度が僅か0.7ppmであっても、ジョリーが調べた男性70人中2人が骨格の病変を来していたことである。さらに、このような骨フッ素症に罹患した子どもたちの例が報告されているが、それによると、インドでは、5〜15歳の子どもの骨フッ素症すら発見されているのである(12).

          軟組織臓器

           フッ素によって悪くなるのは、何も歯や骨ばかりとは限らない。大量のフッ素や、少量であっても何年も持続的に曝露されるときには、歯や骨と同様に他の多くの臓器も害作用を受ける。この事実は早くも1937年に、ロールムが様々な非骨格性の症状を、氷晶石の塵埃に曝露された労働者の慢性フッ素中毒の症状の一部として記載することで明らかにされた(13)。その最も重要な徴候は、胃腸症状、筋神経症状、心臓血管症状、アレルギー性の皮膚症状などである(表8−3)。
           これらの特徴は、他の研究でも確認された
          が(10章を参照)、これらの事実は、医学文献の上では、ともすれば無視ないし軽視されているのである。(参照:脚注8-2)


          訳者による脚注8−2:慢性フッ素中毒の全身的症状については、この疾患が風土病として流行している中国においてもよく研究されている。即ち、中国貴陽医学院の魏賛道( ウェイ・ツァン・ダォ)教授(衛生学)は、骨フッ素症患者が、骨格系以外にも、眩暈、頭痛、痺れ、耳鳴り、心悸、脱力感、不眠、筋肉の痙攣、腹痛、歯痛などの症状で苦しんでいることを報告し、「現在,フッ素中毒症を研究する人々は、すでにフッ素中毒症は全身の病態として認識しており、しかも、これは長い間にわたってようやく認識したものである」と述べている。(フッ素研究・No.4・PP.25.1983).
           また、内蒙古自治区地方病防治研究所の霍尓査(ホルチャ)主管医師(教授相当職)は、「現在の研究情報によれば,フッ素中毒症が全身的疾患であることには疑問の余地はない」と述べ、内蒙古の病区(フッ素症患者が多い地域)と非病区の住民の死因の分析を報告した。その調査の対象とした人数は、それぞれ、2.3万人と5.3万人である。その結果をみると、病区では、脳、心循環器疾患、産後病、先天的奇形などの発生率が明らかに高く、とくに注意すべきであったのは、脳、心循環器疾患とフッ素症の重篤度および飲料水の硬度との関連性であるという。内蒙古では「とりわけ重度骨フッ素症患者が多く、家庭生活に深刻な危機をもたらし、同時に、社会経済の発展のうえでも重大な問題となっている」ので、その原因の大半は飲料水にある。水の問題がいかに重大であるか,改めて肝に銘ずるべきである。(フッ素研究・NO.11 ・pp.13-18・1990)。



          致命性

           慢性フッ素中毒では多臓器がフッ素に侵害されるので、その死因もおそらく、様々な理由がつけられることになる。今日までに、骨フッ素症での死亡例として報告されたものは、インドの流行地帯におけるもの(14〜17)と、産業労働者の場合(13,18) など、ごくわずかにすぎない。骨格の障害やそれに付随する脊髄や神経の損傷などを除いては、病理解剖で“フッ素症による死亡”と断定できるような特徴ある病変は何もないのである。

           このために、病理解剖で腎臓、肝臓、脳などの疾患や肺炎などが万一発見されたとしても、慢性中毒の他の場合と同様、その病因を、フッ素に障害された臓器の分析をより発展的に行うことなしにフッ素に帰せしめることは困難であろう。
           合衆国においてもこれまでに、フッ素が直接または重要な原因であると考えられる死亡例がいくつかの報告されている。1943年、テキサスの22歳の兵士が、進行した骨の病変と両側の腎臓の障害により死亡した(6)。彼は19年のも間、1.2〜5.7ppm(この1.2ppmという濃度が、しばしばまちがって12ppmとして引用されている)にも達する自然フッ素水を飲みつづけたのである。
           この患者は、右腎に15歳のときに軽い損傷を受けていたが、腎臓が2つとも破壊されることなどは、長期間のフッ素の摂取なしにはありえな。勿論、この有名な報告論文の著者の1人は、この見解を繰り返して述べている(19).
           フッ素が腎障害を惹起しうることは、メトキシィフルランによる麻酔(20)で体内に放出されたフッ素と関連して既に報告されており、地方性フッ素症(21)についてKaushik によっても行われている。そればかりか、 サルの腎臓に対するフッ素の影響に関する研究では、 1ppmという微量のフッ素でさえ、有害な変化を惹起せしめることが示されているのである(22)。

           64歳のテキサス人の死が、もう1つ、フッ素と関連したものとして重要である(7)。20年間の腎疾患と日常的な口渇(煩渇症)は、彼に、2.2〜3.5ppmもの天然フッ素を含有する水とお茶とを過度に飲用させた。あらゆる可能性のなかで、この2つが中毒の原因となったのは疑いがない。この患者は最終的には肺炎で死亡した。病理解剖によると、彼の骨には6100ppmのフッ素が貯留していた。肝臓の高濃度のフッ素(61ppm)は、疑いもなく、彼の死と関連していよう。

           3番目のケースは人工的フッ素化飲料水と関連しているものである。生後16時間で死亡した男子の未熟児は、大動脈全体と骨盤と四肢の動脈が異常に石灰化していた。この極めて稀な疾患の原因を、これを1964年にアメリカ医師会雑誌(23)に報告した医師は究明することはできなかった。しかし、私がこれを引き継いで研究したところ、次のようなことが明らかになった。

           この患者は、飲料水からも食物からも、過剰フッ素は摂取していなかった。患者の一家は、水道がフッ素化されていたアイオワに4年間居住していた。これまでには、研究が不十分であったこのような病死の原因に関して何も見解がなく、またフッ素症の特徴として、動脈の石灰化が高頻度に出現するということが報告で確かめられている理由から、この嬰児の疾患の原因は、母親が妊娠期間をつうじて摂取した飲料水中のフッ素と深い関連があると考えられた。この解釈は、この後に、私の要望に応じて分析された嬰児の大動脈の異常に高いフッ素濃度(59.3ppm)によって支持されたのである(24)。腎臓が健全な子供の正常な大動脈のフッ素濃度は、1ppm以下である。

           説明不可能であった死亡が、疑いもなくフッ素と関連していた別の場合をあげてみよう。1955年に、私がテキサスのラブロック(当時、飲料水中の自然フッ素濃度が4.4ppmあった)の地方医学会で骨フッ素症について講演をした後、私は、ある医師から一枚のX線写真を提示された。その写真は、進行したフッ素症の典型的な骨の病変を示していた。その患者は20歳の男性だったが、その病変と死亡の原因が分からず、その医師は困り抜いていたのであった。この場合の完全な臨床的データを入手することは私には不可能であったが、悪液質が徐々に彼の健康を悪化させていったように推測された。このような状態は慢性骨フッ素症の最終的な段階の特徴なのである。

          安全幅の狭さ

           至適値とされたものとそんなに違わない濃度のフッ素で、傴僂性の骨フッ素症やその他の致命的な病変が惹起するということがわかると、フッ素の推進論者は、極めて深刻なジレンマに陥らざるをえなくなった。彼らはここに至って、比較的少量のフッ素を毎日の摂取が、これまでに憶測されてきた以上の大きな害を与えるのではあるまいかという疑問に遭遇したのである。フッ素化は、先天的あるいは腎疾患、糖尿病、アレルギーなどのためにフッ素に過敏になっている人達の健康を危険に晒すようなことはないのか。換言すれば、フッ素の毒作用は、予想される歯への有益性より遙に重いのではなかろうか。

           フッ素の有害性と安全性との間の許容幅は、明らかに狭いものであり、場合によっては、存在すらしないものである。H・C・ホッジの毒物学者としての信頼性は印象的であるが、彼は、飲食による潜在的な毒物の安全幅は、普通少なくとも100倍の必要があると述べている(25)(訳者注:ホッジはフッ素化推進者としても著名)。
           実験に用いられた動物と人間との関係に関する研究に言及しながら、彼は、動物の種類の差、つまり、動物実験を人間の条件にあてはめるということで10倍、人間の感受性の個人差により、更に10倍の安全幅を設定した。これ比較してみれば、公衆衛生局が提唱したフッ素化における2倍の安全幅というのが如何にに狭いものであり、ホッジの提案とかけ離れているかがわかろう。しかし、ホッジは、如何にも抜け目なく、論文のなかで次のような所感を述べている。

            標準的な疫学手段を用いて、〔ある物質が〕人間にとって有害であるかどうかを発見しようとしても、それは殆ど不可能である。クロラムフェニコールの初期の使用よる無顆粒細胞症による死や、(最近における,サリドマイド)のようなある悲惨な、悲劇的な結果が起こったときにだけ、それが危険であることがわかり、その使用の制限が適切になされるのである。誰ひとりとして障害を受けないということを保証するには、信頼性のおける耐性値(訳者注:安全幅と同じ)を設定するより他に方法がない(25)。 
            
           別のフッ素化の支持者らは、「住民がたくさん水を飲む気温の高い地方では、1ppmでもフッ素濃度が高すぎる」という意見に同意した際に、部分的にではあるが、こうした矛盾に気がついた。彼らが次のことを認めたのは簡単であった。「公共水道にフッ素を添加するということは、住民が今までに、この元素に適応してきたものより、はるかに高いレベルで曝露させることになるのは避けられない」(26)。彼らは、また次のようなことも知ってもいるのである。フッ素化を行うには「虫歯に対する武器としての有効性についてだけではなく、増大するフッ素の摂取や吸収などによる危険性の可能性に関しても評価することが要請されるのである」(26)。

           人工的なフッ素化がもたらすフッ素摂取量の増大は、ある病変を、それと明らかに認められる障害を骨や歯に起こす以前においても、すでに惹起しているのではないのか。これは換言すれば、慢性フッ素症には、骨格に症状を起こす以前でも何か症状があるのではないのか、ということでもある。
           フッ素化水道水を飲み、かつ、その産物を消費している夥しい数の人たちにとって極めて重要なこの疑問を、私は次章で解明しようと思う。


          フッ素化・この巨大なる矛盾 第9〜10章

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                                   第 9 章  フッ素化飲料水でどんな病気がおこるか

             1953年以来、ミルウォキーでは、市の中心部で非常に多彩な症状のみかけない病気が流行し、診断学の大家らを悩ませていた。1963年にミルウォーキーを訪ねた際,私はこの疾患の状況をあらまし知ることができた。

             ミセスK・D(31歳)の場合は次のようだった。
            1960年にウイスコンシン州クダーイ市より当地に転居してから1週間以内に発病。痙攣のような痛みと腹部の膨満感、下痢と便秘の繰り返して健康の衰えを自覚。X線や各種の検査では診断不能。治療法のないままトランキライザーの投与を受けたが、主訴の改善はなく、意識の朦朧状態まで発現。腹部の不快感はさらに悪化し、新に膀胱と尿道の症状が付加した。この患者は9カ月間ミルウォーキーに滞在したのちクダーイに戻ったが、驚いたことに、その後何も治療しないのに2週間足らずで全快した

             患者は1962年に結婚、その直後から再びミルウォーキーに住むようになったが、それ以後彼女の健康は以前にもまして悪化。今回はさらに頑固な腹痛を訴えたが、食事の改善や投薬は効果がなかった。しばしば嘔吐感に襲われ、目がかすみ、しつっこい頭痛に悩まされた。立ったり歩いたりすると眩暈が起こり、よく体のバランスを失った。しかし、それよりさらに悲惨だったのは体が衰弱したことで、朝などは夫が抱え起こさなければならぬ程だった。
             彼女は、組立工場で小さなネジを締める仕事をしていたが、その仕事すら放棄しなければならなくなった。この頃になると、彼女の下半身の背骨から膝にかけて起こる痛みと頭痛がひどく、1日に12錠ものアスピリンを服用せざるをえなかった。終日喉が渇き、1回に1リットル近くも飲水した。
             しかしこの多量の飲水も、喉の渇きを30分とは癒さず、彼女の口と喉はいつもカラカラでまるで炙られているようであったという。1968年3月28日まで、彼女はミルウォーキーのトリニティ記念病院に入院したが、それは彼女がもはや立つことができず寝たきりになってしまったからなのだった。主治医は色々な検査を行ったものの確定診断を下すことはできず、衰弱を防ぐためビタミンB12を注射したが何の効果もなかった。この4週間の入院の間にテンカンのような痙攣という新しい症状が加わった。この発作は彼女が退院するまで週に2〜3回繰返した。
             この様子を見ていたある住民(ジェームス・F・カーク氏)が、彼女の家族に、フッ素化されたミルウォーキーの水道を避けてみてはどうかと教えてくれた。彼女はこの忠告に従って、その数日後から,料理用の水や飲料水を、フッ素の入っていない泉水に代えてみたのであるが、その効果は驚くばかりで、1月後には彼女の健康は完全に回復した。しかし、彼女はこの単純な回復が信じられず、もう1度ミルウォーキーの水道水を使用してみた。そうすると2週間もたたないうちに、以前のあの症状が、あのテンカン様の発作までが起こったのであった。

             それでもまだ納得できずに、彼女はその後も自ら実験を続け、さらにミルウォーキーのプライオー小路にある井戸水に替えてみた。ある人が彼女に、その井戸水には、1ppmくらいのフッ素はあるが、カルシウムも非常に豊富なため無害だと教えてくれた。しかし、それに替えてみると、病気はまた再発した。

             このようにして、彼女は、不愉快な出来事の断片を継ぎ合わせ、自己の経験の全体を語ることができるようになったのである。

             ミルウォーキーの水道は1953年から大体1.2ppm程度でフッ素化されていたのだが、当時彼女はクダーイ市に住んでおり、そこではまだフッ素化はされていなかったのである。
             なぜ、ジェームス・F・カーク氏のような素人がこの不可思議な病気を診断することができ、彼女に、ミルウォーキーの水道をやめて低フッ素の泉水に代えるように勧めたのかは十分理由があった。
             不動産業者であった氏は、フッ素化されたミルウォーキーに転居してくる人たちの中に、体の不調を訴える人が多いことを知っていたのである。そういう人たちの病気は、フッ素化されていない地域から到着した後数日のうちに始まることが多かったという。カーク氏が掲載したミルウォーキー・ジャーナル1970年12月26日の意見広告には、大勢のミルウォーキー市民が、フッ素化された水で病気になったと主張している。

             また、カーク氏は、彼の顧客のなかの相当な数の人たちが、医師から水道の水を飲食や調理に使用しないよう忠告されているという事実も知っていた。例えば、ミルウォーキーの診療所の著名な医師の一人は、患者のE・A氏に、彼も彼の娘さんも、ミルウォーキー市の水道水に全く耐性がないとアドバイスしていた。これらの事実を知っていたからこそカーク氏は間違いなくE・A氏病とでもいうべき、この病気の診断を下すことができたのであって、最も広く読まれているアメリカ医師会雑誌でさえ、当時では、この新しい疾患に関しては何ひとつ情報を提供してはいなかったのである。

             この同じ医師グループの別のもう2人も、患者にフッ素化水を避けるように勧めていた。カーク氏は、彼の意見広告のなかで次のように述べている。

            「1970年にミルウォーキー医師会長をつとめていたピッテルコー博士も、フッ素化水による病気に遭遇し、医師会による研究を約束した。医師会は私(カーク氏)に、市の水道によって健康被害を受けたと思っている人の名前を、その人の主治医の名前と一緒に知らせてくれるように要望した。私は3ダースもの名前を知らせたのに、この件に関する研究は何も行われなかったのである。」
             この件に関する医師会のスポークスマンの言明は次のようであった。

            「この疾患に関する研究を行うに相応しい施設は、この地方では、フッ素の分析を行えるごく僅かの試験場を除いては皆無である。」

             別のスポークスマンはこうも述べた.
            「カーク氏のケースは“注意深く選抜されたもの”であり、真実ではあっても研究の対象とするには妥当ではない。」
            言うまでもなくカーク氏は、これらの患者さんをフッ素化水が惹き起した最も劇的な症例として選んだのである。

             ミルウォーキー市の元保健局長であったクラムビーゲル博士は、長年、カーク氏に対して、フッ素化水で健康を害したと思われる患者さんを誰でも検査したいという申し出を行ってはいた。しかし、カーク氏は、この申し出を断った。それというのも,ク博士の提案は、そのような患者さんを入院させて彼の管理下におき、専門的な治療を受けさせるということを狙いとしてたからである。カーク氏の判断では、そうすることは、長年にわたるフッ素推進者が、この問題を一方的な立場から研究することになってしまうと考えられたからで、その代わり、彼は、偏見のない調査団を発足させることを提案した。

             ペトラボーグ先生というミネソタ州エイツキン市で開業している別の医師が、ミネソタで流行している病気に興味をもつようになった。というのは、この医師も、彼の開業地で似たような患者に遭遇し、彼はこれを、フッ素化水による中毒と診断していたからなのであった。彼は自分の関心を満足させるために、ミルウォーキーの病気が、彼がミネソタで遭遇したのと同一の疾患であるかどうか確かめることにした。ミルウォーキーでの4日間の滞在中、ペトラボーグ医師は、カーク氏がフッ素化水の犠牲者として選んだ28名の人たちに面接し検査を行った。病歴や主訴の同一性と、彼が個人的に行った検査の結果から、ペトラボーグ医師は、この場合もフッ素化水が、この重篤な進行性疾患の原因であると確信した。以下はペトラボーグ医師が1973年8月21日から25日までに行った研究の報告である。

             氏名:J・B.男性.40歳。1957年に武装航空警察隊を解雇され、それに伴いミルウォーキー市に転居したあと、数週間のうちに今までに経験しない口渇を自覚。1日に20〜30杯(大体,6リットル弱)ものコーヒーを飲むようになった。コーヒーはフッ素化水を使用。やがて筋肉の痛み、麻痺、痙攣などが起こり、特に右手、両下肢がひどく、次第に衰弱するようになった。この異常は数年間つづき、体重は140ポンドから107ポンドにまで減少した。疲労が激しく、1日8時間労働すると直ちに横にならなければならぬ位だった。ついに1964年に入院し、X線のほか様々な検査を受けたが、この病気に結びつくような手がかりは何も得られなかった。医師はビタミンを投与したが、悪化した状態は改善できなかった。この入院の後、彼はミルウォーキーからフッ素化されていないウイスコンシン州カレドニア市に転居したが、驚いたことに、そこに移ると彼は何もしないうちに完全に回復し、失った体重も急速にもとに戻った。

             ミセスS・T(42歳)もペトラボーグ医師によって研究された症例である。
            彼女の主訴は異常な口渇,胃部膨満感、持続性の頭痛であった。手足のシビレ感と痛みのため夜には寝ていることができず、あたりを徘徊しなければならぬことがよくあった。入浴すると皮膚が痒くなり、それが何時間も持続した。彼女の病気は、1959年に、彼女がフッ素化されていないクダーイ市から、フッ素化されているウイスコンシン州セントパウロ市に移って1週間もたたないうちに起こり、1965年にフッ素化水の代わりに泉水を使うようになってから急速に回復した。

             ペトラボーグ医師によれば、彼が調べた28人の患者の誰もが、衰弱、消耗、過度の口渇、頭痛、胃腸障害などを主とする多彩な進行性の病歴を有していた。殆どの患者が飲料水にフッ素が添加されているということを知らなかったので、彼は、研究上、「目かくし法」や「二重目かくし法」を用いる必要を感じなかった。そのうちの2例を彼は臨床報告として発表している(1,2) 。

            私の症例研究

             ミルウォーキーに広く流行したこの疾患はけして新しいものではなく、1950年代のはじめには、合衆国の至る所で見られるようになったものである(3-7)。全くの偶然から、私は、フッ素がひき起した症候群をもつ患者に遭遇し、それを幾つもの医学雑誌に報告した。当時ミシガン州では僅か数都市がフッ素化されていただけであり、この事実が正確な診断を容易にした。というのも、患者は、非フッ素化都市に行けばすぐによくなったからである.

             ミシガン州ベイシティ市のミセスS・Sは、1954年に、痛みを伴う腹部の緊張感と膨満、頻発する悪心嘔吐、しつっこい片頭痛様頭痛などのため、親戚の医師から原因不明のアレルギーとして紹介され私の診療所に来た。あらゆる検査を行ったが、食物アレルギー(参照:脚注9−1)であるとは診断できなかった。検査の間に、この患者は「とにかく、毎朝起きると口が渇きましてね、何杯か水を飲まずにはいられないのです。」ということを言った.彼女は毎朝水を飲んだあと必ず調子が悪くなるので、ベイシティの水道が体のこの不調と何か関係するのではないかと疑っていた。他の市に行ったときには口も喉も渇かず、腹部の緊張感や頭痛などは全く起こらなかったのである。
             彼女も、いや、私ですら、ベイシティの水道が1951年以来フッ素化されていたことなど知らなかった。この後すぐ、私は、この異常な口渇や多尿その他の症状が、急性および慢性のフッ素中毒症の一般的症状であることを学んだのであった(7,8) 。
             



            訳者による脚注9-1:わが国の食物アレルギー研究の第一人者であった村松龍雄博士(前出5−2)によれば、食物アレルギーの臨床を体系づけた先駆者は、アメリカの医師アルバート・ロウであった。彼は1928年に、アレルギーを起こす事のすくない食物を「除去食物」と名付け、食物アレルギー患者の治療食として提唱した。そして1971年に死去するまでの43年間、食物アレルギーによって様々な疾患が起こることを主張し続けた。しかし、彼の主張に耳を傾ける者は誰もいなかった。
             アメリカのアレルギー学会が食物アレルギーを公認したのは1976年、彼の死後5年のことであった。カナダのトロントで第一回食物アレルギー国際シンポジウムが開催されたとき、ロウの子息と村松博士とは相擁して泣いたという。
             ウォルドボットが、ロウの学説の数少ない理解者の一人であり、アレルギー臨床家として卓越した存在であったことは、このあたりからも伺うことができる.
            *参考文献:人間エコロジーと環境汚染病(セロン・G・ランドルフ著,村松龍雄,
            富所隆三共訳・人間選書92・農山漁村文化協会・1986.)

             



              シガン州ハイランドパーク市。ミセスS・Sを診察してから数か月後の1954年の秋、私は偶然にも、日常まれなこの疾患を研究する機会に恵まれた(3)。ハイランドパーク市に住んでいる35歳の女性が、明らかな斑状歯を有していることを含めて、様々な症状の奇妙な病気に悩まされていた。彼女の症状は、先ほどのベイシティの患者よりはるかに激烈であった。彼女には絶え間なく悪心があり、頻発する嘔吐、胃の周期的な痛み、下痢、背中の下方の痛みなどが続いていた。その後、彼女の全身的状態は除々に悪化し、とうとう寝たきりの状態になってしまったのであった。彼女のかかりつけ歯科医は、彼女の歯の白濁や茶色の変色はフッ素による斑状歯であると同定し、ハイランドパーク市の水道水中のフッ素が何か関係しているのではないかと推定したが、フッ素化の開始は1952年であり、一方、斑状歯が起こるのは歯が形成される12歳までだけなので、原因を水道に求めることはできなかった。

             最初は歯科医師も主治医も、事態を余り深刻に考えていないようであったが、病気は悪化する一方であった。「体重は減少する一方で、さらに腎と子宮からの出血が繰り返し起こり、頭痛はとても我慢できない程だった。」と彼女は述べている。さらに視力が弱まり、とうとう彼女は両眼に“視野暗点”“動く点”が生じるまでなった。これはふつう、眼の器質的疾患によって起こるといわれているものである。皮膚には打撲傷のような出血斑が生じた。手や腕の筋肉は非常に弱くなり、物が掴めなくなった。洗濯物は手から滑り落ち、皮をむこうとしたジャガイモは下にころがり落ちた。さらに歩こうとすれば自由がきかず、考えることもバラバラになって、ただ眠く何もかもみな忘れてしまうようになった。彼女は次第に家事を放棄せざるをえなくなり、とうとう、ベットに閉じ込められた。

             このような進行性の症状は脳腫瘍を疑わせるが、子宮出血、皮膚の出血斑、下痢などは、脳という単一の臓器の疾患よりも別な系統的な病気であるように思われた。幸い彼女の斑状歯が手がかりとなり、ある診断のヒントが与えられた。
            彼女は子どもの頃,中国の自然高フッ素地帯に暮らしていたことがあり,そこでは白っぽいい斑点がある歯の子どもは普通であった.また、多数の大人が、茶色に変色した歯をしていた。しかし、彼女の病気は、骨が太くなる靱帯や腱の石灰化、背骨の関節炎などを特徴とする慢性のフッ素中毒症とは少しちがっていた。斑状歯と非骨格性のフッ素症とは果して関連があるのだろうか。私は大いに疑った。

             患者は私がいた病院に診断のため入院した。デトロイトで最も著名な専門医8人が対診のために招集された。神経科の医師は脳症状を、整形外科医は背中の痛みを、眼科医は眼症状を、血液専門医は皮膚の出血斑や子宮や膀胱からの出血を分担し、そのほかに心臓専門医や内分泌専門医、代謝の専門家、婦人科専門医がそれぞれの専門領域にかかわる症状を究明した。すべての医師がこの病気を深刻なものと認めたが、診断を確定することができなかった。8人の医師のうちの1人が、この疾患は心身症的なきっかけで起こったのではないかといった。医師がある病気の診断を下せない場合,こんな説明に逃げることはよくが,これはおそらく、そんな場合でも医師の体面を保ちたいという意識があるからである。勿論、心身的な要素は殆どの病気に付随してくるものであるが、だからといって、それが病気の真の原因になることはあまりないのである。

             この症例の謎は、骨、とくに骨盤と背骨のX線写真をとった時にさらに深まった。そこには、ひそかに期待していた慢性フッ素中毒症の病変を全く見つけることができなかったのだ。査でも殆ど異常がなかった。ただ、血中のカルシウムレベルが、血清100ccあたり11.6mgとわずかに高かったくらいである。(通常11mgまで)。24時間蓄積尿の中のフッ素量は,ある時は1.38mgであり、別の時には1.37mgであった。(参照:脚注9-2)
             この時の経験から私は、こういう検査では殆ど何もわからないことを知ったのであった。このような検査が教えることは、患者が排泄するフッ素の量は、フッ素化地域の住民の平均値よりごくわずかだけしか多くないということだけで、患者がどれ程の量のフッ素を体内に蓄積しており、今現在どれ程の量のフッ素を摂取しているかということを示すものではないのである.
             腎臓からどれ程のフッ素が排泄されていようとも、臓器から臓器へとフッ素が体内を移動する間にどんな障害が起こるかということを決定するのは、ただ一つ、患者を臨床的に注意深く観察することによってのみ可能である。



            訳者による脚注9−2:ある人間が、1日にどのくらいのフッ素量を摂取しているかは、現在では割合簡単に知ることができる。それは1日24時間に排泄された尿を全部蓄積しておき,その量とフッ素濃度とから算出すればいいのである.腎臓等に障害がない場合,その量の約2倍が1日に摂取されたフッ素の全量となる。換言すれば、健常者では、1日に摂取されたフッ素の約半分は体外に排出されるが、半分は殆どが体内に蓄積される。
             フッ素の排出経路は尿からだけとは限らないが、この出納の算定は、わが国の角田文男教授(岩手医大・医・衛生・公衆衛生)らによって、かなり厳密に実験的事実で裏付けられており事実として確定している。フッ素という毒物は、体内に蓄積される一方である。.
             参照:角田文男・生活環境におけるフッ素と健康・フッ素研究.No.13 ・1992.
                角田文男・日本公衆衛生学雑誌・Vol.38,No.10,pp31-36,1991. 



             病院での予備検査が終了するまで、患者は携えてきたハイランドパークの水(フッ素が入っている水)を飲むよう指示されていた。検査が終了した後、彼女はデトロイトの非フッ素化水(0.1ppm)を飲みはじめたが、2日もたたぬうちに胃の症状や頭痛が消失し、退院ができるまでに回復した。
             入院中も退院後も、彼女に対する投薬は何もなかった。その代わり、厳密にフッ素化水を飲用や調理にも使用しないように指示を受けた。また,フッ素を多く含む紅茶や海産物の摂取も禁じられた。これだけで、頭痛や眼の障害や筋肉の虚弱などは劇的に消失したのである。2週間もしないうちに精神状態もはっきりとし,彼女の人格は完全に回復した。持続して家事ができるようになり、4週間の間に5ポンドも体重が増加した。
             引き続きこの患者について各種の検査が行われたが、その結果、この病気がフッ素化水と関係するものであることが確定的に証明された.飲料水に混ぜてごく微量のフッ素が与えられ、比較対照として精製水が投与された。どちらがフッ素入りか、彼女には全く分かぬようにした。その結果、フッ素入りの水では症状がぶり返したのに反し精製水では何らの障害も生じなかった.コップ2杯で1mgのフッ素が与えられた時には典型的な偏頭痛が起ったたが、これはフッ素化された地域の住民が摂取するフッ素量の凡そ1/5〜1/2である。
             さらに研究のため、私はカルシウム、燐酸、マグネシウム、ある種の酵素の活性、脳波の検査などを計画したが、結局このプランは中止した。というのも、試験的に投与したフッ素が患者に激しい頭痛、筋肉痛、背骨の痛みなどをひき起し、それが非常に苦しませたからである。これは「目かくし」試験を行わうとしたのだが、患者の激烈な反応のため全て中止したのである。幸いにも、この患者は、フッ素入りの水道水を飲用や調理に使うのを止めただけで完全に回復した。
             

            図9-1 歯磨き剤の中のフッ素によって起こった典型的な口の潰瘍(口内炎)

             以上から判断すれば、この深刻な進行性の疾患は数か月のうちに致命的な状態にまで達し、最も有能な医師ですらその死因を確定できぬまま患者は死亡したに違いない。確かにある特徴は明らかで、それは他の疾患では滅多に見られぬものである。患者は水を飲めば飲むほど喉が渇き、脳の機能は悪化する一方である。腕や手足の痛みを伴う麻痺と背骨の関節痛は、朝起きた時に一段と悪化した。こんな場合、誰でも、晩休めば回復するだろうと期待するが、そうではなかった。医学雑誌で報告されている見解では、フッ素がカルシウム代謝をわずかではあるが明らかに障害して、この必須ミネラルの働きを阻害することに強い関心が寄せられているのである(9)。

             フッ素以外の水中にある毒物が、この疾患を惹起したのではないだろうか。この疑問に確答を与えることは極めて容易である。何故ならば、彼女のこの疾患は、極めて少量のフッ素を投与することにより意のままに作りだすことが可能であったからである. 彼女のこの病気の原因を確かめるために、私は彼女に試験的に、フッ素を水に混ぜて投与してみた。それが何であるかを彼女に全く知らせずにである。いうまでもないが彼女は医師である私に対して、私が必要と認める行為の許可は与えてくれていたのである。 

             ミシガン州サジナウ市。この日常あまりみかけない病気を経験してから数週間の間に、私はさらに詳しい情報を得る機会に恵まれた。1954年に11月、私はミシガン州サジナウ市の医師の要請で、そこで病気にかかっている30名の患者に面接して検査を行った。この人達も、その後すぐよくなり、サジナウ市の水道フッ素化が中止された後は健康が完全に回復した。彼らはこのことから、フッ素化に非常な疑いをもつようになった。30名のうち9名の人達が、あらゆる点においてハイランドパークの場合と一致する病状の記録を残している。ある人は、サジナウ市からごく短期間外出をしただけでよくなっている。そして患者の殆どが、フッ素化に関する住民投票に直面するまで、飲料水にフッ素が添加されていることなど知らずにいたのである。その中のある者は、膀胱や腸だけに症状を訴えていたが、私はそれまで,これがフッ素に関係するものであるとは全く知らなかった。
             
             ハイランドパークの症例とよく似た被害者の1人であるミセスH・M(49歳)の場合は特に衝撃的であった(7)。彼女は、彼女の家族や、少女時代をおくったカナダの村の住民と同じように斑状歯を有していた。何時も続く胃や筋肉の痛みに加えて、彼女は腕や足のコントロールを失い、足などは特に「自分の重みで潰されてしまいそう」なことがよくあったと記録している。最も辛かったことは口が乾いていつも潰瘍が生じたことで(図.9−1)、これについて医師は何も説明してくれなかった。水を飲めば飲むほど喉が渇くので、ついに彼女はこの病気がサジナウ市の水道と何か関係しているのではないかと思うようになった。彼女は当時(1953年の10月)がこの市の水道がフッ素化された直後だったのを知り、それ以後飲用や調理には精製水を使用するようにした。そうすると4〜5週間の間に彼女の病気は完全に回復したのであった。

             もう一つ、サジナウ市での典型的な症例に42歳のセールスマンR・M氏の場合がある。彼は進行する手の痛みと脱力のために自動車のハンドルを握ることができなくなり、仕事ができなくなりかかった。この状態はさらにひどくなり、彼はハイウエイでしばしば停車せざるを得なくなったほどである。ついに、彼もこの病気と、サジナウ市の水道との関連性を疑うようになった。というのも、この症状は、彼がセールスのために遠くに出掛けると必ずよくなったからである。サジナウ市のフッ素化が中止された後、彼は急速に回復した。
             以上の3症例が十分な説得力を以て示している事から、私はこれらの疾患について、なお一層研究をしようとするには、まず、症状をよく確かめる必要があると考えている。そしてこれは、12歳の少年W・J君の場合に、十分に叶えられたのであった。この少年は、私がサジナウ市で診察した30人の患者のうちの1人だったが,その後2〜3年あまり引き続いて観察できた症例である(10)。.彼にはひきつけがあり、それが最近とくにひどくなっていた。しかしフッ素化が中止されると、その発作も次第に遠のいていったのである。 この症例は,今までの私の知識にあったフッ素中毒というものとは非常に異なっており、このためこの少年が、異常な歯をしていなかったなら、私はきっと別な考えに到達したに違いない.彼の歯は発育が悪く、所々エナメル質が欠けていて、いわゆる“萎縮”という状態を呈していた.歯が萎縮を起こす原因には発熱や栄養障害などがあるが、ある程度進んだ慢性フッ素中毒もその一つである(11)。
             この少年の主治医によると,彼は発作を起こしている間にも意識はしっかりしており、テンカンなどのひきつけとは全く違うということであった。この話と、患者の歯の状態から、私はこの病気が、カルシウム代謝の障害で起こるものではないかという示唆を受けた。というのも、自殺などの目的でフッ化物を飲んだ時の急性中毒で起こる低カルシウム血症が、いわゆるテタニー様痙攣を起こすことはよくあることだからである。フッ素が体内でカルシウムと結合することよく知られおり(11)、少数の人たちは、フッ素のため、排尿により過剰なまでにカルシウムの減少を来すのである(12)。この患者の診断を確立するために、デトロイトのハーパー病院の小児科医、神経外科医、歯科医らが相談にのってくれたが、彼らは「この病気はテンカンで、フッ素とは関連性がない」と診断した。しかし、彼らには、フッ素中毒に関する経験が全くなかった。神経外科医は検査に次ぐ検査を行い、最後には脳腫瘍の疑いの下に,障害のある部分を確定しそれを除去する開頭手術まで行ったが、驚いたことに何も発見できなかった。
             患者が退院してから数週間後に、この患者の24時間蓄積尿を調べてみたが、それには4.4ppmという異常な量のフッ素が含まれていた(参照:脚注9−2)。この少年は、この時には既にフッ素化水の飲用を中止していたのであるから、このフッ素は、彼の体内にそれまでに蓄積されていたものであり、それが排出されていたことは明らかである。そして、こういう現象があることは既に確かめられていることである(13,14)。この過剰なフッ素の排出と神経外科医による痙攣の原因探索の失敗のため、私は最初の診断を再考し、この患者をもう一度入院させて調べてみることにした。この時は、デトロイトの著名な神経科医であるウエィン・ステート大学のG・スタイナー博士がこの少年を診察し、テタニーという診断を下した。前回相談にのってくれた医師らは、テンカンに似たこの病気が、ヘミテタニーとして知られる稀な病気による痙攣であり、それがカルシウム(またはマグネシウム)の障害に起因するということに気づかなかったのである。この子供が発作を起こしている間にも意識がしっかりしているということも、この診断を支持するものであった。フッ素化水が体内から排出されると、少年は発作を全く起こさなくなり,尿中のフッ素量も殆ど無視しうるほどになった。



             病院では尿は金属容器中に蓄積されていたが、これは正しい測定を妨げる。金属、ホウロウ、ガラスなどは、カルシウムと同様にフッ素と結合する。しかしこのミスは、幸いにも、診断を狂わせなかった。 もし、標本中のフッ素が容器の金属と結合して少し失われたとすると、もともと標本中にあったフッ素量は、私に報告された値よりさらに高いものであったに違いない. 



             この症例は、 なぜハイランドパークの場合とこんなにちがっていたのだろうか。医療のなかで起こることは全く予期できない。例えば、もしもある人間が、ヨウ化物に耐性がないという場合を考えてみる。その場合、その者は、中毒性甲状腺腫,ザソウ(皮膚の発疹),唾液腺の急激な腫張などという全く異なった病気のうちのどれか一つか、ごく稀に二つ一緒に罹患することになる。しかし、これらの病気は、ヨウ素の作用というただた一つに起因する。第7章に示したように、大量のフッ素は、胃腸の症状と同様に痙攣も起こすのである.

             オンタリオ州ウィンドソー市。フッ素化が中止された後に病気が発見されたザジナウ市の場合と違って、オンタリオ州のウィンドソー市では、水道にフッ素化が導入(1962年9月11日)された後でその害作用がわかった。市民による反対運動を恐れた地方自治体の保健部は、フッ素化を開始するときにはそれを公表しなかった。このことは、かえって、いわゆる二重目かくし試験−フッ素化水が害を与えるかどうかということを決定するため−の絶好の機会を提供した。開始から2週間たって世間が新聞でこのことを知ると、その記事で8人の市民が自分の体の不調を診断することができたのである。

             その8人のうちの2人は、57歳の看護婦であるミセスM・Hと38歳のミセスE・Kでだったが、この2人は、朝食前に必ずコップ1〜2杯の水を飲む習慣があった。しかし、彼女らは、ある時から急に、飲水直後に、腹部の痙攣や嘔吐を経験し出したのである。そのうちに、頭痛、腰骨の痛み、手足の麻痺や痛みまでが起こった。彼女らは以前にはこのような不調は全く経験しなかったことであり、当時ウィンドソー市の水道がフッ素化されたことも知ってはいなかった。ミセスM・Hの主治医であるF・S医師は、最初は胃病かもしれないと考え投薬したが、これは全く無効であった。数日間注意深く観察した後、彼は水が原因かも知れぬと思い水道水の飲用を止めるようにアドバイスしたが、これは誰にも言わないように念を押した。そうでもしないと彼の立場は、彼の同僚、とくにウィンドソー市の保健部の役人によって危うくさせられるかもしれなかったからである。もう1人の患者であるミセスE・Kは、自分自身の思いつきで精製水を使用することにした。フッ素化水の使用を中止したことで、この2人の患者は急速に回復した。

             8人のうちの1人は「二重目かくし法」によって検査された。この方法についてアメリカ医師会雑誌の編集者は、1958年4月2日づけの私への手紙のなかで次のように述べている。

             診断の正さを確しかめる最も確実な方法は次のようである。 即ち、症状が消退するまで 患者にはフッ素の入っていない飲料水を使用させるようにしておく。そしてその患者( と医師)に 知られぬように、2.2 ppmのフッ化ナトリウムを飲料水中に添加するのである。  
              
             飲料水中に2.2ppmのフッ化ナトリウムを添加するということは、フッ素イオン濃度で1ppmにするということであり、これは人工的フッ素化のため公的に推奨されている濃度にほかならない。
             検査された患者は13歳の女生徒(C.D.)で、1962年の9月中旬あたりから激しい偏頭痛様の頭痛を起こしてきた者である。それとともに手足の痛みや麻痺に加えて、精神状態までがおかしくなり、とうとう学業に耐えられなくなってしまったのであった。相談を受けた神経科医は脳腫瘍の可能性を考えた。頭痛がアレルギー性のものかどうか検査した結果は否定的だった。そうこうするうちこの少女は、同様な症状で苦しんでいた別の医師の忠告で、ウィンドソー市の水道の水を飲むことを中止してみた。そうすると、症状はみるみるうちに改善していき。10日後には殆ど全快したのであった。しかし、月曜や木曜の体育の時間のあと、うっかりして水道で渇いた喉をうるおすと、この頭痛は再発した。そこで精製水を水筒で学校に携帯していきこの水を飲むようにしたところ、頭痛は全く起こらなくなった。
             この病気がフッ素化水によるのかどうかに関する最終的な証明として、ウィンドソーの医師の指導で、前述した「二重目かくし試験」が行われたが、この条件下でも、この病気を再現することができたのであった。この方法が、私の側にあるかもしれない偏りを排除したことは明らかである。サジナウの時もウィンドソーの場合も、患者はフッ素を添加することによって発病し、これを除去すればすぐに回復したのであった。以上の事実から、いずれも、ただ一つ、フッ素という化学物質だけがこの病気をひき起こしたことは疑いない。そして、殆どの場合、患者はフッ素などについては何一つ知らず、まして彼らを病気にさせた原因が、水道水の中に混じっているフッ素だなどとは考えもしないことだったのだ。

            その他の医師による観察
             

            表9-1 患者60人のFの害作用のまとめ

             

            主訴  患者数 比率
            胃腸症状 30a 50
            口内炎 18b 30
            過度の口渇  5 
            関節痛   
            偏頭痛様疼痛
            視力障害
            耳鳴り
            心理的ウツ状態 3

             

            a腹痛18人,12人,5人,嘔吐4人,緊張性便秘1人.b
             この中の2人はフッ素錠を使用した後症状が発現した.


             この種の研究を行うには二つの大きな障害がある。それは、患者と医師の協力がなかなか得られないということである。その患者さんが公共心に富んでいるというごく理想的な例外を除けば、時間を使い、しばしば苦痛を伴うこんな病気の再現実験などに協力してくれる人は滅多にいないのである。また、医師の方は,「フッ素化は無害である」という理屈をこえて植えつけられた信条のために、協力に躊躇する場合が少なくない。権威的な見解に向かって質問するだけでも、医学の正統性に対する反抗と受け取られがちなのである。私は「フッ素化水による中毒」を診断した沢山の医師の方々から連絡を頂いてきた.例えば、次の1例は、テネシー州メンフィス市のC・D・マーシュ医師によって研究された患者さんの物語である。

             ミセスW・E・A(62歳)はメンフィス市(当時はフッ素化されていなかった)に住んでいたが、1952年から56年にかけて、ワシントンD・Cやリッチモンド、ヴアージニアなどに旅行すると必ず同様な病気にかかり、家に帰ってくると2、3日でよくなるということを体験していた(4)。彼女はこの不調が、水道水によるものではないかと注意するようになった。当時、彼女は、フッ素やフッ素化というものが何であるかは全く知らなかった。ワシントンやリッチモンドの水道にフッ素が添加されているということを知るようになってからは、彼女は、この2つの都市に旅行する場合にはメンフィスの水を幾つも瓶にいれて携帯する同時に、その土地で作られた液体の食品を避けるようにして病気の再発を防止した。
             しかし、その後、驚いたことに、彼女が家にいた時にこの病気が急に起こった。彼女の主治医であったマーシュ医師が追跡調査したところ、これは彼が処方した精神安定剤のトリフルオペラジンと、新しい歯磨剤にその原因があることが分かった。患者も医師も、薬や歯磨剤にフッ素が入っているなどとは全く知らないことであった。
             彼女が健康を回復してから、この医師は、彼女の同意のもとに、1mgのフッ素を彼女の皮内に注射してみた。この量のフッ素は、子供の歯のために推奨されている1日の摂取量と同等である。その結果30分もたたないうちに、彼女には耐えがたい程の腹痛や頭痛背中の痛みが起こると同時にひどく鼻汁が出はじめて、下痢が起こり、昏睡におちいった。まさにこれこそ、彼女が以前に起こした症状と同じものなのであった。その後マーシュ医師によって「二重目かくし」試験が行われ、この病気がフッ素に起因するものであることが確定した。

             フッ素化水によって患者に障害が起こることを観察した医師のなかに、マサチューセッツ州ブルックリン市のW・P・マーフィ博士がいるが、博士は1934年に悪性貧血の研究でノーベル賞を受賞した方である。博士は私への手紙のなかで、間歇的にアレルギー性全身性浮腫(ジンマシン)を起こす患者が、フッ素化都市から非フッ素化都市に移住した後では、この病気を全く起こさなくなったことを述べている。また、先に記したメンフィスの症例のような、フッ素入り歯磨剤によって周期的に起こる顔面と口腔周囲の浮腫が、その使用を中止したところ全く起こらなくなったということもあったという (15)。
             オランダのフッ素化都市ハーレムでは、H・C・モーレンブルグ医師の指導のもとに12人の医師団が広範な研究を行った。彼らは、 上記のような症状を有する60人の患者について、 この病気がフッ素化水に関連するものであるかどうか慎重な計画のもとに「二重目かくし」試験を行った(16)。この試験では、この医師たちは、個人的な偏見を排除するために、3本の瓶中の水のどれがフッ素入りであるか、弁護士と薬剤師だけしか知らないという方法を採用した。60人の患者のうちの30人が、腹痛、腹部の膨満、交替する下痢と便秘などを経験した。18人が口腔の潰瘍を、5人がしつっこい口渇を訴えた。そのほか起こった症状は、関節痛、頭痛、眩暈、精神的な鬱状態などであるが、それらは表9−1にまとめて示してある.

             以上この章で述べてきたことにより、非骨格性のフッ素中毒症は,極めて深刻なものでありながら、しばしば誤診しがちな疾患であるということは明らかであろう。多数の医師や科学者がこのような臨床的研究に関係し、客観的診断を得るために色々な手段を実用に供してきたのであった。この病気の症状は、それがもし、手遅れになっていない時期に発見されたなら可逆的であり、飲料水を精製水かフッ素濃度の低い水に代えることによって消失する。深刻な状態にまで達した何百という患者が、じつに簡単なこの治療法で回復してきているのである。十分に確証されたこの疾患の自然科学的基盤までを否定するのは、フッ素が、たとえそれがどんな由来であれ、同様な結果を来している以上、科学的とは言えないであろう。

             

             

                                                     第10章  空気中のフッ素の健康への影響

             水の中の1ppmという微量のフッ素でさえこんな障害をひき起こすとすれば、空中のフッ素はもっと微量でも同様なことが起こりはしないか。工場の排煙や廃棄物、火山の噴煙などから出るフッ素が、動植物に被害を与えることは既に分かった。それでは人間とくに、工場労働者や周辺の住民の健康に対するフッ素の影響はどうだろうか。

            空気中のフッ素の被曝
             
             合衆国の大都会の空気中のガス状のフッ素量は極端に低く,平均で0.005μg / m3 か0.0625 ppb(訳者注:ppb はppm の1/1000つまり, 十億分の1である)といった量にすぎない。もし人間がこのような環境中で24時間すごしたとしても、その場合のフッ素摂取量は、0.001mgというような値にしかならない(1日あたりの空気の平均呼吸量を20m3と仮定する)。スコッティッシュ・アルミ工場の200ヤードから1マイル以内といった極めて汚染された空気中でさえ、そのフッ素量は、風向などで異なりはするものの、0.021 〜0.002mg/m3 より高くはない(1)。
             

            図10-1. 周囲を高い山に囲まれた盆地に滞留するフッ素入りのスモッグ.イタリア、ボルザーノ市


             ふつうの状況下ではこんな量のフッ素は無視して差し支えないが、長期間毎日このようなに空気を呼吸しつづけるとなると、無視することはできなくなる。というのも、ガス状のフッ素は、呼吸器という限局された器官から血中へと、極めてすばやく殆ど完全に吸収されてしまうからなのである(2)。さらに、第3章で述べたように、フッ素はとりわけ食用植物には蓄積されやすく、ここから相当量のフッ素が体内に取り込まれことになるのである。

             気温の逆転、高気圧、工場の生産量の増加に伴う急激な汚染、谷間(このような地形に工場が多数できる)のための空気の停滞といった好ましからざる状況のもとでは、空
            中フッ素は相当な量が血中へと到達する。工場の内部がもっと汚染されるのは当然だろう。それがどれ程かというと、これまでに報告された値では、様々な要因で異なりはするものの、表10-1に示したような、137ppmとか112mg/m3とかという高い値になる。(表10-1省略)
              工場の周辺で栽培される果物や野菜は、そうでないものより平均で数倍ものフッ素を含有しており、オンタリオ州の肥料工場周辺での私の研究結果を表10-2としてまとめた(表10-2省略)(3)。
             いうまでもなく、汚染源の近くではすべてがフッ素汚染されるといっても過言ではない。 私はこのことを、イタリアのポルザーノやオハイオ州クラリントンに行って実際に確かめてきた (4)。 このような環境下の多数の労働者や住民が、フッ素中毒に罹患していることが報告されているのも当然である。

            産業性フッ素症

             臨床データ .産業性フッ素症について最初に信頼すべき記述を行ったのはP.H.MollerとS.V.Gudjonsson(1932年)であるが、 彼らはX線を用いて、ホタル石の砕石精選作業に従事していた労働者78人のうちの30人に、様々な程度の骨の増殖を認めた(5)。
             そのうちの14人の就労期間は10年以内であったが、ある労働者はわずか5年程度で著しい骨の変化を起こしたという。最も進んだ骨の病変を示した2人(彼らの背骨は完全に癒着しており棒のように動かなかった)は、それぞれ25年と11年であった。

             この最初の報告が、78人のうちの42人、にリューマチ様の痛みや悪心、食欲喪失、頻発する嘔吐などを認めたと強調しているのは特に注目に値する。これらの骨が病変を起こす前の段階の症状は、人工的水道フッ素化によって不調を訴える患者と全く同じである。
             この報告の4年後に、フィラデルフィアの放射線科医P・Aビショップが、肥料製造工場で18年働いていた48歳の労働者が、産業性フッ素症のために骨の病変を起こした症例を報告した(6)。この患者の骨には2900〜6900ppmのフッ素があったが,胃腸障害の病歴は何も記載されていない。ビショップ医師は、この患者は梅毒性の心疾患で死亡したと報告している。

             次いで1937年に,ケイ・ロールム(Kaj Roholm) により、 この新しい疾患の臨床的実験的毒物学的側面が徹底的に研究された。今では規範ともなっている彼の研究は、20〜67歳の男性47人、女性21人、合計68人の労働者について行われた(7)。彼は骨の硬さと肥厚の程度に従って、骨フッ素症を3段階に分類した。また彼は、この疾患の非骨格性の症状をも記録した。それらは主として頭痛、ダルサ、体の硬直、リューマチ様の痛み、不眠症、疲労、下痢、便秘、悪心、嘔吐、呼吸の浅短化などであった。

             産業性フッ素症の個々の症例について印象的な報告が発表されたのはスイスとフランス(8-10)であるが、それらの国々では、1936年以来この疾患が確認されていたのである。フランスの放射線科医E.Spederは、モロッコの燐酸鉱山で働く7人の労働者について骨格の病変を記録した(11)。その後の研究者らにより、呼吸器の症状は主として、嗄声、喉の痛み、鼻の鬱血、咳、呼吸困難、喘息様の喘鳴などであることが強調されている(12-14)。
             1970年にスイスで行われたアルミニウム工場労働者(52歳〜66歳)についての調査によれば、骨フッ素症に罹患した患者の主訴は、関節炎、関節の硬化、筋肉痛などであった。またスイスの別の医師H・H・シュレーゲルは、3〜4mg/m3 の濃度の空中フッ素に曝露された61人のアルミニウム工場労働者について診断し、そのうちの16人について確認したところによると、骨フッ素症の最も一貫した特徴は関節炎であったという(16)。

             この疾患に関する最近の知見は、東独ハーレ大学の整形外科医J・フランケの実験的、臨床的、組織化学的研究により大きく進展した。
             彼は,1967年にベヒテレフ病と診断された患者に遭遇したが、その患者は骨の病変で背骨が完全に硬化していた。さらにX線写真によると、骨盤の骨が大理石のように硬化していたが,この像は明らかにベヒテレフ病とは違っていた。彼は、ベヒテレフ病と大理石骨症(またはアルバース・シェレンベルグ病)の2つの疾患が同時に進展したのかとも考えたが、ふと、この患者が、かつてアルミニウム工場で働き、フッ素に曝露されていたことを思い出した。文献を探索したときに出会った教科書のたった1行の文章が彼の考えを一変させた。この骨の硬化をもたらした原因の一つがフッ素ではないかと思い至ったのである。そこで彼は、この疑いを確かめて正しい診断に到達するため、腸骨から骨の小片を採取してフッ素濃度を分析しようとした。ところがその骨は非常に固く、骨を採取するための注射針が折れてしまう。そこでやむを得ず切開して骨を削り取らなければならなかった。その骨には4000ppmを超えるフッ素が含有されていた。

             このようにしてこの疾患が骨フッ素症だと証明されと、彼はこの病気について広範な研究を開始した。この結果、産業性フッ素症について実に夥しいデータが蓄積されることになったのである。
             彼は、労働者300人について検査し、そのうち35人に同様な病変を発見した。この疾患の最初の変化が現われるのは平均して雇用されてから10.9年であり、最もひどい変化が起こっていたものは19.5年であった(17)。
             フランケはフッ素摂取による反応が個々で非常に異なることを報告している。1例をあげれば、同じ工場の同じ場所で15年仕事に従事していた2人について見ると、1人は骨の病変が非常に進んでいたのに対し、もう1人は殆ど認めることができない位なのであった。3例の生検で、彼はこのような骨の病変(図10-2) が飲料水中のフッ素による地域性フッ素症と全く同じであることを証明している (18)。
             


            図10-2 肥厚した骨と骨間靱帯の石灰
            化を示す前腕の進行した産業性骨フッ
            素症のX線写真。ドイツ、ハー大学、
            Jフランケ博士のご好意による。
             


             E.CzerwinskiとW.Lankoszも,外骨症訳者注:骨が表面から過剰に形成され,一種のコブのようになること)と、骨間膜と筋付着部の石灰化のために働けなくなって引退したアルミニウム工場労働者60人のなかに典型的な骨フッ素症があるのを見ている。1例を除いた全員に呼吸器と循環器の症状があり、約半数に高い発生率(12%)の胃潰瘍を含む胃腸症状があった。また、腎結石と胆嚢結石が8例に認められた(表10-4を参照) (19)。


             統計的研究 フッ素に対する産業的な曝露に関しては、曝露のひどさと労働者の健康障害の程度について大規模な統計的研究が幾つか行われている。1963年、ウィルソンダムにあるテネシー渓谷肥料工場の医師は、74人について曝露の程度を調べ、その尿中のフッ素量を曝露がより少ない労働者のものと比較した(20)。X線検査で曝露群の23%に、疑問な位の僅かな骨密度の上昇を認めた。また、曝露群は非曝露群より、高い発生率で呼吸器の症状(27.5%対11.9%)、アルブミン尿症(12.2%対4.5%)、神経筋の症状などがあった。

             一方、フッ素を排出する工場の中で働いているにも係わらず、健康には何ら障害がなかったという研究も幾つかある。例えば、カナディアン・アルミニウム会社の熔解場で働いていた698人に対する1944年の調査では、呼吸器、リューマチ、消化器、腎臓、心循環器などの疾患の発生率は、フッ素の曝露を受けない環境で働いていた労働者と比較しても別に高いものではなかった(21)。1974年にアメリカ・アルミニウム会社(アルコア)の医療スタッフによって公表された5年間にわたる調査報告書でも、熔解現場で10〜43年間職業的にフッ素の曝露を受けた56人の労働者について、「フッ素に関連する骨格の病変を明らかにする」ことはできなかった(22)。
             労働者6500人の尿の標本5万6千個の平均フッ素濃度は、検査前には2.24ppmであったが、8時間の労働後には7.7ppmにまで達した。しかし,空中フッ素のこのように高い曝露にもかかわらず、アルコアの医師らは、尿中のアルブミン、糖、ケトン体、潜在的な血液などの異常を認めなかったのである。

             結局、汚染された工場内で起こるフッ素の被害の、明らかな輪郭を描くことは困難だということになる。上記の報告を論評するに際しても、我々は、色々な製造過程で生じるフッ素以外の空中の汚染物質が、フッ素の作用を増強または減弱して、この病気の発症を色々と変化させているということを考えなければならないのである。現在では、これらの矛盾する報告を適切に評価しうる情報は、僅かしか入手できない。さらに、ゆっくりと、知らない間に進行するこの疾患の性質と、患者の主訴の多様さ、および信頼できる検査上の基準、とくに初期の段階における基準の欠如とがこの輪郭をさらに混乱させているのである。

             これらの事情は、K・M氏(57歳,男性)の場合に則するとよく理解できる。彼は 10年間(1961-1971)、 実際上毎日フッ化水素の煙に暴露されつづけてきたが、1976年8月10日に多様な主訴のために私の所へ相談にきた人である。彼の主訴は1960年代の初め頃に発生し、幾つもの病院の多数の医師によって徹底的に調べられたあげく、慢性気腫、骨性関節炎、胃十二指腸炎、腎盂腎炎、糖尿病などと診断されてきた。病院の記録によると彼はそれまで2回ほど腰椎の関節円盤(1969年)と左膝の骨の切除(1972年)の手術を受けていた。夥しい投薬を受けたものの病気は本質的に少しも改善されず、その確実な進行、とくに全身的な衰弱をくい止めることはできなかった。1974年に、彼はオイルパイプに躓き、左足の中手骨5本を骨折するという大怪我をした。就職するまで、彼の健康には何ひとつ問題がなかったのであるが。

             彼は石油工場のアルキル化工程の仕事に従事していたが、そこで“中性化ピット”のパイプやバルブ、ポンプのシールなどから漏出する色々な濃度のフッ化水素の煙に曝露され続けてきたのであった。煙が急激に漏出したあと、悪心や嘔吐、ひどい頭痛などを経験したことが何回もあった。その特徴はあきらかに非骨格性フッ素症であり、彼の主訴を列記すれば、尿管に関連するもの(多渇症・1日3ガロンにも達する飲水、多尿症、血尿)、筋神経系に関連するもの(痛み、手足の錯感覚症・彼はしばしば、足が体重で潰れるような感じにとらわれていた。尿意や便意をこらえられないような感じ、視覚な聴覚の欠如、耳鳴り)、消化管に関するもの(下痢・1日6〜10回もの便意)、記憶力や集中力の減退などであった。

             検査の結果、彼は明らかに骨性関節炎(とくに背骨と両膝)におかされていた。血中と尿中のフッ素濃度は、1974年の時点(彼が仕事を中止してから4年後)では正常の範囲におさまっていたが、腸骨のフッ素濃度はまだ1125ppmもあった(正常では300ppmまで)。対診に立会っていた3人の医師は互いに相談することなく、この病気が非骨格性であることで診断が一致したが、この石油会社の医学コンサルタントは、この多彩な症状がたった一つのフッ素に起因するものだとは考えることができなかった。訴訟は法廷外の和解へと進展したが、その和解のなかで、会社は「この病気は、多分、フッ素に曝露されたことに関連性がある」ということに同意した(23)。

            近隣性フッ素症
             もし医師が、産業労働者の初期のフッ素症を診断するのが困難だとするなら,工場周辺の住民が罹患したこの病気を確認するには、一体、どれだけの診断技術が必要になるだろう。
             フッ素を排出する工場の付近の住民が、相当のリスクのもとに置かれているということは、すでに1939年に、ドイツの臨床医師M・クロッツによって強調されてきた所であった。彼は肥料工場の付近の嬰児の症例を報告している(24)。この赤ん坊は、幽門狭窄(嘔吐,腹部の痙攣)を疑わせる胃腸障害と、筋の硬直(とくに足の上部)とを有していた。X線写真は骨フッ素症として記載されているのと同様な、足の骨の骨膜の肥厚を示していた。生後6月でこの嬰児の筋肉の硬直は全身に及び、痙攣を起こしている間に死亡した。さらにクロッツは、同一地域の或る家族の3人の子供が同様な状態であったことを観察しているが、この子供たちは、クロッツが歯牙フッ素症と診断した斑状の、変色した脆い歯を有していた。

             1946年に、M・M・マレイとD・C・ウィルソンは、イギリスの南リンコルンシャイヤー州で、フッ素を排出する鉄鉱石工場近くで生活している農民の家族9人の間に見つけた病気のために“近隣性フッ素症”という用語を考え出した(25)。1〜14年間にわたるフッ素汚染された空気に関連して起こってきた症状は、しつっこい体の痛み、頭痛、ボンヤリする視覚、筋肉や関節の硬直、胃腸障害、咳、上部気道の炎症にかかりやすいなどであった。尿中のフッ素濃度は1.6〜4.2ppmにまで達した。工場に面した窓のガラスはみな腐食され、フッ化水素による空気汚染の特徴を現していた。これまでに、馬7頭と牛11頭がフッ素中毒で死んでいた。鉄鉱石の熔解場から数百ヤード以内にある窓ガラスの乾燥したホコリからは、2000ppm以上のフッ素が検出され、0.5マイル離れた麦藁の山の外側の標本からは490ppmが検出された。しかし残念ながら、この9人がどのような運命をたどったかは追跡されていない。

             これと同じ病気を、1955年に、オレゴン州トロートデールのアルミニウム熔解工場の近くに住んでいた農民の家族が経験した(26)。訴訟の記録からこの家族が経験した症状は、筋肉の痛み、全身の疲労、肝臓や腎臓の障害を伴う関節炎、甲状腺機能低下症などであったことが明らかである。裁判の中でこの病気が、汚染地域で栽培された食物から摂取されたフッ素に強く関連したものであったことが確められた。イギリスの例もオレゴンの場合も、患者にはフッ素症の一般的症状である骨の病変はなかった。
             近隣性フッ素症の血液所見は、1969年にチェコスロバキアで、アルミニウム工場の近くに住んでいた6〜12歳の子供について報告された。明らかに低いヘモグロビン値と,正常より多い赤血球数が記録されているが、これは毒物を吸入したときの肺疾患においてよく見うける状態である(27)。

             医学文献を調べてみると、その他にも工場付近の住民がフッ素で健康に障害を受けた報告が幾つかある。1967年、J・ハーバートら(28)は、 アニミニウムプラントから10km離れた所に住んでいた労働者が、X線検査により進展した骨フッ素症に罹患していたことを報告した。東独のドーナ市では、C・W・シュミット(29)が、アルミニウム熔解工場の近くに住んでいた20人の住民について調べ、11人が軽度な骨膜の変化を起こし、5人がハッキリした骨フッ素症に罹患していたことを報告している。この住人らは、職業的にフッ素に被曝していた者ではなかった。熔解場近くのフッ素のレベルは次のとおりであった:空気・0.75mg/m3 (最大許容濃度は0.03mg/m3 );果実の葉・119〜580mg/kg(乾燥状態);干草・8.8〜9.1mg/100g。

             現在では、近隣性フッ素症の発生について研究することは困難である。その理由は、このような病気があることを知っている医師の数はごく少数であり、また、この病気の症状が、他の沢山の病気の症状に紛れこんでしまうからである。さらに、この疾患を診断したところで、その特徴がボンヤリとしたものであり、明確な客観的な診断基準がないため、正当な扱いを受けないかもしれないのである。したがって、私がここで、人工的フッ素化による症状と極めてよく符合する私自身のデータを付け加えておくことも意味があろう。
             
            私の個人的経験
             私が観察した近隣性フッ素症は、フッ素を排出する工場の住民やそこに雇用されている労働者が罹患した非骨格性の段階のものである。私は異なった5つの地域で、全部で133例を経験している。

             1968年に、オンタリオ近くの肥料工場で私は28人に面接したが、そのうち15人については検査を行い、3人を入院させた。また私は、1971年11月に、アルミニウムとマグネシウム工場のために空気がひどく汚染されていた北イタリアのボルザーノ市で、別の24人について検査を行った。ボルザーノは周囲を高い山に囲まれた谷間にあり、汚染された空気がいつまでも滞留するという条件下にあった。

             

            図10-3 32例の近隣性フッ素症の各種症状の発生率
            G.L.Walldbottら、Clinical Toxicol,2,387-396,1969

            1972年に、南オハイオのある谷間に位置していたある村がアルミニウム熔解工場の噴煙に曝露されたため、私は36人の患者を診察し、そのうちの4人については引き続き私の診療所で徹底的に研究した。1971年の4月中には、私はブリティッシュ・コロンビア州のキティマートで、5歳と7歳の子供2人を含む22人の患者(男性18人、女性4人)と面接した。この人たち病気は近くの熔解工場が煙を吐き出すとともに始まったのである。しかし、このうちの男性18人は近隣性フッ素症と断定するわけにはいかなかった。というのも、彼らはみな、この工場の従業員であったからであり、とりわけ13人は、フッ素汚染が最も激しい熔解現場で働いていたからであった。

             1977年には、シカゴの医学研究班がキティマートのアルミニウム・プラントの労働者1242人について大規模な調査を行い、「非常に多数の者が色々な機能の異常とともに、とくに肺と骨格系の疾患を有している」ことを見い出した(30)。25%以上の者が明らかな肺の異常とともに関節円盤滑り症、脊椎癒合をふくむ“背骨の故障”を有しており、頸部や腰部を外科処置した病歴があった。
             1977年の12月27日から28日にかけて、私はオハイオ州ウルバーナにあるフッ素を排出するエナメル工場の近くに住む27人に面接した(そのうちの10人を検査)。27人のうちの23人が、典型的な非骨格性のフッ素症の症状を有していた。1人を除く全員が呼吸系をやられており、17人が手足の錯感覚症を、同数の者が胃腸症状を、9人が筋肉の細動を、3人がチゾール紫斑(Chizzol maculae)を有していた。

             次は私がオンタリオ地域で経験した1例である。V・F夫人、54歳。農家の家婦。彼女は進行性の不快感と衰弱とを経験しつつあり、下方の背骨と絶え間なく襲う頭痛に悩まされていた。彼女はしばしば皿やコップを落としたが、それは彼女が指や手の麻痺や痛みのために、物をしっかりと握ることができないからだった。腹部にはいつも痛みを伴う膨満感があり、下痢と便秘をくりかえしていた。彼女は次第に衰弱し、1日のうちの大半を寝て暮らしていた。
             彼女の13歳の息子M・Fも、彼女と同じ病気にかかっていた。彼は、彼の家の北東1.25マイルのところにある燐酸肥料工場が操業を開始するまでは、いつも元気な少年だった。しかし今では、肩や肋骨の下、腰部の背骨の痛みなどのため、うまく動くことができなかった。彼の足は硬直し、爪先はふるえて、膝から崩れるようなことが何度もあった。意思と関係なく体のいろいろな部分がピクピク動いた。この現象こそ、筋肉の細動として知られる、血中のカルシウム又ははマグネシウムの欠乏を示すものである。いつも鼻汁が流れ、彼の目は、とくに風の強い日などには真っ赤になった。又、体中にできる“青痣”に悩まされていた。

             50エーカーの農場で栽培しているイチゴ、ダイオー、スグリ、リンゴ、桃などは除々に枯れ、とうとう全滅してしまった。蜜蜂は86箱のうち83箱まで全滅した。1エーカーの畑で作っているベゴニアやゼラニアムの葉の先や周辺は焼けただれたようになった。いつもは花を咲かせるライラックは春先には萎れてしまった。家の窓ガラスはフッ素特有の腐食で曇り、新車の塗装はザラザラになってひび割れがした。飲用に使っていた貯水タンクの水には37.8ppmものフッ素があった(31)。しかし、この2人の患者の病状は、フッ素で汚染された水や食物を避けることで著しく改善された。
             
             汚染地域で栽培されたその地方の特産物を食べることで発病した患者10人の中に、私はこの疾患のもう一つの重要な兆候、急性の胃腸障害をもつ者と遭遇した。痛みと嘔吐を伴うこの症状は極めて激しく、このため主治医は誤診して、腸疾患、虫垂炎、急性胆嚢発作(ふつう、この病気は外科手術を必要とする)などと診断していたのであった。しかし、この病気は、1〜3日続いただけで自然によくなり、検査は診断の役にはあまりたたない。ごく注意深く調べた結果、この患者は、自分の農場のフッ素でひどく汚染された野菜や果物などを食べたことにより急性フッ素中毒を起こしたものであることがわかった。次の症例がこの結論を支持している。

             M・McK夫人。54歳。オハイオの患者の1人であるこの人は、1972年2月12日に私の診療所で診察を受けた。彼女はアルミニウム工場から、直線距離で1マイルほどにある谷間の農場に住んでいた。工場の煙でブドウや木や花は焼けただれたようになり、窓ガラスは腐食されていた。粉塵は非常に激しく、ドアや窓を閉め切っていても家の中まで入ってきた程であり、玄関先にはいつも厚いホコリがたまっていた。家の傍のカエデの木の皮からは47ppm、家の中のホコリからは74ppmものフッ素が検出された。飼っていた犬2匹は原因不明のまま痙攣を起こして死に、庭先には年中鳥が死んでいた。
             1971年の夏に、M・McK夫人は悪心と嘔吐を伴う腹部の膨満を自覚したが、主治医は何の説明もしなかった。やがて彼女は、胸痛、膝や指の関節炎、足の麻痺や痛みなどとともに膀胱の障害まで訴えるようになった。非常に喉が渇き、“何ガロンもの水”を飲まねばいられないくらいであった。芝を刈ったときに、彼女は喉や皮膚の露出している部分に、チリチリと焼けるような痛みを感じた。この感じは急速に進んで、視覚のボヤケ、心理的な混乱、記憶の喪失とともに深刻な虚弱に陥った。ある時には、前に死んだ犬のような痙攣が起こった。いろいろな検査をしても、何も明らかにはならなかった。主治医から鎮静剤やビタミンが投与されたが、役にも立たなかった。

             1972年11月27日,彼女はミシガン州のオゥッソ市(同市の水道水は1972年1月にフッ素化)に転居したが,そこで彼女は,非フッ素化水を飲用するように指導を受けた。彼女の体調は次第によくなり、腹部の症状も消失した。同年12月29日に、彼女は、ほんの数時間オハイオの家に戻った。しかし、その極めて短い間に、彼女には前述の症状がぶり返えし起こったのであった。19723月3日から1973年2月16日までの間に行った5回の24時間蓄尿検査の結果は、1.03ppm〜2.86ppmであり、このことは汚染地域から離れた14カ月後になっても、彼女の体からは過剰に蓄積されたフッ素がまだ排出され続けていることを示唆しているのである。
             私が診察したこの症例や同様な事例の衝撃的な事実は、急性の腹部の症状を警告するものでなくで何であろう。汚染地域においてこのような急性の腹部の症状が現れたときには、常に強く、フッ素の過剰摂取を疑うべきである。

            チゾールの紫斑
             上記の研究を続けている間に、私はこの疾患に付随する別の臨床像、とくに皮膚に生じる発疹を観察した。これは、そのフッ素の由来が、空中のものか水中のものかにかかわらず、初期のフッ素症を診断するに際して重要な手がかりを与えてくれる。
             これを最初に観察して報告したのは、北イタリア、チゾール村の近くにあるアルミニウム工場の付近の開業医M・クリストホリーニ博士である(32)。彼に引き続いて、保健当局は、この発疹がフッ素の曝露に関連したものであることを確認し次のように記載している。
             
             この発疹は打撲傷の痣に似ているが、次第に青白くなり、変色することなしに消失する。この出現に際しては、その前に頭痛があり、また、発疹の出現部位やその近くの骨や関節が急に鋭く痛むことがある。この発疹は5〜6日間つづき、その後消失する。患者がそのまま汚染地域にとどまっていると、皮膚の他の部位にも再発する。触診してみると,大きな発疹はスポンジのようである。

              これが最初に観察された時には、患者が汚染地域から移動した後5〜6日でキレイに消失した。しかし、その後には(1967春)、これが消失するのに20日以上を必要とした。1933年から1937年にかけて、これは、主として女性と子供に起こった。急性期に行った皮膚の組織学的生検では、白血球を含んだ浮腫性繊維性の滲出 物が脂肪小葉の細胞間隙に認められた。それは皮膚と皮下組織とを分ける境界線のあた りで最も著明であった。また、脂肪細胞の壊死、脂肪の部分的再吸収、泡のような (frothy) 好塩基性細胞の形成を伴っていた。この発疹の消退期の特徴は、血管周囲の中 等度の浸潤であった。 これらの組織学的変化は結節性紅斑とよく似ているが、 区別は不可能である(33)。 
              
             1971年に私がチゾール村を訪ねた時に、共同研究者であったクリストホリーニ博士は、30年にもわたる低レベルのフッ素曝露の後で、急に増加した熔解場からのフッ素の排出に従って再発した何人もの住民の発疹を私に見せてくれた。それらの形は全部が丸い卵型であり、25セント硬貨(直径1インチもしくは2.5センチ)より大きいものは稀であった(図10−4)(34)。それが打撲傷によく似ているためと(表10−5)、7〜10日くらいで自然に治ってしまうため、医師も患者も殆ど注意を払わない。

            図10−4. ウエスト・ヴージニア州のアルミニウム工場の近くに住んでいた8歳の少女に生じたチゾーラの紫斑.その他の症状:筋肉痛,関節痛,両側の頭痛,口内炎,しつっこい鼻と副鼻腔の鬱血,交替する下痢と便秘,痙攣.


              1978年1月までに私は私の診療所で、55例の“チゾールの紫斑”を診察した。しかし、その全例が水中、空中あるいはフッ素汚染された食物によるものであるとつきとめられたわけではない.
             この、一見どこといって傷のない皮膚の発疹が、水空いずれの由来のものであれ、フッ素症の診断に如何に便宜を提供ているかは次の例(4) でよく分かるであろう。
             ミスC・C(24歳)は、1971年2月27日以来私の治療を受けていた。彼女には花粉、食物などのアレルギー性の鼻疾患があったのである。それまで彼女は、その主訴が、腰部や頸部の背骨の関節炎、全身のダルサ、眼球振盪症(眼球が発作的に無随意的に動くこと)などとあまりにも多様だったため、何人もの専門家によっていろいろな検査を受けてきた。腕や指、足などのシビレや痛みのため、彼女はよく物を落とした。歩くときにはヨロヨロした。口の中にはいつも口内炎ができ、交替する下痢と便秘、膀胱障害、不定期的な膣出血などがあった。また、いつも頭痛があり、昏睡傾向がひどく、記憶喪失、集中力の減退に悩まされていた。彼女は1日コップ10〜15杯のフッ素化された水を飲み(ここからのフッ素摂取量は2.5〜4mg)、その他に3mgのフッ素摂取となる6杯の紅茶を飲んでいた。

             1971年10月22日、前述した紫斑が右腕に1つ脛に3つ生じた。彼女はこのいわゆる“打撲傷”が以前からよくできていたことを知っていたので、私は彼女が前に受診した病院の記録を改めてみた。そうすると、彼女の発病はデトロイトのフッ素化がはじまった(1967年8月)直後である1967年の秋から起こったことがわかった。1971年の10月23日には、X線検査で、彼女の腰部の背骨や狭い関節腔に壊死性の変化が起こっているのが明らかになった。頭部X線検査によると右側の中耳に病変があり、それは体の平衡を司っている脳のある領域に障害が及んでいることを示唆していた。肝臓や腎臓を含む他の検査や24時間蓄積尿の分析は正常の範囲内にあった。1972年10月23日から、患者は、飲用や調理に精製水を使用することを開始し、紅茶の飲用は一切中止した。皮膚の発疹は急速に消褪し、2〜3週間以内に背骨を除いては症状はすべて消失した。同年11月までに患者の症状は一切なくなった。
             しかし、1973年3月15日に、この紫斑が左前腕と左大腿部に、腰部の背骨の痛み、ダルサ、視覚のボヤケ、口内炎、しつっこい喉の渇きなどとともに同時に発生した。患者は1か月ほど前から精製水の使用にいい加減になり、フッ素化された市の水道を使用していたのであった。さらに不注意なフッ素入り歯磨剤の使用が、朝、歯を磨いた後に嘔吐や上腹部の痙攣などをひき起こしていた。そこで、生活をもとの低フッ素の状態に戻してやると、皮膚の発疹はほかの症状と一緒にキレイに消失したのであった。1977年9月には、患者は「不注意にフッ素化水を使用した時にだけ、これらの全身的症状を伴う紫斑の再発がある」と述べているが、それも「形が小さく、短時間で消失する」ものである。
             
             こうした孤立した症例を幾つかあげても、必ずしも人目をひくものではなかろうが、様々なフッ素化都市で同じ主訴に苦しむ人たちがおり、その疾患が、本質的に、次章で述べるフッ素の急性中毒と関連しているということは極めて重要なことである。私たちは、疑いようもなく拡散した、深刻な衰弱性の疾患に対処しようとしているのである。
             そこで次の疑問が生じる。何故、ごく少数の医師だけしか、水や空気中のフッ素の、骨に障害を起こす前の段階の毒性に気がついていないのか。その主な理由の一つは、この病気自体診断が困難だということもあるが、それらについては、次の章で議論しよう。


            フッ素化・この巨大なる矛盾 第11章

            0

                                  第11章  軟組織のなかのフッ素

               水や空気、食物や薬剤など、その由来が何でれ、その中のフッ素がひき起す慢性中毒の症状は非常に幅が広く、多くの研究者が混乱させられてきた。確かに水道フッ素化の害作用について述べた論文には批判もあり、それは「明らかな疾病について行われたものではなく、幻想上の疾患について行ったものでしかない」というような意見までがある(1)。また体の様々な部分における痛み、例えば頭痛やしつっこい疲労、胃の不調などは、ある心理的なトラウマから病気になった人たちの間に見かける愁訴なのも確かである。しかし、そうだとすれば、何故フッ素が、人体の様々な器官を侵して幅広い症状をつくり出すのかを考えなければならない。

               すでに第1章で見てきたように、多様な不定愁訴はすべての慢性中毒の初期の特徴であって、それが具体的なある物質による中毒だと判別できるようになるのは相当後になってからである。例えば、歯肉の“鉛縁”(参照:脚注11−1)や腕の橈骨神経の痺れなどは慢性鉛中毒の2大特徴であり、骨の軟化は慢性カドミウム中毒の、甲状腺の変化はコバルト中毒の特徴でもあるが、その明らかな症状が発現するには、それに先立って、慢性フッ素中毒の初期におけると同じく、多様な漠然とした症状が出るのが普通である。これらの人目につかぬままゆっくりと進行する多彩な害作用は、環境中の有毒物質の“安全限界”に関する楽観的な信条とは明らかに矛盾する。前臨床段階の中毒は、明かな臨床症状が発現する以前でも、極めて多数の人々に被害を与えているのが実状である。

               いうまでもなく慢性フッ素中毒の明らかな特徴は骨と歯の病変であるが、だからと言ってこれらがこの疾患の診断に不可欠であるというわけのものではない。小型で活性が強いフッ素イオンは、体内のあらゆる細胞の中に取りこまれ、他のイオンとくに多価の陽イオンと結合する。そして、カルシウムや燐酸の代謝を阻害する。フッ素が副甲状腺の機能を阻害するのは、これがカルシウムイオンと強い親和性を有することの端的な反映である。そればかりか、フッ素はマグネシウムやマンガンイオンとも結合し、この2つの陽イオンを必要とする酵素の活性、とくに骨の形成や神経・筋の生理に関与する糖代謝を阻害するのである。



              訳者による脚注11−1:鉛縁 (lead line) 歯に接触する歯肉の辺縁の部分に、刺青のような青黒い色素沈着が現れること。日本では実際には稀で、歯につめたアマルガムや金属冠から溶け出たイオンによる一種の“刺青”が多い。 



              酵素
               酵素には色々なものがあるが、フッ素に対する感受性は決して一様ではない。ある酵素はその機能が阻害され、ある酵素は活性化される。ヌクレオシド・ディホスホキナーゼのような酵素は、フッ素によってごくわずかな影響を受けるだけであるが、リパーゼやホスファターゼのような酵素は、ある条件下ではフッ素に対して極めて敏感である。このような研究は、その殆どが、それぞれ単離した酵素についてイン・ビトロ(訳者注:試験管の中でという意味)で行われたものであるが、現在では生体内の酵素に関するフッ素のイン・ビボ(訳者注:生体内でという意味)の作用のデータも相当蓄積されているのである。

              酵素の阻害

               O・ウォーバーグとW・クリスチャンが行った1942年の古典的な研究(2) 以来、フッ素は解糖酵素であるエノラーゼを抑制し、そのために解糖作用の強力な阻害剤とされていることは周知の事実である(3,4)。解糖に関係する別の酵素にグルコース1燐酸とグルコース6燐酸の反応に触媒として作用するホスホグルコムターゼがあるが、これもフッ素イオンによって阻害される。この原因は、多分、グルコース1燐酸がマグネシウムとフッ素の複合体と結合するためであろうと考えられている(5)。

               糖代謝に関しては、イン・ビボの2研究が水道フッ素化にとって重要な意味をもっている。1962年にW・D・サリバンとA・J・フォン・クノーベルスドルフは、飲料水中の1ppmのフッ化ナトリウムは肝臓の組織中のコハク酸デヒドロゲナーゼの活性を6.4%も減少させ、〔投薬開始〕9月後のゴールデン・ハムスターの腎臓では,47.8%も減少させることを報告した(6,7) 。最近ではR・D・カールが、実験動物と骨フッ素症患者の両方に、コハク酸デヒドロゲナーゼの活性の著明な減少を観察している(8)。この事実は、骨格筋の代謝において、フッ素が酸化の障害として作用いることを示しているのであろう。そして、それこそが、慢性フッ素症(たとえ、それが前骨格期のものであろうとも)の筋肉の虚弱化や消耗の原因となっているのであろう。
               フッ素はまた、細胞膜におけるイオンの能動輸送を減少させ、ピロホスファターゼの活性を阻害することから、膜の透過性を増加させる(3,9)。 この阻害は、同時に、脂肪酸の酸化を障害する(10)。極端に低いフッ素濃度下における哺乳類の酵素のイン・ビトロでの抑制の例は表11−1(11)に示したとおりである。

              表11-1 フッ素による哺乳類の酵素のインビトロでの抑制(文献11)
              酵素 モル濃度 ppm 抑制率
              ヒト唾液中の酸性ホスファターゼ
              赤血球中の無機ビロスファターゼ
              羊脳中グルタミン・シンセターゼ
              肝臓のエステラーゼ(リパーゼ)pH.8.0
                  〃             pH38.0
              ヒト血漿中のコリンエステラーゼ
                  〃
                  〃
                  〃
              2×10-4
              2×10-5
              2×10-5
              5×10-3

              6×10-7
              5×10-5
              5×10-6
              2×10-6
              5×10-7
               3.8
               0.38
               0.95
              95.0
               0.011
               0.95
               0.095
               0・038
               0.0095
              55
              52
              50
              50
              50
              61
              12
              7
              1


               酵素の活性 これまでに臨床家は、 骨の成長や肝臓の機能に関与するアルカリホスファターゼに強い関心をはらってきたが、 この酵素は、極めて低レベルのフッ素によってもドラスティックな影響を受けるといえるだろう。進んだ慢性フッ素中毒症や、骨粗鬆症治療のためのフッ化ナトリウムの大量投与(100mg/日,3年まで)に際しては、ふつう、血清中アルカリホスファターゼの活性は上昇したままである(12,13)。私自身の症例である初期の慢性フッ素中毒症患者の研究によっても、血清アルカリホスファターゼは屡々上昇したが、だからといってこの所見は、この病気の確かな診断基準であるというわけではない(14)。一方,イギリスのニューキャッスル市で1ppmのフッ素化水を飲用した学生33名に関する研究によると、フッ素化開始後4週間で血清アルカリホスファターゼはコントロールに比べ86%も減少したが、8週間後になると逆に 飲用前の価にまで回復した(15)。このようなアルカリホスファターゼの活性の初期の阻害とその後の正常値への回復は、人体がある程度この物質に適応することを示唆しているが、 長期間の効果となると未だに不明のままである。

               これは相互に矛盾しているようにみえるが、同一の生体のものであっても、それを取り出した部分が異なると酵素のフッ素に対する感受性は一定ではないようである。例えば、極めて濃度の低いフッ素はヒトの肝臓のエステラーゼを抑制するが、膵臓や腸では、そうではないことが明らかである(16)。同様に、ウサギにフッ化ナトリウムを体重kgあたり50,30,10mg3カ月間投与すると、肝臓と心筋のホスフォリラーゼの活性は抑制されるが、骨格筋では抑制されない(17)。また、長期間低レベルのフッ素に曝露させたラットのイソクエン酸テヒドロゲナーゼの活性は低くなるが、リスザルでは、わずかに上昇する(18)。この場合両者とも、その他の酵素にはごくわずかの影響が見られただけである。 フッ素の酵素系に対する作用には明らかに多くの因子が関与する。濃度、量、曝露の期間、浸透が容易かどうか(ph依存性)、生体の種類、酵素の性質と感受性など。
               体の重要な機能の殆どが酵素に依存している以上、またフッ素が体の全ての臓器に簡単に到達するものである以上、このハロゲンが作りだす中毒症状がじつに広範なものであるのは当然である。

              軟組織:F− のレベル
               何年もの間、多くの科学者が「フッ素の主な標的は歯と骨だけである」と唱えてきた。例えばホッジとスミスは、「軟組織はフッ素を蓄積するものではない」と述べている(20)。この見解は今なお広く受容されているが、これと正反対の事実が別の方面の研究者の業績から着実に増加してきている。例えば、1965年9月のフッ素化以前には飲料水中のフッ素など皆無に近かったニューヨーク市の腎臓結石の患者の場合、その組織中のフッ素を分析してみると、腎臓では181ppm、皮膚では290ppmであった(21)。フッ素化されているアイオワ州エーメス市で、広範な動脈の石灰化のため生後すぐに死亡した嬰児の解剖所見では、大動脈中のフッ素は59.3ppmであった(22)。ある臨床家グループは、64歳で骨フッ素症で死亡したテキサス州人の肝臓から61ppmのフッ素を記録している(23)。私は外科的に摘出された白内障の水晶体から、77.3ppmのフッ素を見い出している(24)。
               これまでの記録上軟組織中のフッ素濃度が最も高かったのは、フッ素化都市であるグランドラピッズ市の住民の大動脈の8400ppmであり、次いでニューヨーク州の非フッ素化都市の住民の大動脈の2340ppmである(25)。このような高レベルのフッ素は、骨組織それも進んだ骨フッ素症患者の骨中のフッ素濃度以上である。
               


              訳者による脚注:最新の研究によれば、フッ素は脳の一部である松果体に高濃度に蓄積することがあきらかになってきており、それも9000 〜21,000 ppmというおびただしさである。これが人間に何をもたらすのかはまだ十分明らかではないが、成熟や体内リズムの異常に深く関係していることは確からしい。
              文献:J. Luke:Fluoride Deposition in the Aged Human Pineal Gland::Caries Res. 2001;35:125-128



               このような知見はフッ素が軟組織にも蓄積され、その多寡は、人によりまた臓器によって大きく異なることを示しているものであろう。ここで次の疑問が湧きあがる。これらの臓器に蓄積されたフッ素やその経路は、その機能にどのような影響を与えるものなのであろうか。これらの疑問の解明に参考となる過去の研究は、確かにその殆どが飲料水の人工的フッ素化に用いられるフッ素などより遙に大量のフッ素について行れてきた。しかし、それにもかかわらず、私がこれから述べる各項目については慎重に考察しなければならぬとする正当な根拠があるのである。というのも、それこそが、私が第9,10章で述べた慢性フッ素中毒の症候学の生物学的な基礎をなしているものに他ならないからである。

              腎臓
               骨フッ素症の初期段階の兆候のうち最も人目をひくものの1つは、多尿のため患者が非常に水分を欲しがることである。いう迄もなく患者は喉が渇けば渇くほど水を飲む(26)。多尿性ネフロパシー(過剰な排尿によっておこる腎臓の病気)が、初期段階のフッ素中毒症の一大特徴であることは、これまでに十分確められてきている(27)。この事実や、体からフッ素を排出する際に果たす腎臓の重要な役割は、フッ素の腎臓に対する作用を研究する上で大きな進歩をもたらしてきた。
                実験データ  例えば、500ppmのフッ化ナトリウムを21日〜28日間餌に混ぜてラットに投与すると、血中のホメオスターシス(イオンの平衡)を制御している尿細管に障害が惹起する(28)。また、これと似たようなレベルのフッ素を摂取すると、腎臓そのものの機能が障害され、そのために血中の非タンパク性窒素やクレアチニンの貯留をきたす(29)。このような大量のフッ素は、腎臓のなかでフィルターの役をはたしている糸球体をも障害する(30)。ラットに2〜7.5mg/日のフッ素を18〜48週間与え続けると、過度の口渇、多尿、窒素の尿からの過剰な排出などが認められる。そうなると腎臓の糖に対する閾値は低下する。そのような腎臓を組織学的に検査すると、血管、糸球体、尿管などに壊死が起こっており、これは最後には間隙性繊維腫(interstitial fibrosis)へと発展するのである(31)。
               このような短期間の比較的大量のフッ素を投与する実験と対照的に、コーネル大学の3人の科学者は、0,1,5,10ppmのフッ素を飲料水に混ぜてアルビノ・ラットに520日間または死ぬまで投与し、飲料水フッ素化に最も近い状況をつくり出して実験を行った(32)。このような少量のフッ素の長期間投与の実験は、人間がフッ素化された飲料水を毎日飲用することに対応するものである。この実験においても、彼らは大量短期間の実験におけると同様な尿細管の病変を見いだしたが、一方、非フッ素化水を飲用していたコントロールのラットの腎臓は正常であった。このコントロールのラットを追跡して研究したところ、やがで同様な異常が見られたが、この場合の変化については著者らは、「これは老齢によるものである」は結論した(33,34)。このような、同様な結果に対して異なった解釈を行った理由は簡単である。病変をおこした腎臓のフッ素濃度をコントロールのそれと比較してみれば、それで決着がついたのであった。この他に何らの分析も行われていない以上、この実験から「1ppmのフッ素を一生涯使用すると、腎臓が障害される険性がある」ということを述べてもあながち間違ってはいないであろう。事実1〜5ppmのフッ素化水を18カ月飲用していたサルの腎臓の電子顕微鏡的検査では、コントロールに比べると、細胞化学的な異常が明らかに認められているのである(19)。
               
                人間での観察  上記の事と関連する異常は、腎臓疾患を合併することが稀ではない骨フッ素症患者においてもよく認められる。即ち、5〜16.2ppmのフッ素を含有している水を毎日飲用している人(約7〜25mg/日に相当)は、腎機能も障害され、それは尿素クリアランスの抑制、濾過率の低下、アミノ酸(タンパク質の代謝産物)の排出の亢進などとなって現れるのである(35-37)。しかし残念ながら、骨フッ素症に腎機能の障害が合併症として現れてくる原因が、長期間のフッ素の摂取によるためであるか、それとも、最初にまず腎臓疾患が存在していて、そのため体内に過剰に貯留するフッ素により2次的に骨の病変が起こってくるものであるのか、どちらかに決定できることは極めて稀である。例えば、第8章で議論したひどい骨フッ素症に罹っていた22歳のテキサスの兵士は、殆ど一生の間、1.2〜5.7ppmの天然フッ素を含有する水を飲用し続け、腎臓は2つとも完全に破壊された(38)。その他にも、メイヨクリニックの医師らによって、17歳と18歳の2人の腎臓病患者の症例が報告されているが、この患者は2人とも骨フッ素症の典型的な病変と、7.6リッター/日におよぶ過度の水の飲用を伴っていたのであった(39)。若い患者の方は、それまでの人生を通じて1.7ppmのフッ素含有の水を飲用しつづけ、もう1人患者は異なった水源から,2.6ppmと0.4ppmの水を飲用していた。この濃度は人工的フッ素化のために推奨される濃度に極めて近いものである。勿論これだけで、この疾患の原因と関連性を確定することは困難であるが、十代という人生のごく早期に骨フッ素症に罹患した人間が、フッ素濃度の比較的低い水を飲用していたということは記録にとどめておく必要があるであろう。
               私は、私自身の診療生活においても、これまでに2例のフッ素化水が腎臓を障害した症例に遭遇している。1例の患者はG・L嬢という27歳の女性で、1966年6月から1969年の9月まで、鼻と副鼻腔のアレルギーのため私の診療を受けていた人であった(40)。
               彼女には先天的腎嚢胞があり、そのため泌尿器科医の診察を必要としていた。腎機能の指標として用いられるインジゴカルミンの排出が不可能であったことから、左の腎臓は全く機能していないことがわかり、摘出が予定されていた。この患者はおよそ15年もの間、手足に痛みや痺れがあり、フッ素に不耐性であるのを示す症状である腹部の膨満感、口腔内の潰瘍、頭痛、体全体の不調などを訴えていたと報告されていた。彼女が使っていた水道(ミシガン州ハイランドパーク)は、1952年9月以来フッ素化されていた。1967年2月1日に、私は彼女に、フッ素化水を飲用や調理に使用しないように指導した。そうすると2〜3週間で上記の症状は消失した。
               さらに驚いたことには、1967年の6月12日に行った色素の検査では、何と左の腎臓が機能し始めてきていることが確認されたのであった。その後の5年間の追跡調査で、この患者の健康は、フッ素化水を絶っている限り良好に保たれていることが判明している。
               もう1人の患者は39歳のE・Pさんという女性で、1969年8月25日に私の所に受診に来た人であるが、彼女は左の腎臓にかなり進んだ腎于炎を、恥骨に初期の骨粗鬆症的病変を、胸骨に外骨症を有しているほか、さきに述べた患者と同じような臨床像を伴っていた。罹患した彼女の腎臓やその他の症状は、ミシガン州ミッドランド市(1946年1月以来フッ素化)の水道水の使用を中止すると、6週間もたたぬうちに著しく改善した。24時間の尿中フッ素排出量は、検査前2.39mg、検査後4.20mgであった。これまでの人生の殆どを彼女はテキサス州ラボック市(当時の飲料水中のフッ素濃度は4.4ppm)で過ごしてきた。そうであってみれば、この症例で骨硬化症が相当進んでいたのは、別に驚くにも価すまい。水道がフッ素化されたイリノイ州エバンストン市(41)やフィンランドのある市(42)では、腎臓病患者は健常者より60%も余計にフッ素を体内に蓄積するということが報告されているのである。フィンランドの報告では、血中のフッ素濃度は、腎臓病患者では健常者より3〜4倍も高かったという。
               以上のような腎疾患罹患者の臨床的所見ときわだって対蹠的に、合衆国公衆衛生局の調査では、高濃度の“天然フッ素”(8ppm)を飲料水に含むテキサス州バレット市の住民116名は、近くの低フッ素地区カメロン市(0.4ppm)の住民121名と比較しても、腎機能に何らの障害も認められなかったという(43)。同様にフッ素化都市であるニューヨーク州ニューバーグ市の12歳の児童の蓄積尿中のアルブミン濃度、赤血球数、円柱数などは、非フッ素化水を飲用しているキングストン市と比較しても有意差はなかったという(44)。しかし、フッ素化されているニューバーグ市の男子児童の尿量は、非フッ素化のキングストン市より少し多かったということであり、このことはフッ素化都市の児童の方が水の摂取量が多かったことを示唆している。もう1つ別の、2.5ppmの天然フッ素のコロラドスプリングスにおける728体の検死例についての統計的研究によると、腎臓や他の臓器に関する「病理学的所見の比較統計学的分析」は、「その地域に長期間住んでいた住民と比較しても、何らの有意差もない」ものであった(45)。しかし残念なことに、この調査報告書では電子顕微鏡的所見は提出されていないので、腎臓の病理変化がなかったとするわけにはいかない。当然そのような病変があることは予想してしかるべきである。また、これとの関連において、1795ppmにもおよぶフッ素が、ある種類の腎臓結石から検出されていることは言及しておく必要があるだろう(46,47)。
               たとえ公衆衛生局のデータが飲料水由来のフッ素の腎臓に対する影響を無視していようとも、私自身の臨床所見は、明らかに人工的フッ素化水が腎機能を障害していることを示しているのである。そればかりか、腎不全を有している者は、体内にフッ素が蓄積するばかりか、軟組織や血液中のフッ素のレベルも著しく高いという否定しがたい事実が沢山ある。また、そのような人間は健常者より、フッ素化水によって全身的な中毒に罹患しやすいということも明らかなのである。

              心臓
               腎臓のほかには心臓や血管も、フッ素の標的となる可能性がある臓器である。この言

              図11−2 ケイフッ化マグネシムウム中毒を起こした男性(37歳)の心筋の顕微鏡写真(48)。筋繊維の断裂(矢印)、繊維と繊維の間隙の浮腫、細胞浸潤に注意。
              (西独,キール,0・プリビラ博士のご好意による.)

              明は、極めて大量のフッ素による急性中毒の際に、長く伸びた心筋細胞が分断あるいは断裂し、さらに、大量のフッ素の中毒実験によって心拍が不規則になり同時に血圧が低くなるという所見に基づいている(図11−2)(48)。日本の天然の“高フッ素地帯”(飲料水中のフッ素濃度6〜13ppm)では、飲料水中のフッ素に関連した子供の心電図の異常と心臓肥大とが報告されている(50)。しかし、フッ素の心臓に対する作用に関しては余りにもデータが貧弱であり、そのために我々はもう一度ここで統計的な研究に言及する必要が生じてくる。

               1954年に発表された「飲料水に天然フッ素を含有する32都市のガン、腎臓病、肝臓病、心臓病の発生率を非フッ素の32都市のそれと比較した研究」

              表11−2 1950年のグランドッズ市とミシガンン州全体での各疾患の発生率(53)。 人口10万人あたりの死亡者数
              死因          グランドラピッズ市    ミシガン州全体
              心臓病           403.9         322.1
              ガン             189.2         136.3
              頭蓋内疾患        149.6         100.1
              糖尿病            32.3          22.6
              動脈硬化症         26.1          20.3

              では、両者の間に有意差は全くなかったと報告されている(51)。しかし、ミシガン州グランドラピッズ市では、実験的にフッ素化を導入(1945年1月)してから5年後の1950年になると、心臓疾患による死亡者数は約2倍増加した(1944年585人,1959年1059)(52)。また、心臓疾患やほかの慢性疾患の発生率は(表11・2)、ミシガン州全体では、25%から50%に増加している(53)。 ミシガン州の他の非フッ素化の大都市、例えばフリント市などでは、そのような高い発生率が認められないので、なかには、当時のグランドラピッズ市の人口の年齢構成その他の要因を理由に、このデータそのものを信用しない人がいるかも知れないくらいである。(このことに関する議論は、第19章でさらに詳しく展開する。)   

              動脈 
               ここに血管に対するフッ素の作用に関しては、より一段と信用できるデータがある。
               大まかに区分けされた“天然フッ素”地帯のうち少なくとも6地域で、臨床研究者が骨フッ素症に関連する動脈の石灰化を観察している(54-58)。3ppm以上の天然フッ素を含有する飲料水の使用者にそんな障害が起こっているのであれば、それ以下の濃度では、動脈病変はより隠微な形で起こっているにちがいないと予想しても非論理的ではなかろう。
               私が第8章で言及したした衝撃的な症例、即ちアイオワ州エィメスでの新生児の動脈に異常な量のフッ素(59.3ppm)が蓄積していた(22)という事実は、この見解を支持する。この場合には慎重な調査が行われたが、フッ素化水以外のフッ素源を明らかにすることはできなかった。そのために、この死因は、新生児の両親が4年間飲用していた人工的フッ素化水であることが強く疑われた。

               動脈がフッ素による障害を受けやすい事を示すもう1つの証拠は、“チゾールの紫斑”として第10章で記述したジンマシン様発疹の顕微鏡的所見であるが、これを顕微鏡で観察すると、毛細血管の周囲を細胞浸潤層が取り囲んでおり中毒反応であることを示唆している。このフッ素症の早期の兆候は、おそらく、これがやがては上記の石灰化へと至る一連の経過の最初期の変化と理解すべきなのであろう。

               人体で最も太い大動脈に異常な量のフッ素が蓄積することは、これ迄に何度も繰り返して記録されてきた。元公衆衛生局公衆衛生課長であったJ・L・スタインフェルドはこの現象を次のように説明した。「動脈中の高濃度のフッ素は、おそらく、単に老化に付随する自然の石灰化によるものであろう。フッ素が蓄積したのは、軟硬両組織が石灰化する過程でフッ素が偶然ミネラル層にまぎれ込み、その成分となったものである事が示されている(59)。」
               しかし私が、1966年にデトロイトのハッツェル病院で解剖された標本から無作為に抽出した16例では、大動脈のフッ素とカルシウムとの間には何ひとつ相関関係は認められなかった(60)。換言すれば、大動脈に蓄積していたフッ素の量とカルシウムには、全く量依存関係がなかったのである。私が得たこの所見は、後になって、ユタ州の産業地帯における59症例に関するフッ素とカルシウムの量的関係を論評した総説で支持を受けた。その総説では、大動脈のフッ素量は極めてバラバラな値であったと述べられている(60)。従って、〔フッ素が偶然にまぎれこんだのではなくて〕動脈中のフッ素がカルシウムを引きつけたもののようであり、これが動脈の硬化に直接関与したのであろうと思われるのである。

              中枢神経系
               フッ素症の初期の特徴は、フッ素が中枢神経系−脳と脊髄−をも侵すことを示している。改めて述べるまでもなく、フッ素症に罹患した私の多数の患者さんの症例が神経症状−特に耐えがたい頭痛、眩暈、手足の痙攣、視覚障害、精神的混迷など−を伴っており、そのため対診に立ち会っていた医師が、脳腫瘍、多発性硬化症などを私に示唆した程であった。 進展したフッ素症における手足の部分的あるいは完全な麻痺は、普通新にできた骨が脊髄の管の中に飛びだし、それが脊索と脊髄から横に外に出る神経を圧迫するために起こり、X線写真で示すことが可能である。東ドイツ、ハーレ大学の臨床家J・フランケ(訳者注:整形外科医)は、致命的な産業性フッ素症の症例で、「フッ素イオンは、脊索に物理的圧迫を加えることなしに神経組織を損傷する」という非常に興味ある事実を提出した。彼と彼の同僚は、まず最初に脊索のある部分(前角の細胞)の組織が損傷されたことを観察したのであるが、脊骨のその部分には新しくできた骨は全く認められなかったのであった(61)。

               同様にソ連の医師らは、職業性フッ素症の79%に神経症状を認め、フッ素が直接に神経を損傷することを示唆した。この研究では、フッ素は「過度の神経の活動性や脳の皮質下の軸性非特異的構造の機能障害」を引き起こすと述べている(62)。さらに、ポーランドの研究者らは3か月間大量のフッ化ナトリウム(1%水溶液にして体重kgあたり4mg) を毎日モルモットに筋注したところ、大脳皮質のプルキニー細胞にある酵素複合体の活性が増強したと報告している(63)。

               このような神経組織に対するフッ素の直接作用についてはさらに今後の研究によって確められなければならないが、このことが、私や他の研究者が今までに遭遇した骨に病変が起こる前の段階にあるフッ素中毒患者の手足についての様々な神経学的な愁訴、例えば麻痺や筋肉の硬直、視神経や網膜の損傷と同様に頻発する頭痛などの原因を説明するものであるのかもしれない。また、これらの愁訴を引き起こす原因には、フッ素によって生じる血流中のマグネシウムもしくはカルシウムの減少がある役割を果たしているとする証拠もあるのである。

               フッ素が神経と同様に筋組織をも障害し、その結果、筋肉の萎縮や虚弱を惹起することは、大量のフッ化ナトリウム(体重kgあたり50mg) をウサギに毎日最長45日間投与した実験で明らかに実証された(64)。これ以外の研究においても、筋繊維の減少や、人間でも実験動物でも見られるフッ素症に伴う筋細胞中の核の変質などが観察されている(65)。電子顕微鏡下の検査においても、筋組織のすべての成分(筋繊維のフィラメント、ミトコンドリア、核)が障害を受けている事がわかった。この場合、神経組織には別に変化は認められなかった。これらの実験は、私が以前に、前骨格段階のフッ素症の報告(26)の中で述べた著しい筋の虚弱や手足や身体中の筋肉の震えなどについて一応の説明を与えているものであろう。

              消化管
               胃や腸の不調は、フッ素に不耐性であることを示す重要な症状である。そんなことが起こるのも、胃や上部の腸は、ハロゲンが血流に入る際の重大な経路だからである。塩酸は正常な状態では胃の中に約0.1モル(0.2%から0.4%)の濃度で存在し、胃潰瘍がある人では多少増加するのであるが、この塩酸はフッ素化合物に出会うと非常に腐食性の強いフッ化水素酸を形成する(66)。この事実があればこそ、大量のフッ素による急性中毒で、消化管上部に出血その他の腐食性の病変が必ず見られるのである。また、たとえフッ素が少量でも、それが胃の中でフッ化水素酸を形成するに十分であれば胃痛、悪心、嘔吐などが起こり、これらの症状は前骨格段階のフッ素症にはつきものである。これらの事実はR・フェルトマンとG・コゼルによって確められたのであるが、彼らは「フッ素化水から摂取する量の平均値として想定された量のフッ素を含有する錠剤」を、虫歯予防のために毎日投与されている1100人の妊婦と子どもを調べ、そのうちの約1%に胃腸の不調があることを観察した(67)。そうであってみれば、引退したアルミニウム労働者で骨フッ素症に罹患している者60人のうち12人までが胃潰瘍にかかっていた(68)としても、驚くにはあたらぬだろう。

               幼児や嬰児の消化管の内面を覆っている薄い繊細な層は、フッ素の侵襲に対して非常に弱いことが明らかである。例えば、ドロップの形で毎日0.5mgのフッ素(これはフッ素化水500cc中のフッ素量に相当する)の投与を受けた5人の嬰児は、胃や腸からの出血までを起こし(これは血便によって証明された)、この症状は、投薬を中止すると忽ちのうちに消退したのであった(69)。また、フッ素によって胃出血が起こることは、チェコスロバキアで、妊娠中アルミニウム工場の煙に曝露されつづけた母親から生まれた5人の新生児においても発見されている(70)。

               私自身も、劇的なフッ素性胃障害の症例の記録とその顕微鏡的所見を論評する機会があった。1962年8月24日、南部のある大病院の外科の主任医師が、W・B・Bジュニアという9歳の少年のことで私に相談を求めてきた。その患者はそれまでに、胃出血のため胃の大部分を切除されていた。しかも、この少年は退院して家に戻った直後にまた激しい出血を起こし、そのために再び、腸の上部を切除しなければならなかった。しかし、今回は慎重な問診によって、この少年が2回目の発作を起こす数時間前に、虫歯予防のために1mgのフッ素を含有している錠剤の投与を受けていたことが明らかになった。立ち合っていた医師は、この出血の原因がフッ素錠にあると結論した。この少年は、フッ素錠のために消化管の相当な部分を切り取られる破目になったのである(71)。
               この少年の胃の切片標本を顕微鏡で見ると、いわゆる“毛細血管拡張症”という胃の内部の表面下にある毛細血管が拡張している極めて稀な現象があった。この所見はふつう余り見かけないが、同様の現象がフッ素を含有しているコーチゾンで皮膚に起こることがあり、これがフッ素を含有していないコーチゾンでは起こらないことから、フッ素と関連性が疑われているのである(72)。
                
              甲状腺
               骨格に変化を起こす前段階のフッ素症の最も著しい特徴の一つに、大抵の被害者が経験する全身の異様な疲労がある。このような衰弱は、ふつう医師により甲状腺の活動性の低下と関連づけられる。フッ素症における甲状腺の役割については、フッ素の毒性研究をしていた1854年のフランスの生理学者E.Maumene以来論争中である。彼は犬に20〜120mgのフッ化ナトリウムを4カ月間毎日投与し、首に腫瘍(多分,甲状腺腫であったろうと思われる)ができたのを観察した。この世紀の初期には、多数の医師が「フッ素は甲状腺の活動性を減退させる」と信じていたため、特にドイツ、スイス、アルゼンチンなど非常に広範囲で、甲状腺機能亢進症(甲状腺の活動が過多になること)のコントロールのためにフッ化ナトリウムの投与が行われていた(73)。当時ウィーンの医師の推奨で、中毒性甲状腺腫の患者はフッ化水素酸を非常に薄めた温水につかると効果的であったと報告されている。フッ化水素酸は、正常な皮膚から浸透して血中にはいることが知られていたのである(74)。

               甲状腺腫の発生率が骨フッ素症の流行地域で高いかどうか、ある研究者はそれを認め、ある研究者は否定している(75)。例えばインドでは、14〜17歳の住民に発生する目で分かる程度の甲状腺腫が飲料水中の高濃度のフッ素と直接関連づけられている(76)。イタリーのローマの近郊で、A・ベナギアーノと彼の同僚は、コンパニャーノ(フッ素濃度2.1ppm)の住民20人の甲状腺の機能(甲状腺ホルモンの循環)とアンギラーラ(1.7ppm)の住民21人のそれを、フッ素濃度が“至適”(1ppm)である地域の住民と比較した。高フッ素地域では、彼らは甲状腺機能の有意の増加と減少という二つの現象を同時に認めている(77)。

               このような矛盾する所見の最も合理的な説明は、「もし血中のヨウ素が十分なら、フッ素はホルモンを合成する甲状腺の正常な機能を阻害しない」ということであろう(78)。
              しかし、体内のトータルのヨウ素が少なければ、フッ素は甲状腺の機能を障害してフッ素・ヨウ素の拮抗作用を作り出すのである。この解釈は後になって、飲料水中のヨウ素濃度が低く(0.001ppm以下)甲状腺腫が流行しているネパールの山村13の住民648人について行われた調査によって支持された。そこではフッ素の摂取と甲状腺腫の発生率との間に強い相関性があったのである(79)。
               私がこれまでに研究する機会があった水由来のフッ素中毒の症例では、その殆どで甲状腺の機能が低下していた。例えば33歳の男性A・B氏の場合。彼はフッ素化水を8年間飲用して典型的な前骨格段階のフッ素症の症状を呈していたが、基礎代謝率は−22であり、甲状腺機能低下症(甲状腺の活動性の抑圧)があることを示していた。その後3カ月の間に、彼はフッ素化水の使用を中止したが、その結果、甲状腺機能は正常(基礎代謝率=0)になった。それと同時に初期のフッ素中毒に付随する様々な症状・過度の口渇、頭痛、視覚障害、肩・肘・膝などの関節炎、胃腸障害なども消失した。

              副甲状腺
               カルシウムや燐酸の体内における分布を調節している内分泌腺は副甲状腺である。首のところの甲状腺の両側に4つあるサクランボほどの大きさのこの腺は、血中におけるカルシウムと燐酸の微妙なバランスを乱すフッ素の過剰摂取には極めて敏感である。この微妙なバランスが乱れると、テンカン様の痙攣さえ惹起する。200ppmのフッ素を1週間飲料水に混ぜて投与したヒツジの実験では、副甲状腺は肥大し過剰な副甲状腺ホルモンが血中に認められた(80)。さらに、インドにおける地方性フッ素症を研究している医師らは、フッ素中毒と副甲状腺機能亢進症(副甲状腺の過度の活動性)との間に強い相関を認めている(81)。フッ素症が流行しているアルジェリアの科学者らは、副甲状腺の関与について実に合理的な説明を提出した。彼らは次のような事実を観察した。10カ月間毎日21.4mgのフッ素を投与されたウサギでは、CaとPの腸からの吸収が減少し、尿細管からの再吸収も減少したために尿中に過剰に排泄されようになった。この事が2次的に低カルシウム血症を招き、副甲状腺を刺激したのである(副甲状腺機能亢進症)(82)。



              訳者による脚注11−5:脚注7−2で引用した河野らの4mgのフッ素内服実験においても血中カルシウム濃度の著明な減少とともに、副甲状腺ホルモン(PTH)の著しい増加が記録されている。前記内科医師高橋晄正博士は、このありさまを論評して、フッ素投与により、副甲状腺が「著しく大きな負荷を課せられていること」がわかると述べ、さらに、フッ素応用は「健康人に対しても行うべきではなく、とくに腎機能検査せずに集団的に実施することは禁止すべきである」と論じている。
              ☆参考文献:「歯の健康のしおり」の医学的批判(・高橋晄正・フッ素研究・第7号・PP 1-13 ・1986)  



              下垂体
               脳の底にある下垂体は,水分と糖の代謝をコントロールするほか成長にも関係しているが、フッ素中毒とも深い結びつきを有している(83)。フッ素化水に不耐性な患者(14)が示す過度の口渇や尿量の増加は、おそらくこの腺から分泌されるバソプレシンが減少することに関係しているのに違いない。下垂体性尿崩症がバソプレシンの減少によるものであることに留意しておく必要がある(84)。進んだ骨フッ素症を有していたサウエルブルン医師の患者は、毎日4〜10リッターの水を消費していたのである(23)(普通では約2リッター)。大量のフッ素投与とともに飼育されたモルモットは、下垂体が肥大した(85)。そればかりか、人工的フッ素化水と同レベルのフッ素を水に混ぜて飼育されたウサギの下垂体には正常値以下のホルモンしかなかった(85)。しかし、フッ素症における下垂体の役割については、副腎と同様、十分に解明されてはいない。


               眼はしばしば体内に生じていることを反映し、そのため診断に際して貴重な手助けとなる。視覚のボヤケ(焦点をあわせることができないこと)や視野の動点(視野暗点)などは私のフッ素症患者にも数多く見られた。眼科医による検査では網膜の血管に明瞭な拡張が認められ、これは明らかに網膜炎の初期症状であることを示していた。とくに印象に残っているのはW・P・D氏という45歳の男性である。彼はこの眼症状が特にひどく、そのために趣味の飛行機の操縦を止めざるを得なくなったほどであった。この患者は、フッ素化水の使用を避けるという簡単な方法で完全に回復した(14)。網膜動脈の変化の模様は彼の病状と関連していた。

               網膜炎のより進んだ症例は、骨粗鬆症の治療のために、フッ化ナトリウムを1日60mg(20mgづつ3分服)投与された患者の例として報告されている(86)。その他にも大量のフッ素投与によって網膜炎が生ずることが動物実験でも確証されている(87,88)。一般的にいって網膜が中枢神経系の一部分である以上、神経物質が侵害されるという受毒の経過の中に網膜が巻き込まれても少しも不思議ではない。

               眼の水晶体に対するフッ素の影響については、現在の知見では網膜の場合ほど確かではない。しかし、本章のはじめの部分で議論したように、白内障(24)の水晶体に77.3ppmものフッ素が存在していたことは、このハロゲンがこの疾患の原因となっていたことを強く示唆するものであり、別の研究者の観察もこの見解を支持するものである。しばしば引用されているバートレット・キャメロン研究によると、15年以上居住しつづけた住民における白内障の発生率は、バートレットでは10.1%、キャメロンでは14.1%であり(43)、合衆国の35歳以上の成人における平均発生率5%以下(89)と比較しても高いものであった。
               インドの天然高フッ素地帯であるパンジャブ地方での調査によると、白内障の発生率は低フッ素地帯であるヒマラヤ地方の高地および低地地域と比較して明らかに高く、7.2%対3.8%,5%であった(90)。さらに天然高フッ素地帯であるウイスコンシン州グリーンベイにおける老人性白内障に起因する平均失明率は、ある研究のなかで、成人のダウン症者にみられる白内障発生率の驚くべき高さ(あるウイスコンシン州の施設では95人中67人)とともに観察されているのであって、この研究はやがて「飲料水中のフッ素とダウン症の発生との関連性に関する研究」へと発展したのであった(91,92) (第13章を参照)。


               ごく微量のフッ化ナトリウム(0.1mg)をモルモットに1日2回10日間投与した実験では、耳の顕微鏡的構造には何の障害もなかったと報告されている。しかし、コルチ器官に存在する幾つかの酵素、とくに酸性ホスファターゼには減少が見られた(93)。耳に存在する酵素が障害を受けると、眩暈や耳鳴りの原因になりうるが、これは私の患者でも経験した。一方、耳硬化症に対しては比較的大量のフッ素が期間を限定して投与されているが、この治療はある患者には有効であるとされているようである(94)。

              皮膚
               淡紅色から青茶色の皮膚の発疹(血管周囲の炎症)が、“チゾールの紫斑”と呼ばれることは前章で述べたとおりであるが、これは子どもや女性にとっては慢性フッ素中毒の最初期の症状であることが多い。一般にザ瘡やアレルギー性の反応は、ヨウ素や臭素によって起こることが知られている。だから、それらより一層反応性のあるフッ素イオンによって同様な疾病が起こっても少しも驚くにはあたらない。あるフッ化物は体内から皮膚を介してのみ排出されるのである。しかし、この点に関する文献上のデータは極めて限られたものでしかない。1956年にあるドイツの医師は、ガラス工場でフッ化水素の曝露を受けた労働者の“フッ素性ザ瘡”を報告した(95)。しかし一方、カリフォルニアの皮膚科医は、2mgのフッ化カルシウムの錠剤(フッ素イオンとして0.97mg)を20人のザ瘡患者に平均6週間投与し「フッ素は発疹を増悪も軽減もしなかった」と結論した(96)。この医師は同時に、平行して他の薬剤も投与していたのでこの結論は正しいとは断言できない。

               事実、この結果と矛盾するような事実も随分観察されている。例えば、皮膚炎やジンマ疹がフッ素化水の摂取や入浴によって生じることが稀ではない(97)。約0.1%(1000ppm)のフッ素を含有している歯磨剤によって接触性皮膚炎が生じることは、かつて私が書いたとおり別の数人の研究者にも確かめたところであり、さらにフッ化ナトリウムやフッ化スズのパッチテストでも陽性であった(98,99)。私は今までに(私ばかりではなく他のアレルギー科の医師も同様であるが)、フッ素入り歯磨剤やフッ素塗布によって重症のジンマ疹が生じた患者に遭遇した経験がある。次に紹介するのはその典型的な症例である。

               1975年5月19日、K・Wちゃんという9歳の花粉アレルギーがある女の子が、歯科医が虫歯予防処置として歯に2%のフッ化ナトリウムを塗布したとき非常な痛みを訴えた。この子は今までに“チゾールの紫斑”が手足にできたことがあり、中等度型の斑状歯を保有していた。フッ素塗布してから10分すると彼女の唇や顔は腫れ上がり、口腔内に豆粒大の潰瘍が発生するとともにリンパ節も腫張し、102 度(華氏)に発熱した。この症状は消退するまでに3週間を要した。興味があることには、塗布後2日目に彼女の手足に紫斑が再発した。こんなことがあってから、この子の一家は、デトロイトのフッ素化水を厳密に避けて暮らしているのである。

               フッ素を摂取することは、たとえそれがフッ素化水のように少量のものであっても、万華鏡のように多彩な害作用をもたらす。今日のフッ素に関する研究はその殆どが、歯や骨への作用を強調するだけで、歯や骨と同様に、フッ素が広範な臓器に対しても毒性を発揮するものであることを無視している。私がこの章で述べてきた事実は、疑いもなくこれらのことにかかわっているのである。年々、フッ素の危険性が明らかになるにつれて、医師や歯科医師は、この害毒が理解の限度をこえてまで人々の体内に蓄積し、そのため、患者を癒そうとすることで却って病気にしてしまっているという矛盾を認識しなければならないのだ。健康の贈呈者は巨大な矛盾に直面しているのである。

               


              フッ素化・この巨大なる矛盾 第12章

              0

                                 第12章   巨大なる矛盾

                 フッ素化が開始されると、人々は虫歯予防のうえで輝かしい新時代が来たのを確信した。何も努力もせず、食生活を何一つ改善せずに65%も虫歯が減る!こんな莫大な利益を国民が享受できるという期待は、まさに唸るような出来事だった。そんな理由から、フッ素化への熱狂的な努力が至る所で始まった。しかし、それと同時に、その安全性に関しても深刻な危惧が湧き起こってきたのも自然だった。フッ素に蓄積性の害毒があるのは周知の事実だったからである。
                 折りしも拡大を続ける産業から環境に放出されるはフッ素は増大する一方だった。これらと一体になって、フッ素化は、予想をこえて人々の健康を脅やかし、その結果の不利益は、虫歯に関する利益より遙に重大になるのではないか。巨大なる矛盾もこのようにして拡大してきた。

                歯牙
                 歯牙フッ素症:フッ素化計画のごく初期から、科学者たちは次の二つの因子のバランスをとることを試みてきた。即ち、[1]虫歯を最大限に予防すること、[2]体や歯に対する障害を最小限度に抑えること(1)である。
                 シンシナティの健康局長であり、シンシナティ大学ケッタリング試験所の副所長であったF・F・ヘイロスが、フッ素化を「計算された危険」(2) と呼んだのは周知のとおりである。歯科の権威者たちは、飲料水中のフッ素が、“斑状歯”という目につく不可逆的な歯の障害の原因なことは以前から十分承知していたのである。
                 
                 1916年にG・V・ブラックとF・S・マッケイが、コロラドスプリングスの斑状歯に関して論文を発表した。その地方のフッ素濃度は2.5ppmであった。こんな記述がある。
                  
                [ 斑状歯は] 茶色や黄色に変色しているのでなければ恐ろしく白濁しており、 唇が開けば丸見えになって、 持ち主の表情はひどく損なわれる。白濁に茶色の変色が加わると、醜形はさらにひどいものとなる.そこいらで出会う人たちでさえ,歯が真っ黒にみえる人が非常に多い(3)。
                 
                ブラックとマッケイは、この異様な歯の予後に関しては極めて悲観的でだった。こんなふうに書いている。

                 斑状歯が虫歯になると、 エナメル質が脆弱なために、良好にして効果的な充填をするのが極めて困難である。この理由から、この地区の住民は、虫歯で歯を失うことが少なくない。 たとえ、虫歯の数そのものは他より少ないとしてもである。 ・・・この異常な歯は、子どもより大人の方がはるかに多い。もしそれだけなら大したことではないだろうが、この異常は一生続くのである。この異常から逃れるただ一つの方法は冠をかぶせることであるが、人生の後半には、ブリッジや入れ歯による必要がある(3)。〔太字原書〕 
                 
                 1940年に、歯科領域での初期のフッ素研究者であったM・C・スミスとH・V・スミスは、二人の一致した見解を次のように述べている。
                 
                 斑状歯は,たとえそれが虫歯に対しては抵抗性があるようであっても,構造的に脆弱であり、不幸にもひとたび虫歯が始まると、悲惨な結果に終わることが多い(5)。
                  
                 アリゾナ州セントデービッド市では飲料水中のフッ素濃度は1.6〜4.0ppmであって、斑状歯の発生率が非常に高く、12〜14歳の児童のうち33%だけしか虫歯を保有していなかったのであるが、

                21歳を超えると、虫歯になっていない者の方が比較的少ない。すべての年齢群で抜歯される者の率が高く、このことは、〔斑状歯に〕ひとたび虫歯が始まると、それが非常に重症になることを示している。・・虫歯を修復しようとする試みは多くの場合不成功に終わる。というのも、充填の支台となる歯が欠けてしまうからで、結局抜歯が唯一の手段となるのである。若い成人の間で多くの者が虫歯に罹っており、しかも、修復が殆ど不成功に終わっているということは、24〜26歳の年齢群における義歯の装着率が50%も高いということで明らかである。成人で、たとえそれが斑状歯であっても虫歯がないという者は、ごく少数でしかない(5)。〔太字原書〕 
                 
                 両スミス氏は、更に水や食物や薬をフッ素化しようというコックスの推奨について「そんなことは、いくら控え目に言っても安全ではない」と警告した(脚注12−1)。彼は、ロールムの1938年の不吉な警告と同じ点を強調した。「歯の形成に対するフッ素の害作用と同じ理由で、フッ化物を子どもや栄養を要する妊婦に投与することは禁忌となる(6)。」(訳者注:ロールムは前出.第7章)。



                訳者による脚注12−1:Cox, Gerald J..はアルコア(アメリカ・アルミニウム会社)の所有者メロン財閥のシンクタンクであるメロン研究所の研究者。フッ素の虫歯予防効果説に着目し、企業が処理に困っていた産業廃棄物のフッ素を、フッ素化という手段を用いる事で逆に商品に仕立てあげた人物。この企画が実現したため、フッ素を排出する各企業は、フッ素の投棄に合法的な無数の逃げ口を与えられることになった。

                 フッ素化の初期の史実については、まだ謎の部分が多く、十分解明され切っていない。表面上は辻褄が合う記載は歯科の様々の本に載っているが、これはアメリカのフッ素推進者の言説をそのまま採用した言わば表向きの記述であって、真の歴史的事実とは言いかねる。しかし、現在のフッ素論争には、気鋭な歴史学者やジャーナリストが何人も参加しているので、これらの表向きの記述のうらにどんな事情が伏在していたのかは,すこしつづだが年毎に明らかになってきている。その殆どは、証拠がなければとても信じることができないくらい異常である。
                 
                 その一例に、医学記者ジョエル・グリフィスらの「フッ素と歯、そして原爆」というスクープ記事がある。この記事によれば、低量のフッ素は安全であるとして全米の水道フッ素化を推進したのは原爆の製造に従事した科学者らであって、その中には、後に歯科の世界では大物となる官僚研究者らも含まれていた。彼ら目的は、原爆の製造に不可欠なウランの精錬に用いる6フッ化ウランの製造のため何百万ポンドも必要になったフッ化水素の製造を下請けしたデュポンの工場のひどい公害が訴訟にさらされ、そのままでは国家の最高機密である原爆の製造計画が世間に漏洩する恐れがあったため、あくまで隠蔽するためであった。そのためには、フッ素の危険性を承知していながら、国民に向かっては安全性を説き続けたのである。このような、ウソの上にウソを重ねるやり方が今日まで引き続いているのである。
                 医学が軍事や産業と直結するとおぞましい犯罪となりがちなのは、ドイツのナチや日本の731部隊などで周知のとおりであるが、フッ素化計画もその例外ではない。
                 この記事の著者らは、「情報公開法」の力をかりてアメリカの戦事中の極秘文書を丹念に究明してこの特報記事を発表し、証拠となる極秘文書のコピーを希望する読者に配布している。[参照:フッ素と歯、そして原爆:村上 徹訳・フッ素研究・No.17・1-16・19977]
                「参照:フッ素公害かくし、アメリカ産官学癒着の実体:村上 徹訳・フッ素No.18]

                 



                 しかし、数年後の1954年に、H・V・スミスは試験的にフッ素化を実施しているニューヨーク州ニューバーグ市を訪れて「小学校生の代表児童の歯科検診」を行ったあと、「斑状歯は全くなかった」と報告した(7)。斑状歯という言葉で彼が言いたかったのは、おそらく,フッ化の唱導者らが遠回しに表現する「美容的に気になる歯の斑点」だったのだろう。彼らはこれを、人工的フッ素化で生じるものではないとしているのである。彼らの見解に従えば、斑状歯に後年生じることが多い二次的な変色についても、それが軽症型(マイルド)のものでさえ、単に美容的見地から「気になる」ものでしかないと考えなければならないのである。

                歯牙フッ素症指数 このような矛盾した見解が現れるに従って、解決しなければならない重要な問題が浮かびあがってきた。斑状歯などという不快な現象を起こすことなしに健全な歯をつくるには、水道水中にどれだけのフッ素があるのが最も適当なのか? ディーンは、“歯牙フッ素症の地域的指数”を評価する基盤とするため、歯牙フッ素症を6段階(後に5段階)に分類した(8)。この指数は、それぞれの段階の中の罹患者数に斑状歯の重篤度に対応した数値をかけ、それを被検者の総数で割ったものである。ディーンの各段階と重篤度に対応した数値、および歯牙フッ素症の分類は表12−1に示したとおりである。

                表12-2 歯牙フッ素症の分類(8,9)
                重篤度 症状 対応する数値
                疑問型

                軽微型


                軽症型


                中等度型

                重症型
                歯冠の透明度がとぼしく、少数の白い斑点、または白濁した部分がある。
                歯冠に小さな不透明の部分か、紙のように白い部分があり、それがもっともひ2歯でも歯冠表面の25%以下であるもの。成人では茶色の変色があるものもある。
                白濁がよりいっそう進んでいるが、それが最もひどい2歯でも歯冠表面の50%以下のもの。茶色の変色が多く見られる。
                エナメル質全体が罹患しているもの。明らかな茶色の変色が多く見られる。
                歯は明らかに発育不良であることを示し、表面に欠損が生じたり、くぼんでいたりする。茶色や黒色の変色が広がっている。
                0.5

                1.0


                2.0


                3.0

                4.0


                 ディーンによれば、地域歯牙フッ症指数は0.4を超えてはえてはならないという。0.6では「公衆衛生上問題となる」のである。彼のイリノイ州(気温は温暖)での調査によれば、1.3〜1.9ppmのフッ素を含有する飲料水では、指数は0.5〜0.7であり、,0.9〜1.2ppmでは0.3であった(9)。全く驚かざるを得ないが、ディーンは、1940年代の初頭で既に、フッ素化のために推奨される0.7〜1.2ppmの濃度は、その地域において斑状歯を作るスレスレの量であることを知っていたのである。

                 このような計算は理論的には魅力が、あるが実際にはまちがっているとしかいえない。地域歯牙フッ素症指数は、地域における斑状歯の正確な状態を決して表現してはいないのである。例えば、疑問型(0.5)8例と重症型(4.0)1例とは全く同じウエイトであり、3例の軽症型(2.0)もしくは極微型(1.0)6例と中等度型(3.0)2例とが同じになる。見苦しい斑状歯を有している者にとって、その地域の歯牙フッ素症指数が0.6、いや0.4以下だなどということが何の慰めになるのか。
                 この矛盾は、あからさまにフッ素化を推進した最初の人物であるコックスは十分に知っていた。彼はこのように書いている。「虫歯という前門の虎と、斑状歯という後門の狼のため、フッ素の投与という手段をとるに際しては厳重な観察が必要であり、かくあってこそ、この方法は採用しうる(10)。」
                 
                 事実、ディーンは、フッ素濃度が1ppm以下の地域でも、無視できない程度の歯牙フッ素症に遭遇したのである。彼は飲料水中のフッ素濃度が0.4〜0.5ppmと少ない中西部の都市においても、“極微型”ばかりか“それより重い軽症型”の斑状歯すら発見していた。例えば、オハイオ州マリオン市(0.4ppm)では、彼は12〜14歳児のうちの6.1%に軽症型の斑状歯を見い出していたし、イリノイ州のケウォニー市(0.9ppm)では、同じ年齢群の児童の12.2%に見つけていた(9)。

                 1955年から60年の間に、私のアレルギー外来を訪れた2000人についての私自身の調査もこの結果と一致する。当時のデトロイトの水道は僅か0.1ppmのフッ素しか含有していなかったが、この低フッ素のデトロイト首都圏で生まれ育った21人のアレルギー患者にも私は明らかな斑状歯を発見した。この欠陥エナメル質は、患者がまだ幼い子どもだった時に、食物やビタミン剤を通して摂取したフッ素によって生じたものであろうが、極端に過敏な者にとってはフッ素濃度が幾ら低いといっても、水を原因から除外するわけにはいかないのである。そのような歯は、ディーン自身によって典型的なフッ素性斑状歯とされているのである(11)。

                 “低フッ素地域”で見られる斑状歯は、しばしば、“特異的”つまり、原因不明の斑状歯とされる。しかし、飲料水以外にも様々なフッ素源があることを考えれば、このような斑状歯も、その殆どがハロゲンによる可能性は極めて高い。慧眼にもかつてマッケイが指摘したように、「食物中のものを含めて、フッ素はエナメル質の構造を変化させるたった一つの因子なのである。」(12)(太字原書)

                 ディーンの所見とは全く逆に、斑状歯の外観を呈する歯牙の発生率は非常に高く、飲料水中のフッ素が低い地域でさえ目にすることが可能である。例えば南太平洋の火山島であるTristan da Cuhaでは、6〜9歳児の60%が上顎の切歯に斑状歯を有しているが、そこの飲料水は最高でも0.2ppmのフッ素しか含有していなかった(13)。インドの北部中央にあるラクノーの田舎では、飲料水中のフッ素濃度は0.4〜0.8ppmであるが、子ども499人中に見られる明らかな斑状歯の発生率は24%であり、その中には全部で6%に及ぶ“極微型”とそれよりひどい型のものが含まれていた(14)。そればかりか、北アフリカのある地域では、飲料水中のフッ素が0.5ppmであるのに25%の子どもが斑状歯をもっており、1.0ppmの所では100%まで上昇している(15)。このような高い発生率は、ふつう、暑い気温のために増加する水の消費量と関係づけられるが、涼しい地域でも同じように高い発生率が報告されているのである。 フィンランドの二つの低フッ素地域(0.05,0.41ppm)では、それぞれ41%、74%の子どもが斑状歯をもっており、フッ素化地区(1.08ppm)では、その発生率は98%なのであった(16)。

                 同様にマサチューセッツでも、ボストン付近のフッ素化地域で生まれ育った7〜12歳の児童の63%に“斑状エナメル”が発見されている(17)。この集団では30%が疑問型であり、22%が極微型、9%が軽症型、2%が中等度型であった。この研究の著者は、同時に、「フッ素化水から摂取する量と等しくなるように調整された錠剤によっても7〜12歳の子どもに歯牙フッ素症が惹起している」と報告した。その内訳は疑問型17%、極微型34%、軽症型19%、中等度型14%、発生率はトータルで実に84%であった!これらの歯の外観が「好ましいものではなかった」ために、この論文の著者は,「フッ素症を減らすと同時に、永久歯を虫歯から守るために、3歳以前では摂取量を減らし、殆どの歯が形成される5〜6歳にかけて摂取量を増やす」ことを提案している。

                 その他の研究者も,歯牙フッ素症の数および程度と,飲料水中のフッ素濃度との関係には明らかな一貫性がないことを報告している。インドのパンジャブ地方のマンディ・バレタ村(0.73ppm)では、5〜15歳児の81%が明瞭な斑状歯をもっているが、9.4ppmのクハラ村(じつにフッ素濃度は10倍以上である)でも、発生率は同様に80%なのである(18)。15歳児の切歯で、フッ素化されているウエールスのアングレセイ市(1.0ppm)と、低フッ素地域(<0.1ppm)であるバンゴール市、ケルナーボン市とを比較してみると、斑状歯の発生率は全く同じであり、アングレセイ市では35%(88人)、後の2市では37%(97人)であった。このために著者は次のように結論した。「アングレセイ市では、斑状歯とフッ素濃度または水の硬度との間に何の関係も認められない」(19)。
                 しかし、イギリスの子どもたちはフッ素濃度の高い紅茶を習慣的に飲用しており(20)、このことが“低フッ素”都市における斑状歯の一因となっていることには疑いがない。“フッ素性の白濁”がこれと似たような発生率でフッ素化開始16年後のミシガン州グランドラピッズ市でも見られたことは、1962年にA・L・ラッセルによって報告されてきた。即ち、そこでは白人児童に19.3%、黒人児童に40.2%惹起していたのである(21)。しかし、地域歯牙フッ素症指数は白人では0.15、黒人では0.31にすぎなかった。この値はディーンによって“限界点”とされる0.40よりはるか下である。
                 1949年にV・O・ハームは、低フッ素地区(<0.25ppm)であるコネチカット州ニューヘブン市でも、黒人児童の上顎切歯にこのようなエナメル質の白濁がより多く見られるとしてラッセルの所見を支持した。ラッセルはこのような斑状歯は「美容的見地からは大したことではない(21)」と述べたが、私自身の経験では、このような白濁歯を有している子どもはそれを非常に気にしており、とくに成長とともに、白斑が茶色に変色するにつれてその気持ちが強くなる。それにもかかわらず、フッ素化推進派の歯科医師は、ディーンの分類における「極微型」や「軽症型」の斑状歯は実際には「すべての子どもが保有していることが望ましい」とすら宣言するようになってきたのである(23)。この醜い斑状歯を気にならないというばかりか、「望ましい」というのは、まさに理解に苦しむとしか言いようがない。これらの論文の著者は、「しかし,水道のフッ素レベルを,全ての子どもが望ましい?程度の斑状エナメルだけを保有するように調整することは不可能である(23)」と述べた時に、フッ素化と斑状歯という大きな矛盾を明らかに認識していたといってよい。さらに、彼ら自身のデータも、最高気温の平均値が異なっている地域に対しての勧奨フッ素濃度が、地域歯牙フッ素症指数を、0.5や0.6という高いものにしてしまうことを示しているのである!)
                 
                 利益のない至適濃度  以上の事実は、“至適”といわれる濃度すら歯の健康にとって十分な安全幅をもっていない事を物語っている。そればかりか、この濃度が歯に利益をもたらすという事も疑問である。イスラエルのHaifa市郊外のQiryat Haiyimという所では、最高気温の平均は78°Fで、飲料水中に含まれている天然フッ素濃度は、“至適”といわれる0.76ppmであるが、全ての年齢群のDMF歯数は、低フッ素地域であるイスラエル都市部より多く、歯牙フッ素症の発生率も「期待値よりはるかに高い」(24)のである。 西独の18都市および東独のイェーナ周辺の27地区では、飲料水中のフッ素濃度が増加(0.8ppmまで)しても,虫歯の発生率は一向に減少してはいない(25,26)。インドのラクノーで行われた大規模な調査によると、飲料水中のフッ素濃度が0.8〜1.2ppmの方が、0.3〜0.4ppmより虫歯も斑状歯も多いことが明らかである(14)。同様に学童2万人以上を調査した日本の研究でも、飲料水中のフッ素濃度が0.2〜0.4ppmの場合に虫歯の発生率は最小であって、それを超えると増大することが明らかになっている(27)。これらの研究は、無害であって同時に虫歯予防に最も有効なフッ素濃度などというものが、そもそもありえないことを強調しているのだ!

                 歯周病的問題点  歯の周囲に生じた新しい不規則な骨様の沈着物は、歯槽に埋まっている歯を弛め、そのため其処に細菌が集まって歯周病へと導く。このような状態がフッ素によって促進されることは、飲料水に1ppmのフッ素を混ぜて520日間曝露したラットの実験により例証された(31)。人間における歯周病と“高フッ素”との関係は、ディーン(32)やその他の研究者(33,34) により提唱されたが、これとは逆の所見も報告されているのである(35)。

                 1955年10月、テキサス州ラボック町(以前4.4ppmフッ素の水道が供給されていた)で開催された医学会で、その町の医師や歯科医師らが、私に向かって「一生この町に住んでいる住民は、35歳までに、歯肉の病気のためにみんな歯がなくなってしまうのですよ」と言ったものである!しかし、人工的フッ素化のような低い濃度のフッ素ではデータが少なく結論を出すことはできない。1957年の公衆衛生局の研究では、“フッ素化”都市と“非フッ素化”都市の間では歯周病に何らの差は見出せなかったが(36)、別の報告では、フッ素化地域の児童に歯周病とのわずかな関連が見られたという(35)。1974年のモロッコの燐酸製造工場付近の12〜14歳の児童の歯肉疾患に関する比較研究では、水中フッ素濃度が0.25〜0.54ppmの地域と0.93ppmの地域とでは全く差は見られなかった(37)。この場合、その地域の食中の十分な燐酸が歯周疾患の予防に効果的であった事が考えられるが、摂取したフッ素の量的差異は、別の多くの研究の場合と同様この場合にも余りにも少なく、この2群の歯周病の状況にはっきりした違いを生ずるまでには到らなかったのかもしれない。

                 歯の萌出の遅れ  フッ素の過剰摂取と斑状歯に付随するもう一つの現象に、歯の萌出の遅れがある。これらは多くの初期の研究者によって認められ(38)、後にフッ素によって生ずる甲状腺機能の抑制に原因が求められたが(39)、現在では、実験研究により、フッ素が歯の萌出を直接阻害するためである事が分かってきている(40)。コロラドスプリングス(フッ素濃度2.5ppm)の児童の永久歯は、低フッ素地域より「萌出率が明らかに低い」のである(41)。この知見は、妊婦と9歳までの児童に対する長期間のフッ素錠の投与により確証されたが、その結果、「歯の萌出は著しく遅れ,ある場合には1年も遅れた」のであった(39)。
                 フッ素化地域における永久歯の萌出遅れは、ある論文では「甲状腺機能の抑制よりも乳歯の虫歯の減少にその原因がある」と言われたが、ある研究ではそのように考えられても、別の研究ではそうではなかった(42)。フッ素化して10年後のニューヨーク州ニューバーグ市の9〜12歳児の永久歯の平均萌出歯数は9.35であるが、比較対照都市である非フッ素化のキングストン市では9.82であった(43)。ブラジルではフッ素化によって「歯の萌出遅れ」が認められたが(44)、イリノイ州エバンストン市の研究では、論文の著者は「フッ素化は乳歯の正常な脱落も永久歯の萌出も阻害しない」と結論している(45)。
                 
                 虫歯の統計学  歯の萌出遅れそのものはそんなに重大な事ではないかもしれないが、斑状歯が流行している多くの地域(38)で見られる1年から3年にも及ぶ永久歯の萌出遅れは、フッ素化地域における虫歯の減少を示すというデータの解析の上では極めて深刻な問題を提起している。そのような地域の永久歯のDMF数は、虫歯の発生またはその検出が1〜3年遅れているというだけの事であり、虫歯の発生率(1年ごとに新しくできる虫歯の数)そのものは、低フッ素地域と変わっているものではないという事を示している。この事実はR・ウィーバーにより、イギリスの天然フッ素地域(1.4ppm)であるサウスシールドと、低フッ素地域(0.25ppm)であるノースシールドにおける齲蝕率の比較研究の中で発見された(46)。1943年のサウスシールドの12歳児のDMF歯数はノースシールドのそれより56%も低かったが、「この顕著な結果」について彼は次のようにつけ加えている.

                 しかしながら、私は、このような比較は甚だしい間違いに陥るという事を述べておかねばならない。真に回答さるべき疑問は、恐らく、サウスシールドにおける永久歯のDMF2.4が,ノースシールドの4.3になるのに何年を要するのかという事なのである。この答えは約3年である。というのも、サウスシールドの15歳児の平均齲歯保有数は,ノースシールドの12歳児それと全く同じだという事実があるからである(46)。 

                 ウィーバーの研究は、サウスシールドの成人のDMFがノースシールドの成人のそれと同じになるには5年という長期間の遅れがあるという事を示してもいるのだ。合衆国においても、統計の専門家であり調査の技術者であったK・K・パルエフが、フッ素化都市であったグランドラピッズ市と比較対照都市であった非フッ素化のニューバーグ市の10歳児のDMFを解析し、同じような解釈を示したのであった(47)。
                 オーストリアのR・ツィーゲルベッカーは、このような研究を進展させて更に他の研究の結果をも解析し、比較対照の非フッ素化地域に住む児童の虫歯保有数の年毎の増加率は、フッ素化地域の児童のそれよりも早く減少し、フッ素化の利益と思われた初期の効果が年を追って無効になってゆく事を確証した(48)。
                 このような齲蝕の初発の遅れとそれに継発する年毎の増加の模様は、イギリスにおけるフッ素化11年後の公的な調査結果によく示されている(49)。表12−2に見られるとおり、8歳〜14歳にかけて増加した永久歯の虫歯の数は、フッ素地域と比較対照の非フッ素化地域とにかかわらず、一人あたりそれぞれ5.1,5.2と実質上少しも変わっていないのである(最新のデータによる)。換言すれば、フッ素化は、虫歯の発生を1,2年遅らせはするものの、発生する数そのものは少しも減らしはしないのである。

                表12-2 イギリスにおけるフッ素化11年後の結果
                年齢 フッ素化地域 非フッ素化地域
                8
                9
                19
                11
                12
                13
                14
                8〜14歳まで
                の増加数
                1.2
                .1.8
                2.4
                3.0
                4.0
                5.4
                6.3
                5.1
                2.0
                2.7
                3.3
                4.0
                5.6
                6.9
                7.2
                5.2


                 データの矛盾もフッ素化の統計においては大きな問題となる。検診する者のバラツキや時代、食事、環境などその他の全ての因子が比較の不確実性や信頼性の乏しさをつくり出す。一例をあげれば、ウィーバーが1949年に低フッ素地区であるノースフィールドの12歳児の歯を検査した時には、1943年のDMF数である4.3が2.3にまで減少していたのであるが、この数値は、天然フッ素地区であるサウスフィールドにおける1943年の値と全く同じものであった。同じく1949年には、サウスフィールドにおけるDMFは1.3に減少していたが、このため彼は、このような減少はイギリスの戦中および戦後の食事が虫歯を作りにくい性質を有していたことに第一の原因があると結論したのである(50)。

                 ミシガン州グランドラピッズ市のデータも、もう一つの例といえだろう。ニューヨーク大学のコンピューター技術者であったM・クレーラーは、グランドラピッズ市の1946年の6歳児のDMF率(0.234)を、フッ素開始4年後の1949年のDMF(0.380)と比較して「62%に虫歯の発生の遅れがある」ことを認めた(51)。1951年にはこの比率はまだ低かったが、それでも1946年より10%も高かった。これについて彼は、「ウ蝕率がフッ素化が続けられた時間の関数として数学的に厳密であるという事などは絶対にない」とコメントを加え、さらに「このような変動は、他の年令群のデータにも一貫して認められる。見かけ上のパターン全体は、もしその個々の構成要素が相互に矛盾していてそのパターンと一致しない場合には、十分に疑ってしかるべきである」と述べている。
                 クレーラーは、さらに次のような矛盾をも指摘している。

                比較対照都市である(非フッ素化の)マスキーゴン市の数値は,統計的には悪夢のようなものである。というのも、1946年から1949年にかけて、また基礎としたの年[1944−1945]と1946年の6歳児の虫歯の減少率は40%でありながら、1946から1951年にかけての増加率は66%である。また、10歳児では、1947年から1948年にかけては35%の増加率でありながら、1951年までの基礎とした年の比較では減少を示しているのである。このような変動は、同じように11歳児から15歳児群にかけても著しい。16歳児群では、1946年から1947年にかけて、虫歯は1/3近くもの著しい減少を見せているのである(51)。
                 
                 さらに矛盾は,NRC(National research Council )の1952年の報告でも明らかである。即ち、その報告によると、マスキーゴン市がフッ素化を開始した1951年7月の時点では、6歳児と7歳児の虫歯はそれ以前にはフッ素化がなかったのにもかかわらず、それぞれ22%,28%も減少していたのである(52)。
                 オタワやカンサスにおける予備実験の結果も、同様な矛盾を露呈している。C・A・スクリブナーは、そこでは、1946年には82%にも達していた5〜6歳児の虫歯のない者の比率が、フッ素化開始(と同時に水の軟化を導入)後3年の1949年には45%に低下している事を発見したのであった(52)。その一方、州当局の調査では「1946−1951年間の6〜7歳児の虫歯のない者の比率は、総体としては増加している」と主張されており、この二つの年令群のDMFの減少率15%,11%がごちゃ混ぜにされてしまったのである(54)。クレーラーは彼の論文のなかで、キングストン・ニューバーグ研究や,エバンストン市、ノースカロライナ州シャルロッテ市などの場合のフッ素化の先駆研究におけるデータの矛盾について議論している(51)。

                 そんな矛盾は、異なった地域や国々から集められたDMFのデータを比較すると時、一層明らかになる。例えば、1965年に行われたカンサス州での公的な研究によれば、比較対照に選ばれた非フッ素化の3都市の10歳児のDMF数は2.22であり、フッ素化の3都市では1.19であった(55)。しかし、先の1974年のマサチュオセッツ州の研究によれば、ボストンに近いフッ素化地域におけるこの年令の児童のDMF数は3.16であって、カンサス州の非フッ素化群の数値より何と42%も高いのである!日本のヤマシナ(訳者注:京都府山科地区)におけるフッ素化(0.6ppm)11年後のデータでは、12〜13歳児の平均のDMFは,1.67から2.55まで何とフッ素化によって53%も上昇した!それにもかかわらず,比較対照の修学院地区の同年令の児童の齲蝕率がこの同じ期間に187%も増加したため(DMFで1.43から4.10)、フッ素化は虫歯予防のうえで利益があったと結論されているのである(56)。

                 もう一つ別な例をあげよう。子供から成人50歳までのDMFについて見てみると、ハンガリーの水中フッ素濃度0.35ppm以下のある地域は、天然であると人工的であるとを問わず“至適”フッ素濃度を有すると言われている合衆国、カナダ、イギリスのある地域のそれより遙かに低い(57)。ハンガリーのデータによると、1.1ppm地域の若い成人(20〜25歳)の方が低フッ素地域の住人より61%も虫歯が少ないが、50〜55歳に達するとこの差はわずか11%にまで減少してしまうのである。フッ素の齲蝕予防効果は、決して一様でも永久的なものでもないのだ。

                 虫歯の統計の評価のうえで考慮すべきもう一つの重要な点は、検査者による相違とそこに紛れ込む偏りの可能性である。
                 例えば、ある研究によると、同じ歯を同じ者が繰り返し検査しても、検査の度ごとに〔虫歯の数の〕値が大きくバラつくという(58)。別な研究では、33人の患者がそれぞれ異なる8人の歯科医師のうちの3人によって検査されたが、記録された虫歯の数に89%の相違があったという(59)。あるケースでは2人の歯科医師が12本の虫歯を見つけたが、3番目の歯科医師はたった5本しか記録しなかった。別のケースでは最初の歯科医師は13本の虫歯を見つけたが、2番目の歯科医師は6本、3番目の歯科医師はわずか5本しか記録しなかった。結局、患者33人についての評価の食い違いを平均してみると、虫歯の数で4.2本、歯面数で5.8であった。こんな著しい食い違いがあるようでは、DMFが2とか3とかいうような小さな差異に基づいて導き出される結論は、精々良く言っても、意味があるかないかギリギリのものでしかない。そしてフッ素化研究では、こんなケースが非常に多いのである。率直に言えばこんな結論は疑問であり、恐らくナンセンスなのだ。

                 虫歯の指標としてDMF数が信頼できるかどうかを考えてみた場合、そのもう一つの欠点は、〔Mで表わされる歯の欠如が〕とくに被検者が年長者の場合には、虫歯以外で生ずる場合が多いという事である(60)。同様に、ごく小さな充填がある歯でも、一歯に複数の大きな充填があるものと同じ1として勘定される。この場合、齲蝕そのものの数としては明らかな相違があるのにもかかわらず、DMFとしてはただ1として扱われるのである。そればかりか最近の歯科医療では、臼歯の裂溝は実際に虫歯になった穴を埋める場合以上に“予防的に”填塞〔シール〕される事が多いが、これらもFとして虫歯のうちに勘定されてしまうのである。このような充填処置は、歯の矯正と同様、その患者の歯牙の絶対的な状態を反映するより、社会経済的な境遇を示すものである。これまでに官庁が行ったフッ素化研究の殆どは、フッ素の歯科的利益に関する強い確信に基づいて行われてきたものであり、このような思い込みがDMFの評価に影響したと推定しても決して強弁ではない。

                 このような偏りは初期の試験研究で報告された「好ましい結果」の相当な部分を形作ってきたのであり、それはメルボルン大学の歯学研究者であるP・R・N・サットンの痛烈な批判でも明らかなとおりである。サットンは「重要なデータの除外、算術的なミス、間違った考察、比較対照の疑わしさ不適切さ」などについて注意を喚起し、萌出していない歯を「虫歯のない歯」として勘定したとさえ批判している(61)。彼は、エバンストン研究の臨時報告が、基礎とした年における標本数を「1946年における〔被検者の〕児童数は4375人であった」と間違えていることに注目している。(1967年の最終報告によれば、これらは3682人として報告された(45)。)
                 彼の結論はこうである。「ある公衆衛生的手段を有効であると評価する場合の確固たる基盤は、このような決定的な〔間違いをおかした〕5つの試験によって提供されてはならないのである。」彼の批判は反論を惹き起こしたが、それらについて彼は彼の著書の第2版で再反論している(61)。

                 その他のミネラル  フッ素と虫歯との関係を更に複雑にしているのは、水中や食物中のフッ素以外のミネラルの役割である。ディーンと彼の共同研究者は、ゲールスバーグ・クィンスイ(イリノイ州)研究の最初の報告でこれに事実に気づいていた事を明らかにし、次のように述べている。
                 
                 我々の現在の知識に基づくと、ゲールスバーグ市やマンモス市における齲蝕の発生率の低さは、飲料水中の少量のフッ素と関係がありとするのが合理的のように思われるが、水中の他の混合物も別の因子となっている可能性があり、それらは決して看過できないと思われる(62)。
                   
                 飲料水や食物中の混合物の違いの重要性は、ニュージーランドでも観察された。その研究によると、ヘイスチングス市のフッ素化4年後の子供たち(6,7,8歳)は、比較対照都市であるフッ素濃度0.15ppmのネイピヤー市の子供たちより多くの虫歯を保有していた(63)。ネイピヤー市の低い虫歯の発生率は、第一に、その地域の飲料水や食物中に、ヘイスチングスのものと比較してより多く含有されるモリブデン(同様なことがハンガリーでも確認されている(64))やその他のミネラルのせいであると考えられた。しかし,子供たちの年齢が9〜10歳になると、ネイピヤーの防御的な因子は、ヘイスチングスのフッ素化と均衡するように見受けられ、両市の虫歯の発生率の差は、その年齢では消失してしまうのである。

                 その他の微量元素では、バナジウムとストロンチウムの二つが明らかに虫歯を減少させる性質を有している。飲料水中のバナジウムの、それも「0.007〜0.09ppmという微量のもの」が虫歯の発生率の低さと関係しているのである(65)。その低さは、また、その地方のストロンチウム(飲料水のおよそ1ppm(66))とも関連があり、そんな地域では、最適の場合、200ppmまでの濃度のものが同じような量のフッ素と一緒になってエナメル質の内部に蓄積するようである。一方、虫歯の多い者でも、エナメル質中のストロンチウムが200ppm前後あったという報告がある(67)。

                 これらのミネラルの好ましい作用と対照的に,セレニウムの過剰摂取(ある地域では主に食物から)が虫歯を多発させる事がわかってきている(65,68) 。同様に水や食中の過剰な銅は、モリブデンの抗齲蝕作用という利点を打ち消すようである(67,69)。微量元素の働き方は、ディーンによってはじめられたイリノイ州の6都市研究のデータ(表12−3)の中に現れている(70。「飲料水中の濃度の増大につれて減少するDMF」という逆比例の関係は、フッ素についても大雑把に認められるが、ストロンチウムの方がはるかに明瞭なのである(そして,その程度は低いものの,ホウ素でも同様である)。その一方、銅の場合は、濃度が高くなると虫歯も増加する。虫歯の減少の原因を、すべて水中のフッ素に帰せしめる事ができないのは実に明白なのである。
                 飲料水や食中のミネラルの有益な作用は、1942年にテキサス州ヒヤフォードにおいて特に強調されて受け取られ、「歯磨剤の要らない町」として喧伝された(71)。その町の飲料水は2.3〜3.2ppmのフッ素を含有していたが、同時に、カルシウムやマグネシウムその他のミネラルも豊富に含有していたのであった。その地方で採れた小麦には合衆国平均の600%もの燐酸が含まれており、また、カルシウムやマグネシウムその他の栄養素も異様に高いものであった(72)。ヒヤフォードの歯科医師であるG・W・ハード博士の意見では、フッ素の役割は過大評価されているが、その地方で35年間歯科臨床に携わっていた彼は、ヒヤフォードの住民の歯の状況についてはよく知っていたのである。1956年に彼は次のように記している。

                  飲料水中の天然フッ素は多少は虫歯を抑制すると私は信じているが、 また私は同時に、21都市における天然フッ素の調査において、ディーンらは、フッ素以外のミネラルの重要性を過少評価しすぎているのではないかとも考えている。水中のフッ素以外のミネラル、特にカルシウムやマグネシウムなどはフッ素の作用を増強させている事に疑いはなく、また、その障害が、有益性よりはるかに大である事にも間違いがない。フッ素のため歯は脆く欠け易くなり、困難を伴う事なしには治療することができないのである。(72)〔太字原書〕 
                 
                 テキサス西部のヒヤフォード地方の食物の例外的な栄養状態は、マサチュオセッツ技術研究所において実験的に確認された(73)。その地方のトウモロコシとミルクで飼われたハムスターは、ニューイングランドで栽培されたトウモロコシとミルクで飼われたものより、はるかに健康で虫歯も半分しかできなかった。しかし、この研究論文の著者は「テキサスの食餌中のフッ素濃度はあまりにも低く、歯に対する効果は十分ではない」と述べている。
                 このような非フッ素性の要因の重要性は、後にラッセルが強調した。
                「コロラドスプリングスでは、飲料水中のフッ素濃度は2.5ppmと高いが、それにもかかわらずそこの住民は、東南アジアの人達より虫歯の発生率がはるかに高い」(74)。
                 こような所見は、テキサス州ヒヤフォードについても見ることができよう。コロラドスプリングスの飲料水は特に軟性(カルシウムとマグネシウムに乏しい)で、ヒヤフォードのように緩衝性のミネラルを含有していないのである。C・F・デサーレイジは、歯牙フッ素症が多発生しているイリノイ州で、飲料水に関して同じような状況を観察した。「この頁岩(けつがん)はグラウコナイトという緑色の砂を含有しており、そこを貫流する水を軟化させ、当時にフッ素を供給する。重症のフッ素症を発生させるのはこのような軟水である」(76)。

                 フッ素化に付随する問題は無数にあり、それぞれが深刻で厄介である。それでは現在までに知られている歯以外の身体に対するフッ素の影響はどんなものか。

                身体
                 1943年にはアメリカ医師会雑誌は次のような論説を掲げていた。

                 フッ化物は細胞の原形質毒であり、その毒性は、細胞膜の透過性を変化させ特定の酵素を抑制させることによって代謝を変化させる所にあると考えられている(77)。(以下略)  

                 1940年代においては,アメリカ医師会や歯科医師会は,フッ素化については賛否を保留することで一致していた。しかし、1951年になると、なぜかこの両団体は推進へと態度を一変させたのである。(略)1943年から51年までの間に別にフッ素化に有利となる科学的新事実が何ら現れてこなかった以上、我々は、健康問題の専門家としては最高の位置を占めるべきこの両団体のスポークスマンが、なぜ態度を180度転回させ、つい先頃まで危険だとしていたこの計画を推進するようになったのか、その理由を探索しないわけにはゆかない。フッ素化を実施するに当たっては,医学側からは少なくとも次の5点を厳密に質しておかなければならない。

                (1)フッ素化された飲料水は,インド等の「高フッ素地区」で蔓延している深刻な骨疾   患を惹起する惧れはないか?
                (2)水道水中のフッ素以外のミネラルは、人体におけるフッ素の作用をどの様に修飾   させるか?
                (3)量の正確な薬剤の代わりにある濃度のフッ素が水道を通じて投与された場合、   毒性の発揮に違いが生じる惧れはないか?
                (4)人体のフッ素の総摂取量のうち、飲料水以外に由来するフッ素の量はどの位か   ?
                (5)その様な量のフッ素が中毒を起こす惧れはないか?

                 1.骨および関節に対する影響  フッ素症に際しては骨の病変は比較的軽く、そのために不快を訴える患者は少ないと言われてきているが(78,79)、インドの広範にわたる研究によると、飲料水中の天然フッ素濃度が1.5ppmと低い地域においてさえ深刻な関節の病変や傴僂性の神経学的合併症が起こることが明らかになってきた(80)。バートレットの研究を信頼してきたアメリカの保健行政当局は何回も繰り返し次のように言明してきた。「今までに分かっている事は、8ppmまでのフッ素は、人体に如何なる影響も与えないという事だ。」
                 1954年4月23日にアメリカ医師会の理事であるG・F・ラル博士は,私に手紙で次のように言ってきた.

                「10ppmと高いフッ素濃度の水を飲用している者でも、幾つかの歯のエナメル質が斑状歯となる以外には何ら困った作用がない事はよく知られている事実なのであり、1ppmではこの斑状歯すら起こすことがないのです (81)。」
                 

                 1975年というごく最近にも、アメリカ医師会の食物栄養委員会のD・C・フレッチャー氏はこれと同じ見解を繰り返している(82)。
                 これらの意見は、第8章で述べた骨フッ素症に関するごく最近のデータとは著しく食い違っている。たとえこのような進んだ骨フッ素症が1ppmのフッ素で起こることは広範囲には認められないとはいえ、この疾患の初期の兆候である靱帯、関節嚢、筋付着部の石灰化などが起こる事は十分にあり得るのである。いうまでもなく、これらは骨関節炎の特徴であり、この疾患に際してはアパタイトの小さな結晶(フッ素によって促進される事が知られている)ができる事が明らかなのである(83)。老人では背骨の関節炎はきわめて普通に見られ、これは習慣的に「加齢」によるものとされている。しかし、加齢につれフッ素が骨に蓄積するものである以上、「老人」病がフッ素の摂取に関係してくる可能性は無視できない。1例をあげれば、かつてピネー夫妻は、北アフリカにおける骨フッ素症のX線像についてその詳細を報告したが、それは現在至る所で見られる脊髄の関節炎とあらゆる点で同じなのである(15)。

                 骨や関節が人工的フッ素化水を長期間使用することにより障害されるという惧れがある一方、相当数の論文が、飲料水より遙かに大量のフッ素を骨粗鬆症の治療に用いた場合の明らかな利益を主張している(84,85)。ある研究は「フッ素を適量のカルシウム、ビタミンDと一緒に用いた場合の有効性を示唆している(86)」が、そのフッ素の量については大いに疑問があり、将来の骨の軟化(骨軟化症)を来す可能性がある。
                 いわゆる“適量”のカルシウムと同時に投与してさえ、フッ素の投与(25mg/日,5カ月間)は、老人にあっては、コントロールより2倍も多い自然骨折を誘発している(87)。さらに、靱帯や関節や動脈などへの好ましくないフッ素沈着は、関節炎や血管の石灰化などを惹起するに違いない。

                  2.その他のミネラルについて  フッ素の全身的健康に対する作用を決定づけるもう一つの重要な因子に、水中のフッ素以外のミネラルがある。1940年に行われた高硬度の“天然フッ素”水、即ちフッ素とともにカルシウムやマグネシウムの豊富な水を飲用している75都市に関する調査では、この2つのミネラルがフッ素の毒性を防ぐ作用がある事を指摘している(88)。サハラ砂漠の東部のある地域では、1.5〜4.0ppmで地方性フッ素症が流行していたが、骨フッ素症の現れ方にはフッ素以外のミネラルが非常に影響していたのであった。即ち、この地方の飲料水のカルシウムの濃度は高かったもののマグネシウムは比較的低く、Ca/Mg比は高い値を示した。また、硫黄は高くアルカリ化合物は低かった。これと対称的に、逆の特徴を有する水をもつ地方では骨硬化症は極めて稀であった。サハラでは、“骨硬化症”の流行地域においては、高レベルのカルシウムと硫黄が何よりも重要だという印象を受けた(15)。 
                  
                  3.濃度 と 量  フッ素化とは、1ppmの濃度を保つように水道水にフッ素を添加することである。しかし、フッ素の消費量をコントロールする事など絶対に出来ない。フッ素化を開始した時の仮定では「気候の温暖な地域に住む健康な成人は、飲料水から凡そ1日あたり1.0〜1.5mgのフッ素を摂取する(子供ではほぼその半分)」としていた(89)。しかし、すべての環境の下で、誰がどの位の水を消費するかを正確に予測する事などとても不可能であり、同一人物でさえ何時も同じ量の水を消費するとは絶対に限らないのだ。(略)

                  成人より毒物に対する耐性が低い嬰児や幼児にとっては、事情はより深刻だ。体重5kgのミルク保育の嬰児は、1ppmのフッ素化水を1日あたり800cc消費(毎回200cc、1日4回として)するとすれば、そこから来るフッ素は0.8mgである(92)。これは体重70kgの成人が11.2mg摂取するのに等しく、障害を起こすに十分である。一方、子供が成長してフッ素が永久歯に利益をもたらすようになったとしても、このような子供たちは牛乳や果物ジュースその他の飲み物を毎日飲むものであり、この量は1日あたり500cc(フッ素0.5mg)程になる。
                 頑固な口渇を特徴とする腎性の尿崩症をもつ者は、特にフッ素にやられ易い。それぞれ別の人工的フッ素化地区に住んでいた10歳と11歳の子供が、斑状歯を伴う骨フッ素症に罹患した(93)。一人の乳側切歯には285ppm、もう一人の臼歯には591ppmのフッ素が含有されており、これは通常のものと比較すると6倍に近い値であった。この論文の著者は、この2例に対して、異常に水を欲しがる尿崩症の他に、これもまた口渇と多尿を惹起する次の病名を与えている.高カルシウム低カリウム血症性腎症を含む腎髄質性疾患、心因性の摂水症、解剖学的に認められる血管障害、利尿を起こす疾患などである。彼らは次のように述べている。
                 
                 これらの疾患における飲料水の摂取は極めて過度であり、そのため、たとえその地域の飲料水中のフッ素濃度が許容範囲であっても、フッ素中毒へと進展する。従って、このような子供の飲料水は、フッ素のない水源のものでなければならないのである(93). 
                 
                   4.食物中のフッ素の影響  水道水フッ素化の基盤となったもう一つの基本的な仮定に「人体に入ってくる飲料水からのフッ素はごく僅かである」という考えがあるが、これは最新の研究の光の下で再検討してみなければならないものだ。早くも1925年に有名な栄養学者E・V・マッカラムは、ラットの歯や顎骨に対するフッ素の作用に関する実験研究の中で「食物中のフッ素の重要性」を認識して結論の後で次のように述べている。

                 我々は現在の研究で、(略)フッ素が含有されていると判る程度の食物のサンプルでもそれが大量に摂取されれば害があるという証拠をつかんだ(94)。 
                  の
                 1949年にマックルーアは、人間が飲料水以外の食物から摂取する平均フッ素量は0.3〜0.5・であると推定した。彼はある限られた数の食物の分析を通じてこの値を得たのでだが、彼が用いた方法は今日では時代遅れとしかいえない(96)。(略)事態は悪くなる一方なのだ。というのも第3章で示したように、その後の研究で、食物中のフッ素は以前の推定値より少なくとも2〜3倍は多いことが明らかだからなので、こうなった原因には、水道がフッ素化されその水で多くの食品が調理や加工されるという事ばかりではなく、汚染された空気や土壌に由来するフッ素そのものが多くなってきていることがある。
                 H・スペンサーらは、生後4週までの嬰児でも、食物から摂取するフッ素は体重キログラムあたり0.07mgに達し、生後6月になると0.16mg・にも上昇すると述べている(97)。こうなると食物だけからでも、虫歯予防のために嬰児が奨励されている1日あたりのフッ素摂取量0.5mgを超過することになる。1977年に彼らは初期の分析をさらに発展させて、フッ素化地域における成人男性の〔食物由来の〕フッ素摂取量の平均は1.8mg/日であり、さらに2.1mgが飲料水からこれに加わると報告している(98)。

                  5.飲料水以外のフッ素による中毒症  飲料水に加えて普通の物を食べたり飲んだりすることで、この物質は慢性中毒の原因となるのだろうか。フッ素化が提唱された当初はこの問題はあまり関心をひかなかった。しかし、1968年に、スペインのバルセロナの29人のアルコール中毒者が、異常な骨の脆さと関節の破壊を伴う重症の骨フッ素症に罹患している事が報告された。この患者は、醗酵を押さえるため不法にフッ素が添加されたワインから、毎日8〜10mgのフッ素を摂取していたのであった(99)。
                 イギリスで十分確められた症例に、患者が紅茶を飲む習慣を止めたところ、関節炎が非常によくなったというのがある(100)。私もこれとよく似た症例に遭遇した。その患者F・O夫人(55歳)はミシガン州(0.4ppm)ポニアック市の人で、慢性フッ素症を思わせる背骨の関節炎や胃炎、回腸炎、尿路疾患、頭痛、手足の感覚異常、口腔潰瘍などの症状を有していた。彼女は1日15〜20杯もの紅茶(8〜10mgのフッ素に匹敵)を25年間も飲み続けていた。24時間蓄積尿によるフッ素の排出は1.7〜6.3mgにも及んだ(6回測定)(101)。
                 イギリスのハンプシャイヤーで、 極端な紅茶の愛飲家(男性)が典型的な骨病変を伴うより重症のフッ素症に罹患した事が報告されているが、この男性はそれまでの生涯を通じてフッ素とは無縁の水を飲用してきたのであった(102) 。
                 フッ素の被曝という面から見るなら、今では汚染された空気が隠れたもう1つのフッ素源である。あらゆる産業におけるこの物質の使用は、それほど拡大してきているのである。第10章で示したようにフッ素を排出する工場の近所に住んでいる人たちは、労働者と同じように、主に汚染された空気と食物からフッ素症に罹患することがある。

                 フッ素を含む薬剤が世界中に普及するにつれ,今日ではフッ素の生体に対する負荷はますます増大し、特に慢性疾患で苦しんでいる人たちには問題となってきた。私はトランキライザーやステロイドを習慣的に用いている何人もの患者が、薬剤中のフッ素によって中毒症状を起こした記録を有している。ある患者は16%もハロゲンが入っているトランキライザーを1日3回3カ月間服用したが、そこから体内に摂取されるフッ素は1日あたり2.4mgである。彼の1日あたりの尿中の自由フッ素イオンは1.86〜2.76mgにも達し、これは彼の尿中に、摂取した総フッ素量のそれぞれ76%,90%が存在するという事を意味した(103)。従って、この場合、フッ素は薬剤から分離して障害を起こしたと結論しなければならなくなるが、この推測は、他の有機フッ素を含有する薬物、特に麻酔薬として用いられるメトキシフルランに関する最近の研究で支持されている。テーベスは麻酔後に腎不全を起こした患者の血中には、自由イオンとなったフッ素が過剰に現れる事を証明した(104)。このような場合、フッ素中毒の特徴である多尿が急速に起こり、時には外科手術後の患者がまだ回復室にいる間にすら起こってくることがあり、血液尿素窒素(訳者注:血液中に尿素の形で存在する窒素)は上昇し、クレアチニンや塩の分泌などは減少する(105)。実験的研究でも「メトキシフルラン投与後に起こる急性の多尿を伴う腎疾患の原因は、有機フッ素にある」こと分かっている(106)。

                この章の結論 
                 巨大なる矛盾は,歯科医師や医師が,深刻な疾患となりつつある「虫歯」と闘うという極めて真摯な欲求から発生してきた。彼らは昔から食物や水や空気の中のフッ素の危険性については知っていたのだが、後でこの本で述べるように「歯科的な利益こそ何にも代え難い」という楽天的な信条のために、急性や慢性のフッ素中毒などは潜在的な障害にすぎぬとして脇へ押しやられてしまったのである.
                 ともかく彼らは,効果的かつ普遍的な、「障害を全く伴わぬフッ素濃度とフッ素量は発見しうる」と考えた。しかし、それが障害を起こすという科学的事実は一向に変わりがない。言うまでもなくフッ素化が開始されて以来、人体へのフッ素の摂取量は増大する一方であり、その勢いはとどまる所を知らない状態である。(略)今日では多くの科学者が「フッ素は遺伝子障害や奇形や、ガンの原因になる」と疑っているのである。


                フッ素化・この巨大なる矛盾 第13章

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                          第13章   フッ素による遺伝子障害、奇形とガン  

                   環境因子は遺伝子の欠損や奇形発生のうえで大きな役割を演じるが、特定の原因を決めることは困難な事が多い。その理由は第1に、関与する因子が非常に多く、第2に、一般的にその作用の発現が遅く、そのため人間と実験動物との間で、しばしば大きな違いが見られる事である(1)。それにもかかわらず、動物実験と大規模な人間での統計研究の結果から、タバコの煙、コールタールの誘導体、ニトロサミン、ステロイドホルモン等と、悪性疾患や奇形発生との間の関連性は明らかになった。

                   発ガン物質と遺伝子を障害する物質は同じような働きをする。
                  例えば、エイメスの細菌培養試験(2)で遺伝子障害性があると認められた有機化合物の90%は、哺乳類に対して発ガン性を示す(3)。逆説的であるが、遺伝子障害性の強弱は、必ずしも発ガン性とは平行しない。弱い遺伝子障害物質が強い発ガン性を有することもあり得るのである(3)。
                   ある種の無機化合物についても、これまでに、発ガン性が積極的に調べられてきたが(4)、エイメス自身が述べているように「フッ素の遺伝子障害性を適切に調査する」(5) ためには、これまでのやり方は修正の必要がある。従って「エイメス試験によれば、フッ素は遺伝子障害物質ではない」という一部の主張(6)は、この試験が適切なものに変更されるまでは懐疑的に考えておかなければならない。

                  染色体障害
                   早くも1958年に、高名な遺伝学者であったH・J・ミュラーは「フッ素を含む環境中の多くの物質が、細胞の中に入って遺伝子を傷つけることで最初の障害を作り出す」ことを指摘した(7)。
                   これ以後の多数の研究がこの言葉の正さを証明している。フッ化水素は、組織障害を起こすとは思われぬくらいの低濃度であっても、トマト(8) やトウモロコシ(9)の分裂中の遺伝子に著しい変化を惹起させた。
                   またフッ化ナトリウムは、トレニモン(Trenimon) (10)のような物質の突然変異誘導性を阻害したものの、X線照射されたドロソフィラ(果実バエ)の致命的な退行性突然変異の出現にあたっては、その変化を増大させた(11)。その他にもフッ化水素は、ドロソフィラに対して致命的ないしはそれに近い遺伝子障害を増加させている(12,13)。
                   また別の実験では、5カ月間毎日6時間ごく少量の空中の氷晶石(3mg/m3)と,氷晶石(0.5mg/m3)とフッ化水素(.0.35mg/m3)の混合物に曝露されたシロネズミは、骨髄の遺伝子の障害が著しく増加した事が示されている(14)。

                   ウシ、雌のヒツジ、ネズミの未熟卵細胞の遺伝子に関する別々の研究によると、フッ素化ナトリウムには「減数分裂における強い突然変異誘導性」があり、その性質は0.01mg/ml(4.5ppmF− )という低濃度でも変わらなかった(15)。
                   別の研究によると、環境性フッ素症の子ウシの白血球には、フッ素の曝露を受けなかったものとほぼ同数の染色体ギャップやブレークが見られたが、フッ素に曝露された子ウシでは、それらが2倍以上も多く見られたという。
                   この論文の著者はこれを著しい相違とは見なさなかったが、「子ウシのリンパ球は、このような〔異常の血球の正常なものとの〕選別には極めて敏感なことがわかっているので、染色体異常を起こしてたリンパ球は排除されたのかもしれない.」(16)と考えた。

                   水道フッ素化と特に関連する研究に、ミズ−リ州カンサス市立大学のA・H・モハメッドとM・E・チャンドラーのネズミの細胞の生体実験がある(17)。この2人はオスの成熟ラットに0〜200ppmのフッ化ナトリウムを飲料水に混ぜて3〜6週間投与し、骨髄と精母細胞に、量−時間に依存して高度に有意に増加する染色体の変化を発見した。動物の食餌は低フッ素(0.236ppm)に維持され、それぞれ2つの実験期間中、別々の比較対照グループには脱イオン化した無フッ素水が与えられた。

                   その結果は、染色体障害の頻度はコントロールより1〜5ppmのフッ化ナトリウムを添加した方が1.3倍から2倍も高く、最も高い濃度のフッ化ナトリウムを摂取したものは2〜3倍も大きかった。この差を統計的に解析したところ、殆どのものが少なくとも危険率0.05で有意であることを示している。
                   モハメッドとチャンドラーは、その他にも「灰にした動物の体内のフッ素量と染色体障害の頻度との間の高度の相関性」* を発見した。骨髄細胞は「中心のない断片状のものや、環状、転座、二動原体のもの、アナフェーズ期やテロフェーズ期の断片を伴うブリッジや伴わないブリッジなど」の変化を示していた。  
                   精母細胞では「染色体異常は主にブリッジであり、断片を伴うブリッジか、断片だけのもの」であった。
                  ─────────── 
                  ネズミによる水の消費量は,フッ化ナトリウム1ppmと5ppmのものの方がコントロールよりわずかに多かったが,これはサル(18)でも人間でも観察されている. 
                  ────────────

                   これらの結果や他の事実から、彼らは「染色体異常の頻度の増加は、第一にフッ素の酵素に対する作用によるもの」と結論し、それが「細胞分裂や減数分裂をしている染色体を切断し、断片を作るのであろう」と述べ、 更に「フッ素は直接DNAに作用してこれを切断し、分裂時期の染色体の構造を変化させる可能性がある」(17)と述べている。(参照:脚注13−1) 



                  訳者による脚注13−1:このあたりの一連の記述は細胞の核の内部にある染色体がフッ素によって切断変形させられる様子を述べたもので,専門知識なしには理解が難しい。これを解説する事は相当な字数を必要とするためここでは割愛する。くわしく知りたい方は遺伝学の成書を見るか下記の2著を参照されたい。
                  *フッ化ナトリウム(NaF)の変異原性について:岸 邦和,外村 晶・フッ素研究N0.5.1984. 
                  ** Fluoride The Aging Factor ( Chapter 8 ) ,3rd. ed. :John Yiamouyiannis , Health Action Press , 1993.



                   フッ素が哺乳動物の染色体を障害するというこれらの知見は,反証する如何なるデータも発表されていないのに、陰口がたたかれている。全米研究協議会(National Research Council)の報告書の中のこうした事実に対する言明は(19)、あまりにも思惑にみちたものであり、根拠のない虚偽であることをモハメッドは明らかにした(20)。

                   フッ素による染色体障害がネズミで見られない事については、国立衛生研究所(NIH)の科学者が批判してきた(6)。その批判の根拠となる研究の詳細は、1977年の12月までに議会の研究委員会に対して公表が約束されていたのであるが(21)、1978年3月の今日に至るもまだ入手不可能である。それにもかかわらず、この批判文(6)は、モハメッドとチャンドラーによって発見された染色体障害の最も重要なものを無視しているのである。その中の「フッ素の有害性は何1つ発見できなかった」という言葉は驚くべきことである。というのも、モハメッドは、彼の実験結果を、〔偏見が入らぬように〕暗号で目隠しした標本によって再確認しているからなのである。そのうえ、国立衛生研究所のネズミの細胞遺伝学者であるビバリー・ホワイト博士が彼の標本を調べ、「〔モハメッド博士が〕染色体がダンゴ状になっている分裂期と呼んだものが、実際に正常な分裂期の染色体ではない(20)」ことを確認してさえいるからなのでる.

                  奇形
                   フッ素が分裂中の染色体に異変をもたらす以上、生物の仔に奇形が発生しても当然である。人間もその例外ではない。そのような先天的奇形の1つに「蒙古症」もしくは「ダウン症」がある。

                   これはGグループ染色体のうちの1つの3倍体に起因し、これをテーマとしてウイスコンシン州マディソンのウイスコンシン大学精神病学研究所のフランス出身の内分泌学者、故ライオネル・ラパポート博士が一連の目ざましい研究を行った。彼は最初はフッ素には全く興味を抱いていなかったのであるが、研究を通じて深くこの問題に関与するようになった。

                   彼にダウン症の病因論を研究するきっかけを与えたのは、20歳以上のダウン症の患者に白内障が多く見られる−約70%(95例中67例)−という衝撃的な事実であった(22)。彼の関心は、ウイスコンシン州内のあるコロニーに収容されているダウン症患者のうち、40%近くの者がグリーンベイ市生まれの者だったという事実を知って一段と強くなった。
                   テンカン患者について見ると、彼がいた研究所にはその市からはわずか17.5%の患者しか来ていなかったのである。やがて彼は、グリーンベイ市における65歳以上の老人性白内障による失明の発生率が、同じウイスコンシン州内の主な都市より44%も高い(18.6% 対 12.9%)ということも発見するに至る(22)。

                   こうした一致をどう説明したものか考えあぐねているうちに、彼は「何か環境因子が関与しているのではないのか」ということに思い当った。1853年のChatinでの甲状腺腫やクレチン病や奇形などの発生が飲料水と関連し、その元凶として、ヨウ素の欠乏が確立されていった事実を思い起こしたのである。

                   彼はまた多数のダウン症児が斑状歯を有しており、外観上では虫歯が少ないという事実も観察していた。この事は以前から知られており、当時十分に確かめられていたのである(23)。これらの事が彼の注意をグリーンベイ市の水道のフッ素濃度へと向けさせた。そんないきさつから、それが1.2〜2.8ppmと、ウイスコンシン州の他の殆どの地域より高いことが判明したのである。

                   彼はこの手がかりを更に追求し、1956年7月1日現在で病院にいるすべてのダウン症児の出生地をウイスコンシン、南、北ダコタ、イリノイの4州別に確定し、既刊の上水道のフッ素濃度に従って区分した。都市部の687例の表を作成する際に、彼はダウン症児の出生率が、フッ素濃度が1ppm以上の地域では、以下の地域より2倍も高いという統計的な有意差を発見したのであった*。1956年11月、彼はこの発見を論文にしてパリのフランス医学会に提出した(25)。
                  ────────────────
                  しばしば言及されながら公表されていないラパポート批判の中に、表の中でイリノイ州として一括された358例中の125例に関する〔患児を妊娠していた時の〕母親の居住地と飲水歴を解析した一文があるが、そのなかで公衆衛生局のA・L・ラッセルは、 「高フッ素都市(1.0 〜1.9 ppm)と低フッ素都市(0〜0.3ppm) とのダウン症の発生率の差は1.37対1まで減少する」と主張している(24)。これと類似の結論には今なお真実性がある。それこそは、「ダウン症の発生率は水道水中のフッ素濃度に従って増加する」という事に他ならない.  
                  ────────────────
                   これらの発見にはどの程度の信頼性があるのだろうか。バン・バレンの式を適用すると、4州の相関関係の全体が偶然である可能性は、 統計上12万5千回に1回以下にすぎない(27)。ダウン症の発生率と出生地の飲料水のフッ素濃度との間の同様な平行性は、合衆国の他の地域にある研究所の46人の管理者から提出されたデータによって次第に確証されていったのであった(28)。

                   ラパポートはまた、ウイスコンシン州におけるダウン症児の母親の年齢とフッ素濃度との相関性を求めた。低フッ素地域(0.1〜0.5ppm)における平均出産年齢は34.26歳だったが、1.0ppmの地域では33.17歳、高フッ素地域(1.2〜2.8ppm)では29.81歳だった(25,29)。これを別の言葉でいえば、高フッ素地域では低フッ素地域より、より多くの母親がより若い年齢でダウン症児を生んでいるということである。これと同じ傾向は、1976年に合衆国疾病管理センター(CDC)が行った調査報告書でも見ることができよう(30)。

                   フッ素化地域での若い母親のダウン症児の出生率が如何に高いかは、表13−2に示されているとおりである。 そしてここにこそ、増大しつつある環境中の遺伝子障害物質に長期間曝露されるとどうなるかが正確に示されているのである。

                   

                  表13−2 ジョージア州アトランタ首都地区におけるダウン症児発生率と出産時の母親の年齢

                  1960〜1973年

                  _________________________________________

                      フッ素化地域10万人あたりの発生率 ・ 非フッ素化地域10万人あたりの発生率

                      (出産数 160,186人)         (出産数 101,639人)

                   

                  19歳以下   76.6(19人)             38.2(7人)

                   

                  20〜24歳  69.2(41人)             39.9(15人)

                   

                  25〜29歳  68.2(34人)             40.9(11人)

                   

                  30〜34歳  112.7(25人)            109.8 (13人)

                   

                  35歳以上  477.2(47人)            554.3(38人)

                   

                  合計      99.9(166人)            84.6(86人)

                  __________________________________________________________________

                   

                  ラパポートの最初の論文が発表されたすぐ後に、イギリス保健省のW・T・C・ベリーは、イングランド北中央部の「高フッ素」(0.7〜2.0ppm)と「低フッ素」(<0.2ppm)に区分けした都市で10年間に出生したダウン症児199例に関する研究を発表した(31)。この調査は、これに続いて行われ王立医師協会(ロンドン)の報告書(32)に引用されておりながらこれまでに公表されていない2つの研究と同様に、「2都市の間の発生率には殆ど差がない」とした点でラパポートの発見とは明らかに矛盾している。しかし、これらの研究には母親の出産年齢のデータが付いていない。これらのデータなしでは、数が少い都市の間に見られる主要な相違点などは、簡単に発生率全体の所見に埋没してしまうので、これらが真の代表例であるとは決して言えないのである。この可能性は、ベリーによって彼の論文に包括されたエセックス地方の5年間のパイロット研究で、「高フッ素地域における蒙古症の発生率が低フッ素地域より実際に38%も多かった」という事が判ってみると現実のものとなってこよう。

                   ラパポートはまた、彼とベリーとの間に見られる矛盾の原因は「フッ素摂取の増大をもたらすイギリスの10倍もの紅茶の習慣にあり、これが“高フッ素”と“低フッ素”両都市の間に見られるフッ素摂取量のわずかな差を目立たないものにしてしまっている」と述べている(33)。イギリスにおける紅茶の習慣は無脳症(脳がないこと)といわれるもう1つの奇形や、軟水(低カルシウム)地域での死産の発生率の増加にも関連してくるのである(34)。

                   ラパポートは第2報ではラッセルの助言に従った。ラッセルの最初の研究に対する批判は、公表されてはいないまま広く引用されている(35)。この新しい研究では、1950年から1956年までに生まれた公的記録があり、かつその母親がイリノイ州内の人口1万人から10万人の都市に居住していた事のあるダウン症児がすべて包含されていた。このデータは1959年(33)に報告され、その後、敷衍した形(36,37) のものとなったが、いずれにおいても、明らかに母親が飲用した水のフッ素濃度とダウン症の頻度とが高度に関連していることが示されている(表13−3)

                   1961年にラパポートは、フッ素とダウン症の関連性を支持するもう1つの実験的事実を追加した。その前年にダウン症におけるトリプトファンの異常な特徴が伝えられていたのである(38)。
                   ラパポートは、その前から知られていた「フッ素入りの餌で飼育された果実バエに黒色腫ができる」という実験を導入し、その疾患はダウン症と同様に、トリプトファン代謝の遺伝的な異変に関連がある新な証拠を得た(39)。別の研究者も「このようなフッ素によって起こる果実バエの黒色腫は、ダウン症と同様にトリプトファン代謝の異常による」という事実を確証していたのである。

                   ラパポートはさらに、水中のその他のミネラルは、カルシウムを除き、彼の研究結果には何ら関係がないということも示した。ダウン症の発生率は水中のカルシウム濃度が上昇するにつれ僅かながら減少を見せたので、統計的には有意でなかったにせよ、よく知られたカルシウムのフッ素に対する解毒作用という事実と整合したのである(37)。
                   さらに彼は、ウイスコンシン州の高フッ素都市における死産の著しく高い比率の原因を、胎児の生命と相いれないフッ素による染色体の異常ないしは形成異常に求めた(37)。

                   とにかく彼のイリノイの第2研究は、飲料水由来のフッ素がダウン症の発生に関連があるという確率が、少なくとも1千回に1回の割合で真実であり、これが決して統計的な幻想などではないことを立証したのである。これはカイ二乗検定(X 2 )では最高の数値である。さらに第1第2の両研究の結果が偶然であるという可能性は(バン・バレンの公式(26)で計算すれば)6250万回に1回である。いままでに行われたダウン症に関する研究で、こんなに高い統計的信頼性を示したものは見たことがない。 

                   このように統計的には極めて印象的な有意性があるにもかかわらず、ラパポートはこのような事後的な研究の欠点は自覚していた。一例をあげれば、彼は率直に「〔ダウン症児の〕出生数で記録されているものは、恐らく実際の41%程に過ぎない。これは何回も繰り返し確かめた。」と述べている(37)。
                   しかし、研究に際しては、彼は死亡証明書と研究所の記録の両方に実際に当たって調べたのであり、フッ素化非フッ素化両都市における確度は同じ程度であったことが期待できるのである。実際に彼のイリノイにおける〔ダウン症の〕発生率の数値は、同じ方法で得られたニューヨーク州やミズーリ州のものと同じ範囲内に収まっているのである(44)。

                   ラパポートのこの発見は、1974年に発表されたマサチュオセッツ州におけるダウン症の研究によって検証を受けることになった。この研究は、1955年〜1966年にかけての同州内における生児出生数183万3452例のうち,州内に居住していた母親から生まれたダウン症児2469例の地図上の分布を網羅していた。このうち321例が非フッ素地域(0.3ppm以下)に住んでいた母親から生まれ、30例がフッ素地域の母親から生まれた。フッ素地域では研究対象とした17年間に9都市がフッ素化を中止した。非フッ素化都市群における生児出生数1,000あたりのダウン症例は1.34であり、フッ素化を実施していたフッ素化都市群では1.53であった(45)。
                   フッ素化都市におけるダウン症例の高い比率(14%)は、これらの都市における出産年齢のわずかな上昇−非フッ素化都市の33.2歳に対して34.0歳−と「研究期間中におけるダウン症のわずかな上昇傾向(全期間中1年につき約1%)」にその原因が求められたが、この主張を支持する生のデータは何もなく、実際にフッ素化都市と同等もしくはそれを凌駕する発生率(最高=1964年の1.51)を示した年は1つもなかったのである(46)。さらに、フッ素化水に曝露された人口は極端に少なく、全出産例のわずか4.42%(81,017例)とダウン症2,469例中わずか124例だけであり、1千例あたり1.53と1.34では統計に何の有意差もないのである(X 2 =3.99; P<0.55)! 「フッ素化とダウン症その他の先天的奇形とは無関係である」と主張する別の論文(訳者による脚注:13−3)においても、ジョージア州アトランタ首都地区のフッ素化された郡部におけるダウン症の総出生数は非フッ素化地区よりも高く、それはマサチュオセッツ州におけると同様なのであった(表13−2を参照)(30)。ラパポートもウイスコンシン州において、フッ素化されてからの5〜10年間に蒙古症の発生率がわずかに上昇した事を観察している(25,29)。アトランタ研究でも国立情報監察局(National Intelligence Surveillance) の調査(30)でも、 若い母親からダウン症児が生まれてくる比率は同様であって、いずれもラパポートの発見と一致しているのであるが、これらの論文の著者らはいずれもこの事実に気がついていないのである。

                   最後にもう一つ。以前、公衆衛生局が行った調査から入手したミシガン州低地区におけるダウン症2千例以上のデータを解析した最近の研究によっても、その地方に居住している母親からのダウン症児の出産状況は、マサチュオセッツやアトランタ研究の場合と同様なパターンを作り、その結果もほぼ同様な事が明らかになった。
                   この研究においては、2千5百人以上の人口を有する都市(1959年の国勢調査)は全て対象とされ、飲料水のフッ素濃度(天然であれ人工的なものであれ)に従って区分けされた。その結果ではダウン症の発生率全体がフッ素濃度に従って高くなっているばかりか、若い母親から生まれてくる蒙古症の割合もフッ素化都市の方が多いのである(47)。この論文の著者は、ダウン症にふつう認められる臨床的生化学的特徴がフッ素の慢性中毒のものとよく似ている事を強調している(48)。フッ素がひき起こす先天的奇形の典型的な例(ラット)を図13−2に示した(写真省略)。(参照:脚注13−2)

                   さて、以上述べてきた事を要約すると、5大都市だけにおける不完全な確認に基づいた国立情報監察局の調査(30)を除けば、現在までの合衆国の大規模な研究では、いずれも飲料水のフッ素濃度の上昇に伴ってその地域のダウン症の発生率が高くなる事が示されている。たとえその実際の増加が、内輪に見積もってフッ素化地域におけるダウン症出生数の10%であるとしても、合衆国全体で人工的フッ素化水を使用している人口が1億人近くもいることを考えれば、毎年150例ものダウン症が余計に発生することになる*
                   このように増大しつつある危険性を前にして、フッ素の歯科的利益などとても考えられたものではないのである。ダウン症児の両親にとっては歯科的利益など考えただけでも不愉快であるに違いない。 
                  ────────────
                  出生率全体を1000人に対して15とし、ダウン症が発生する割合を、生児産数の1/1000と推定して算出した。 
                  ────────────

                  訳者による脚注13−2:フッ素がダウン症の有力な原因であるというラパポートの論文は、フッ素推進者の不必要なまでの激しい反発を引き起こした。フッ素の歯科応用を批判する意図など毛頭なかったラパポートにとって、これは実に心外だったに相違ない。わが国における代表的なフッ素批判者である高橋晄正博士は、この間の事情を次のように説明している。博士の著書は非売品で今日では入手が困難なので、 少し長くなるが以下引用させて頂く。
                    
                  〔ラパポートの第1論文のあと〕イギリスの上級口腔外科医であるCH.カリー博士は、ダウン症の子どもの歯面で25〜50% とという高頻度の斑状歯が認められることを明らかにしてラパポートの発見を支持する発表をした。だが、これらの研究は、フッ素推進派にとって重大な障害になった。
                   ラパポートの論文が(略)発表されたあとに、イギリスの保健公務員でありイギリスのフッ素推進派の指導者であるW.T.C.ベリー博士は、イギリスのダウン症の調査をおこない、水中のフッ素濃度の大小との関係を検討し、両者の間に関係は見られないと結論した。
                   しかし、紅茶を大量に飲用する習慣のあるイギリスでは、飲料水に由来するよりも紅茶由来のフッ素量が断然多いので、このような比較をすることはナンセンスである。ベリー博士は、紅茶をわずかしか又は全く飲用しない母親を対照群とすべきであったが、実際にはその逆で、彼の64例中の13例は、水中フッ素濃度が高くも低くもない地域からのもので、分類不能のものであった。こうした実験計画上の誤りは、科学的に批判されていたにもかかわらず、彼の論文は広範囲にわたって流布され、ラパポートの研究を打ち消すのに利用されてきた。

                   一方、ラパポートの(略)第1報(1956年)のときのデータ整理は、一般の人口統計の常識に従って子どもたちの出生届の出た地域別におこなわれていた。これはいうまでもなくこの研究の主題にとって不適当なことであり、水道水フッ素化の基礎づくりをしたアメリカ歯科医学研究所の幹部の一人であるラッセルの批判するところとなった。

                   ラパポートは、彼の研究に対する批判を受け容れ、母親の妊娠中の居住地で整理して再調査をおこなったものである。(略)しかしながらラパポートの結論は変わることがなかった。この研究は1959年に発表された。
                   それに対して、ストウァル博士を委員長とし、ダウン症とフッ素との関係について何らの研究経験をも持たない科学者から成る“ラパポート委員会”がつくられたが、1960年5月10日にストウァル博士はウイスコンシン大学医学部長J.Z.ハワーズなどの人びとにたいして、「委員会は,批判をおこない,再検討または訂正を示唆しているラッセル博士らの対応を信頼する」という報告をしているのである。
                   またラッセル博士は、ウォルドボットへの私信(1965) において、「(略)ラパポートによるこれらのデータは、私たちの研究所およびウイスコンシン大学で検討したところ(略)、 誤りだらけであって価値のないもであること、および彼の結論は事実によって支持することができないことに見解が一致した」と書いてきている。ウォルドボットは、彼のどこに著明な誤りがあるか指摘してほしいと手紙を出したが、 明確な返事は得られなかったという。
                   
                   ラパポートの原著はフランス語で書かれているが,高橋博士の斡旋でその概略が和訳されており、彼の著書*1に収められている。博士の卓抜な評論とともに、この問題に関しては必須の文献である。
                   また、この問題に関しては、本書の共著者であるカンザス大学化学科バーグスターラー教授の精緻をきわめた論考*2も見逃すことができない。幸い、同教授の意見はその骨格が殆ど本書の中に取り入れられているため引用を省略するが、この問題をもう少し学術的に掘り下げて考えたい人は、是非直接原著にあたって頂きたい。彼は論考の結論を次のように締め括っている。

                   「擱筆にあたり、この問題への理解を深めるため、次のことは明確に述べておかねばならない。この〔ダウン症に関する〕議論は、まず最初にフッ素をめぐって起こってきたが、ダウン症の病因論に関して考察されるべき因子は他にもあるという事である。もとよりフッ素は、人間環境の中にある多数の突然変異誘導物質の1つにすぎない。」(原著,英文.村上 徹訳)

                   札幌医科大学小児科学教授トオル・ナカオら*3によれば,日本(北海道,43施設しらべ)でもダウン症児が発生する両親の年齢は年毎に低下する一方である(参照: 下図・原著英文.村上 徹翻訳)。
                   フッ素がこの元凶の1つである可能性が理論的にわずかでもあるとすれば、これを研究するのが科学者としての人類への貢献である。いかにフッ素による虫歯の予防を推進するためとはいえ、これを政治的に封殺しようとするのは政策の名にも値しない。これに類するスキャンダルは本稿の後半において次々と明らかになるであろう。なぜ科学の世界でこんな事が行われるのかも今では究明されている。 
                             

                  ダウン症児の両親の平均年齢の年次推移
                  年代 父親の平均年齢 母親の平均年齢
                  1944-1948
                  1949-1953
                  1954-1958
                  1959-1963
                  1964-1968
                  1069-1972
                  28
                  86
                  80
                  65
                  75
                  33
                  40.21
                  39.87
                  36.33
                  35.61
                  32.68
                  31.33
                  28
                  91
                  81
                  66
                  83
                  39
                  39.07
                  35.08
                  32.84
                  31.04
                  30.12
                  26.94


                  引用文献
                  *1 高橋晄正: むし歯の予防とフッ素の安全性・薬を監視する国民運動の会・1982
                  *2 A.W.Burgstahler : Fluoride and Down's Syndrome(Mongolism) ・FLUORIDE・
                     Vol.8, No.1,1-11. ・1975

                  *3 Tooru Nakao, et al: Maternal Age and Down's Syndrome・CLINICAL PEDIATRICS・    March ・1975



                  訳者による脚注13−3:この論文は、1976年にアメリカ歯科医師会雑誌(93:981-984)に発表されたErickson,J.Dらの「Water Fluoridation and Congenital Malformation : No Association」をさしているが、露骨な表題からもある程度推測されるように、フッ素問題に係争関係を有するアメリカ公衆衛生局によって意図的に公表されたディスインフォメーションの疑いが濃い。
                   即ち、アメリカ政府としては、軍需産業に後押しされて進めて来たフッ素化がダウン症の原因だなどということになると、これに手を貸してきた歴代のエリート官僚の責任問題や住民からの訴訟などで手に負えない混乱が起こるので、巧妙な攪乱戦術を用いて、問題の所在をアイマイにしてしまったのである。この論文には巧妙に隠された統計学的なごまかしがあったが、この問題を長く考え続けてきた高橋晄正博士は、最近になってこのごまかしを発見し、英文の論文で発表し、世界の注目をひいている。[参照:Fluoride-Linked Down Syndrome Births and Their Estimated Occurrence Due to Water Fluoridation:Kosei Takahashi, MD: Fluoride, 31(2) 1998, pp. 61-73.]
                  [http://www.sonic.net/~kryptox/medicine/downs.htm]



                  ガン
                   クロム、ヒ素、ニッケルなどの無機化合物は、人間のとくに呼吸器にガンを発生させる(49)。それならフッ素のように一段と活性が強く、そのため体内に容易に侵入して様々な臓器に貯留するこのイオンに発ガン性があって少しも不思議ではなかろう。いうまでもなく、これに関する状況的、実験的、臨床的な様々な証拠は、フッ素にも発ガン性があることを強く示唆しているのである。

                    状況証拠  ホタル石(フッ化カルシウム)の採掘現場では肺ガンの発生率が極めて高い。例えばニューファンドランド島のセント・ローレンスでは、1933年から61年の間に、鉱山労働者総数の21.8%、地下の採掘現場で働く者の36.2%が肺ガンで死亡している(50)。その鉱山の粉塵にはホタル石62%、石英19%が混じっていたが、フッ素がそこでの発ガンにどの程度関与していたかは明らかではない。それには放射性物質も混じっていたからである。
                   この時にはまだ発ガンにおけるフッ素の役割は研究されていなかった。アルミニウムプラントとくに熔解現場で作業する労働者は、フッ素の噴煙に曝露されるためガンで死亡する者が多く、肺、前立腺、リンパ節などのガンが多い(51)。ソ連の科学者は、2つの大規模なアルミニウムプラントの周辺では、そこから7〜10キロメートル離れた比較的空気のきれいなコントロール地区と比べると、ガン死亡者が多いことを経験している(52)。それらの発ガン性物質の主なものは、アルミニウム工場からの主要な排出物の1つであるコールタール中の3,4−ベンツィピレン(ベンゾ〔ア〕ピレン)によるものであったとはいえ、空気由来のフッ素も除外できない。

                   環境中のフッ素に発ガン性があることの状況証拠は、製鉄工場の付近から集められたデータでも明らかである。オンタリオ州ハミルトン市の製鉄工場の付近の住人の1966年〜68年にかけての肺ガンの死亡率は10万人あたり65であるが、同じ市の工場から離れた地域では僅か12に過ぎず、オンタリオ州全体でも25、カナダ全域で見ても23に過ぎない(53)。勿論、フッ素のほかにも有毒物質がある事はあるが、工場の周辺の肺ガンの多い地域では、野菜の中のフッ素濃度が異常に高いことが分析で明らかになのである。製鉄工場の近くで肺ガンの死亡率が高いことは、スコットランドでも報告されている(54)。

                   別種の状況証拠を日本の科学者が提出している(55)。彼らはコメのフッ素濃度が高い地域では胃ガンが多いことを発見したのである。別の研究によると、お茶と海産魚類の消費が胃ガンと正の相関関係にあったが、ミルクとの関係は負であった(56)。お茶とあらゆる海産魚類中のフッ素濃度が高い一方、ミルクは低く、かつミルクには胃の中のフッ化水素の作用を緩衝する働きがあること等を考え合わせると、これらの知見もフッ素に発ガン性があることを疑わせるのに十分である。
                   
                   実験的証拠  様々な実験データがフッ素には発ガン性があり、少なくともそれを増悪させる働きがあることを示している。ラットに長期間呼吸させた実験によると、フッ化ベリリウムでは1.36μg/ft3 という少量で発ガン性が認められが、〔おなじベリリウムの化合物でも〕同様の結果を得るためには、硫化ベリリウムでは12μg/ft3 、燐酸ベリリウムでは100μg/ft3 を必要とした(57)。しかしこれらの相違は、後の2つの化合物がフッ化物に比較すると、水に溶けにくいという事を反映しているとも考えられる。果実バエの幼虫を0.001モル(19ppm)という低濃度のフッ化ナトリウムを混ぜた培地で飼育すると、量−時間依存性で黒色腫や致死的な突然変異が発生した(39,40)。

                   故アルフレッド・テイラー博士の哺乳類に関する報告は、証拠としてはより適切である。1950年代の初め、オースチン市のテキサス大学クレイトン生化学研究所に勤務していた頃に、このガン研究者は「1ppmFのフッ化ナトリウム含有」の精製水を与えたマウスに、乳ガンが発生したのを発見した。それが発生した時期は長期にわたる実験の最初の段階であったが、精製水だけのコントロールではその発生時期がはるかに遅かったのである(58)。この実験結果に対しては、ただちに「配合飼料中に高濃度のフッ素(20・38ppm)があるのに、飲料水中の1ppmのフッ化ナトリウムが意味をもつか」という論争が起こったが、テイラー博士は引続き360匹以上のメスのマウスを「無視しえる程度のフッ素しか含有していない混合飼料で飼育した」実験を行って、この知見について次第に確信を深めていったのであった(59)。

                   この膨大な研究のなかで、彼はフッ素群の方が非フッ素のコントロール群より腫瘍で死ぬ率がわずかに高い(59%対54%,10ppmの実験では63%対50%)ことを発見した。また彼は、実験群の方が平均生存期間が9〜10%短い(統計的に有意)ことや、フッ素化水を与えられた動物(複数)には尿路結石が発生したのに、非フッ素ではそれが全く認められなかったということも発見した。

                   これと矛盾する結果を報告したのは、ミネソタ大学のJ・J・ビターとW・D・アームストロングであった。即ち、彼らは、動物数ではテイラーの1/4程の系統の異なったマウスを使用して、0.5、10、20ppmのフッ素を飲料水に混ぜて与えたところ、生存期間や腫瘍が発生するまでの期間に何らの差が認められなかったと報告した(60)。彼我の結果の明らかな相違について、テイラーは次のように述べている。

                   「我々のデータが、“フッ素化水はマウスの全てを発病させるものではなく、ある発病しやすい個体だけに影響を及ぼすものである”ことを示している以上、[ 発ガンが〕偶然ではないといえる結果を得るためには、大量の動物を使用する必要がある。彼らの実験が、わずか31匹だけしかコントロールに用いていないのは全く不適当だと言わねばならない。(61)」

                   ダートマス大学のH・A・シュレーダーと共同研究者による別の研究においても、無フッ素、10ppmフッ素の飲料水を与えられたオスとメスのマウス( それぞれ54匹ずつ )には、生存期間、ガンの発生率に差異は認められなかった(62)。この研究おいては、それぞれの実験群のオスの方がコントロールより僅かに長生きをしたが、メスでは最初の3〜9カ月の間に死ぬものが多かったものの、成長するに従って平均体重は有意に大になった(63)。
                   異なった系統のマウスを使用したこと、与えた食餌の特性や飲料水にクロム、銅、マンガン、モリブデンや亜鉛などを添加したことなどから、この実験がテイラーの発見の確証に失敗したのは当然である。特にマンガンには、げっ歯類に用いられた場合、フッ素の毒作用をうち消す作用があることが報告されているのである(64)。
                   シュレーダーらの研究が屡々これまでに大動脈などで観察されてきた知見と全く異なり「この元素を与えて飼育されたマウスの軟組織には、フッ素は全く蓄積されていなかった。2歳に達したマウスでさえそうであった」(63)と述べているのも人目を引くことになる。

                   げっ歯類に移植した腫瘍の発育に関する研究においても、矛盾した結果が報告されている。170〜500ppmにも達するフッ化カリウムを飲料水に混ぜてラットに与えた或る実験では、移植した肉腫の発育に対して、〔フッ素は〕何の効果もなかったという(65)。
                   別の研究によると(残念ながらこの研究は、予備的な概略だけしか報告されていないのであるが)、マウスとモルモットに移植された肉腫の発育が、フッ化ナトリウム20ppmの飲料水を与えるか、またはその局所に注射することにより阻止されたという。未処置の動物は生存期間も短く、腫瘍の大きさも増したといわれている。

                   1965年に発表されたテイラー夫妻の研究によると、フッ素は腫瘍細胞に到達する量によって、ある場合はその腫瘍の発育を抑制し、ある場合は促進するという(67)。この研究は991匹のマウスと1,817個の孵化しつつある鶏卵に移植されたガン組織(RC乳腺ガン)の発育の大きさに焦点をあてて調べられた。低濃度のフッ化ナトリウムは、これを飲料水に添加するか、腫瘍の部分に注射するか、移植前に腫瘍を培養していた塩類の懸濁液に添加するかして投与すると、マウス(DBA系)に移植されたガンの発育を量−依存に近い形で高度に有意に増加させた。卵の場合は、腫瘍を卵黄嚢に接種する前に培養していた懸濁液にNaF を添加するか、 または胚子を覆っている膜の上に適用したのである。

                   一方、より高濃度のフッ素が腫瘍の懸濁液に添加された時には明らかに量依存関係で腫瘍の大きさが減少し、フッ素濃度の増加と平行関係にあることが認められた。低濃度の実験で腫瘍の発育の促進に明瞭な量依存関係が認められなかったということが批判されてきたが、このような事は飲料水中に1〜100ppmまでのNaFを添加したゴールデンハムスターの腎臓のコハク酸デヒドロゲナーゼの抑制の場合にも観察されているのである(69)。
                   さらにテイラー夫妻は、ヨウ化ナトリウム(67)とブロム化ナトリウム(70)のごく微量を腫瘍の懸濁液に添加した場合にも、移植後の腫瘍の発育が増加することを観察している。しかし、この濃度は、フッ化ナトリウムが効果を発揮している場合では最低10〜100倍のものが必要であった。しかし、フッ素以外のこの2つのハロゲン化物も、0.85%の塩類の懸濁液で処理された移植腫瘍の発育を促進したという事実は、フッ化ナトリウム実験の結果の妥当性を強く支持するものであろう。

                    臨床的証拠  骨粗鬆症でフッ素による治療を受けている患者を観察してみると、それが特殊な状況下にあるにせよ、この物質が悪性腫瘍の発育に関与していることに強い示唆を受けるのである。毎日16〜150mgのNaFの投与を1〜36カ月間受けていた3人の老人の骨髄には、「細網内皮細胞ガンを示唆する巨大単核球胞」が貧血の症状を伴って出現した。この治療を中止した後では、この異常な細胞の発育は除々に消失したのであった(71)。このような骨疾患の治療に用いられるフッ素の量は、フッ素化された飲料水から摂取する場合と比較するとケタちがいに大量ではあるが、「決して追跡調査などされなかった」ニューバーグ・キングストン研究における臨床的所見とは関連性がある(72)。

                   フッ素化10年後のニューバーグ市の子どもたちに見られる皮質骨の欠損は13.5%であったが、 非フッ素化のキングストン市ではわずか7.5%であり、この差は「統計的に有意」である。 これを報告した論文の著者は、この骨欠損は「単に幼児期に見られる良性の疾患」にすぎないと考えていた(73)。(参照:脚注13−3)

                   しかし,テーベスはこの事実に関心を抱き、「これに罹った人達の年令や性、およびこれらの骨欠損の解剖学的分布は、骨肉腫のものと非常によく似て」おり、「皮質骨の欠損の悪性転化はこれまで臨床的には観察されていないが、〔これが正しいと言い切るためには、生まれてからフッ素化水を飲んで成長してきた〕30歳以下の男性の骨肉腫の割合が、フッ素化によって増加していないという直接証拠が重要である」と述べている(72)。



                  訳者による脚注13−3:このくだりは、1945年にフッ素化を開始したニューヨーク州ニューバーグ市で、誕生以来フッ素化水道水を飲んで成長した子どもたちの小児科的な精密検査の結果を発表したニューヨーク州保健局次長E・R・シュレージンジャーの論文についての論評である。フッ素化が全身的に何らの悪影響を与えるものではないという推進派の主張は、現在でもこのシュレージンジャーの論文に依拠している。
                   しかし、この論文および周辺の事情について徹底的に調べあげた高橋晄正博士は、次のように述べている.

                   
                   大部分の検査データは〔フッ素化非フッ素化の〕両市間の明確な差を示していないが、注目されるのは骨のレントゲン写真に認められた骨端部の化骨の遅れ現象と骨質欠損の頻度が、対照群に比べ50% ほども高いことである。(略)この時の子どもたちのレントゲン写真は、 どこに住んでいる子どもたちのものであるかを知らされずに、コロンビア大学の臨床小児科学のJ・キャフェイ教授(小児レントゲン診断学の大著がある)によって解読された。(略)彼は1955年に「成長する長管骨の骨質壁におけるセンイ性欠損について」(小児科学の進歩 第7巻,p.13-51;東大医図書館所蔵) という論文を書いているが、それはシュレージンジャーの上記の論文(1956)が発表される前年のことで、キャフェイはまだ原因としてのフッ素には思いいたっていない。
                   キャフェイの論文の中には、ニューバーグとキングストンの子どもたちのデータが部分的に含まれているという脚注はあるが、フッ素という文字はまったく書かれていないことに注意すべきである.彼はこの部分に針を刺して組織をとって顕微鏡で調べてみて、骨髄細胞はなくなってセンイ性増殖と出血、浮腫、巨大細胞などが見られたこと(略)、大部分は自然回復するが、その周りに骨の硬化が起こると大人になるまで治らない場合のあること、筋性ストレス、局所的炎症、腫瘍、代謝、内分泌障害などの原因のどれも確証がないことをいろいろ考按したうえで原因がはっきりするまでは正常の成長のなかで起こる変異としておくのがよかろうと結んでいる。
                   この論文でキャフェイは、自分が経験した出生直後から14歳までの児童のレ線写真1,531 名分を年令と性で分類し、その頻度を表示している。 それによると、骨質欠損は2歳頃から急増して6〜12歳でピークに達し、のち漸減しているが、 一部のものは大人になるまで存続するだろうと書かれている。 年令と性だけで分類して17% の頻度で見られるこの現象で、居住地の飲料水中のフッ素濃度という因子に注目してみると,13.5%と7.5%という統計的に有意な差が出たということだから、 キャフェイが知らなかった"明確な根拠" の一つがここに示されたことになる。(略)
                    シュレージンジャーは、「これらの所見のいずれかが病的意義をもつとか、(略)フッ素化した飲料水の使用に関係しているという徴候は存在しない」と書いているが、そのように断言する根拠は(略)どこにあるというのだろうか。(略)シュレージンジャーは(略)キャフェイの論文を引用し、「これらの子どもの良性の傷害は、彼の経験では日常的に見られてきたものであり、どの症例でも無症状であった」と書いているが、(略)真実は上述のとおりである。

                   引用文献 高橋晄正:むし歯の予防とフッ素の安全性・前出.
                   
                   後年、フッ素の発ガン性に関する議論がかまびすしくなり、とうとう合衆国議会は、政府に対してこの関連性について実験する事を命令した(NTP研究)。その結果、フッ素を投与したオスのマウスに骨肉腫が有意に発生することが分かった。そして、その後、フッ素化地区で少年に骨肉腫が多発している事が明らかになり、大問題に発展した。この混迷は今日まで続いているが、例によって公衆衛生局は政府系の学者を動員してこの事実を否定する論文を公表するなどして、この事実を認めていない。

                   アメリカ環境保護庁の科学者や弁護士からなるユニオンは、現在では母体組織である米厚生省や環境保護庁の方針に反旗を翻して、フッ素化は危険であるとし、公然とこれに反対の態度を鮮明にしているが、これはこの時の政府公衆衛生局のゴマカシを人間として容認できないというスタンスに基づいており、敢えて母体である官庁を提訴までしている。エリート官僚が第一に考えるのは自己の保身であり、決して国民の幸福ではないという事実はここにも現れている。  



                   疫学的証拠  動物実験のデータからの人間への類推が如何に不確定で難しいものかを考えてみれば、フッ素と人間のガンとの関連性に関する統計的な研究が幾ら矛盾に満ちていようとも、別に驚くにはあたらぬだろう。第3章と第4章で我々はこの物質が如何に環境中に瀰漫しており、低フッ素といわれる地域にあってさえその摂取源が如何に多いか検討してきた。このようなハンデキャップがあるのにもかかわらず、水道フッ素化と、それに曝露される人たちのガン死亡率の増加とが如何に結びついているかは、キチンとした統計的な証拠があるのである。

                   合衆国公衆衛生局による16州32対の都市群の飲料水中の天然フッ素によって起こるガン死亡率の調査結果では、0.7 ppm以上と0.25 ppm以下の場合とで統計的に有意差がないことが示されてはいる(74)。しかし、最近のイギリスの研究によると、イングランド北方の高フッ素地域では、南方の低フッ素地域と比較して胃ガンによる死亡率が多いことが明らかである(75)。イタリアのローマ近郊の火山地帯4地域に関する調査では、高フッ素地域のガンによる死亡者の比率(14.9%)が低フッ素地域(10.9%) より多いことが明らかであるが、その差は有意とは考えられていない(76)。日本では、ガン死の高い比率が、食事中の高フッ素とくにお茶、海産物、化学肥料を使用したコメ等の農作物と関連づけられている(55,56)。

                   このため、イギリスの研究にはとくに興味がそそがれる。即ち、イギリスのフッ素化されたアングルセイ、ワトフォード、バーミンガム、ソリハル等の各市町村をその「付近の非フッ素化地域」と比較した研究によると、年令で補正し9項目に分けた臓器別のガンの発生率は、フッ素化の方が非フッ素化より6項目で高いことがわかった(表13−4)

                  表13−4 イギリスのフッ素化地域と近郊の非
                  フッ素化地域におけるガンの発生の割合
                  ガンの部位 フッ素化地域 非フッ素化地域
                  甲状腺
                  腎臓

                  食道

                  直腸
                  膀胱

                  1.9 (100)
                  1.01 (223)
                  0.98 (678)
                  0.99 (141)
                  1.03 (634)
                  1.06 (480)
                  1.04 (730)
                  0.88 (20)
                  1.03 (1099)

                  0.19 (81)
                  0.96 (201)
                  1.02 (684)
                  1.01 (140)
                  0.97 (572)
                  0.94 (416)
                  0.96 (658)
                  1.18 (28)
                  0.97 (986)
                  総人口1961-1971 1,295,212 1,304,676
                  ( )内は、標本であるガンの総数を表す


                   勿論、フッ素化地域におけるガンの期待数の荷重値を付加された平均の割合は、非フッ素化地域のものより5.3%高くなる(1.027 ÷0.975=1.05)。この結果は論文の著者の
                  「付近の非フッ素化地域と比較しても、フッ素化地域の住人のどの部位のガンも、有意差を以て過剰に発生してはいない」(77)
                  という主張を支持するものではない。
                   キンレンの論文が発表された頃、全米健康連盟の科学担当理事ジョン・イアムイアニスと元国立ガン研究所の細胞化学主任ディーン・バーグは、彼らの一連の仕事となった最初の論文を発表し、「合衆国のフッ素化を実施している10大都市、実施していない10大都市のガンによる粗死亡率を比較してみると、フッ素化実施以前の10年間は両者とも全く同じであったが、フッ素化の実施につれて開きは急速に拡大し、フッ素化都市の方がはるかに高くなっている」という結果を示した。

                   1969年になると、フッ素化都市群の住人およそ1100万人のガンによる総死亡率(荷重値を付加されてないもの)は、非フッ素化都市群700万人のものよりよりも、ほぼ15%も高くなっているのである。ガンが発生する主な部位や都市の地域別を比較するデータによっても、フッ素化都市の方が非フッ素化都市よりも多いことが示されている(78)。

                   この発見の予報がもたらされると、「この差はフッ素化によるものだ」という結論に対して、直ちに激しい反論が巻き起こった。特に国立ガン研究所の科学者は、「年令、人種、性、ガン発生部位の分布などの不均衡に適当な補正を加えてみると、両都市群でのガン死亡率(人口10万人あたり)は殆ど同じである」という主張を展開した。
                   R・N・フーバーと彼の同僚による国立ガン研究所の公式の研究によれば、1950−1969年間のガン死亡率は、同一都市で処理されたものではないと考えられた。〔そこで彼らは〕非フッ素化地域、人工的フッ素化地域、天然高・低両フッ素地域における白人の年令、性、ガン発生部位に関する5年毎のデータを使用して、「人工的であると天然であるとを問わず、ガン死亡率にフッ素化水による有意差は認められない」(79)と結論したのである。
                   彼らの研究の中でのある地域のフッ素化をその地方の総人口と結びつけたやり方は、「地域」という言葉の定義が多様なためにきわめて分かりにくいものになっている。即ち、小規模な給水地区が多数ある反面、他地区から水を購入している自治体などもあって、その地方全体のフッ素化水の「曝露を受けている者」と「曝露されていない者」の正確な区別が困難なのである。

                   さらにアラバマ州バーミンガム市(非フッ素化であるが極めて工業化されている)とコロラド州デンバー市(1954年3月以来フッ素化)との彼らの比較は、デンバーよりもバーミンガムの方が肺ガンが多い(特に男性に)という事実によって間違いだらけのものとなった。
                   肺ガンが皮膚ガンと共に除外されると、年令で補正された他のガンによるリスクの増加は、彼らが主張しているように「同じ」などではなく、白人の男性女性とも、デンバーの方がバーミンガムより多くなるのである(表13−5)(80)
                   

                  年齢で補正をしたガンに関連する
                  リスク(肺ガンと皮膚ガンを除いた全ての部位
                  デンバー バーミンガム 
                  群    1947-1948 1969-1971  変化 
                  白人男性
                  白人女性
                  0.015
                  1.005
                  1.120
                  1.085
                  +10.3%
                  + 8.0%


                   国立ガン研、イアムイアニス・バーグの両研究とも考慮にいれていないが、死亡率のデータに影響する他の変数に、水の硬度(フッ素以外のミネラルの濃度)、汚染された空気や食物に由来するフッ素、フッ素化水によって処理された食品や野菜などの都市や州の間の輸送という問題がある。
                   全米学術会議(National Academy of Science)の飲料水安全委員会のために用意された解析のなかの批判で,テーベスは「合衆国のフッ素化された20大都市と、非フッ素化の15大都市の標準死亡率(ガン死の標本数/期待数)は、粗死亡率で見られる差が真実ではなく、標本数の増加が初期には特殊なフッ素化都市群に限定されていることを示している」と強調した。さらに彼は、補正されたフッ素化都市群の粗死亡率は、フッ素以前にも既に高かったことを指摘し、1950年から1970年の間の母数のなかに入れられているフッ素化都市はたった1つであるのに、 非フッ素化都市では7つも入れられていることにも注意を向けている(81)。
                   
                   彼らに対する反論の中で、イアムイアニスは、「標準死亡率は完全な間違いであり、標準化のために用いられる母数の構成次第では、粗死亡率のなかで認められる真の差が逆の結果となりうる」ことを指摘した。彼の見解では、信頼性ある比較を行うためには、実際の年令群のデータ(直接法)が必要なのである(82)。それに従って、彼とバークは20都市のそれぞれの4つの年令群からガンの死者数を集めたのであった。彼らは、粗死亡率は44歳までにはわずかに上昇する一方、45歳〜64歳と65歳以上の群ではフッ素化都市の方が有意に高いことを発見したのである(表13−6 省略)(83)

                   どの年令群でも性差が認められず、粗死亡率では有意差があった2つの高年令群の中の加重値無付加の年令の分布は、本質的に2つの都市群のなかでは同一であった。さらに、フッ素化都市群の非白人の人口が非フッ素化都市群のものより急速に増加したとはいえ、中心的都市における非白人の粗死亡率は、白人ほど急激に増加はしていない。それでも、年令で補正した粗死亡率(加重値無付加)は、4〜5%フッ素化都市の方が高いのである。(人口10万人あたり8〜9人の割合,換言すればフッ素都市では,人口1億人あたり8千〜9千人が,ガンで余計に死んでいるということである)。
                   イアムイアニスとバークの詳細な報告が発表される少し前に、イギリスの科学者の2つのグループが、テーベスと同様に「標準死亡率を計算すると、2都市群の間の粗死亡率には如何なる差も認められない」(84,85) と強調した.。しかし、この論文においては、非フッ素化都市の1970年のガン死の合計数で間違った数値が使われているのである。(この数値は国立ガン研究所から供給されたものであるが、論文の著者はこのことを認めていない。)さらに〔奇怪なことには〕国勢調査年(1950,1960,1970)のデータだけが使用されており、1つの論文(84)の如きは、 関係する母集団の計算をごまかしてまでいるのである!

                   イアムイアニスが指摘したように、「非フッ素化都市の1970年の数値に正しいものが使用され、1950〜1968年のデータで入手できるものすべての直線回帰が採用されていれば、標準死亡率の手法によっても、フッ素化都市の死亡率の方が4.5%も高いことがわかる」のである(86)。
                   イアムイアニス・バークの発見とそれに反論した国立ガン研の実情を吟味するために、合衆国議会の委員会は、1977年9月21日と10月12日に正式な公聴会を開催した。ラジオで放送された両者の応酬の中で、新な事実が提出された。

                   イアムイアニス・バークの発見を支持するデータの1つは、V・A・セチリオーニ医師(オハイオ州ハミルトン)のもので、それによると、1966−1974年のオンタリオ州のフッ素化都市の粗死亡率は、同規模の非フッ素化都市(1971年の国勢調査で人口15,000人あまりであった)より17%も高い(87)。同様な知見は、既に1970年に、イアムイアニスとバークによりミシシッピ河東岸の人口1万人以上の全ての都市について報告されていた(83)。

                   一方、合衆国公衆衛生局と国立衛生研究所による研究もその公聴会に提出されたが、それによると、合衆国内の人口2万5千人以上の都市で1950年から1970年にかけてガン死亡率が増加したものは皆無であった(83)。この研究は、年令補正をした低フッ素の187都市(<0.7ppm)の粗死亡率を、1945〜1959年にフッ素化を導入した140都市および1960〜1969年にフッ素化した87都市のそれと比較したものである。後者の中には1965年以降にフッ素化されたアトランタ、ダラス、デトロイト、ニューヨーク、シァトルなどのほか、幾つかの都市が含まれていた。人口20万人以上の都市ではガン死亡率の増加が全く認められないとはいっても、死亡率の増加は、人口2万5千人〜199,999人のフッ素化都市の3項目において1〜3%多くなっているのである(89)(詳しくは第19章を参照されたい)。

                   この公聴会において国立ガン研の科学者らは、イアムイアニスとバークが発見した解析の再解析でまちがいを犯し、それをまちがったまま他に伝えた事を容認した。しかし彼らは、フッ素化都市と非フッ素化都市の間で認めらるガン死亡率の差は、もともと人口統計的要因(主に年令と人種)に根ざしたもので、フッ素化の導入に結びついているものではないという主張は変えなかった。先にイギリスの研究グループの研究(表13−7)として言及したデータでは、非フッ素化都市群での標準死亡率のわずかな増加を示してさえいる。しかし、1年毎の平均(加重値を付加した)粗死亡率データから引き出した統計的により正確な数値を使用してみると、標準死亡率においてもフッ素化都市の方がガン死亡者率が増加していることが明らかであり、これはイアムイアニス・バークが報告した直接法の結果とも一致するのである(参照:脚注13−4)



                  訳者による脚注13−4:イアムイアニス・バーク研究の信憑性をめぐる論争は、ただ単に学術論争に止まらず、法廷の場においても激しく係争された。その事情はあまりにも込み入っており、短い解説では書き切れない。私はこれまでに何度かこの件について書いてきているので、興味のある方は以下の参考文献に当たって頂きたい。民間人の研究に対して、国立の大研究機関が真っ向から否定する研究を公表するなどの異様さは、フッ素化が如何に政治的な企図によるものであるかを端的に物語っている。 
                   参考文献
                    村上 徹:プリニウスの迷信・績文堂・pp.109−112・1989.
                    村上 徹:コミュニティ問題としてのフッ素論争・総合都市研究第40号・pp.143
                         -170.・1990
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                   フッ素は、ガンと同様、先天的奇形などの遺伝子の異常と関係しているものなのか。本章で議論した豊富な科学的証拠は、明らかに関係していることを示している。それでは、何故フッ素は、環境汚染物質としてその研究の必要性が十分に強調されてこなかったのであろうか。
                   生命を危険に晒しているという証拠がこんなにも沢山ある のに、何故科学者らは、フッ素化は善であるという思想や、増大するフッ素の摂取と戦うためには、鎧を着用しなければならないのか。何故、ダウン症に関するラパポートの研究は、吟味も反論もされずにそのままにしておかれるのか。フッ素が遺伝子に対して有害であると主張するモハメッドの研究は、今なお有効である。テイラーのガンに関する実験的発見は、強力な批判を成功裡に乗り越えてきた。そしてイアムイアニスとバークのガンの死亡率に関する結論は、間違いだときめつけられる性質のものでは決してない。

                   これらの基礎的な発見やこれにまつわる諸々の現象は、「フッ素化は安全である」という仮定がそもそもまちがっていた事を示しているのである。そしてこの事は、人間の寿命に対する不気味なメッセージでもあるのである。

                   


                  フッ素化・この巨大なる矛盾 第14〜15章

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                                 第14章  有毒論にはどんな批判があるか

                     科学の世界で正統的だと思われている考えをひっくり返すような重要な発見にはいつも強烈な反対が多く、例えそれが受容されるにしても長い時間がかかることが少なくない。
                     例えば、天文学におけるコペルニクスの思想は、1世紀以上の苦闘のあげくやっと勝利を掴み、ウィリアム・ハーベイの輝かしい血液循環学説も、何十年もの間、守旧派の学者らによる猛烈な攻撃にさらされ続けてきた。 医学史の上でも新しい学説や、既存のデータを新しく解釈し直すことなどが強烈な反対を受けた例は決して少なくない。その1例に1984年のハンガリーの産科医師イグナツ・シーメルワイスを挙げることができよう。

                     彼は、産褥熱の原因が処置室や手術室などでの不潔によることを明らかにした。彼は妊婦の骨盤検診を行う前に、クロール石灰(低塩化カルシウム)で手を洗うという簡単な手段でこの疾患を征服する基礎を築いたが、それ以前では、ヨーロッパの産院でこれで死亡する産婦や嬰児は、驚くなかれ25%にも達することもあったのである。不幸にも、今日なお少なからぬ産婦や嬰児がこれで死亡しているが、それはいまだに彼の結論を頑なに拒否し、「古い(正統的な)方法」を墨守して産婦の処置に当る医師がいるせいである。

                     

                     30年以上もの間フッ素賛成派は、フッ素化された水道水の有害性を示すデータを頑なに無視し、否定し続けてきた。その態度は次のような言葉によく現れている。「私はこのような〔フッ素化を支持すべき〕データが山積しているのにもかかわらず、幻想に支配され熱狂的に反対を続けるフッ素反対派にはただ驚くのみである(1)。」別の論文の著者は、科学や思想、さらには政治的その他の各立場からなされるフッ素反対論を全て一緒くたにして、その明らかな違いを少しも顧慮しようとしない(2)。

                     同様に、科学者らも、フッ素化が健康にとって有害であることを示す科学的証拠を無視または軽視する。全米学術会議は、最近、“フッ化物に対する過敏性”なる報告書をまとめたが、これなどは完全にこのやり方である。
                     私がこの問題について今まで多数の研究(50編以上の論文。その多くを本書で引用している)を発表してきたことはこの報告書のフッ素の部分を担当した執筆者は十分承知しているのであるが、それにもかかわらず彼は、私が1962年に発表したモノグラフ(3)に言及しているだけなのであり、それすら次の2点を難として却下しているのである。即ち、彼は「〔フッ化物に〕このような作用があることを報告した者はウォルドボットただ1人である。また、この種類の過敏性は、過剰にフッ素を摂取しているはずである世界中の何億という茶の飲用者については報告されていない(WHO,1970,P.15) 」というのである(4)。

                     しかし彼は、私の症例報告が他の多くの研究者によって科学的に実証されてきていることはうすうす認めていないでもない。茶の飲用者のうちのある者がフッ素に対して過敏性を有すること(3,5-7) は周知される必要があり、私自身も明らかな例をあげてその詳細を1962年の論文(3) で議論してきた。しかもその論文は先の学術会議の報告書の著者によっても引用されており、それにもかかわらずその中の一節に上記の1文があるということは実に奇怪である!

                     フッ素化賛成派は、実に長い間私の仕事を非難しつづけてきた。彼らは、フッ素が患者に全身的な反応をひき起こしたという私の報告を、それは心身症に由来するものであり、「飲料水中のフッ素とは全く無関係」だとした。彼らは、今なお、私が報告した症例には症候学的に一貫性がなく、私が行った二重目かくし法は不適当で、結論などが出せるものではないともいう。彼らは、二重目かくし法でフッ素化水を精製水に代えた時に、何故「にせ薬効果」を考えないのかという。彼らは今なお、インドの骨フッ素症患者は、タイプ1や欧米で見出されるような他の症状も現している筈だと信じている。そして最後には、なぜウォルドボット以外の医師が私の観察を確証しないのかというのである。果してこれらの反論が完璧なものであるかどうか、以下検証する。

                    診断について
                     ほかの慢性中毒と同じように、フッ素の長期間の摂取で起こる中毒の診断は困難である。その理由は、それが徐々におこり、他の多くの病気に共通する多彩かつ隠微な症状を伴うからである。この点についてW・D・アームストロングは、アメリカ公衆衛生学雑誌に次のように書いている。
                     
                    彼〔ウォルドボット〕は、多数の器官がおかされている患者の奇怪な症状と多彩な主訴について記述している。これらの症候は、ウォルドボット博士によれば、フッ素化水を使用することに起因するのであるが、特定の疾患の客観的な徴候と一緒に起こることは殆どなく、胃病、脊椎の痛み、鼓脹、多渇症、心理的異常、耳鳴、筋肉の衰弱などまで包含している。これらの症状はフッ素化水の使用を中止することで急速に消失するというが、ウォルドボット博士は、これらの患者の主訴が精神的疾患によるものではないかという示唆を無視しようとしているのである(8)。
                       
                     E・R・シュレージンジャーは、さらに念の入った尤もらしい批判を、WHOの刊行物で公にした。

                    試験された123人のアレルギー患者のうち、5人は非常に多彩な症状を呈したが、その症状は試験薬の投与後5分〜3時間の間に昂進し12時間〜10日持続した。報告された21症状のうち、1人以上の患者では僅か6症状が起こっただけであったが、それらは主に、頭痛、悪心、嘔吐、上腹部の疼痛など得体の知れない性質のものであった。筋肉の振戦、膀胱炎、痙攣性結腸炎、顔面の浮腫などの身体的所見は、それぞれが1人ずつに見られただけであった。
                    臨床症状に関する示唆は全く欠如しており、私には関係のない雑多な身体の状態がいわゆる“フッ素の不耐性”として提示されたのではないかと結論される(9)。

                       
                     この言明は、恰もごく限られた患者だけが慢性中毒になったかのようなまちがった印象を創り出している。しかし、実際には彼が言及した5症例は、フッ素不耐性の症状のない大勢のアレルギー患者のごく一部でしかないのである。これらの患者は、試験薬の投与に伴ってどのような異常な反応が起こるかを記録するために、特別なフッ素の負荷試験を受けたのであった。この疾患に関する私の経験数は、今では500例にも及んでいる。
                     症状が広く多彩であることについては、私は既に第11章で、フッ素の摂取に伴う上記の徴候の1つ1つについて確かな実験的証拠があることを論述してきた。このような非骨格段階の慢性フッ素中毒について、進展した骨フッ素症との関連から最初に議論を行ったのはこの問題の碩学ロールム(10)であったが、彼の考えは他の研究者によっても十分に確証されてきたのである(11-13)。
                     さらに付言しておきたいのは、経験がある医師ならば、彼の扱っている患者が真の病気なのかそれとも心身症的な愁訴なのかは、いつも頭にとどめているということである。

                     私は、“アレルギー疾患の臨床”という、疾病原因の究明にかけては他の分野より一段と努力を要する領域を専攻して、一生涯にわたる経験こそが、患者の愁訴が真のものか幻想上のものなのかの鑑別について学んできた。さらに付言するなら、私が記述した異常な徴候の組み合わせを注意深く吟味するなら、これが他の疾患などでは決して起こることのない明確な症候群であることが判るだろう。それこそ、フッ素中毒の急性期のやや特徴のうすい一相なのである。

                    証明記録
                     コネティカット州ハートフォドの歯科衛生官僚L・F・メンツェルが「喘息研究」に発表した「今までに報告された“フッ素中毒”などで,確証された症例は1度もない」というコメントも、繰り返し引用されている。
                     この場合の“確証”という言葉は極めて注意深く使用されているので、何故かといえば、ハートフォド市には他の都市と同様に、漠然とした体の不調をフッ素化のせいにする反フッ素化論者がかなりいるからである(14)。しかし、中毒の「証明」とか「確証」とかということを構成する要件は何なのであろうか。フッ素症のような疾患の原因を決定しうるためには、少なくとも次の3つの手段が必要である。即ち、[彎嘉観察、⊆存嚇手段、1岾愿統計である。
                      [彎嘉観察  とくに慢性中毒では患者個人の既往歴が最重要である。多くの患者は病気の始まりを回想的して、フッ素化の開始やフッ素化地域への転居と同一視するが、一般的にその時点では、彼らはフッ素やフッ素化について全く気付いてはいないものである。
                     私の所に来る患者は、その前に既に診断のための徹底した検査や様々な治療を受けおり、しかもそれが何にもならなかったという経験を有している者が殆どである。私を批判する者は、〔私がフッ素中毒であると診断を下す際には〕私は前骨格段階のフッ素症とよく似た徴候を有する糖尿病などの疾患をいつも考慮しており、それを的確に否定できたからこそフッ素症という診断に到達したのだということをよく記憶しておいて頂きたい。私や鑑別診断を下すことができた別の医師の指導でフッ素化水の除去療法が行われる前後を通じ、患者は殆どがみな厳密な観察の下に置かれる。さらに、フッ素化水を使用している者に現れる“チゾーラの紫斑”を生検で確かめ、それが除去療法によって消失すれば、様々な愁訴が心身症的な原因などで起こったものではないことの明らかな客観的証拠が得られるのである。

                      ⊆存嚇手段  フッ素症に関する仕事のうえでは、私は様々な分析データを利用してきた。どんな場合でも可能なかぎり、患者が飲用する水のフッ素濃度は調査した。殆どの症例で適切なコントロールとともに24時間蓄積尿を記録した。尿中のフッ素量が期待値を超えて排出されることは殆どなく、これはたとえ水中のフッ素量が「至適」といわれる濃度であっても、発病には十分である事を物語っている。私が患者の血液中や骨中のフッ素を分析してこなかったのは事実であるが、それは望ましいには違いないが、診断に不可欠というわけのでもない。その「正常値」とフッ素症の値とでは相当に重複する部分があるからである(3)。中毒の程度は必ずしも器官や血流中に蓄積している毒物の量とは平行せず、単に毒物が生体の中を流れてゆくことによって健康を傷害するのである。
                     不幸なことに、現在では、フッ素中毒の診断は、重度ではありながら、検査だけで確定することは不可能である。こうした試みは今までに何回も行われてきており、フッ素の摂取と、血中や尿中のカルシウムや燐酸の変化、アルカリホスファターゼや酸ホスファターゼのような酵素の活性との関連が調べられてきた。私自身もフッ素中毒が疑われる患者について、試験薬の投与前後のこれらの指標に関する研究を行ってきた(16)。これらの値は、場合によって正常値より上下するが一貫性を欠いており、このためこれをフッ素中毒の診断の基準とすることはできないのである。

                      1岾愿統計  合衆国やカナダのような国の人口統計研究からフッ素症のデータを得ることは、次の理由から極めて困難である。(a)食物や飲料にまで拡散しているフッ素汚染から逃げ得る人間はごく少数である。こうした製品は加工した地点からとんでもなく遠い所まで輸送されることが多く、非フッ素化地域だからといってそれがずしもフッ素を防ぐことにはならないからである。(b)人口の移動は、ある特殊な母集団に対するある物質の影響を減弱または増強させるが、それは予知できない。(c)〔フッ素の毒性の〕無視が医学の専門家の間に広まっているため、フッ素症の多彩な徴候は理解しがたいものとなっており、誤診は日常茶飯事になっていると思われる。(d)死亡率統計の中からフッ素症による死亡者を正確に選びだすことは困難である。死亡の原因としては、通りのよい病名が選ばれるのが普通である。(e)その疾患の病因論の考察では多くの変数が考慮されるにちがいない。例えば、その患者の全身的な健康状態、栄養状態、環境因子等々である。

                     シュレージンジャーはWHOのモノグラフのなかで、いまだに、私以外の別の誰かの手による「証明記録」を要求するという考えを述べて、「この論文の独自の症例報告は、彼以外の他の観察者によって証明されてはいない(9) 」と書いている。しかし、彼の記述とは全く逆に、私の症例のあるものについては、患者の主訴から考えられる様々な病気を除外して疾病の本態を明らかにするために、9人もの専門医が招かれたのであった(第9章を参照)。
                     偏りを排除するために、私はその専門医らがフッ素論争でどのような立場にあるかは一切顧慮せず、また、全てが明らかになった時の事を考慮して、その中毒症例をフッ素化の推進に従事していた保健官僚の管理下に送ることを遠慮していた。1955年6月2日、私はミシガン州知事G・M・ウイリァム氏に、私の症例を研究するためにフッ素の超党派の委員会を開催するように呼びかけた(17)が、残念ながら実現しなかった。その理由は私には一切知らされていない。

                    フッ素の摂取
                     「ウォルドボットは大量のフッ素の作用と、フッ素化水から少量繰り返して摂取される場合のフッ素の作用とを明瞭に区別していない」という批判がある。例えばシュレージンジャーは次のように言明している。
                       
                    フッ素化水が系統的な害作用を有するという趣旨の論文は、フッ素の毒性という言葉で、中毒量のフッ素の急性作用や高レベルのフッ素の特に気温の高い地域における慢性作用とを一緒くたにしている場合が少なくない。後者の場合は、慢性的な低栄養とフッ素化水以上に食物から摂取されるフッ素などのため、事情は更に複雑になる。急性もしくは大量のフッ素摂取の系統的な害が言われる場合、極めて重要な要因である「量」は殆ど無視されている。生命にとって必須な多くの物質ですら、過剰であれば毒になろう。これは酸素や水についてすら言えることである(18)。 

                     この言明は、重要な問題を提起している。.侫蛋任痢崙如徇未箸浪燭。⊂量のフッ素の長期間の作用は、大量の作用にふれないで適切に評価できるか。水や酸素の毒性が、フッ素と同じであると言えるか。
                      |翔芭  1950年代の半ばまで、 アメリカ医師会は、会のレターヘッドに次のような卓抜な文言を記していた。「人間は1人として同じではなく、あらゆる環境の全ての患者に適用しうる薬量の基準などが存在するもではない。」いうまでもなく、1人1人の医師が、ある人間はごく少量の薬物に対してさえ不耐性であり、誰にも無害な基準量など設定できないという事を知っているのである。
                     フッ素に関して言えば、無数の論文が、安全であると考えられてきた量でも骨格や歯に病変が起こることを報告してきているのである。ある場合では、それが水中の0.8 〜3.45ppmの天然フッ素であり(19)、別の場合では0.4 〜2.6 ppmであったり、1.7 ppmであったりした (20)。最近のインドのデータでは、骨フッ素症に関連するフッ素濃度で実に0.73ppmという低い値が報告されており(21)、これは高い気温における“至適”濃度と同じ値である。
                     J・F・ベーコンによって報告されたアイオワ州エーメス市での嬰児の死亡は、この子どもの両親の人工的フッ化水の使用と関係があったことが確かである(第8章,11章を参照)。天然フッ素0.3 ppmという低濃度でも、茶を多飲していた中年のウエッブ人は骨フッ素症に罹患した(5)。他にも摂取源がある以上、飲料水中のハロゲンはごく低濃度であっても有害なのである。
                      ▲侫蛋任虜醉僉急性と慢性  飲料水中のフッ素による中毒を議論する場合、はたして大量のフッ素による作用は無視できるものなのか。言う迄もなく否である。シューレージンジャー自身、これに関連して次のように言明している。「フッ素の急性中毒に関しては、水道フッ素化の場合は少なくとも2,500倍の安全性がある。水道フッ素化の仕組みでは、故意でも偶発的でも急性中毒など起こりえないのである(22)。
                     これは嘘である。飲料水にフッ素を入れすぎたために起こった2件の集団中毒については第7章に記したとおりである。さらに大量のフッ素による急性中毒の特徴、特に非常に苦しい胃痛、胃出血や筋肉痛を伴う下痢、極端な疲労、痙攣を頂点とする神経学的症状などは、少量のフッ素の持続的な摂取による慢性中毒の漠然とはしているが重要な徴候と実際上は同一のパターンをなしている。これらは急性中毒と同様に、第1に消化管(悪心、嘔吐、胃痛、下痢)と中枢神経(頭痛、痺れ、網膜炎)をおかし、次第に初期の論文の著者が「フッ素性悪液質」と呼んだ重症な全身的虚弱へと進展するのである(23)。
                      水の毒性  シュレージンジャーがフッ素の毒性を、生命が依存している2つの物質である水と酸素に譬えたのは、まったくの誤りだ。ある物質の「過剰濃度」による毒性の特質を明らかにするためには、我々は毒性の閾値を考察しなければならない。

                     フッ素化の最も熱心な推進者であったマックルーアは、害作用を呈するフッ素の1日あたりの摂取量は4.0〜5.0mgであるとし、「このデータは、これらの量は、フッ素の体内蓄積の害作用を現すことなしに摂取しうる限界量であることを示唆していると思われる(24)」と述べている。マックルーアを信ずるなら、フッ素の無作用量と有害量との間には許容範囲が全くないことになる。何故ならフッ素化地域では、色々な食品中のフッ素も増加するため、フッ素の摂取量が1日あたり4.0〜5.0mgになることなど普通だからである。
                     気温が高い地方や労働環境では、健康を維持するために1日あたり2リッターという成人の平均消費量よりはるかに大量の水を消費しなければならない。そして理由はどうであれ、平均量の2〜3倍もの水を飲用しなければならない人間にとっては、フッ素の摂取量は明らかに安全限界を超えて増加し疑いもなく彼らを危険にさらすのである。水の毒性を単純にフッ素の毒性と同じカテゴリー置くことなど絶対にできない。

                    フッ素の過剰吸収
                     H・M・ライセスターはある総説の中で、1日あたりのフッ素摂取量に関する疑問に追加してフッ素の吸収という問題をとりあげ、大量のフッ素の健康への影響についての私の論文に対する感想を述べたあと,次のように言っている。
                     
                    彼〔ウォルドボット〕は、フッ素の吸収のタイプについて議論する場合でも同様に無比判的である。彼がフッ化水素の腐食作用などを持ち出した只1つの根拠は、0.4823mgのフッ素錠を服用したあと胃出血を起こした1人の少年の症例についての記述である。ウォルドボットは生化学者ではないことを自認しているが、この現象は胃液(pH 1〜2.5)中の塩酸が胃の内層を腐食させるに十分なフッ素化水素を遊離させたためだと信じこんでいるのである(25)。  

                     少量のフッ素や低濃度のフッ素イオンが胃液と出会うと、分解できないタイプのフッ素化水素が形成され、それが胃の内層を刺激傷害するという事実は私には別に新しいものでも何でもない。ロールムが既に何年も前に指摘したように、フッ素とフッ化シリコンの塩は胃液の塩酸と反応してフッ素化水素を形成し、分解できない相(HF)のままそれが胃粘膜に侵入して腐食性の病変をひき起こすということがウィーランドとクルツァーンにより既に観察されているのであって、その原文にはこう書かれている。「フッ化カルシウム、フルオロアパタイト、氷晶石などの低溶解性のフッ化物からのフッ素の吸収に際しては、胃の酸が決定的な役割を演ずる (26)。」
                     ロールムはこの問題に対する彼の見解を、更に次のように精緻なものにした。
                     
                    「フッ素の皮膚や粘膜に対する腐食作用は酸それ自体によるばかりではなく、非分解性のHF分子が表皮や粘膜に侵入することでその下部の組織を傷害する。従ってフッ化物やケイフッ化物ばかりか、フッ素の酸性溶液のすべてが腐食作用を有しているのであるが、特に二重フッ素(bifluoride) やケイフッ化物にその作用が強いのである(27)。」
                     
                     別の研究も、酸性の尿中でフッ化水素が形成され、それがpH1.85〜5.5の間で軟組織(膀胱)に侵入することを明らかにしている(28)。

                    二重目かくし法
                     イギリス、テインのニューウキャッスル大学歯学部のG・N・ジェンキンスは、フッ素と疾病との関連性を立証した際に私が用いた「二重目かくし法」について反対している。彼は「どれが試験薬でどれが偽薬であるかが観察者には判らなかった」と疑っているのである(29)。実際、私の目かくし法の研究では、患者も観察者も(二重目かくし)、3つのビンのどれがフッ素入りであるかは全く判らない。多くの場合この試験は、私とは無関係な別の医師の手で行われた。どのビンの水を飲むかは患者の自由であった。ビンには1,2,3の番号が付けられ、それを付けた薬剤師だけがフッ素の入っているビンを知っていたのである。私の観察を確かめた別の医師が行った1974年のグリンベルゲンの試験では、もっと細心な方法がとられた。その時には、どのビンにフッ素が入っているかはたった1人の公証人しか知らなかったのである(30)。
                     私が臨床試験で使用したフッ素の薬量について、ジェンキンスは次のように述べている。
                     
                    投与された〔フッ素の〕量は3例では6.8mgであったが,1例では300mlの水に混ぜて僅か0.9mgのフッ化ナトリウムが投与されただけであり、別の1例では皮内注射により、他の2例では1%のフッ化ナトリウムが舌の下に適用された。1ppmのフッ素水について目かくし試験が行われなかったのは残念である。ある二重目かくし試験では、スプーン1杯の水に混ぜて1mgのフッ素が7日間投与された(これはフッ素化水道水の30倍の濃度である)。投与3日後にある反応が起こった。フェルトマン(1956)は、フッ素1mgの錠剤を連日服用した結果ひき起こされた湿疹を3例報告した。どんな物質でも、こんな量がこんな方法で投与されれば、ある反応が起こるのは少しも不思議ではない。しかし、1ppmのフッ素化水による組織内の濃度はこれらのケースよりはるかに低く、これによって反応が起こることなどまず考えられないのである(29)。 

                     ジェンキンスに質問する。
                    ある毒物の毒性はその総量によるのか。それともその濃度に依存するのか。高濃度の毒物の溶液が、それと接触する臓器組織を傷害する事実から考えると、生物全体に対する毒性研究は、摂取された毒物の濃度よりもその全量に基礎をおいているのが一般的である。確かに私は、初めはジェンキンスが書いたようなやり方で試験を行ったが、その理由は、ある患者がほかの者よりフッ素に耐性があるかどうかを決定したかったがためである。しかし、それに引き続いた試験では私はやり方を改め、濃度や量を様々に変えて試験を行った。最後に私は3本のビンの水を与え、どのビンでもよいから1週間続けて飲用や調理に使用するよう指導した。その3本のうちの1本は1ppm のフッ素が入っており、他の2本はフッ素が全く入っていない精製水なのであった。このような試験を行った全例で、フッ素化水を使用してから24〜48時間以内に症状を再現させることに成功したのである。
                     
                     それらの試験は殆どが二重目かくし法で行われ、患者と医師の双方がフッ素化水を使用しているのかどうか全く判らないような仕組みになっていた。次に紹介するのは、そのありのままの報告である。

                     N・K・T氏。45歳男性。1976年4月当初より様々な愁訴のため私の診療所を受診。前医は診断不可能であった。彼は1954年にミルウォーキー市(1953年8月にフッ素化)※1に移住するまで健康そのものであった。その後次第に深刻な頭痛、背中の下方の痛み、頻発する悪心、腹痛など自覚。1956年にはより軽いセールスマンの仕事を探さねばならなくなった。1957年秋に痙攣が2度起こったが、医師はその理由が説明できなかった。その直後に彼はウイスコンシン州オカウチー市(自家井戸水を使用※2)に移ったが、その結果思いがけなく症状は完全に消失した。その後彼は1959年の後半に再びミルウォーキー市に転居したが、その直後より以前の症状がぶり返したのを自覚した。1961年、彼はイリノイ州アンチオークで別の仕事に就き、1968年迄そこに住んでいたが、その間は健康であった。そこでは彼は自家用の浅井戸から飲料水を得ていたのであるが、その井戸は彼の転居後に廃止され、その水の成分を確定することは不可能である。1968年に彼は再びミルウォーキー市に戻りセールスマンの仕事に就いた。その後彼はすぐに、しつっこい背中の痛み、頭痛、極度の疲労、過度の口渇などを経験した。それと同時に筋肉の虚弱、両耳の耳鳴(耳がリンリン鳴ること)、手や足くびの痛みと浮腫(張れ)、歯肉出血などが起こった。彼は病気のあいだ背骨の牽引、筋弛緩剤や鎮痛剤の投与などの様々な治療を受けたが全て無効であった。医師のカルテによると、検査からは左耳の聴覚のわずかな消失が明らかになっただけであった。背中の痛みはますますひどくなり、仕事で重い機械を操作することは中止せざるを得なくなった。
                     1969年10月にウイスコンシン州ウッドラフ(非フッ素化)※3に移住すると、何の治療も受けなかったのに病気は全快した。1972年12月1日にミルウォーキー市に再度転居すると、急速に背中の痛みがぶり返し、今度は他の殆どの関節が張れて痛くなり、指の知覚の異常と筋肉の細動が起こった。筋肉が虚弱になったため、ドアをあけることすら困難になった。1日24時間のうち、少なくとも12時間は寝ていなければならぬほどであった。一時的に血圧が高進した(160〜90)。彼の容体は大量のビタミンC(1500mg/1日)と骨粉剤を呑むとわずかな改善を見たが、1973年の10月になると特に膝の関節炎がひどくなり、医師が処方するサリチル酸塩も効かなくなった。
                    ──────────────
                    *1 当時のミルウォーキー市の水道水は,0.95 ppm F− ,16.1ppm Ca++,9.6 ppm Ng++を含有しており、水の総合硬度は80ppm であった。
                    *2 オカウチー市(自家井戸)の水は0.15ppm F − ,37ppm Ca++,8ppm Mg++,総合硬度は146 ppm であった。
                    *3 ウッドラフの水道水は0.10ppm F − ,42ppm Ca++,17ppm Mg++ であり、総合硬度は176 ppm であった。  
                    ──────────────
                     また彼には、ある証拠から鼻にアレルギー疾患があることがわかっていた。腹部に何回も急性の疼痛が起こったことから胆嚢と虫垂が切除されたが、症状は消失しなかった。しかし彼の主治医の記録からは、身体上検査上の知見は全く得ることができない。
                     彼の健康は悪化する一方であったが、1974年の後半になると、彼は注意をフッ素化された水道水に向けるようになった。彼の息子である嬰児の皮膚に全身的な発疹が起こり、ある友人の忠告に従ってミルウォーキーの水道の使用を止め精製水に変えてみたところ、急速かつ完全に治癒するという事があったのである。この件に彼は非常に懐疑的であったが、さらに友人の勧めもあって、彼自身も精製水を使用してみることにした。ところが胃腸症状とくに腹部の疼痛が急速に消失したのである。10日もたたぬうちにその他の症状も消失した。フッ素なしの精製水を使用するようになって以来、彼は完全に健康を回復し、以前のような苦しみを覚えることなしに重い建設機械を操作でき、身体を酷使する仕事をも遂行できるようになった。
                     1976年の8月になり、「フッ素を除去できる」というフィルターを装着して水道を使用しているうちに彼の症状はぶり返してきた。彼はフィルターで濾過した水道水を3日間使用したのであるが、あとで彼は、それには1.3ppmのフッ素が混じっていたことを知った。

                     以上は多くの似たような症例のたった1例にすぎないが、いずれの場合も関係者は、彼の病気がフッ素に関係するものだとは全く想像できなかったものである。飲料水中のフッ素の存在については患者ばかりか医師すら何も知らなかったのであるから、この疾患の原因をフッ素に求めるという証明のうえで、これより確実な二重目かくし試験など何処にもありはしない。また、非フッ素化水に変更するという簡単なことで急速に患者が回復し、その他の治療が何も奏効せず、その上フッ素化水の再使用等で病状の再現が急速に行われている以上、これにまさる証明手段など何処にも存在せず、その必要すらないと言えよう。改めて言うまでもないと思うが、私の患者の1/3は診断の正しさを完全に確証する「二重目かくし試験」に喜んで協力してくれたのである。
                     また、ジェンキンスは、“フッ素アレルギー〔不耐性〕”ということについては、「お茶〔フッ素が多い〕に対するアレルギーが、少なくともイギリスからは報告されていない」という事を基盤に疑問だとしている。彼によれば、イギリスこそ「喫茶の習慣は全国に普及しており、〔フッ素が危険というのならば〕国民は殆ど何世紀にもわたってこの危険性にさらされているわけになり、これを研究するには甚だ理想的な国である!」(29)というのである。しかし、本章の最初で触れたように、イギリスにおいても、お茶に不耐性〔アレルギー〕があるということは明瞭に確立されているのである。味覚を排除するために鼻から胃に通したチューブでお茶を投与すると、フッ素症に特有な腹痛、頭痛、心臓急搏症、悪心、嘔吐などの症状が反復して起こったが、普通の水では起こらなかったのである(7)。これらの反応は、お茶の中のカフェインやキサンチンによるとも考えらたのであるが、この場合はフッ素に起因すると報告されている。

                    偽薬の効果
                     また、ジェンキンスは論文の中で「ウォルドボットは、精製水だけを与えた際の症状について何も言及していない。偽薬を使用する場合には、何かしら注意があるのが普通なのであるが」(31)と述べている。おそらく彼は、「ある患者が精製水の投与試験で発病するか、あるいは病状が一段と悪化したこともあったかもしれないのに、それを見逃した」とでも言いたいのであろう。
                     しかし、私はこんな事は全く経験しなかったし、この疾患が心身症ではない以上、期待してもいなかったのである。ある患者が、真薬の代わりに“偽薬”を投与され、それで病気がよくなったと感じる“偽薬”効果は確かにある。しかし、フッ素のようなある既知の毒物を除去することが却ってその害作用を促進することなどある筈がない。
                     もし、私がのこれまでにしてきたフッ素化水による非骨格性の多様な害作用の説明以上に的確なものがあれば、私を批判する者はそれを提示して頂きたい。しかし、現在までのところそのような事はなく、彼らはただ上記のような言葉で私を中傷することに熱中しているだけである。それこそ、まさに、産褥熱の原因に関するシーメルワイスの大発見を否定する論法以外の何ものでもない。

                    私の報告の確証
                     それでは過去30年の間に、私以外の者による非骨格性のフッ素症についての発見がどれだけあったのでだろうか。イギリスのある医師の報告書は、このあたりを蔑視し次のように述べている。「フッ素濃度が8mg/リッター〔テキサス州バレット〕という所で行われた研究でも、ウォルドボットが書いたような徴候の証拠は何もなかったという事には注意する必要がある(31)。」
                     しかし、たった120人という小規模な信頼性を欠いた標本による研究(しかも、その地域で生まれた者はわずか11人にすぎない)などから、一体どうやって世界中に応用できる確かな結論を導くことができるのであろうか。その上に更に困ったことには、検査をする医師は、フッ素症の非骨格性の症状を見分けることにかけて少しも熟練していないのである。ロールムが観察(10)したように、この疾患の症状は身体のあちこちに出没し、このエピソディックな特性が更に診断をアイマイなものにするのである。

                     同じイギリスの報告書は、同時に、「〔骨フッ素症の患者が多い〕インドの科学者すら、患者にこのような症状があることについては何も記載していない(31)」と述べている。
                     J・W・サティーの研究は、フッ素によって傷害された細胞が、フッ素に抵抗性がある新世代の細胞で置換される傾向があることを示しており(32)、これが事実とすれば、インドやテキサス州バレットのような所で長期間フッ素に曝露されている人間は、ある程度毒物に適応していることも考えられる。しかし、このイギリスの報告書は単に間違っているだけだ。骨フッ素症のない者にも関節炎様の症状があることは、インドの骨フッ素症の流行地域でも観察されているのである(33)。シシリー島の高フッ素地域でもフッ素による胃腸障害や肝臓障害が発見されており(11)、産業労働者の間に広範な非骨格性のフッ素中毒の症状があることは、既に記載さているとおりである(34)。

                     幸いなことに、最近では、臨床家が慢性フッ素中毒の前骨格段階の症状を理解するようになってきた。立派な科学的報告(30,35-37)に加えて、私の臨床的観察を確証した多数の医師から夥しい手紙を頂戴しているのである。例えば1934年のノーベル医学賞を受賞したボストンのW・P・マーフィー先生はその1人である。
                     しかし,不幸なことに,医師という職業人は、このような症例を科学界で公けにすることには躊躇しているようである。はっきりした検査データの欠落、この疾患の始まりの緩やかさと人目につくことの少なさ。症状の多彩さ。フッ素化水や空気由来のフッ素の副作用についての医学関係者の無知。それらがそれぞれ相まって、これに関する医学的文献の欠乏という事態を招来しているのである。それに加えて、医師はフッ素化が安全であることを絶え間なく吹きこまれてもいるので、折角の発見をみずから否定的に評価してしまうことも多いのである。同様な理由から何十年もの間、じつに厄介な作用を有する多数の環境汚染物質が、我々の認識の目を掠めてきたのであった。第18章で述べるように、医師は参考となるもの失うとともに、別な形での反訴に苦しむのである。

                    もう1つのコメント:チゾールの紫斑
                     フッ素化の推進派は、非骨格性のフッ素症についてより客観的な徴候を提出するよう長い間要求しつづてけきた。しかし、彼らは、これに関する証拠が提出される度毎に、決まりきった否定を続けてきたのである。1例をあげるなら、ホッジとスミス(38)は、フッ素を排出する工場の付近や、稀に人工的にフッ素化された地域の住民の間に見られる溢血のような皮膚の発疹について、フッ素との関係を疑問としている(第10章,11 章を参照)。
                     彼らの見解は、Cavagna とBobbio(39)の業績を強調した文献の不完全な要約に依拠しているのであるが、この2人の研究は(私はこれをCavagna 博士自身から伺ったのであるが)、イタリアのフッ素汚染で係争中のある会社がスポンサーとなって行われたものなのである。この著者らの解釈が偏向していなかったとは、一体、誰が断言できるのだろうか。

                     ホッジとスミスは、他のイタリア人科学者も、「チゾールから7キロ離れているピルカンテの村では、〔1967年では〕チゾール村よりフッ素の汚染が少なかった筈なのに、23%の子どもがこれに罹患していた事を指摘し、この説は疑問だ」と主張している(38)。
                     この言葉は誤解を招く。というのも、彼らが引用している論文にはそのような記述が全く見当たらないからである。事実、この論文からは、次のような全く逆の結論を導き出すべきなのである。即ち、汚染工場からチゾール村以上に離れている所では、このような疾患(チゾールの紫斑)は遙かに稀であって当然である(39-41)。
                     ホッジとスミスが言及した科学者が「この紫斑の原因はフッ素にある」と考えていたと類推しても少しも不合理ではない。その原文は次のようである。
                    「何年もの間、女性や子どもは、アルミニウム工場に近いトレンティーノ村の住人のと同じような皮膚病に悩まされていた。この病気が同じ所で初めて観察されたのは30年以上も前である。この症候学は、フッ素化合物の排出によって汚染された野菜に関係している(40).」
                     

                     1937年から1965年にかけてフッ素汚染が弱まった時には( その工場は汚染防止装置を取りつけた)、野菜の汚染も弱まり、その結果チゾールの紫斑も現れなくなったのである。
                     ホッジとスミスは、チゾールの紫斑が現れる際に尿中のフッ素濃度が高くならないことを以て、この疾患の原因が別にある証拠だとしている。しかし、この意見は間違っている。紫斑ができた者の尿中のフッ素が増加したという記録が正常値の記録とともにあるからである(41)。しかし、尿中のフッ素が増加することは、非骨格性のフッ素中毒症の必須の条件ではない。

                     フッ素化が世界中が待ちこがれていた万能薬であり、誰にも障害を与えずに虫歯の猛威を解消するものであるのなら、なぜ、こうまで科学的事実を捩じ曲げて私の業績が非難れるのか。なぜ、無数の害作用に関する報告について間違った言明がされつづけるのか。なぜ、フッ素化の推進派は、私の発見が「確証されたものではない」など嘘を言わずに、いきいきとした二者択一的な医学的説明を加えることができないの。なぜ、ヨーロッパなどの国々でフッ素化が消滅しつつある事実を認めないのか。なぜ、これらの国々で、このアメリカの「英知」の極印が拒絶されているのであろうか。おそらく、科学者も結局は人間であり、30年間支持しつづけてきた思想を破棄するのに困難を覚えているのであろう。この巨大なる矛盾は、今や科学的な健康問題どころか、純然たる政治問題となりつつあるといわなければならない。

                                  第15章  フッ素化の幕開け−険悪な論争のはじまり−

                      合衆国におけるフッ素化のストーリーは、科学者や素人がなぜこの運動に参画するようになったのかという奇妙な歴史を描かなければ完成はしない。このストーリーを彩る特色は、摩擦や闘争、凶暴な論争などである。人体を傷害せずに、どうやって虫歯を撲滅するかという巨大なる矛盾は、改めて言うまでもなく、科学者の世界を対立する2陣営へと分裂させた。人体への悪影響は全くないと信じるままに水道を直ちにフッ素化すべきだと主張する人達がいた一方で、更なる研究でこれが安全だとの確証を得るまでは全面的な是認には踏み切れないという人達がいた。とくに当時の公衆衛生局の科学者たちはそうであった。
                     
                     前者の尖兵にウイスコンシン州の歯科医師J・J・フリッシュがいた。
                    フッ素化を発案したG・J・コックスに刺激された彼は、猛烈なフッ素化推進のキャンペーンに立ち上がった。歴史学者であるD・R・マックネイルは、
                    「フッ素化との闘争」という本のなかで、フリッシュを「狂気に憑かれた男」と書いている。
                     実際、彼は「フッ素化を自分の宗教とした」人間であった(1)。フリッシュは多数の支持者の名簿を作成しているが、その中に州の歯科保健の行政官であったフランシス・A・バルがいた。バルは地方行政官にフッ素化の是認を迫るため政治的キャンペーンを組織した。1946年になると、この二人は手始めに、フリッシュの郷里であるマディソン市のフッ素化を画策したが、市議会の顧問団である専門家達が反対したために失敗した。その中には、ウイスコンシン大学の著名な科学者がいたのである。
                    しかし、最後にはフリッシュの運動が効を奏し、市会議員らに顧問団の勧告を無視させるところまでこぎつけた。このウイスコンシン州での出来事は全国的な推進運動にはずみをつけた。

                     しかし、一方、合衆国公衆衛生局の科学者らの腰は重く、フッ素化を広く実施する前に、さらに数年をかけて研究を行うよう推進派を説得していた。「この件は、まず水道水にフッ素を添加しようとする地域で、多数の人口群について実験をしなければならない。このよう研究では、最終的な答えが出るのに、12〜15年は要するのが普通である。」
                     その代わりに、実験が完了するまでの策として、次の2つの手段が勧告された。即ち、「フッ素溶液を歯に塗布すること」と、「飲料水やジュース、牛乳などの個人的な食品にフッ素を添加する」(2) ことである。

                     フッ素の作用についてもっと知識を得るために、連邦政府の科学者は1940年代の当初に学会を幾つも組織した。1941年12月29日にテキサス州ダラスで開催された最初のシンポジウムには、全国の一流の権威者が集まり、フッ素に関する彼らの知見を発表した。フッ素化の基盤となる説を論評してF・S・マッケイは、「フッ素がウ蝕の発生を抑制すると考えるべき証拠が急速に蓄積されつつある」と指摘した(3)。H・T・ディーンは合衆国の斑状歯に関する彼の広範な研究を要約し、次のように述べた。

                    「調査した幾つかの地域で“軽症”として分類されるべき歯牙フッ素症が、オハイオ州のマリオン、コロラド州のプエブロ、イリノイ州のエルジン、キワニー、オーロラ、ジョリエットなどの各地(フッ素濃度0.4 〜1.3ppm)で観察された(4)。であるから、フッ素化のために推奨される濃度であっても、それで相当数の子どもに斑状歯ができると思われる。」

                     フッ素化というアイデアを生み出したコックスも共同研究者のマーガレット・M・レービンとともに、「我々がフッ素の虫歯抑制の潜在能力に多大な情熱を傾注していようとも、そのために、ウ蝕に対する抵抗性に関係する他の因子を見失ってはならない」と警告し、 次のように述べた.

                    フッ素はウ蝕との明らかな関連性が証明されたただ1つの元素である。これに比べれば、他の因子は、ウ蝕に抵抗する構造のために必要であるかの如くである。我々は高脂肪食(半分はバターの脂肪)で飼育された母親から生まれたラットの歯牙が非常に改善されたのを観察しているが、この事は、もし歯牙の形成期にビタミンDが存在するとすれば、それがある役割を果たしていることを示唆している(5)。 
                     
                     アリゾナ州の南部で地方性フッ素症について広範な研究を行ったH・V・スミスは、人工的フッ素化について次のように警告した。


                    もし、フッ素の摂取が極めて厳重にコントロールされており、そのコントロールが厳密に維持され、飲料水や食物や缶スプレーの残り滓などからのフッ素が摂取されずにきていれば、この毒物が限界を超えて過剰になり、その結果斑状歯が発生するという事はなかった筈である(6)。 
                     
                     スミスは後年、フッ素化の利益ということについても疑問を発している。彼は、飲料水中に天然フッ素(1.6 〜4 ppm ) を含有していたアリゾナ州のセントデービッドで、12〜40歳の全ての住民のうち「24歳以上の70%の者が充填の不成功のために幾つか歯を失っており、24歳以上の住民のうちの50% 以上のものが全部抜歯され義歯を装着していた」ことを見出していた。彼は次のように強調している。「セントデービッドでは、フッ素はウ蝕を減少させてはいなかった(6)。」M・C・スミス(彼の妻であり,共同研究者であった)も、シカゴのアイザック校で歯牙フッ素症の実験的研究を行っていた。彼らは次のように報告している。


                    公衆衛生的手段としてフッ素を水道に添加して歯にウ蝕抵抗性を与えようとする計画は、どんなものでも極端に有害である。フッ素の有害性と無害性の濃度の幅は非常に狭く、フッ素入り歯磨剤の連続的使用すら恐らく危険である(7)。 
                     
                     このダラスで開催されたフッ素化に関する最初の全米科学推進協議会(American Association for the Advancement of Science)の学会の精神は、あくまで真実の追求にあり、 この手段の利点も欠点も自由に討論できたのであった。直面する巨大なる矛盾を、この会議は十分に認識していたのである。

                     次いで第2回のシンポジウムは1944年9月にオハイオ州クリーヴランドで開催され、第3回は同年10月30日にニューヨークシティで開催された。クリーヴランドでディーンは次のように述べた。「微量のフッ素と歯の健康との関係が明らかにされたことは、今世紀の歯学研究の目ざましい発見の1つとなるものである(8)。」
                     しかし不幸なことに、彼の確信はこの巨大なる矛盾を解消しはしなかった。2人の外国の科学者が、天然高フッ素地域における経験を歯牙フッ素症と関係づけていたのである。R・ウィーバーは、 イギリスのサウスシールド(1.4 ppm ) における斑状歯が21.2% であるのに、ノースシールド(<0.25ppm ) では0.4% であるのを発見していた(9)。一方、T・オッカースは、1935年から行われたアフリカの斑状歯の流行地域843カ所に関する研究を取りあげ、「斑状歯をもっている児童のウ蝕経験歯率(29%)は、もっていない児童のそれ(69%) より, 明らかに低い」と報告した(10)。また、この学会で、ニューヨークにあるローチェスター大学歯学部のB・G・ビビーは、次のような正しいアドバイスを与えた.
                     

                    歯を侵襲してウ蝕をつくるその力の強さを考えずに、フッ素療法が単独でウ蝕に抵抗性ある歯牙をつくるということを信ずべき理由は何もない。我々の情熱が、ウ蝕をつくる力を弱める方法の改善策を追求しつづけることの必要性を見失い、ひたすらフッ素療法の可能性の研究にのみ傾くのは聡明ではない(11)。 
                     
                     ニューバーグ市におけるパイロット研究の開始に6カ月先立って、ニューヨークシティで開催された学会では、フッ素化を歯科の専門家に周知させ支持を喚起するのを目的としていたようである。
                     フッ素化を推進する有力な5つの団体は、ニューヨーク臨床口腔病理研究所で千人以上もの歯科医師や医師、一般市民らにメッセージを送った。そして、このシンポジウムの会報は広く歯科界に配付された(12)。
                     この学会でも、前の2回の学会と同様に、提案された施策の結果についての不安、特にニューバーグ市の住民の健康に及ぼす長期間のフッ素の作用に関する不安が表明された。マッケイは、フッ素化の特徴を明らかにして、それは
                    「もう1つの“生物実験場”であり、予備的な動物実験なしに、じかに理論が人間に応用されるものだ(13)」と述べた。学会の全ての口演を聴いて後でも彼には納得できない様々な疑問が残ったが、彼はこう考えた。「しかし、とにかく、ニューバーグ市のプロジェクトには正当な理由が沢山ある。もしそうなら、これは何処でも応用が可能であり、際限というものは全くなくなるだろう(13)。」

                     公衆衛生局の官僚たちも、彼らが行おうとしている実験が成功するかどうか、マッケイと不安を共にしていた。彼らはその一般的是認を躊躇していたのである。マッケイが観察しているように、最初は、
                    「デービッド・アストもH・トレンドリー・ディーンも,ある地区全体のフッ素化など、全く希望していなかった。2人とも、『フッ素化を考慮している別の自治体はあくまで研究のためであって、公衆衛生手段として受け入れるべきではない』と公言していたのである(14)。」

                     1945年から1950年までは 公衆衛生局の官僚たちは、ウイスコンシン州の推進者を" 湾内" に閉じ込めておくことができたのであり、 彼らがこれを広く実施することについて局の公式見解を要望した時には、「推奨できない」(15)という返事が返ってきたくらいなのである。この「慎重な態度」は、ウンスコンシン州の歯科医師たちの同州オッシュコシュ市をフッ素化しようとするキャンペーンの非常な妨げとなった。フリッシュとバルは、連邦議会歳出小委員会の委員をしていたフランク・キーフェ議員を通じて公衆衛生局の官僚に圧力を加えたが、彼らは頑として、早すぎるフッ素化に反対する態度を変えなかった(16)。

                     ところが、1949年に、グランド・ラピッズとブラントフォードの予備試験のデータが漏洩したのである。それによると、フッ素化4年後の4〜5歳児の虫歯の発生率がコントロールと比べ低下していることが判明したのである。この事実はフリッシュとバルの息を吹き返らせた。、彼らは、医師会や歯科医師会の指導者らに対する全国的なキャンペーン活動を強化して行った。
                     とうとう、1950年5月に開催された州歯科医師会理事会で、バルとアスト(この人物は最初の立場から明らかに転向していた)と、もう2人の州の歯科保健官僚らは、ディーンやアーノルドや公衆衛生局次長ブルース・フォーサイスらの抵抗を弱めることに成功した。弁護士であり歴史学者であった故M・ワォーレンは、この理事会の取材とフランク・バルにインタヴューした時の模様を次のように描いている。
                     

                    バル博士は、その会議に出席していた公衆衛生局の高官1人1人を相手に、もう一度長広舌を振るった。彼の狙いは局次長であり歯科部門の長であったブルース・フォーサイス博士であった。博士は独り言のように彼に話した。「保健問題にかかわる組織として、公衆衛生局は以前からフッ素化の推進を断わりつづけているたった1つの中央団体なのだから、これは厄介だよ。(17)」 

                    局の内部でも論争は続いた。ワォーレンは次のように書いている。


                    ディーンはあくまで最初の立場に固執していたが、フォーサイスとレオナルド・シール局長は、この辺が潮時だと考えた。最後にこの2人は、国の保健行政官のトップとして、公式にディーンの意見を退け、彼が賛成しようがしまいがフッ素化を推進するつもりであることを知らせたのである(17)。 
                     
                     その数日後の1950年6月1日こそ、フッ素化のキャンペーンの大きな分岐点であった。この日に公衆衛生局は、「水道をフッ素化しようと希望する自治体には強い支持を与える」(18)ことを公的に言明したのである。
                    この日以後、公衆衛生局の慎重な政策は、熱狂的な政治キャンペーンに道を譲った。こんなことは今まで科学の世界では見られなかった事であった。以後、政府が支持する科学的な集会で、フッ素化の健康傷害などが全く考慮されなくなったのはここに由来する。公衆衛生局のこうした態度の変更は、1950年の後半にインディアナポリスのインディアナ大学で開催された別のシンポジウムでもはっきりと表れていた。その会議には、強力な推進派だけしか出席していなかったのである.この巨大なる矛盾は、1977 年2 月25日という時が来るまでは、全てが「解決ずみ」であるとされていた。 しかし、20年ぶりに開催されたシンポジウムで全米科学推進協議会は、フッ素とガンそ他の害作用について論争があることを認めたのである(19)。

                    決定的な会議:1951年
                     1951年のはじめに,アメリカ各州や様々な地域の歯科保健の代表者がフッ素化推進のために会合した。公衆衛生局のスポークスマンは熱のこもった言葉で、可能なかぎり広範囲にフッ素化を導入するための計画の概要を説明した。その会議に出席した者は、全国の歯科衛生の指導者と、コスタリカ、プエルトリコ、ヴァージンアイランドなどの歯科保健の行政官たちであった。WHOの代表者はケロッグ財団のフィル・ブラッカバイであり、アメリカ歯科医師会は代表者として、元ワシントン州歯科保健官であったフィリップ・フェアーを送りこんでいた。その会議の議長は、当時の公衆衛生局次長であり歯科保健部長であったJ・W・クヌトソンが勤めた(20)。

                     最初の講演者は、キングストン・ニューバーグフッ素化研究の技術サービス委員会委員のキャサリン・ベインであった。彼女は1945年5月2日にニューヨーク州ニューバーグ市で開始され、その後「10年間秘密のベールで包まれていた」フッ素化実験について説明した。その実験は最後になって、フッ素化は有益であり人間の健康には何の害もないことを証明したという。しかし、その過程で(彼女はその源を明らかにしなかったが)大変な圧力がかかり、行政当局は「その計画の見切り発車」つまり、実験が完了する前にフッ素化とフッ素の局所応用を開始することを余儀なくされたという。
                     ベイン博士の概略の説明の後に、公衆衛生局長であったレオナルド・シールが講演した。
                     彼は其の時は世界保健会議(World Health Assembly)から帰国したばかりであり、 その会議で彼は総裁に選任され、合衆国代表団によって提案されたフッ素化を支持する決議が採択された。彼は計画の障害となるものについて説明し、特にコロンビア地区の行政官の間にわだかまっている反対論について言及した。ワシントンDCの関係者は「ガラスは白濁し、プラスチックは溶け、パンは不味くなる」ことを心配していた。似たような問題がこれから起こるかもしれなかった。しかしシールは、「先頭を行く自治体が、迷っているものをバスに乗らせる」ことに自信をもっていた。

                     シールは当時、彼がフッ素化計画の「レジスタンスの破片」と呼んでいたことに着手していた。これは、F・A・バルにより「水道フッ素化の推進と応用」と題され提出されている。バルはウイスコンシン州のフリッシュとは極めて密接な関係にあり、フッ素化を成功させる技術のうえで相当な経験を積んでいた。彼が行ってきたキャンペーンは大きな成功を収め、1950年代にはウイスコンシン州内の50カ所の自治体が既にフッ素化を是認していた。これは数において当時全国でフッ素化されていた自治体の3倍以上だった。しかしなお、彼の情熱を妨げる未解決の問題が沢山あり、適当な回答を見つけなければならなかった。糖尿病や腎臓病に罹っている人は大丈夫だろうか。永久に充填不可能な斑状歯をもつ人の全身的健康はどうか。インドや北アフリカやイタリアなどの高フッ素地区で報告されている骨の病変や自発骨折などが、人工的フッ素化によって起こることはないだろうか。その上、大都市の水道の本管全部で、果してフッ素1ppmを維持することが可能だろうか。

                    キャンペーン用語 
                     フッ素化を推進するうえで超えなければならない最も高いハードルは歯牙フッ素症であった。バルは同僚に対して、大衆を相手にする場合には斑状歯を
                    「卵のように白い歯」であり、「今まで見たうちで最高に美しい歯」であると言えと指導した。これらの歯牙が、のちに茶色に変色してザラザラになることが知られていたにも係わらずである。この後何人かの聴講者は、彼の忠告に従い斑状歯の魅力を大袈裟に誇張するため「真珠のように白い歯」と呼ぶようになった(参照:脚注15−1)



                    訳者による脚注15−1:わが国のフッ素推進派の領袖ともいえるある歯科大学の教授が覆面をかぶって執筆した* と推定される文書**には、「〔斑状歯の〕軽度のものはむしろ魅力的な白さといえる程度のものである」と書かれている。及び腰な表現ながら、ここにアメリカの推進者に呼応するわが国のエピゴーネンの言葉の詐術を看取するのは極めて容易であろう。
                    *  村上 徹:神話の崩壊するとき,歯界展望,第73巻第1号,pp.177,1989.
                    ** 日本むし歯予防フッ素推進会議:フッ素応用の安全性に関する科学的解釈,pp.
                       7,昭和62年.  


                     フッ素化に関係する他の概念でも、ジョージ・オーエルのいう「二重思考」に必要な新しい言い換えが幾つも登場した。「人工的フッ素化」という言葉も忌避された。バルはこう忠告している。「この言葉には、どこか嘘っぽい響きがある。・・・そこで、我々はこれを『コントロールされたフッ素化』と呼ぶことにする.」

                     「実験」などという言葉も絶対に使ってはならないものであった。「10万人もの市民を前にして『これからあなた方を実験したい。もしあなた方が生き残れば、我々はそれである知識を得ることになる』などと言うのは大衆を粗末に扱うことになる。ウイスコンシンで我々は経験ずみだ。これは実験などではない!!」
                     バルは「フッ化ナトリウム」という言葉を使うことにも反対した。当時、フッ素化に使用されていたのはこの化合物だったが、これは殺鼠剤として広く知られていた名称でもあった。そこで彼は、「フッ化物」という言葉なら反対はより少なくなるだろうと、アドバイスしたのである(21)。

                    逆説のテクニック
                      もっと深刻な問題ですら次のように扱われた。その頃テキサス大学クレイトン財団生化学研究所で、A・テーラー博士が、フッ素がマウスに早期ガンを引き起こし早死にさせるのを発見していた(第13章を参照)。バルはこの重要な発見についてもこう述べた。
                    「我々はこの発表の時でも、ウイスコンシンでは何も言わなかった。我々が公衆に対して言ったことは
                    『高フッ素地域ではガンも小児麻痺も少ない』という事実(!)だけである。こういう情報は公衆に与えておく方がいい。そうしておけば、フッ素でガンになるなどという噂が起こっても、我々がやる前に公衆が反論してくれるだろう。」
                    「最高のテクニックとは逆説のテクニックである。ある事実を否定するのではなく、その反対が真実であることを示してやるのである(22)。」

                     
                     こような、「悪い」を「善い」と言い、「苦い」を「甘い」と言いくるめる手法は、フッ素化のキャンペーンを通じて何回も繰り返された。もう一度言う。こような手法はオーエルの小説「1984年」の中に「新話法」として登場している。そこでは真実が「間違い」であり、間違いが「真実」なのである。フッ素化推進のためには、健康障害に関する評価などは全く歪曲され無視されたのである。バルが明言した当時、フッ素化とガンや小児麻痺に関する研究など何ひとつ存在しなかったのは周知のとおりである。
                     講演の質疑応答では、バルはフッ素とガンに関する科学的問題を巧妙に避けて通った。

                    「何かを売ろうとする時には、まず先にその弱点をとりあげ、それを最も利点であるとして強調するのが宣伝の最高のテクニックだ。これはご承知のごとく、最近言われているとおりである。」
                    「フッ素化は絶対ガンなどは引き起こさない。」
                    「フッ素化されている地域こそ、合衆国の中で最も健康であることを示すデータが確固として存在しているのである(22)。」

                      
                    フッ素化の調査研究 
                     その頃、フッ素化が虫歯の予防になるという確かな統計的データなどどこにもありはしなかった。この弱点を克服するため、バルは彼の同僚である保健行政官らを熱心に口説いて、
                    「フッ素化は偉大な成功」であり「フッ素化の予備調査は州レベルの行政や歯科医師会の手で行われているが、フッ素がどう作用するのかまだ本当には分かっていない」と言わせるようにした。しかし、これが彼の手にかかると、「いや、我々は公衆に対して、これが作用すると断言したのであり、後戻りはできないのである」となる。
                     予備調査のあとに本調査が行われるが、それで「フッ素化が有効であることを公衆や歯科界に証明できるだろう。あなた方はフッ素化する前のデータを欲しがるが、そうなれば、3年前、いや、5年前ばかりかその地域の何時いかなる時点にも戻ることが可能になり、同じタイプの調査も行うことができ、公衆に税金で何が獲得できたのかを示すこともできるだろう(23)」。
                      

                    集会とロビー活動
                      バルの話は、新聞や歯科界やその地域の市民の心を如何にして揺さぶるかに向けられていた。市民の公聴会には必ず新聞記者が招かれたが、反対意見を述べる者は除外され、そうでない場合には、発言に極めてわずかな時間しか与えなかった。歯科医師はどんな時でもこの問題の「権威者」と見なされた。集会の前には必ず新聞記者と接触し、クリーヴランド新聞のフッ素化に関する記事「ぞっとするような宣伝の断片」(この記事のためラスカー財団は500ドル払い金盃まで与えた)を配付した。
                    「新聞には、フッ素化が歯科医療費も払えない貧乏人にどれだけ役立つか話してやるのがよい(24)。」

                    スポンサー
                      公衆との集会では、市民グループや奉仕団の協力を得る必要がある。PTAは最も大切な団体であった。「フッ素化が始まれば、これほど大切になるものもない。PTAには何だって便宜を計ってやれ。役人、市会議員、市長など誰でもいいから接触し、陳情するのだ(25)。」
                     
                     バルは医師を仲間に引き込むことを特に重視していた。聴衆の中でも、医師はこの種の説得が最も簡単な人種であり、地区医師会の決議など、実に簡単に手にいれることができると言っていた。「地区レベルの医学界や歯科界の誰かに火をつけ」(26)、その会に出席していた者に教えてやればいいのである。
                     
                     化学者や技術者たちもキャンペーンには欠かすことのできない人達であった。バルはどうしたら新聞が信頼を寄せるようになるか予告していた。レポーターがその問題の「権威者」、つまり、その地区でフッ素化を推進している歯科医師たちが語ることを信頼するのは間違いなかった。しかし、残念ながら彼らの科学研究に関する知識は断片的であり、その話の根拠は、公衆衛生局やアメリカ歯科医師会から配付される推進文書に全面的に頼らなければならなかった。
                     
                     バルはフッ素の危険性などは少しも考えなかった。何しろ歯牙フッ素症は、「人類が初めて手に入れた最も美しい歯」であり、身体上の危険性などで明らかなものは何ひとつなかったと言うのである。1951年当時バルは、カドミウムやセレンや他の多くの毒物と同様にフッ素の毒性についても少なからぬ医師が認識するようになってきた事を知ってはいたが、このディレンマには解決策が無いことも認めていた。「ことに毒性問題というやつは非常に難しい。これに回答を与える事は私にはできない。あなた方の中で、もしこの回答を見つけた人がいたら是非知らせて頂きたい。すぐ手紙を私に下さい(21)。」後年になって彼は、この厄介な問題について次のように書いている。
                      
                     
                    もし、ある連中がフッ素化に反対しているのが事実だと分かったなら、ただちにその反対論を打ち破らねばならない。フッ素の毒性に関する疑問にしても同様である。そんな疑問をもたせるな。そんな議論に取り合うな。そして、こう言え。ひたすら、ただこう言い続けるのだ。「我々はフッ素には、虫歯を減らす効果以外にどんな作用もないことを完全に知りつくしている」と。もしそれで論争になったら、ただやり過ごしてしまえ。決して自分自身のうちにそんな疑問を育ててはならない(27)。
                      
                     水道従事者がフッ素化に使用するフッ化ナトリウムの粉塵を吸い込むことに関する短い言及を除けば、バルがフッ素の害作用について行ったコメントは上記の引用文だけである。彼の残りの言葉は、宣伝広告が如何にして製品を売ろうとするのと同様に、如何にしてフッ素化を売りこむかだけに焦点が当てられていたものである。彼のこの長期作戦が「崇高なもの」であったかどうかについてはひとまず措くが、当時既に知られていたフッ素の毒性を彼がこのように無視したことは、何ら弁明できるもではない。

                    1951年会議の意味
                     バルの基調講演は、初期の水道フッ素化に対する情熱を露骨に語ったものであり、マディソン・アヴェニューでの推進を強調したものではあったが、科学的事実について述べたものではない。この会議の意味は次の重要な2点において、幾ら過大に評価してもしすぎる事がない。

                    その第1点は、フッ素化が行政を基盤に推進されるようになったことである。(我々は公衆に対して、フッ素が虫歯を減らす作用をもつことを断言したのであり、後戻りすることはできないのである、という言葉によく現れている。)
                     施策に影響を与える立場にいた支持者ら−市長、PTA、水道事業のオペレーター、市会議員、官僚など−が、皆この「圧力的行動」に関与した。純粋に科学的な問題は避けて通られ、その結果、歯科医療費の削減、フッ素化の利益などがしつっこく喧伝された。

                    第2点は、州や準州の保健官僚たちがある意図の下に戦略的に配置され、その下で、ウイスコンシンで住民にフッ素化を説得した際に有効だった戦術が討議された。彼らの国家の健康政策に対する力は目を見張らせるものがあった。

                     この会議のスポンサー、特にシール局長や彼の代理であるクヌトソンらは、科学界に絶大な影響力をもっていた。彼らは大学に対する研究費や公的資金を左右しうる立場にあった。彼らは研究資金やよりランクの高い科学者の協力という報酬を与えることで、科学的思考をも操作することができたのである。
                     このラインから脱落する研究者に対して、彼らはブラックリストを作成し、罰を与えることも可能だった。外国の歯科大学ですら、公衆衛生局の資金を頼っていたのである。WHOすらアメリカの豊富な分担金で支持されていた以上、ワシントンの声がその政策の形成に強い影響を与えたのも当然であろう。
                    外国の一流の科学者を研究費という手段で協力させるというこの事実こそが、公衆衛生局の官僚がアメリカ以外の多くの国家の内部にまで入り込ませ、アイルランド、オランダ、イギリスなどの国の行政のトップがフッ素化を拒否するのを非常に困難にさせたのである。
                     
                    アメリカ歯科医師会による推進運動
                     4回の会議を通じて展開されたバルの推進計画は、早急にアメリカ歯科医師会に採用されるようになった。同会の代表者フィリップ・フェアーはこの会議に出席していた。1953年2月にアメリカ歯科医師会はあるパンフレットを刊行したが、これは市民の同意を獲得する際の方法の傑作ともいえるものであり(28)、合衆国内のあらゆる地方や州の歯科医師会に配付され浸透した。この文書のなかで、バルの指示は新しく強力な宣伝用語で潤色され、この点で、この学術団体の歴史のうえではまさに異彩を放っている。この文書は
                    、いかにしてロビー活動を行うか、いかにして反対側の意見を聴かせずに世論形成をするか、その技術の細かい点にまで触れていた。ここで言う反対側の意見とは、この国の歴史の上で最も熱烈な科学論争のひとつとなったものでのは言うまでもない。
                     

                    反対者の矮小化
                     このパンフレットでバルの方針に新に付け加えられた重要な点は、大衆に与えるフッ素反対者の印象を卑小な者として描くことであった。この文書は反対する者を次のように分類している.
                    ☆「薬剤なしに病気を治そうとするあらゆるタイプの人間」
                    ☆「フッ素化が投薬であるとの信条をもつ宗教団体の会員」
                    ☆「ビタミンやミネラルのようなものの販売に経済的脅威を感じる人間」
                    ☆そして最後に,いわゆる「愚鈍な『科学者』や,公衆衛生的施策には何でも反対する自称大衆の味方.」(29)
                     
                     反対者のイメージに泥を塗ることは後で効果を発揮するようになり、あからさまな反対者の出現を予防した。
                     

                    民間委員会
                      このパンフレットは、地方の指導者がこの目的で勝利を収めるために用いる方法を一段と洗練させた。地域のあらゆる階層の代表者が接触を受けた。労働団体、教師、健康問題の指導者、実業家、商工会議所、教会、市民運動家などのあらゆる組織からメンバーが選ばれ、いわゆる「民間委員会」が組織された。この委員会の委員長は、物事をやりとげ、その職務が成功するするのを見届けようとする熱意があることで選出された。「重要なのは名前だけではなく、委員の人達が喜んで地域のフッ素化に情熱をもやすことである」とパンフレットは記している。委員はフッ素化の推進に情熱を捧げなければならなかったのである。

                     この民間委員会の最初の仕事は、地域歯科医師会や医師会その他の影響力のある団体から、フッ素化推進の決議を獲得することであった。歯科医師はフッ素化の利益を強調した印刷物を作成配付し、新聞社に手紙を書くことを求められた。グループへの講師の派遣は、アメリカ歯科医師会が世話をした。
                     在野の「専門家」も動員され、ローカル紙のために無数の「新聞ダネ」が供給された。州歯科医師会の役員や州保健衛生部の代表者は、聴衆にこの新しい保健衛生の手段の意義を強調することが義務とされた。
                     また、このパンフレットは、このような公聴会では、歯科医師は上品に節度ある態度で振舞わなければならないとを戒めている。「歯科医師が、今ほど自分自身や職業やフッ素化について弁明しなければならない立場に立たされたことは、これまでに経験したことがない。」フッ素化の立法については特段の注意が払われなければならず、「
                    これを科学的事実に立ち入って総括することができない投票者になど任せてはならないのだ(30)。
                     

                    反論をいかにして否定するか 
                     フッ素化の反対論は、次のようなやり方で否定すべきだという。
                    ☆反対論は「有名人が書いた時代遅れの資料を根拠としている。」
                    ☆それらは「余り人が知らない通俗雑誌、新聞記事、編集者への手紙、物好きな健康雑 誌などに載ったものでしかない。」
                    ☆それらは「不正確であり、有名人の言葉を誤用したものに基づいている。」
                    ☆それらは「権威者の原典の一部分を引用したものにすぎず」、かつ「この問題に関する知識の不完全から来る間違った解釈に基づいている。」
                    ☆それらは「研究論文から根拠のない結論を軽率に引き出したものでしかない。」
                    ☆それらは「全くいい加減な『科学者』が、論文に書かずに口先で言ったことにすぎない。」
                    ☆それらは「全く知られていない、時代遅れの、広く認知されていない医学辞典や百科事典」からの引用にすぎない(31)。」
                     
                    なすべき事、してはいけない事 
                     このパンフレットは残りをなすべき事と、してはいけない事のヒントに費やしている。例えば、推進活動に従事する歯科医師は、
                    フッ素化に反対する者の主張に反論しようなどとしてはならないのである。この問題に関する知識などを持ち合わせる必要は毛頭ないのである。合衆国内の様々な保健行政が証明した事実を単に引用していればよいのであり、反論に答える必要など毛頭ないものである。
                     こうしたアドバイスは、1951年の会議で何回も繰り返された.
                    しかし、そうこうしているうちに、アメリカ歯科医師会の「フッ素化」という言葉の解釈は、バルよりさらかけ離れたものになった。フッ素化には「栄養」「よい歯をつくる」「公衆衛生的手段」などというラベルを貼る必要があり、まちがっても「治療」「投薬」「人工的」「実験的」などという言葉は使ってはならないものなのである。しかし、その反対に「ミネラルが不足している水にフッ素を添加する」とか、「水にフッ素を補う」とか、「我々の飲料水をフッ素で強化する」とか、「コントロールされたフッ素化」というような表現はどこ迄も強調しなければならない。フッ素を添加するという方法を、カルシウムのような純粋によい歯をつくる元素の添加や、「太陽がいっぱいのビタミンD強化ミルク」などと比べさせる必要があるのである。「歯科医師はフッ素化を『力説』したり『要望』したりする必要はあるが、まちがってもこれを『強要』したり『要求』したりしてはならない」(32)と、パンフレットは強調している。


                     アメリカ歯科医師会のパンフレットやワシントン会議でのバルの発言は、フッ素化運動がここではっきりと姿を現してきた事を示している。しかし、この2者とも、関心の的であるフッ素に関する科学的データや、人間の健康に対する作用などを提示したものでは、絶対ににない。
                     また、2者とも、こののち合衆国内外でフッ素化を押し進めるためのキャンペーンを特徴づけることになる2つの異様な事項には言及していない。その1つは,
                    反対する科学者の資格や知的誠実さに対する間断なき攻撃である。この猛烈きわまる攻撃は、ごく少数の熱狂的賛成派によって始められたもではなく(考えついた者はいたであろうが)、アメリカ歯科医師会の文書(33)によって公的に構築されたものであり,後日、雑誌に掲載(34)され、世界中に流布して行ったものなのである。
                     もう1つはフッ素化に反対するグループの内部に、秘密のうちに推進派と結託した人間を浸入させることである。

                     

                    この侵入者の目的は、反対者のイメージを低下させ、内紛の種を撒き、究極的に反対側を沈黙させることである。このニセの同盟者は公聴会などに現れては反対派を代表するような言動を行うが、これはフッ素反対派が如何にバカげた事を言うかの演出なのである(35)
                     科学者が、もしもこの章に書いてきたような戦術で痛い目に合わされたならば、真実の探究という第一義を放棄しても、次のような深刻な疑問を発せざるを得なくなるであろう。
                    「フッ素化が本当に健康かつ安全で効果的であるなら、何故推進者はこのようなおぞましい方法まで採用するのか」と。
                     もし、真実が意図的なごまかしや歪曲で隠蔽されるなら、科学的データを理性的客観的に評価することなどが不可能になるのは当たり前である。このような状況の下で賛成派によって押しつけられてきた様々な推進の手法に、一体どんな価値があるのだろう。


                    フッ素化・この巨大なる矛盾 第16章

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                                    第16章  フッ素化翼賛体制の構築

                       1950年以前には、科学者はフッ素は有害で毒性があり、歯牙フッ素症や骨格の変形をきたす原因物質だと見なしていた。しかし、これをアメリカ中の水道にフッ素を添加するとなると、こうした認識は矯正しなければ始末がつかなくなる。こんな認識の異様な逆転はどうしたらできるか。この答えはただ1つしかない。全国の科学団体がフッ素化を情熱的に推進することである。

                       普通、フッ素化のような手段が是認されるには、学会や学会誌や論文の上で、科学的証拠を慎重に分析したうえで行われるのが正常であろう。しかし、フッ素化の場合はそうではなかった。科学に必要な反論や国民感情などは全く無視されたのだ。ある科学団体がフッ素化に賛意を表する場合でも、私は、その団体が会員全員の意見を聞いた上で決定した例など1つも思い出すことができない。少数の評議員の言明などが、真にその団体全員の合意だといえるであろうか。

                      基礎となった研究 
                       前章で触れた1951年の不名誉な学会の直後から、多数の科学団体が相継いでシンポジウムを開催し、フッ素化是認の基礎固めを強固にした。1例をあげれば、全米科学推進協議会は、2回にわたって(ペンシルヴァニァ州フィラデルフィア市、1951年。ミズーリ州セントルイス市、1952年。)フッ素化の推進だけを目的としたシンポジウムを開催した。その記録集の序文の中で、ハーバード大学の歯学研究者であったJ・H・ショウは次のように述べている。「各章の著者各位は、それぞれの方面で著名な有資格者であり、高度な偏見なき見識を有しておられる方々であることは申し上げるまでもありません(1) 」。

                       もし、そうなら、これらの高名な方々の卓越な信頼性は、残念ながら、宗教的情熱を対象とするには甚だ不適格であったと言わなければならない。何しろこの会議の参加者は、全員が公衆衛生局の職員か参与であった。もし、そうでない者がいれば、彼らはいずれもフッ素廃棄物で問題を抱えている企業の関係科学者であり、そのいずれもが、賛成派として挺身することになる人物群であったからである。フッ素化に反対するようなデータをもっている科学者はいずれにしろそこには1人もいなかったのである。
                       そこで発表された論文は後に出版されたが、そこには明らかに、1951年のバルの忠告である「我々は世間に対して、フッ素にはよい作用があると断言した以上後もどりはできないのだ」という言葉の強い影響が看取できる。

                       早い時期にフッ素化を是認した団体の1つに「慢性疾患評議員会」(1954)がある。この組織は、アメリカ病院協会と「慢性疾患の諸問題」を研究するアメリカ公共福祉協会が設立した独立した国立機関であった。そのメンバーは専門家と学識経験者とで構成されていたが、その中には、ヴァッサール大学学長、製薬会社社長、元公衆衛生局長、後の公衆衛生局長、ウォルター・ルーサー(労働者代表)、市民運動の指導者等の有力者がいた。これらの多忙な人達にはフッ素関係文献を読む時間など全くなく、当局から出される所見に頼ることしかできなかった。その当局自体が報告書のなかで、その所見が独自の研究に基いたものではないことを認めているのだ(2)。

                      全米研究協議会(NRC)
                       科学者の集まりであるこの組織は、その後アメリカ全土にわたってフッ素化の是認のために続々として設立されたフッ素化研究委員会のパターンを確立したものとして有名である。ジョン・ホプキンス大学公衆衛生学教授であるK・H・マキシイ以下の3人の委員は、ここでこの問題の研究を委託されたのであったが、彼らは研究する代わりに、単に別の委員会である全米研究協議会(National Research Council-NRC)の特別委員会の意見を採用した。

                      その委員会の委員長も、同じマキシイ教授その人だったのである(3)!

                       このNRCはアメリカ学術会議の下部組織であり、科学の各専門分野の指導者によって構成されていた。これは1916年にアメリカ学術会議の研究機関として科学技術分野の主な学会の協力を得て設立され、公衆衛生局と企業の密接な連携をもたらした。この2者がフッ素化のスポンサーであったことは言うまでもない。
                       NRC特別委員会の9人のメンバーの牛耳をとっていたのは、主に3人の科学者の発言であったが、そのなかの2人、即ち、B・G・ビビー(ニューヨーク州ロチェスター市にあるイーストマン歯科診療所所長であり、製糖会社の研究財団のために研究を行ってきていた人物)と、F・F・ヘイロス(シンシナティ市保健衛生コミッショナーであり、シンシナティ大学ケッタリング実験研究所の副所長−この研究所は、いずれも深刻なフッ素汚染問題に直面していたアメリカ・アルミニウムほか8社の資金援助を受けていた−)は、フッ素化を推進する企業と密接な関係をもっていた。3番目の科学者は公衆衛生局のH・T・ディーンであり、彼は屡々「フッ素化の父」という名称で呼ばれている。

                       このような訳であってみれば、この特別委員会の「中立的」なメンバーたちが、時間的にも努力のうえでも非常にコストがかかる厄介なフッ素文献を、個人的な勉強をせずには認識しかねるフッ素の有害性に気がつかなかったのも無理からぬ話である。この委員会の最終報告書は1951年11月29日に提出されたが、この中で言及された論文の数は30であった。そしてこの30編の論文の著者のうち2人(デンマークの科学者であった故ケイ・ロールム博士とP・C・ホッジ博士)以外は、公衆衛生局や企業のような推進組織と深いつながりがある人達なのであった(3)。
                       この報告書は、3百万人以上もの人間が何世代にもわたって天然フッ素水を飲用しているという理由を以てフッ素化は無害だと示唆している。この主張は「何百万人という人間が何百年もの間、さしたる障害もなしにタバコを吸いつづけている以上タバコは無害だ」というに等しい(参照:脚注16−1)
                       医師がある疾患の原因に気がつかぬ時は、臨床でその疾患に出会うことがどれほど多くても、その源を確定することは不可能である。これはタバコ、フッ素、アスベスト、カドミウム、水銀などの無数の環境化学物質による慢性中毒の場合にも当てはまるのである。



                      訳者による脚注16−1:医学史上、はじめてタバコの害を指摘し、ある種の疾患が禁煙によって治癒する事を論文に書いたのはウォルドボットである。 



                       NRCの報告書にはもう1つ重要な条項がある。〔この報告書で〕ミシガン州グランド・ラビッズ市(訳者注:実験的にフッ素化された都市)における虫歯の減少が報告されたが、それと同時に、比較対照都市であった非フッ素化のマスキーガン市でも同様に虫歯が減少していたのであり、その割合は6歳児で22%、7歳児で28%であった。換言すれば、これらの現象は、フッ素以外の何かの因子が:フッ素化非フッ素化を問わず、両都市の虫歯の発生率を減少させたと思われるのであるが、この興味をそそる事実に対しては委員会は何の説明も加えていないのである(4)。

                      いかがわしいフッ素化賛成の数々
                       1950年代の初めに出されたNRCの報告書と1954年の慢性疾患評議員会の解説書は、多くの科学者の支持を獲得した。この文書を読んだ者は、当然このような問題は徹底的に試験されたものと考え、学識ある組織の権威あるメンバーによる言明を疑うような事はしなかった。しかし、ある団体が、団体の名において賛成しても、それは会員個々の立場を反映したものとは言えない。
                       例えばアメリカガン学会(その「賛成」は,公衆衛生局ニュースに引用され,全国に伝えられてきた)の医事処理担当の副会長であったJ・P・クーニー医学博士は、1965年2月1日に私の秘書のE・L・マイラーに宛てて次のような手紙をよこしている。「ガン学会はフッ素化に関しては、今まで賛成・反対のどちらの意見も公的には述べた事がないことを指摘しておきます」。多くの保健団体は、フッ素化賛成の公表を強制されたのであった(表16−1を参照)。

                       

                      表16-1フッ素化に賛成したと発表されたものの、それが間違いであった団体の一覧
                      団体名 言明者 日時 言明の内容
                      アメリカ水道事業者協会 F・Cアスベリー会長 8/5/55 .我々の立場は、フッ素化を肯定も否定もしていない。
                      合衆国内68医科大学予防医学部門の長(N.Y.タイムズ) わずか4大学だけが賛成 6/14/56 21大学は公式に賛成していないことを断言。15大学は教授または学部からステートメントが公表れたが、組織の長は、これらは個人的なものであり、公的なものではないとの談話を発表した。
                      アメリカ精神医学会 A・Mデービス副会長 7/5/56 我々は如何なる形のものであれ、フッ素化に賛成したという認証を与えた事実はなく、〔与えたという事実が公表された事については〕当事者と接触して誤りを正してゆくつもりである。
                      アメリカ心臓学会 R・Eロザーメル副会長 7/10/56 . 私が知っている限り、本学会がフッ素化に賛成したという事実はない。
                      全米小児マヒ財団 M・Aグレーセル副会長 7/10/56 財団はこの件については、どのような立場に立ってもいない。フッ素化賛成の団体として公表されたのは間違いである。
                      アメリカ化学会 R・Mヲーレンン氏 8/20/56 当学会は、フッ素化の研究も検討も指導した事がない。
                      カリフォルニア大学メディカルセンター S・Pルチア所長 10/31/56 この機関によりフッ素化の賛成が公的に認められた事は一度もない。
                      ボワード大学 R・Sジェーソン医学部長 11/1/56 当大学より賛成反対の意見表示をしたことはない。
                      ハーバード大学医学部 G・Pベリー学部長 1/21/57 本学部は今までに発表したどのステートメントにおいても、大学の名称を使用する許可を与えた事実はない。
                      アメリカ癌学会 クーニー副会長 7/27/62 当学会は、フッ素化に関する疑問が如何なるものであれ、この問題に何の立場も有していない。この疑問は当学会が関心をよせているものではない。
                      災害保険会社協会 J・Dドーセット総支配人 10/1/62 .私どもの協会は、フッ素化についての公共的立場は何もない。
                      テキサス医師会 J・Dニコルス医博 5/22/63 テキサス医師会は、水道をフッ素化する事に賛成する事も、その安全性を保証する事も断る。
                      アメリカ世界大戦参加軍人会 W・Jカルドェル副理事長 9/19/77 .我々は全国組織としては、フッ素化に関して賛否いずれの立場にもない。


                       アメリカ水道事業者協会は、会長であるF・C・アムスベリー二世を通じて1955年8月5日に私に手紙をよこしたが、その内容は単に1949年の協会理事会で採用された解決策を繰り返しているだけであった。「我々の立場は、フッ素化に賛成でも反対でもない事は知って頂きたいと思います。この件は全て、フッ素化の利害を判断しうる適任者に任されているのです。」

                       開業医の支持を得ようとすれば、大学や医学部・医師会等に賛成に回ってもらう必要がある。かくして医学関係者は、1956年10月31日づけのカリフォルニア大学医学部メディカルセンター予防医学部門(サンフランシスコ)の責任者S・P・ルチア博士がニュージャージイ州グレンリッジのA・H・コードゥエル夫人にあてた手紙でわかるように、いつも何かに急かされるような立場に置かれることとなった。
                       この手紙は、カナダ保健連盟のゴールドン・ベーテス博士が、1954年の夏に北米の各大学医学部の教官のフッ素化についての意見をつぶさに調査した事を述べている。ルチア博士は初めはこの問題に関して何の情報も持ち合わせていなかったので、ベーテス博士の最初の手紙を無視したのであったが、2度目のものには、「多数の教授の、そうですね、私が見たかぎりでは71の大学の予防医学の教授の意見がリストアップされていた」のである。
                       3度目の手紙(1954年6月8日)に対して、同博士は次のような返事(1954年6月20日づけ)を送ったと、同夫人に述べている。「フッ素化の支持のために提出されている解剖学的組織病理学的証拠は、フッ素化が無害であるばかりか実際上有益であるとの結論を確証しているようであります。」しかし、彼は次のようにも付言した。「しかしながら、当部門による水道フッ素化の公的な賛成は、いまだかつて1度もなされたことはありません。」

                       バーバード大学医学部長のG・P・ベリー博士は、賛成したという事を否定する点ではより強硬である。彼はコードゥエル夫人に宛てた1957年1月21日づけの手紙で次のように述べている。「バーバード大学医学部は、フッ素化問題に関するどの文書にも、未だかつて大学の名称を使用する許可を与えた事実はありません。賛成反対のどちらにせよ、そこに大学の名前をあげるのは完全なまちがいです。」
                       ある場合には大学の教官の名前が賛同文書に載せられて、そのため非常に迷惑を被ったということもあった。ワシントンDCにあるハワード大学医学部のR・S・ジェイソン医学部長は、E・L・マイラー氏への手紙(1965年2月19日)で、予防医学・公衆衛生部門の長であるP・B・コルネリー博士が、「公衆衛生局から入手したデータと、水道フッ素化はコロンビア地方で何の困難もなしに開始されてきたという事実だけに基づい」て、フッ素化には賛成すべきであると確信する立場を採るようになってきたと述べている。ジェイソン博士は、彼が主管している医学部が一方的な情報だけを受け入れてきた事を認めているのである。彼は次のようにも述べている。「私が知っている限りでは、ハワード大学が、大学としてフッ素化に賛成した事実はありません。」

                      アメリカ医師会
                       医師にとっては、医師会の声の方が大学よりはるかに強力である。従ってアメリカ医師会の賛成は、フッ素化というバスの運行にとっては決定的である。当時、医学の領域ではフッ素研究は全くの処女地であり、経験ある医師にとっても、もしアメリカ医師会が「フッ素化は無害である」といえば、それを吟味するようなデータの入手は不可能であった。公衆衛生局は生化学者であるF・J・マックルーアにこの仕事に着手させた。
                       マックルーアは1951年に、アメリカ医師会の「薬理・化学委員会」と「食品・栄養委員会」に出席して「飲料水にフッ素を添加しても無害である」と断言した。このため、この2つの委員会は、フッ素化が有害であるということは「何らの証拠も知らない」と言明することになった。しかし、それにもかかわらずこの2委員会は、次のように警告してもいる。「骨粉錠や糖衣錠などの天然フッ素を多く含有しているものや、歯磨剤やチューインガムのように後からフッ素を添加したものは、水道がフッ素化されている地域では避ける必要がある(5) 」。
                       驚いたことにアメリカ医師会雑誌の読者のうちのごく少数の人達は、この1951年の賛成案が、フッ素を長期間摂取した場合の臨床データなど何もないまま決定されたものである事を見抜いていたのである。このようなデータの欠落と賛成案の政治的な決定とは、当時のアメリカ医師会公衆衛生委員会委員長であったロードアイランド州のC・L・ファーレル博士にはよく分かっていた。私への手紙(1954年10月16日づけ)の中で、博士は「アメリカ医師会政治連盟のロサンゼルス大会の席上で、2人の州保健コミッショナー(1人はコネティカット州、もう1人はウイスコンシン州)が、『アメリカ医師会はフッ素化を強力に支持し、隅々まで賛成し、フッ素化の利益を激賞した会議録を作成する』という決議案を提出してきたのです」(6) と述べている。

                       「私は完全に理解ができました。」と博士は説明している。
                      「その場では反対というものは全くありませんでした。少なくとも組織的なものはです。質問に立ち、フッ素化の提案に立ち向かえるほど十分な説明を受けた者など1人もいなかったのです。」
                       提案を多少ともマシなものにするため、ファーレル博士は「フッ素化に賛成」という言葉に、より穏やかな「原則として」という表現を付加することを提案した。「そうすれば、医師会がフッ素化に完全に賛成したという訳にはならないでしょう」と彼は言っている。

                       このようにして、1度はフッ素化は「原則として賛成」ということになった。しかし、医師会の理事、とくに専務理事であるG・F・ラル博士と、雑誌「今日の健康」の編集長であったW・W・バゥエル博士の2人は、フッ素化推進の猛烈なキャンペーンに従事していた。
                       医師会雑誌の編集長オースチン・スミス氏は、1954年7月9日に「医師会の『政治連盟』がフッ素化に賛成した以上、フッ素化に好意的でない論文は受け付けることができません」という手紙を私によこした。この20年間にフッ素化に反対するデータを含んだ論文が幾つかこの雑誌に掲載されてきたが、このような証拠にもかかわらず、これらの論文は全て「フッ素化は安全である」という言葉を連ねている。アメリカ医師会の一般会員は、フッ素化の安全性と同様、価値の解釈のうえでも極端な偏見に晒されてきたとしか言いようがないのである。

                       私の要望に応じて医師会の「食品・栄養委員会」と「薬理・化学委員会」は、1957年8月7日にシカゴの公聴会でフッ素化の論評を行った。H・T・ディーン博士とW・D・アームストロング博士が賛成側として出席する一方、私とF・B・オクスナー博士が反対側の代表として招聘された。
                       オクスナー博士は放射線科医であり、フッ素の健康に及ぼす影響に関しては当時もっとも著名な専門家であった。委員会のメンバーは、C・A・エルベジェム博士(生化学者)とM・H・シーバース博士(薬理学者)の2人しか出席していなかった。シーバース博士はかつてフッ素の研究を行った人であるが、2人とも臨床家ではなかった。その他のメンバーであるアンナーバーのミシガン大学のA・C・カーチス博士などは推進運動に従事していた人である。あとその場にいたのは公衆衛生局のコンサルタントたちであった。

                       オクスナー博士は公衆衛生局の統計研究の大きな誤りに焦点を当てて、きわめて学問的な講演を行った。彼は、また,天然フッ素の曝露(1.2〜5.7ppm )を受けた21歳のテキサスの兵士の症例についても議論した。その兵士は、そのために、生涯の大半を重い骨フッ素症と致命的な腎臓病に侵されたのである。
                       私は当時研究していたフッ素の燐酸およびカルシウムの代謝に及ぼす影響(第14章を参照)について短い講演を行った。あらかじめ私は委員会に対して、フッ素化水による中毒の症例報告の別刷を提出していたのであるが、その重要な問題は実質上無視された。私はまた、非フッ素化地区のデトロイト(0.1ppm )で遭遇し、ディーン博士がフッ素性であると認めた斑状歯の写真も示説した。彼は、斑状歯に関する彼の経験を概説したが、天然フッ素地域におけるフッ素以外のミネラルの歯を保護する上で果たす役割についての私の質問には何も回答しなかった。アームストロング博士は主に、血液中のフッ素の分析に関する彼の新しい方法について話をした。

                       アームストロング博士は、〔この会が〕こんな成り行きになることなど予想もしなかったと語ったが、この言で、彼は図らずも、この公聴会の目的が両陣営の論争の誠実な検証にあったのではなく、ただ〔会員である〕医者に対して、如何にも慎重にこの問題を検討したと見せかける所にあったのが暴露された。

                       私自身やオクスナー博士の話が3人のメンバーによって続け様に妨害された時に、私ははじめて、この会の雰囲気が敵意に満ちている事を感じ取った。その1人であるペリン・ロング博士などは極めて感情的であった。パネリストの1人であるC・A・エルベジェム博士の如きは、彼の同僚の目にも露骨なほど、私の仕事を軽視しようとした。

                       この2つの委員会の報告書で、私の症例報告(反フッ素化の完璧な医学的証拠を含んでいる)は、次のたったの数行で片づけられた。「これらの〔ウォルドボットの慢性中毒に関する〕報告は、フッ素化水に起因する複合症状の提示としては、偏見をもたずに受容することを正当とする〔症状の〕一貫性を示す事に成功していない(7)。」フッ素慢性中毒の大半の初期症状が、きわめて多彩な一貫性のないものである(第9章を参照)以上、このコメントは事実において私の提出した証拠を支持するものであり、これを無効とすることなどできる性質のものではない。

                       この報告書は、フッ素化に賛成する一方で20頁にわたって好ましいデータと同時に、為害性のデータをも明らかにしている。例えば、斑状歯は「フッ素の摂取による傷害の最もデリケートな基準である(8) 」といった具合である。また、フッ素化水の生理的作用が、水中に存在する他のイオンの性質や濃度により、個々で予想もできないほど多様になることも指摘している。「飲料水や食物中のppm の値」より、1日あたりのフッ素の総摂取量の考察こそ必要であるとも強調しており、「異なった気温の下の異なった習慣の異なった人達のフッ素の摂取量は極めて多様である」ことを警告してさえいるのである。また、これには、「人間が摂取する液体や食物中のフッ素を、その安全限界を保証するために、十分な数の人間と十分な期間について測定することは実際上不可能である」(9) という意義深い一節がある。これはこのステートメント中の白眉であろう。
                       巨大なる矛盾はここで再び強い光をあてられて浮かび上がった。例えフッ素化が是認されようと、この矛盾が消えさるような事は全くないのである。
                       
                       アメリカ医師会代議員会  
                      上記の報告書は、猪突猛進するフッ素化賛成集団により支持を受けた。これに反対的なある会員は、この火を噴くような問題を避けようとした。ミシガン州の4人の代議員のうちの1人であったJ・A・デター博士は、この時の模様を私への手紙(1957年12月11日)の中で率直にこう述べている。「フッ素化にあからさまに反対することは、政治的に自殺することです。」それにもかかわらず、嵐のような討論の後での投票では、1/3の代議員がフッ素化に反対したのであった(10)。
                       
                       公衆衛生局によるフッ素化の支持 
                       アメリカ医師会、アメリカ歯科医師会やその他の強力な団体は、合衆国内外のフッ素化をさらに推進して行った。科学団体の役員と委員は結託し、こうした科学的問題には不可欠な自由討論は極力省かれていったのである。賛成派の長大なリストに挙げられた団体(表16−2)の中には、アメリカ公衆衛生学会のような公衆衛生局と緊密な関係にある団体もあったが、アメリカ小児科学会のような独立した専門団体もあった。 

                       世間から尊敬されるこのような団体が道を拓くと、合衆国内にある無数の、この問題に関しては素人の集団が、問題を何一つ研究することもなく請願の後に続いた。青年商工会議所、労働組合、婦人連盟、PTA、奉仕団等々。著名な市民、科学記者、政治家、政府、官僚、さては大統領までもがこのために名前を貸したのである。かくて国レベル地域レベルを問わず、賛成者の数は雪ダルマ式に増えて行った。これらは皆、公衆衛生局や歯科医師の指導と密接な連携を取るいわゆるフッ素化「研究委員会」を通じて増えていったのである。

                      表16−2  フッ素化に賛成するアメリカ国内の諸団体(公衆衛生局しらべ,1970年)a
                      アメリカ小児科学会 全米科学推進協議会
                      アメリカ歯科大学協会 アメリカ産業歯科医会
                      アメリカ公衆衛生歯科医会 アメリカ癌学会
                      アメリカ歯科衛生学会 アメリカ歯科衛生士会
                      アメリカ工業労働組織連盟 アメリカ心臓学会
                      アメリカ栄養研究所 アメリカ国軍 
                      アメリカ医師会 アメリカ看護婦協会
                      アメリカ接骨士会 アメリカ薬剤師会
                      アメリカ公衆衛生学会 アメリカ公共福祉協会
                      アメリカ学校保健会  アメリカ小児歯科学会
                      アメリカ獣医師会 アメリカ水道事業協会
                      アメリカ公衆衛生獣医会 州・準州保健担当官会議
                      慢性疾患委員会 アメリカ病理学会
                      アメリカ実験生物学会連合 連邦衛生工学学会 
                      産業医学会 アメリカ児童研究学会
                      全米PTA協議会 合衆国青年商工会議所
                      68医科大学予防医学部門所属長会議 保健衛生学会内部委員会
                      全米教育学会 全米市町村法律担当官協議会
                      a F・J・マックルーァ:水道フッ素化・探究と勝利・(国立歯学研究所,メリーランド州ベセダ市,pp.249-251,1970)より.しかし,例外については表16−1 を参照


                       
                      世界保健機構(WHO)
                       フッ素化は合衆国国内ではこのように多数の団体の賛成を獲得するという著しい成功を収めたが、海外ではごく限られた賛成しか得られなかった。その中でも世界歯科連盟(FDI)はごく少数の例外の1つであり、フッ素化を国際的に推進することを唱導した。1958年つまり、アメリカ医師会の報告書が出た翌年に、世界保健機構(WHO)はフッ素化について研究するためにジュネーヴに専門家委員会を設置した。7人の委員のうちの少なくとも5人は、それぞれの母国でフッ素化を推進してきた人達であった。
                       
                       J・W・クヌトソン博士とH・C・ホッジ教授という、推進派としてはアメリカ国内で極めて有名な2人がここで発表を行った。ホッジ教授の研究の幾つかは、オザーク・マホーニング化学会社と、今では存在していない原子力エネルギー委員会の資金で行われてきたものであり、この2者ともフッ素の廃棄問題で深刻な局面に立たされていた組織であった。
                       
                       専門家委員会の他のメンバーであるストックホルム大学歯学部カロリンスカ研究所のインベ・エリクソン(Yngve Ericsson) 教授は、ヨーロッパで最も有名なフッ素推進派の1人であり、それまでに合衆国公衆衛生局の研究資金の提供を受けてきており、その次にスェーデンの歯磨剤産業から特許料を受けた人物であった。私のフッ素化水による中毒の報告を提供したいという申し出は拒絶された。WHOの威信にかけて彼らの論文は次のように述べている。「この報告書は国際的な専門家グループの見解を集めたものであり、必ずしもWHOの政策の決定を表しているものではない(11)。」公式に是認したのはそれから11年後である。
                       1969年7月23日に、フッ素化はボストンでの第22回WHO総会で再び取り上げられた。この方法を〔WHO加盟の傘下各国に〕勧奨するという決議案は、協議事項として毎日のように取り上げられたが、イタリア、セネガル、コンゴなどの国々の代表により強く反対され阻止された。
                       イタリア代表団の首席であったG・ペンソ氏は、フッ素化を「全てのものに添加物を加えないではいられない現代の狂気」と表現した。彼は「我々が呼吸し摂取している空気中や食物中のフッ素量は未知である」ことを指摘し、特に次の世代へ障害を与えることの可能性について警告した(12)。それにもかかわらず、会議の最後の131カ国の代表1000人のうち僅か5〜60人しか出席していなかった時に、懸案となっていた議案は全が一緒くたにされ投票にかけられたのである。その中にフッ素化の決議案が混ぜられていたのであった。その決議は柔らかい表現になってはいたが、水からのフッ素摂取量が「至適レベル以下」の地域でフッ素化を導入することを多数の国家が検討中であるということを強調していた。また、その決議は、事務総長に対して「ウ蝕の病因論の研究を奨励しつづけること、食物中のフッ素量、飲料水中の至適レベルのフッ素の作用機序、天然フッ素の過剰摂取の作用などについてWHO総会に報告すること」(13)を要請した(参照:脚注16−1)



                      訳者による脚注16−1 :フッ素化を世界に拡大する契機となった1969年の第22回WHO総会の模様は、わが国の代表浦田純一氏(厚生省大臣官房統計調査部長・当時)の発言とともに高橋晄正博士によって詳しく紹介されている(フッ素と虫歯・高橋晄正編著・三一書房・1978年)。




                      そのほかの国々によるフッ素化の是認
                       外国の科学団体や保健担当省も研究委員会を設置した。1952年の2月から4月にかけて、歯科医療官J・R・ホーレストを代表とするロンドン保健局の使節団がミシガン州グランド・ラピッズ市、ニューヨーク州ニューバーグ市、オンタリオ州ブラントフォード市、テキサス州バレット市、メリーランド州ベセダ市にある国立歯学研究所、シカゴのアメリカ歯科医師会本部などを歴訪した(14)。彼らのホストは、シーレ公衆衛生局長、クヌトソン局次長、ディーン、アーノルド両博士らであった。この訪問とアメリカの同じ役職にある人達の温かい歓迎に、イギリス人委員らのフッ素化に対する情熱は一挙に燃え上がった。これらの人達は、いずれもイギリスにおけるフッ素化の強力な提唱者となった。

                       イギリスがフッ素化賛成を決めた後、公衆衛生局はオーストラリアとニュージーランドでの導入に狙いを定め、アーノルド、ディーン、マックルーアらを中心に、局の科学者や科学者1人学識経験者2人の合計3人から成る「研究使節団」を訪問させ、アメリカ流のキャンペーンを開始した。
                       カナダではオンタリオ州保健省のM・B・ダイモンド博士が「公共上水道フッ素化に関する調査報告委員会」を創設し、同じくこの委員に2人の学識経験者(委員長・裁判官K・G・モーデン氏とE・L・フラクケル夫人)と1人の医師(オンタリオ州ロンドンにある西オンタリオ大学学長G・E・ハル氏)を委任した。科学者であるハル医師は、1960年5月2日〜13日のトロントでの公聴会における委員会の審議にを指導的役割を果たした。

                       そこではこの問題に対する関心が、三重に輻輳してぶつかり合った。彼の息女はフッ素汚染で問題を抱えているアルミニウム製造会社の社員であり、彼自身カナダでの指導的なフッ素化推進団体である「カナダ保健連盟」から名誉顧問という待遇を受けていたばかりか、その大学はアメリカの推進機関の中枢である公衆衛生局から研究資金を供給されていたのであった。公聴会に先立って、委員会は、フッ素化にきわめて好意的な6人のカナダ人歯学研究者が書いた短いパンフレットを配付した。言うまでもなく、その文書には、カナダ全土のフッ素化が提唱されていたのであった。

                       しかし、その他の国々では事態はそう簡単には進展しなかった。多くの科学者がフッ素化に異議を唱えていたからである。フランスでは、北アフリカのフランス直営の燐酸鉱山の住民や労働者の骨フッ素症が報告されていた。イタリアでは、ローマ北方やシシリーの火山地帯での食物や飲料水中の高濃度のフッ素が問題となっていた。アイスランドではヘクラ火山が度々噴火して羊や牛や農作物にフッ素被害の深刻な経済的損失を引き起こし、フッ素の有害性を痛感させられていたのであった。インドでは広大な地域に地方性フッ素症が蔓延しており、保健行政当局の関心は専ら如何にして飲料水からフッ素を除去するかに注がれていたのである。

                      全米アレルギー学会
                       スェーデンやオランダなどの海外の科学者がフッ素の有害性を認識するようになってきた丁度その頃、公衆衛生局は全米アレルギー学会の役員らに対して、彼らの声をフッ素化の推進に加えることを要請した。1971年6月、この団体の11人の評議員は、満場一致で次のような声明を発した。「水道フッ素化に使用されるフッ素でアレルギーや不耐性を起こすという証拠は全くない」(15)。
                       アレルギーがある人間は、健常者に比べ、明らかに薬物中毒を起こしやすいという事が知られていたために、評議員らは局の要請を承認することでフッ素中毒を報告した論文の衝撃を柔らげようとしたのである。

                       しかし、奇怪なことには、これらの著名な科学者の中にフッ素の生体影響の研究をした人は1人もいなかったのであり、会員の意見も調査されず、会員の患者にフッ素中毒に罹患したものがいたかかどうかも全く調べられなかったのである。この声明には7論文が付随していたが,〔問題意識の〕深さの点で、この問題の要点を網羅したと見せかけることもできなかった。ある論文は、歯磨剤中のフッ素やフッ素ドロップによる激しいアレルギーについて記述しており、別の論文はフッ素錠によるアトピー性皮膚炎とジンマシンの症例を記録していた(16,17)。巻末の文献欄には私の慢性フッ素中毒に関する論文は1つも挙げられていなかったが、その代わりに、以前私が一般市民向けに執筆した“魔王との闘い”(1965)に言及した部分があった。しかし、飲料水中のフッ素による障害を数々の証拠をあげて明らかにした科学的文献(18-30) は、全く参考にされなかったのである。
                       
                       この声明が発表された頃、公衆衛生局は、アレルギー学会の11人の評議員のうちの4人に対する1971年の研究助成金(総額780,621ドル)を発表した(31)(表16−3を参照) 。ほかの殆どの評議員達もアレルギーの研究でこのような助成金を以前に受けてきていたのである。公衆衛生局の助成金が、科学者個人に対する「ヒモつき」(32)の報償として、政治面でしばしば重要な役割を演じてきたことは秘密でも何でもない。11人のアレルギー専門家による決議は、連邦の恩恵に対する感謝の印と見ることができよう。 残念ながらこの声明は、この人達の顔触れから純粋に科学的なものであるかのように受け取られ、広く流布した。例えば、ロンドンの英国王立医師協会(Royal College of Pysicians−RCP)の委員会は1976年にこの声明を引用し、飲料水からのフッ素中毒に関する私の症例報告の妥当性を否定し次のように述べた。
                       
                      合衆国公衆衛生局は全米アレルギー学会に対して、フッ素アレルギーや不耐性の結果であるアレルギー反応の主要なタイプに関して、入手しうる限りの臨床報告を明らかにするとともに、そのような症例のある種のものが、あるタイプの薬物反応として理解されるべきなのかどうかその可能性を検討することを要請した。学会は後日「水道フッ素化に使用するフッ素にアレルギーや不耐性があるという証拠は全くない」という声明を発表した(33)。 
                       このRCPのステートメントは、学会の報告書に対する私の反論(34)を否定できないまま無視したものでしかないが、全米アレルギー学会の声明と同じように、フッ素化賛成団体である「歯科医師会」にもそうする事が要請されていた。RCP報告は主としてWHOのモノグラフ(13)や全米研究協議会(3) からの陳腐な偏った引用に基盤をおき、その大部分がアメリカのフッ素化賛成の好戦的な声明を単に繰り返しているばかりであった。フッ素化に好意的でないデータは全く相手にされず、ヒモ付きでない研究によって見出された客観的なデータなどは全部省かれていたのである。
                       しかも奇怪きわまることに、1977年の全米研究協議会の報告書(35)は、RCPのこの結論に言及しているのであるが、この結論はそこまでに至る情報をかつてこの協議会から得たものなのである。ここにこそ我々は、賛成派の常套的なストーリーを見て取る事がができるだろう。そのストーリーとは即ち、ワシントンの公衆衛生局で創られたフッ素化賛成のメッセージがある団体から別の団体へと渡り歩き、最後にまたワシントンへと戻ってきて、公衆衛生局の手で行政の立場として再度繰り返されるというものである!
                       何故こんなにも多くの学術団体が、フッ素化の衝撃について熟慮することもなく、個人的な小グループの言説に反応してバスに乗り遅れまいとするのであろうか。その答えは恐らく沢山ある。その幾つかをあげてみれば次のようなことになろう。
                      ★虫歯を予防したいという歯科医師の熱烈な欲求
                      ★この計画の立案者の威信
                      ★フッ素の長期間の生体作用に関する知識が欠落したまま、専門的知識を有する第三者を説得する際の保健官僚の能力
                      ★賛成する科学者には研究資金を簡単に与え、反対者には与えないこと
                      ★このプロジェクトが多くの人道家に深くアッピールしたこと
                      などである。そしてこれらの要因が絡み合って、フッ素化は推進されてきたのである。しかし我々は、ここに公衆衛生局歯科保健部の存在があるのを忘れてはならない。この部局の医歯学やマスコミに対する影響力はまことに甚大なのである.

                      表16−3 全米アレルギー学会評議員に対する公衆衛生局の助成金一覧(1971) (31)
                      受領者  所在地   金額 
                      K・F・オースチン マサチュオセッツ州ボストン $486,112
                      R・S・ファー コロラド州デンバー  101,682
                      E・ミドルトン二世  コロラド州デンバー  88,149
                      C・E・リード  ウイスコンシン州マディスン 104,678


                       公衆衛生局
                       1950年6月1日(36)にフッ素化を決定した公衆衛生局は、当時は健康・教育・福祉省の1部局であった。メリーランド州ベセダにある国立歯学研究所(National Institute of Dental Research −NIDR)は又その1部門であるが、設備とスタッフの良さではおそらく世界で最高の歯学研究センターであろう。科学の世界におけるこのような高い地位のために、議会の指導者や大統領は局のアドヴァイスを、それがこの国で真に最良の判断であるかどうか真剣に考えることなしに受け入れるのである。

                       局歯科保健部のトップはアメリカ歯科医師会のトップと密接な関係にあり、他にもある多数の団体と同様に、役員、委員会、協議会などの各レベルでメンバーを交換し合っている(38)。と同時に、彼らはアメリカ医師会の政策形成団体の代表者でもある。例えば、局はシカゴにあるアメリカ医師会の本部に永久的な地位を有しており,局係官はアメリカ医師会および州や準州の医学団体の重要な会議のメンバーになってもいるのである。
                       このように公衆衛生局は、全国各州のあらゆる科学団体に深く根を下ろしていばかりか、議会、陸・海・空軍、食品薬品局(FDA)、更に最近では環境庁(EPA)とも密接な関係にあり、科学データの提供面で政府機関が恩恵を受けている最高権威者の集りである全米学術会議の研究協議会を通じて産業界ともリンクしているのである。また、この役所の官僚は、国内医歯学の主要な学術雑誌の役員にも名を連ね、新聞、ラジオ、テレビ、医学記者、ニュースのコメンテーターなどの大衆に接する立場の人達とも接触を欠かさない。威信にものをいわせ、研究資金を左右することで、この役所が簡単に科学者や学識経験者の思考を支配できるということに疑いはないのである。

                       そもそもフッ素応用の研究のためにどれだけの金が使われてきたか、詳しく知っている者は誰もいないだろう。国立歯学研究所の理事であるS・J・クレショーバー氏によれば、連邦政府の予算局は、「フッ素化が中々実現できないということに関係するような計画のためだけに使われる予算は、その削減を勧告する」という(37)。しかし、我々は1957年〜1973年にかけて、アメリカ歯科医師会が合計6,453,816 ドルを受け取ったことを知っている(38)。このうちのどれだけがフッ素化のために使用されたのかは確かめようがないが、何百万ドルといった額なのは確かであろう。

                       教育・健康・福祉省の歳出に関する下院小委員会委員長であった故J・A・フォーガティ議員と、元上院歳出委員会委員であったリスター・ヒル上院議員という連邦議会の元大物2人は、局といつも接触を保っていた。彼らは議会の中で、この役所の予算要求が如何に膨大なものになろうとも常にこれを支持しつづけてきたのであった。この従者としての働きのために、この2人は公衆衛生局長の推薦によりラスカー賞を受賞した(39)。

                       ワシントンのこの局の歯学者らが1950年以前に、彼ら自身「予測される危険性」と言ったフッ素化に猛進したことで、一体何が起こっただろうか。
                       元来、公衆衛生局という役所は、伝染病から社会を守るために創られたものであり、それは著しい成功を収めてきた。一方、この成果に比べて予防歯科は、第2次世界大戦以前には殆ど進歩が見られなかった。何年もの間、局の歯学研究者は、彼らの最も深刻な健康問題として、虫歯と闘い続けてきたのであった。従って、フッ素化がこのような人達の心を捉え、彼らの祈りに対する回答こそこれだと思ったのも当然であったろう。かくしてその情熱の赴くまま、潜在的危険性に関する研究など行うことなしに、彼らはフッ素に殺到したのである。

                       彼らの熱意に寄与したものにもう1つの考えがあった。
                      原資に限界というものがない公共機関と同様、官僚は常に彼らの影響力の拡大に情熱を注ぐものである。1953年に公衆衛生局長のレオナルド・シーレは、州・準州の保健担当者会議に出席した折りに、フッ素化は「非感染性疾患に対する集団的施策」の1つの例だと言明した(40)。フッ素化は、彼らの野心的な目的を完成するための手段の1つであったのかもしれない。(参照:脚注16−2)
                                        ★
                       1950年に逆ピラミッドの先端から吐き出されたフッ素化推進運動という噴煙は、今やキノコ雲のような勢いである。あらゆる学術団体は、公衆衛生局が吹くハメリンの笛に誘い出されたネズミのように、フッ素化という名のバスに乗り込もうとする。この本の読者は自分自身で判断されるだろう。果して、科学的客観性と言われて来た事が、フッ素化を検討する地域のための「選択」の導光となったのかどうか。また、果して、アメリカ水道従事者協会やアメリカ消費者連盟、アメリカ生命保険協会、全米PTA協議会、市民生活防衛局、農務省、国防省、全米青年会議所および国内の様々な組織の長から出されたフッ素化賛成の声明は、科学的な価値と結びついているのであろうか。



                      訳者による脚注16−3:アメリカ厚生省の公衆衛生局を中心とする組織図については、ジョン・イアムイアニス博士の著書 Fluoride The Aging Factor,2nd Edition,pp.118にくわしい。訳者もかつて訳書「プリニウスの迷信」において解説した。



                       誰でも「大衆心理」の効果というものを理解しているが、最近の医学の歴史的事実は、あらゆる事の真相が明らかになるに従って、公衆衛生的手段をこぞって支持した結果がどんなことをもたらすのか我々の記憶を刺激するにちがいない。
                       例えば、公衆衛生局の豚インフルエンザのワクチン計画はこの国のあらゆる保健行政当局によって推奨されたものであるが、その結果としてジェラルド・フォード大統領は、膨大な数の国民への集団接種のために1億3千5百万ドルもの費用を投じた。しかも、この計画は、ワクチンの注射が致死的な神経麻痺(ギラン・バレエ症候群)を惹起することが明らかになったため急に中止され(1976年12月16日)、ついで局は計画そのものをまるで疫病神のように捨て去った。政府がある主張を無視したために、実に1億ドルも無駄にしたのであった。それにもかかわらず公衆衛生局は、いまだにこの政策の深刻な過ちを決して認めようとはしないのである。

                       この場合ワクチン接種という名のバスは、4千万人が接種を受けたあとで転覆してしまったからあったからまだよかった。(参照:脚注16−4)
                       もちろん、局の歯科保健部のみにこの巨大なフッ素化実験への参加の熱狂を拡散させてきた責任があるのではない。多数の科学者を含む世間も、また、歯科のユートピアを信じたがってきたのである。そして又、フッ素化運動のごく最初から、局と密接な関係にあった産業がこの運動には極めて重要な役割を演じてきたのであるが、それらについては、おそらく世間はまだよく知ってはいないのである。次章においてフッ素化に対する産業の関心というものに焦点を当ててみる所以である。



                      訳者による脚注16−4:この豚インフルエンザ(swine Flu)のワクチン禍事件というのは、アメリカ厚生省の保健政策の大失敗による薬害事件としてよほど有名なものであるらしく、 イアムイアニス博士も前記の著書でくわしく紹介している. それによると、 この計画はアメリカ厚生省公衆衛生局傘下の「疾病管理センター(CDC)」が中心になって推進した計画であり、存在もしていない「豚インフルエンザ」という疾患の予防のために4千万人の人間がワクチンを接種され、その結果約1万人が死亡し、少なくとも1千人がギラン・バレエ症候群という神経麻痺のため被害を受たという。この惨憺たる結果に終わった計画の責任者であったデービッド・センサー博士は、その後ニューヨークシティの保健コミッショナーに転身し、現在同市のフッ素化の指揮をとっているという。イアムイアニス博士はこれをアメリカの保健官僚の腐敗の1例として挙げている。
                       この章で著者らが描いている米保健衛生行政の実態は、一口に言えば、「官産学」の癒着による「フッ素翼賛体制」の構築に他ならない。これは政治が独裁化してゆく第一歩である。ヨーロッパでフッ素化と闘ったの医学者たちから、「アメリカ人はヒットラーと闘ったことはあっても、これに支配された経験がないため、これが独裁者の常套手段であることに気がつかない」と辛辣に論評される所以もここにある。
                       この独裁的行政を背後で操っている者は誰かと言えば、フッ素を廃棄物として排出せざるを得ない軍需産業つまり、ケネディ大統領を暗殺した軍産複合体である。アメリカにおいてフッ素問題がすぐれて民主主義の問題として浮上している理由はここにある。軍産複合体については、国際ジャーナリストの落合信彦氏の著作が非常に参考になる。

                       日本でも小規模ながらこれとそっくりの手法が、新潟県におけるフッ素洗口推進運動に受け継がれている。参照:フッ素化の真の狙い−アメリカ官産学癒着の実態−


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